2020年5月28日木曜日

SAAB J-35J ドラケン

プラモデル制作記です。

粗製乱造第三弾、スウェーデン空軍のドラケンです。ダブルデルタ翼が特徴的な迎撃機ですね。エアブラシの練習として、シャドー吹きによるグラデーション表現と、メッキシルバーの塗装の実験というのが、今回のテーマです。今回も組んで塗るだけです。
そういえば、新谷かおるの「エリア88」でも出てきましたね。ドラケン。だいぶ古い話ですが。イケアのコレクションケースを検討中なので、スウェディッシュな感じでいいかもしれません。(意味不明)

ともかく始めましょう。
資料は「世界の名機シリーズSE ドラケン・ビゲン」です。表紙のオーストリア空軍機がカッコいいですが、今回は地味なブルーグレーです。ドラケンはオーストリア空軍が本家スウェーデンよりも長く運用したんですね。知らなかった。

この飛行機は一般的な前輪三輪式ではなく、尾輪もあって四輪式という珍しい形式です。という事は足回りの細かい部品が多いため、先にまとめてシルバーを吹いておきます。

ついでにエンジンの排気口も塗っておきます。組んでしまえばほぼ見えませんが、シルバーにクリアオレンジやクリアブルーを吹いて焼け具合を表現してみます。

さて、ここからいつも通りコクピットです。古めのキットなのでシンプルですが、デカールでそれなりの計器盤が再現できます。この後、ソフターでさらに密着させ、デカールの余白部分はほぼ見えなくなりました。追加工作などはしません。

あっという間に士の字です。パーツの合いは普通レベルなので、タミヤセメントを高粘度のいつものものと、流し込みタイプを併用して接着、マスキングテープで養生させます。2日程度置いた後、はみ出した接着剤と溶着部分をサンディングし、合わせ目を綺麗にします。
しかし、なかなか趣のある形をしています。

今回のテーマ、シャドー吹きによるグラデーション塗装に入ります。パネルラインに沿って黒を吹きます。クレオス2番の普通のグロスブラックです。なんだかすごいですね。今回は暗い色を先に吹き、この後に機体上面色を重ね吹きします。

上からグレーを吹きます。こちら下面ですが、グレーを吹くとなるほどシャドーができます。表現として大げさな気がしますね。更なる修行が必要です。ベアメタル部にメッキ調塗料を吹いて、デカールを置くとメカっぽさが増します。

上面のデカールを貼ります。ものすごく派手な「39」ですね。インスト通りの塗料で塗りましたが、実機写真をみるともっとブルーが強いブルーグレーな気がします。とはいえ、デカールも貼ってしまったのでこのまま行きます。必ず妥協点が出てきます…。

機首部の塗装は資料本を参考にインストを無視して塗った後、ネットでこの機番の実機を見つけて「インストが正しい」ことが判明しました。調べ方が中途半端でした。ハセガワさんごめんなさい。デカールも貼ってしまったので、紙を使ってマスキング。

修正後はこんな感じの機首になります。あとは半光沢のトップコートを吹いて、キャノピーのマスキングをはがし、小物を付けたら完成です。思ったよりも小柄で、なかなか見栄えのする戦闘機です。


おおよそ、5人日、期間としては2週間で完成しました。もう少し粗製乱造というか、エアブラシの表現をテーマにした制作を続けます。次回もジェット機です。

2020年5月25日月曜日

FW190 A-3

プラモデル制作記です。

在宅勤務も2か月目。物置と化していた書斎を片付け、仕事場兼作業部屋として復活させました。すっかり離れていたプラモデル制作も、片付けた作業部屋で再開し、復帰第一作はタミヤの新金型によるスピットファイアMk.Ⅰでした。前回記したようにスピットファイアの製作テーマは「さっさと完成させる」ことであり、裏目標としては「エアブラシの練習をする」という事でした。
プラモデルを再開してから結構長く筆塗りしかしていなかったのと、エアブラシを購入してから多忙になってしまったこともあって、まだまだ手の内に入ったとは言い難いエアブラシです。こればかりは作業をこなしていく他に上達の道はありません。しかし、思い入れのある機体(日本機や妻にもらったもの)だと、資料を集めたり、リベットを打ったり、ディテールアップをしたりと、どうしてもなかなか進捗しません。そこで、割り切って前回同様、部屋の片隅に積み上がった「積み(罪)キット」から、思い入れなどない外国機をチョイス、粗製乱造など気にせず、ともかく「完成させること」「エアブラシ(マスキングと塗装)を手の内に入れる」ことを2020年のテーマとして手を動かすこととしました。とは言え趣味の世界。いつなん時どうしても「零戦が作りたい!」となるかもしれませんが。

さて、今回はタミヤの1/48「フォッケウルフFW190 A-3」です。以前Me262を制作したので、ドイツ空軍特有のグレーバイオレット等の「グレーXX」「XXグレー」は塗料の在庫があること、スピットファイアで水冷機を作ったので、空冷機を作りたかったこと、迷彩塗装だけれど難しすぎないことあたりが理由です。

早速始めましょう。
今回も作って塗るだけです。資料は世傑で十分でしょう。
定石通りコクピットから。新金型のスピットファイアを作った後だと寂しい感じですが、まあ普通のコクピットです。シートベルトは老眼と戦いながら、ファインモールドのナノアヴィエーションを使いました。細かすぎて塗り分けが大変です。色鉛筆は単なる比較用です。ちょうど娘がお絵かきしていたので、拝借しただけです。

基本的にはグレーの機体ですが、発色の悪い「黄色」の箇所があるので、下地に白を吹いてみます。今回はサーフェーサーなしです。それにしても、このピトー管やら機関砲やらを折らずに完成させることはできるのでしょうか。主翼下面と一体成型されています。アフタパーツを買う気もないので、気を付けて作業します。

下地をつや消し白で塗装し、黄色を数回に分けて吹きました。まあこんなものでしょう。
降着装置の格納部など、マスキングをこなしながら、下面をライトブルーで塗装。前回のMe262でも思いましたが、どうも明るすぎる気がするので、後でトーンを落とします。
基本塗装をエアブラシで拭いてから、筆でモットリングを書いてみます。なかなか細吹きができず、このあたり慣れた筆に頼ってしまいましたが、当然厚みもムラも全然違います。トーン落しの時にどうにかごまかせるか…
この鶏デカールを含め、デカールを貼ります。やはり、イメージよりもトーンが明るすぎる気がします。キャノピーのマスキングは直線的かつ窓枠も少ないのでラクチンです。さすが機械の国。工業力は高い。
光沢のスモークを吹きます。スミ入れに備えてツルツルにするためです。半艶とデカールによる段差をツライチにするため、少し多めに吹きました。
というわけで、激落ちくんで水磨ぎをして、タミヤの墨入れ塗料で墨入れし、小物を付けたら完成です。アンテナ線は今回も省略。コレクションケースの購入を検討しており、それが設置されてから張ってみようと考えています。どうしてもアンテナ線があると埃が取りにくくなるためです。また翼と一体成型されている機銃も、折れそうで今回は開口しませんでした。単なる手抜きですね。

5月3日に作業開始してから、GW中とは言え、5月6日に完成しました。過去最短です。タミヤキットの精度があってこそですが。スモーク+激落ちくんというパターンで、とりあえず筆とエアブラシのチグハグさはごまかせました。
このウォークラインのデカールは途中で切れてしまいました。長いデカールは難しい。仕方がないので、「ガンダムマーカー」の白で書き足しましたが、線が寄れてしまいました。ピトー管の類は奇跡的に折れずに完成を迎えました。これは別の部品にして欲しいですが、真鍮線か何かで置き換えなさいという事なのかもしれませんが…

そしてチョンボの告白。主翼上面の国籍マークの位置が左右で違います。右が正しい位置。「あ!」と気が付いた時にはデカールは定着してしまった後でした。リカバリを考えましたが、あきらめてそのままです。何しろ「完成」がテーマなので、あきらめも肝心。実は前回のMe262でも同じことをしています。成長しないというかなんというか。

というわけで正味三日。粗製乱造第二弾でした。しばらく粗製乱造が続きます。まだFw190の在庫はまだあるのですが、D-9という水冷式なので、水冷式が作りたくなったらやりましょう。

次はジェット機です。

2020年5月7日木曜日

スピットファイアMk.Ⅰ

プラモデル制作記です。

色々忙しくなり、すっかりプラモデル作りから遠のいていましたが、コロナ禍のせいで在宅勤務となったので、書斎兼作業部屋を掃除&整理しました。エアブラシなども綺麗にしたので、積キットを減らすべくプラモデル再開です。
日本機だと、リベット打ったり、改造したりとかなり時間をかけてしまって、なかなか完成しないという悪循環にはまりがちなので、今回は思い入れのない外国機で「さっさと完成する」という実にいい加減なテーマでタミヤの新しいスピットファイアを選んでみました。何しろ「完成」がテーマですので、組んで塗装するだけで、十分カッコいいものがよく、このスピットは2018年発売のモデル、最新技術と考証に基いているはず。きっと期待に応えてくれるでしょう。
早速組んでいきます。資料は「世界の傑作機」くらいです。なにせ、組んで塗るだけなので、資料は少ない方が良いです。
まずはコクピット。さすがに最新キット。ただ組むだけでこの密度です。老眼で辛いですが、細かい部品を無くさないように慎重に組みます。シートベルトはエッチングです。

あっという間に「士の字」です。楕円翼が美しい。とはいえ、ここはモールドでよくない?という部分も部品化されていたりして、それらがものすごく小さくて、何しろ無くさないようにしないといけません。
模型的に面白いので、ダンケルク撤退戦仕様で塗装します。

この地味な色味が英国調ですね。かっさかさのつや消しは趣味でないのでセミグロスでトップコート。
というわけで、週末とGWの2日程度を使って、期間としては1か月、作業時間は正味6人日で完成です。リベットレスですが、キットの精度の高さで、とても上達したような勘違いを引き起こします。
テーブルに黒と白の翼面が映り込んでちょっと面白い。
スピットファイアですね。「英国を救った戦闘機」です。零戦や隼には苦戦したようですが。エンジンはロールスロイスマーリン。日本機ばかり作っているので水冷エンジン機は不慣れです。排気管以外全く見えないエンジンはキットでは省略されています。
コクピットは開状態にしました。今回はアンテナ線は省略というか後回しです。飾り方を考えてから張る予定です。
この調子で暫く外国機でエアブラシの練習をしていくつもりです。






2020年3月4日水曜日

区別する道徳

「人助けランキング、日本は世界最下位」英機関 日本は冷たい国なのか ホームレス受け入れ拒否問題 (飯塚真紀子) - Yahoo!ニュース

「世界人助けランキング(World Giving Index 10th edition)」というものがあるらしい。なんでもランキングがあるものだと妙な感心をしてしまったが、それはおいて、この記事内の以下のようなコメントにすこし引っかかりを感じた。

 注目すべきは、調査した3つの観点の中でも、「見知らぬ人、あるいは、助けを必要としている見知らぬ人を助けたか」という観点で、日本は125位と世界最下位であることだ。この観点でボトム10の国々は下記の表にある通り。その顔ぶれを見ると、ほとんどが、現在またはかつての共産主義国だ。そんな国々よりも日本はランキングが低く、世界最下位なのである。

 この結果をどうみたらいいのか? データが全てとは言えないが、このデータだけに従えば、日本は世界でも最も人助けをしない国ということになりはしないか? 今回の行政のホームレス受け入れ拒否やそれに賛同している人々が少なからずいることを考えると、この結果は日本の冷たさを表しているかのようにも見える。
そして、ソーシャルキャピタル(人的ネットワーク)の低下という仮説に収斂されていく。

 日本は、東日本大震災の時の人々の助け合いの姿勢が示すように、ソーシャル・キャピタルが高い国だと評価されていた。近年、格差の拡大により、日本のソーシャル・キャピタルは減少傾向にあるが、ホームレスの受け入れ拒否やそれに賛同する多々の声は、日本のソーシャル・キャピタルのさらなる低下を表しているような気がしてならない。
果たしてそうなのだろうか。少しピントがずれている気がしてならない。山本七平は「空気の研究」の中で
『まず、日本の道徳は差別の道徳である、という現実の説明からはじめればよい』
と書いている。これは道徳教育の問答の中での言葉だが、意味合いとしては、日本人は知人/非知人を明確に区別しており、

『これを一つの道徳律として表現するなら、「人間に知人・非知人の別がある。人が危難に遭ったとき、もしその人が知人ならあらゆる手段でこれを助ける。非知人の別なら、それが目に入っても、一切黙殺して、かかわりあいになるな」ということになる。この知人・非知人を集団内・集団外と分けてよいわけだが、みながそういう規範で動いていることは事実なのだから、それらの批判は批判として、その事実を、まず、事実のままに知らせる必要がある。それをしないなら、それを克服することはできない。』

と解説している。「差別の道徳」は誤解を招きそうな表現なので、ここでは「(知人/非知人を)区別する道徳」としよう。これは1977年の頃の文章だが、2020年現在でも「区別する道徳」は我々を律していると私は思う。余人は知らず、私は見知らぬ人が公共の場で倒れていたり、うずくまっていたとしても、十中八九、見て見ぬ振りをするであろう。例えば、出勤時や帰宅時、最寄りの駅で体調不良や飲酒によって倒れたり、うずくまっていたりする人がいるとする。実際、年1-2回くらいの頻度でそういう場面に遭遇する。だが、大抵は「急いでいるし、駅員の方が適切に対処するであろう」とか「既に誰かが声がけや救急車を呼ぶなどしているだろう」というような自分への言い訳をして通り過ぎる。さらに言えば、「関わり合いになると面倒である」という意識が否応なく働く。これは山本七平のいう通りの道徳律に律されている証左である。「余人は知らず」と書いたが、現実には、多くの人がさほど良心に咎められず、換言すると翌日には忘れる程度の良心の呵責で、私と同様の対応をしているように見える。

「区別する道徳」はずっと昔から、少なくとも山本七平が言葉にした1977年以前からあり、そして山本が指摘したようにそれを事実として教えていないから、当然、2020年の現在でも克服出来ていない。

 注目すべきは、調査した3つの観点の中でも、「見知らぬ人、あるいは、助けを必要としている見知らぬ人を助けたか」という観点で、日本は125位と世界最下位であることだ。
ここまでの議論を踏まえると、上記の結果は当たり前である。ソーシャルキャピタル云々ではない。もともと我々は「見知らぬ人、即ち非知人は黙殺すべし」という道徳律の世界で生きているのだ。嘆くとすれば、それを直視しないために、克服どころか、議論さえ出来ていない事なのではないか。冷酷な物言いをしてしまえば「ホームレス」とは「誰の知人でもない」ということなのであろう。我々、日本人にとっては。

東日本大震災の時は違ったという議論もあろう。あの時は見知らぬもの同士が助け合ったではないか。と。確かにあの時は違った。その時私は東京にいて帰宅難民となったが、誰もがお互いに親切であった。しかし、それは「区別する道徳」の知人という範囲が「誰もが震災の被害者」という括りによって大きく拡大されたものであったろう。天災という誰の責任も問うことが出来ないことを前に、「天(自然) v.s. 我々」という構図になった時、外国人だろうとホームレスだろうと「我々」、即ち、「知人」と捉えたのである。

この「区別する道徳」を日本人の弱点と考え、それを克服しようとするならば、まずは、山本七平のいう通り、事実を事実として認識し、それを教え、考えることである。

普通に考えていくと、これは我々がとてもハイコンテクストな社会で生きていることが一つ、もう一つは「正義、或いは価値体系」を喪失していることの2つが大きな要因であるように思える。前者は、「世間」という相互監視を前提とする社会を生きているということである。これは日本人の定義のようなもので、これを壊すことは殆ど不可能事であろう。世間は即ち、我々にとっての「世の中」であり、社会の一種ではあろうが、お互いの考えを読み合い、即ち空気を作り出し、それに支配されることで安定を保っている社会である。これを切り崩していくのは容易ではない。後者については、まだ可能性がありそうだ。これについてはいずれ稿を改めて考えたい。

2019年12月16日月曜日

2019年振り返り(≒お受験振り返り)

2019年も終わりに近づいた。仕事はというと、2回目の決算も終えて、まだまだではあるもののともかくも黒字で決算ができた。様々な縁に恵まれ、フリーコンサルタントやPMO事業については一定程度満足すべき状態あろう。これについては感謝しかない。

さて、プライベートでは年長の娘の小学校受験、いわゆる「お受験」を経験した。おかげさまでご縁があり、4月の入学に向けて諸々準備をしているところである。とは言え、ここに至るまではなかなか手ごわいハードルや紆余曲折もあった。正直なところ、妻の負担が非常に高く、夫としては、出来ることをフォローするくらいだったが、「家族3人一丸」となって取り組まないとクリアすることが難しかったハードルだったと感じている。

良い結果を得たからこそ言えることかもしれないが、家族にとっても、私にとっても非常に貴重な経験だったと感じている。まだ記憶が確りしており、少し冷静になってきたこのタイミングで思うところを記しておく。How to的なものはネットを探せばいくらでもあるので、一人娘の父としての感想やその時々の考えを書いてみる。

2018年
妻から娘に「お受験」をさせたいという話を受けて、近所の大手幼児教室に通い始めた。妻も私も公立小学校出身であり、娘は近所の公立小学校に入学するものとばかり考えて居たので、少々面食らった。もともと私は早期教育は勿論、学校教育それ自体にも期待値が低かったので、小学校受験になかなか意味を見出せず、「まあ、やりたいというならば悪いことではないだろうから協力しよう。」という程度のスタンスだった。幼児教室に行ってみると、いわゆる「お受験スタイル」の親子が、講師の話を真剣に聞き入っている。最初は斜に構えていたが、まわりの真剣さにだんだんとその理由が知りたくなった。とりあえず、仕事で支援している会社の女性メンバに色々と聞いてみると案外、女子校や私立小学校出身者が多い。まずはお茶がてら、インタビュー活動をしてみた。「公立小学校は楽しくなかったけれど、私立に編入してからが楽しかったし、今につながってる。」とか「小中高と女子校だったが、ある意味集中せざるを得ないので部活に打ち込んだ。おすすめするかと言われれば、もちろん!」というような肯定的な意見ばかりで驚きであった。自分の母校を悪く言う人は少ないというバイアスはあるだろうが、私自身は友人関係を除いて(これは恵まれた)、自分の小学校や中学校をそこまで肯定的にとらえていないし、一人くらいは否定的なことを言うだろうと予想していたが、皆無だった。このあたりから、私自身の認識が変わってくる。

2019年冬~春
娘の家庭学習も本格化し始め、勉強机を購入し、宿題のプリントや紙工作を中心とする制作など、妻は仕事のない時は勿論、仕事のある時でもできる限りの時間、一緒に取り組んでいた。思うようにできなかったり、進まなかったりした時、妻にはかなり精神的にも負荷がかかり始めた。娘もそれなりに大変だっただろう。私も時々勉強を見たが、妻よりも甘いため、ついついぬるい感じになってしまい、妻からダメだしされる体たらく。
一方、学校見学会や入試説明会などもポツポツと始まり、これまで全く縁のなかった私立の小学校に行って色々と話を聞き始めた。また、教育関係の本なども何冊か読んだ。
その結果、早期教育への懐疑はさほど払拭されなかったが、私立学校への理解は少しずつ進んだ。

それぞれの学校で特色のある取り組みをしているが、最も大きいと私が感じたのは、やれ「詰め込み教育」だ、「ゆとり教育」だ、はたまた「学力が低下した、やっぱり詰込みだ」とその時代時代のムードに反応する世論に振り回される公立学校に比べ、時代に対応しながらも軸のブレが少ないことである。それは親にとってのメリットというより、子供にとってのメリットであろう。学校教育、特に義務教育の成果というのは、結果が出るまでに時間がかかる。少なくとも、社会人となって一人前と見做されるくらいまでの時間、どんなに早くとも25才ぐらいで初めて結果が分かり始めるはずである。すると、18年~30年ぐらいのスパンで効果を計測しなければならない。長期スパンで物事をとらえるのは「世論」の最も苦手な分野である。結果が出る前に右へ左へ蛇行するのは、その教育を受けている子供にとって、特に過渡期の子供にとってはたまったものではあるまい。昨日詰込みだったのが、今日ゆとりというのは、子供にとっては混乱しかもたらさないだろう。そこへ行くと、少なくとも伝統のある私学は理念のような背骨があり、軽薄な世論に左右されにくいというメリットがある。

また、志望校を絞り込むのに、敢えて「カトリック系」を選択した。我が家はカトリックではないし、特に宗教的にどうこうということは無い。ただ、ポリティカル・コレクトネスが猛威を振るう今、倫理道徳という価値判断に関することは学校で教えにくくなっている。特に、宗教をタブーとしている公立学校において、きわめて基本的な「なぜ人を殺してはいけないのか」や「なぜ人をいじめてはいけないのか」或いは「なぜ売春がいけないのか」のような問いに対して、自信をもって説明することが難しくなっている。そういった中で「神(と教会)」を持ち出すことのできるカトリックは、子供が従うにせよ、反発するにせよ、一つの基準、価値体系を示すことができる。それは、日本においては稀有な経験となるだろうとも考えている。もう一つのメリットはそれだろう。

このような考え方から、もちろん妻と一緒に志望校を決めた。また自分自身の受験の記憶から、志望校よりも一段上のレベルを第一志望として、当初の志望校を滑り止めにするということにした。

2019年夏
夏季講習が始まる。5歳児が週4日~5日でみっちり勉強してくるという、信じがたい状態を作り出す、幼児教室の手腕と請求金額にびっくりしながらも、少しずつ娘の成績が伸び始めた。春頃は下から数えたほうが早かったが、ここに来て、成績が上向き始める。家庭学習をしていても、かなり難しい問題でも解けるようになってきた。面白いことに、こちらは気楽な習い事として、ピアノ教室に通っているのだが、成績が伸びるタイミングと、急に上達するタイミングがシンクロするのである。娘が「できない!」と言っていた問題が解けるようになると、その週のピアノのレッスンでは弾けなかったフレーズが急に弾けたり、楽譜を急に理解できるようになったりした。子供の発達段階は面白い。

だが、面白がってばかりもいられない。娘が解けない問題を解説する場合、大人からすると娘が理解できない理由がなかなか分からなかったりする。当然のことながら、我々大人は相当のことを教育や経験から訓練されており、無意識の前提が非常に多い。ところが、子供、特に幼児はその前提がほとんどないので、つまずくポイントがなかなか分からないのだ。この時期、妻の負荷と精神的な不安は非常に重かった。一人ではなかなか背負いきれない。夫である私でも的確なフォローなどできるはずもなく、そこはやはり幼児教室との二人三脚になっていく。

丁度このころ、とある学校の説明会に親子で参加し、「縄跳び」をしている子供を見つけた。小学校受験はいわゆるペーパーテストは勿論、親子や個別の面接、行動観察など様々な科目があったりする。勿論、運動もしかり。それまでできなかった毬付きなども何とか克服したが、縄跳びはノーマークだった。過去問などを見ると縄跳びが課題として出ていることもあって、早速縄跳びを購入し練習してみる。娘は当初「よっこいしょ」と縄を前に投げ出し、「えいっ」と跳ぶというもの。「そうか縄跳びって結構難しいのだな」と妙に納得し、「縄跳びの教え方」などをネットで検索し、色々試行錯誤してみる。もっとも効果があったのは縄跳びにボール紙を巻いて、グリップを長くして練習するというもの。あれほど不格好だった娘の縄跳びがみるみる上達し、だいたい2週間くらいで普通に跳べるようになってしまった。「お受験」をしていなければ、ここまで娘と一緒に縄跳びに向き合うこともなかっただろう。小さな成功体験だが、家族にはとてもよい経験になった。

2019年秋~受験本番
9月・10月となってくると、娘の模試の成績もそれなりに軌道に乗った。不安ばかりが先行していたが、このあたりから親も肚ができてくる。これまでの頑張りに、父親・夫としてできる事は少ないが、全力を尽くすと改めて決心し、私ができる事として志望校の過去問題集から親子面接を分析して、想定問答集を作り、家族で練習をした。尤も、娘は幼児教室でやっているので、どちらかと言えば私と妻のトレーニングである。過去3年分を分析し、エクセルで一問一答形式のQAを作る。また書き物は私の担当なので、志望動機などを練って願書を清書した。このころになると、娘もおおよそ受験ということが分かってきて「頑張る!」と言ってくれるように。上述したように、手段として設定した第一志望校に成績としては届く可能性が出てきたので、この際「受かってしまえ」と念じつつ、いざ本番。

面接ではスムーズでも、実際の試験では色々あって、結果、2勝2敗。手段としての第一志望には届かなかったが、元々の第一志望に無事ご縁があり、夫婦で歓喜。娘はじわじわと実感したようだった。入学手続きを終えて、お世話になった幼児教室の講師陣にも報告し、2019年11月6日(水)我が家のお受験は終了した。

兎にも角にも、なかなかに大変で誰にでもお勧めできるようなものではないし、結果は20年後ぐらいにならないと分からない。挙句にそれが吉と出るのか凶とでるのかも定かではないのだが、何しろ我々親子3人には貴重な経験であり、得難い年となったのが、2019年だった。皆様ありがとうございました。



2019年10月16日水曜日

公共保守党

国会中継は面白くない。興味がない訳ではないが、議論と呼べるような議論もなく、政府与党の提案に対して、野党がひたすら揚げ足取りをし続けるという構図がごく一部のイデオロギッシュな人以外に面白いはずもない。官房長官会見に対する質疑も同様である。思想的にマルキシズムにシンパシーを感じる政治記者が、お決まりの揚げ足取りをするだけである。いちゃもんレベルの揚げ足取りに官房長官が多少イラついているのが苦笑を誘うくらいでさっぱり面白くない。面白くないというのが不謹慎だというならば、低レベルである。現在の状況では。政府与党の政策を別の観点からその政策を再検討し、ブラッシュアップし、場合によっては合理性と説得によって、廃案にする。それが国会と野党の役割であろう。現実にはただ揚げ足取りというプロセスがあるだけで、対案さえ出せないまま、採決されれば強行採決だと文句をいう。言い古されているが、それは時間と税金の無駄遣いである。

「悪夢のような」という形容詞と評価がほぼ確定した民主党政権の3年間の後、2012年から続く安倍内閣である。長くなればツッコミどころは満載になるに決まっている。景気は多少上向いたが、それも大企業中心の事であり、一般生活者には実感が乏しい。20年も少子高齢化対策と言い続けているが、少子化対策は全く効果は出ていない。セットである高齢化対策もひたすら社会保険料がアップするだけで、現役世代を圧迫しているだけである。人生100年時代も年金受給年齢を引き上げる為の怪しげなプロパガンダでしかあるまい。中間層の衰退と格差社会が叫ばれて久しいが、消費税やたばこ税など逆進性の高い増税が目立ち、企業の内部留保が過去最高に積みあがっているにも関わらず、相も変わらずトリクルダウン的な政策が実行されている。また安倍内閣の兄貴分にあたるであろう、小泉内閣の時代に拡大した新自由主義による規制緩和の直撃を受けた氷河期世代も放置のまま、単純労働の外国人を受け入れ、当事者たちからは「棄民」政策と呼ばれていたりもする。安倍内閣で最も評価できるのは外交だが、本質的にアメリカと日本が価値観を共有しているかは怪しいものであるし、韓国に対する対応も、それ自体は正しいと評価できるが、国内保守派のガス抜きにも見える。それでもなお、安倍政権だけが取り得る選択肢に見える。私自身も相変わらず消極的支持である。

日本のような大規模な先進国で、どんな政策にせよ成功することが簡単であるはずはない。佐伯啓思がいう通り「改革狂の時代」である。ひたすら改革と叫び続け、失敗し続ける政府与党。しかし、改革を叫ぶ保守と揚げ足取りしかできない野党という構図では、多少なりとも意味があり、成功する可能性のある改革も「異なる観点からのブラッシュアップ」というステップを踏むことが出来ず、成功はおぼつかないであろう。政府与党も反論に真摯に向き合い宅手も、揚げ足取りでは聞く耳を持つまい。そのうちに「野党の意見は戯言」であると認識されて、自動的に却下されるようになるだろう。否、既にそうなっている。

昨今、特に安保法制騒動以来、「民主主義の機能不全」とか「民主主義の危機」などとマスメディアが騒ぐが、議会制民主主義である我が国で、危機的に機能不全に陥っているのは民主主義ではなく、議会主義の方である。しかも、政権与党によって議会が蔑ろにされているというよりも、議論に耐える反論を野党が出来ないということが機能不全の原因にしか見えない。従って、問題の真因は野党にある。

零細政党を除いて、現在の日本における野党は所謂、旧民主党系の「リベラル」である。
東側世界にシンパシーを感じていたが、総本山たるソヴィエト連邦が崩壊してからは、これまでの主張や信念が否定されたことを受け入れられず、良く言って魂のないゾンビ、悪く言えば、日本の呪い手・社会の破壊者である人々である。その支持者たちを含め、やたらと騒々しいが、もはや議論に値しない。テレビや新聞などのマスメディアや社会学系を中心に大学の中枢に巣くっているが、ソヴィエトという総本山なき司祭や巫女の話など、普通の生活者には届くことはない。WEBがメディアとして発達した現在、一方的に「リベラル」の教義を喧伝し、都合の良いニュースのみを選別するということは不可能となった。ある世代から上に多い「情報弱者」だけが「リベラル」のご託宣を有難がるというのが現状である。米国製のポリティカルコレクトネスやマイノリティ擁護からくる逆差別、欧州製のダイバーシティ信奉など、「リベラル」が持ち込み、日本での定着化を目論む等の心配な動きはあるものの、旧態依然なリベラル系野党を論難する必要はもうない。端的に言って論じる価値もない。

そう考えていくと、真の問題点は「まともな野党の不在」であり、安倍内閣に保守の観点や公正の観点から異議を唱え、対案を出し、議論できる野党の不在である。

例えば「改革主義の保守」などは形容矛盾である。保守というスタンス、或いは構えは、人間理性の限界をわきまえるが故に、長く続いてきたことを無暗に変更しないというところにあるはずである。我々は全知全能ではない。同時に我々は理性だけで行動しているわけではない。情念や習慣というファクターが思いのほか大きいものである。これは18世紀の哲学者ヒュームの議論であるが、保守である以上、そのような人間理性への悲観を伴った懐疑が必要である。

一見消極的なこの考え方は積極的な意味を持つ。例えば、経営学の世界で、自社の強みが簡単には模倣されないことを「模倣困難性」と言う。その模倣困難性を構成する要素の中に「経路依存性」というものがある。これは過去の出来事の順序にその強みが依存している事を示しており、同業他社に簡単に真似されないということである。するとその企業の生き残る確率は当然ながら高くなる。だが、その強みを壊さないためには、社内改革も丁寧に実施する必要がある。なぜなら、何がどことどうつながっているかという因果の連鎖を正確に知ることは困難だからである。これを国家規模に置き換えてみる。例えば、我が国は先進国であり、上位の経済規模を誇る。それらは何らかの強みに起因している。それは労働者の知的レベルの高さ、勤勉さかもしれないし、社会的な同質性かもしれない。しかし、これらの経路依存性を完全に分析し、因果の鎖を全て分類・整理することは不可能である。だからこそ、保守は安易に「改革」を叫ばない。しかし、同時にその社会の柔軟性も回復力(今様で言えばレリジエンス)もある程度信用しているので、漸次的な改善や、必要な改革を拒むものではない。拒むのはガラガラポンの革命や改革と理性万能の全体主義である。

そのような保守の姿勢から考えれば、世界のグローバル化は潮流だとしても、それに徹底的に適応しようとする主義(イズム)であるグローバリズムを政策の根幹に据えるのはナンセンスである。地球という「単一の世界」ではなく、様々な国家や地域が緩やかに交流しつつ存立する「様々な世界」を指向するのが保守である。「様々な世界」を指向するならば、その一つであり、同時に故郷でもある自国の安全と繁栄を指向するのも当然である。自国とは国民のことであるから、その中での極端な不均衡を排し、平等ではないかもしれないが公平・公正を期すのが保守である。或いは「経済的指標」という指標、要するに「もうかりまっか?」のみの単一の指標しかない世界ではなく、これまでの歴史を踏まえた価値を大切し、本来的な意味での価値の多様性を指向するのが保守である。また効果のない改革を排し、時間が掛かっても、意味のある改善を指向するのが保守である。

こうしてみると政権与党である現在の自由民主党は「革新」であり、「リベラル」と位置付けることができるだろう。新自由主義やグローバリズムと保守は全く相容れない。敗戦と占領、戦後の成り行き、そして日本的不徹底によって保守のように見える「革新」である。対米追従は保守ではない。なぜなら、米国は人工国家であり、本質的にはピューリタン的独善に基づく設計主義である。教義が共産主義ではなく、ピューリタニズムというだけであり、その観点ではソヴィエトと大差はない。その独善の極みが「クリントン政権」であり「オバマ政権」であった。(現在はトランプ政権になり、少し揺り戻しているようだが。)リベラル国家に追従する政権が保守なはずはない。現実解としてそれしか道がなかったというのは一定程度に理解できるが、敗戦から70年以上経った今でも対米追従が政策の中心であるような政党が保守であるはずはあるまい。情けないと言っているのではない。アメリカは「リベラル」であるし、それに追従するならば、親米現実主義リベラル政党とは名乗れても、保守政党と名乗る資格はないと言っているだけである。それが欺瞞であることは国民の側も気が付いているが、大多数のまともな国民は親米現実主義以外の選択肢は取らなかった。対抗馬が空想主義的社会主義では信認のしようがない。自民党に灸を据える的な「空気」で社会党(自民連立)や民主党の政権が出来た時も、前者は自らの主張が非現実的であったことを認めたことにより消滅し、後者はそもそも政権担当能力がないことを露呈しただけであった。その結果は「親米現実主義以外はない」という国民の考えを補強しただけであった。

議会主義が機能不全に陥っている我が国に必要なのは与党と議論が可能な、保守の野党であろう。右翼ではない。これまでの歴史・伝統・文化を踏まえ、武田信玄ではないが「人は石垣、人は城」と考えて、国民の幸福の為の施策を丁寧に考え、政権与党の施策に代案を示しつつ議論するそんな政党である。本来的な公共の福祉を保守の立場で尊重すると言換えてもよい。ここでは仮に公共保守党とでも呼んでおこう。日本維新の会があるではないか。という向きもあろうが、人間理性への懐疑がなく、設計主義・改革主義・グローバリズムという点から見れば、やや過激な自民党でしかないため、保守とは呼べない。故に現在はまだ存在しない政党である。

私の考える公共保守党の基本的な立脚点を述べてみよう。4つある。

  • 理性や知性を狂信せず、歴史を重視する
  • 理想は蔑ろにしないが、理想主義は排する
  • 自国(自身)を重視するが故に、他国(他者)を尊重する
  • 公正(フェアネス)を重んじる

「理性や知性を狂信せず、歴史を重視する」というのが最も重要な考え方である。前述のように「国や社会を人為的に設計する」ことが可能であり、しかもそれが良いことと考えるリベラルとは真逆の姿勢である。ある人間が国や社会を人為的に設計した結果は、それがどれほど善意に基づいていても上手くいくことはない。その最も分かりやすい例はソヴィエト連邦であり、ドイツ第三帝国であり、文革中のシナである。人間が天国を作ろうとすると必ず地獄を作ってしまうものである。人間の力を過信しない。常に歴史を参照しつつ、修正を加えていく。この姿勢に違和感があるならばその人は保守ではない。

「理想は蔑ろにしないが、理想主義は排する」ことは、大人であることを要求するものである。理想はコンパスに過ぎないことを理解しており、到達しうる「場所」ではない。個人の理想は実現することもあるが、国家や社会の理想はあくまで指針であり、実現するようなものでないことを理解している必要がある。言葉狩りから始まる全体主義(ファシズム)は理想主義から出てくるものである。

「自国(自身)を重視するが故に、他国(他者)を尊重する」というのは、個々別々であることが考え方の前提にあるが故である。自国には自国の方向性があり、守るべき価値があり、それは他国に優先すると考えるため、相手もそのように考えることを当然とする態度の事である。相互性を重視するが故に、多様性を結果として尊重することになる。多様性それ自体を目的していないことがポイントである。だからこそ、二言目には「ダイバーシティ」と言いながら、異論を許さないリベラルと、これもまた真逆である。

「公正(フェアネス)を重んじる」ことは、ともすれば現実主義から虚無主義に落ち込み易いことを自覚し、自分自身をその暗黒面に落とさないための歯止めとなる価値感である。目的と手段の倒錯を回避するには、一つの「公正という価値」を価値として尊重しなくてはならない。保守の立場は現実主義でもある。目の前の現実に対応するために、プラグマティックにマキアヴェリアンとして立ち振る舞うこともあるであろう。だがその際に見失ってはいけない価値があるべきである。さもなくば、手段が目的化してしまう。「ライオンの力と狐の狡知を行使する」時、何のためにという目的が必要である。その目的が「公正」であるかどうか、或いは「公正さを増すこと」に役立つかという価値判断が、暗黒面への堕落をかろうじてつなぎとめることができる。また公正は公平につながる概念である。公平さは極端さを排する。従って、富の極端な偏在は是正されるべきとも考えるのである。

このような立脚点から、国家の役割である「安全保障」「経済」を政策化し、公共の福祉を向上することを考える。それが公共保守党、即ち、自民党に対する野党であるべきであろう。そして政権政党としての実力を蓄積していくのである。権力を志向しない政党など不健全である。確かな野党に甘んじるのは日本共産党に任せておいて、政権を担うにたる政党になることを目指すのである。自由民主党を「親米現実主義」「リベラル」と位置付けて、その反意語としての保守政党があるべきである。

少なくともオールドメディアの外にはこうした動きの萌芽は見られる。グローバリズムとリベラリズムへの批判、新自由主義への継承とケインズ主義の見直し、それでいて、議会制民主主義の尊重、憲法の見直し、現実的平和主義のような基本的価値は既存の与党と共有できるような動きである。それらが一つの潮流となることを願い、蟷螂之斧に過ぎないが、私なりにその役に立ちたいと考えるのである。

2019年2月4日月曜日

維持フェーズへの転換


企業のライフサイクルは様々だが、コンサルタントとして、或いは従業員として、創業期から維持期への転換を見た。また、すでに維持期に入っている、日系の大企業と外資系の大企業も内部から眺めていた。否、少しでも前に進めるためにもがいていたというほうが正しいが。
20年ちょっとの社会人生活の中で、それぞれライフサイクルにおいてステージの異なる企業と深くかかわる中で、なにやら自然法則のようなものが見えてきたように思う。いつかは丁寧に書くとして、ここでは「法則」にかかわるスケッチを描いてみたい。


◆成長フェーズから維持フェーズの転換
ある企業が急速に成長することがある。私がかかわったある企業はおよそ十数年の間に、ベンチャーから3000人の規模に成長し、国内市場でも有数のシェアを占めるまでとなった。時流に乗り、倍々ゲームで成長を続けていたが、3000人を超えたあたりで、急速に成長が鈍化。丁度リーマンショックもあって、マイナス成長を記録することもあるようになった。その業界は非常に労働集約型であり、一定以上のスキルと体力と行動力が必要な業界である。そのような企業が成長した要因として最も大きいのは「時流」に乗ったことがあるだろう。
この企業は「人材企業」であり、企業への人材派遣、人材紹介(正社員候補の紹介・転職の仲介)が中核事業であった。

この企業を仮にA社とする。A社は2000年代に急速に成長した。2000年代と言えば、どういうわけだか熱狂的な国民の支持を得て小泉内閣による新自由主義的政策の嵐が吹き荒れた時期である。新自由主義の定義は置いて、企業経営者の間で「人件費という固定費を縮小、或いは変動費に変換する」というブームがあったことは間違いない。終身雇用をはじめとする日本型経営が、経済の成長鈍化或いはマイナス成長を背景に疑われ始め、ブルーカラー労働者のみが対象であった期間工的発想をホワイトカラーに持ち込んだ時期であった。2019年の現在でも大きくは変わっていないが、企業が人件費を抑制した結果、賃金水準は横ばいからマイナスが当たり前になり、ただでさえ少子高齢化でデフレーションが進んでいたところに、追い打ちをかけるように景気を直撃するととなった。
そうしたデフレーションを梃子に大きく成長した企業がいくつかある。その一連の企業群は雇用において買い手市場であり、人件費を抑えることが成長のコアとなるような労働集約的企業群である。後に過労死や過労自殺などが発生することで「ブラック企業」といわれるようになる企業が多い。A社も御多分にもれず、労働集約型業務を低い人件費で遂行することで成長したのである。それが前述の「時流」に乗ったという意味である。

とはいうものの、売上が倍々ゲームで伸び、賃金も倍々とはいかなくとも伸びているベンチャー企業の急成長の時期には問題は表面化しない。社員数も少なく、コミュニケーションも活発であり、若くして役職者や役員となっていく先輩社員を見ている間は、多少労働環境が悪かろうと、人は心を病んだりしない。
心を病むのは先の見通しが立たないまま過酷な環境に置かれているからである。「今に見てろよ、俺だって/私だって」というマインドが支配的なのが成長期のベンチャーというものである。
しかし、市場は変化する。これまでのビジネスモデルが通用しなくなる日は必ずやってくる。市場それ自体は変化しなくとも、そのビジネスモデルが成功すればするほど、模倣者も増え、市場も飽和し、これまでのやり方だけでは成長が鈍る。この「停滞」の段階が、一定以上の規模になる前にやってくる企業は、大企業にはなり得ない。それらは、幸運なら大企業に吸収されたり、不幸ならば倒産したりと消滅するか、中小企業として細々と続いていくかする。しかし、「停滞」前にある程度の規模まで成長した企業が大企業候補となるわけだ。

「大企業」ではなく「大企業候補」としたのは、ベンチャーが所謂「大企業」になるには、規模だけが条件ではないからである。規模はあくまで必要条件であり、十分条件ではない。大企業になるには質的転換が必要なのである。言い換えると、成長フェーズから維持フェーズへ転換することであり、ある意味では経営者にとって「夢をあきらめる」ということにもなる。

◆成長が鈍化した時に起きる事
日系の大手製造業でも勤務した経験から、当り前だが大企業とベンチャーでは、社員のマインドが大きく異なると認識している。敢えて対比すれば、以下のようになろうか。
  • ベンチャー:野武士的・混沌・非効率・陽性・大変
  • 大企業:官僚的・秩序・効率的・陰性・シンドイ
大企業はすでに成功してしまったため、当たり前だがそれを維持することが主目的になる。維持だけではないという声もあろうから、発展的維持とでもしておこう。どうやって現状を効率的に回すかが主目的になるため、社員の意識は「効率化」に向く。メンバーがバラバラでは効率的にならないため、基本的には秩序を志向し、様々なルールが取り決められ、保守的になっていく。官僚的になっていく。これは、ほとんど自然現象と言いたくなる不可避な現象である。

創業期、或いは成長期のベンチャーはその逆だと思えばよい。まだ成功していないか、成功しつつあるかであるため、「いかにして成功するか」「いかにして成功を確かなものにするか」を社員は追求する。様々な方法を試すため、無秩序で混沌としているが、「成功」にたどり着くという目的は共有されている。人的リソースも少ないところから、一人で何役もこなす野武士的なスーパーマンが活躍し、明らかに非効率で、大変であってもその大変さは陽性である。またその経験からスーパーマンたちはさらに仕事のやり方を洗練させていく。その結果、さらに会社は成長していく。

しかし、個人と同じように、企業も永久に成長し続けることはできない。ある程度の規模となると、企業内と企業外での環境的な変化が必然的に発生する。まず企業内においてはコミュニケーションが急に難しくなる。経営層の発案や指示が末端まで届かなくなる。現場からの情報は経営層に届かなくなる。双方とも悪意があるわけではない。しかし、社員が増え、場所が広くなり、関係者が増えると、コミュニケーションコストが指数関数的に増大する。いわば壮大な伝言ゲームとなるわけだ。そのコミュニケーションコストを回避するため、組織を階層化し、部課長を設置しとしていかざるを得ない。すると経営層の発案は指示は、部課長という幾人かのフィルタを通してしか伝わらなくなる。
部課長は単なるメッセンジャではない。それぞれのミッションを抱え、部下のマネジメントを行っている。その中で、経営層の発案や指示も、部下に分かり易いように、或いはミッションに沿う形で部課長の解釈を経て、末端まで伝達される。また伝達された指示も部下が自分なりに解釈するため、場合によっては殆ど真逆のものとして実行されることもある。そのような「エラーの発生」の確率は人数が増えれば増えるほど増大する。

現場から経営層の情報伝達も同じである。ベンチャー時代には社長と現場が直接コミュニケーションを実施しており、ミス(エラー)はほとんど発生しない。どちらも納得するまでコミュニケーションをするし、また人数が少ないため、それだけの時間をかけることができる。また、しっかりと理解して正しい判断を下さないとすぐに倒産の憂き目に合う可能性もあるため、お互いに真剣である。しかし、先ほどの逆に情報が上がっていくとき、部課長というフィルタが入る。そこに解釈が生まれる。そして、保身もある。バッドニュースファーストが報告の基本だが、バッドニュースが捻じ曲げられて報告される。それがほんの僅かな歪みであっても、フィルタを通るたびにその歪みが増え、経営層に届くころには逆の情報になったりする。

このようなコミュニケーションコストを削減するために、管理の専門家が必要となる。それはスタッフ部門であり、機能としては「官僚」である。スタッフ部門は目的に沿ってルールを作り、それを守らせ、全体としてのコミュニケーションを最適化しようとする。本質的に維持・管理の番人になる。会社の規模に比例して、スタッフ部門の大きさや権限も大きくなっていく。良い悪いではなく、そうしないとコミュニケーションコストの負荷で、金を生み出す本来業務が遂行できなくなってしまう。

◆大企業へ転換するということ
その副作用として、ルールを守らない野武士的なスーパーマンは組織に居場所がなくなる。創業期には多少のわがままや無軌道は「あの能力はかけがえないから、必要だから」と許容されていても、組織がコミュニケーションの円滑化のために、ルールを作り、標準化を始めると、組織メンバーにとって「ルールを守らない」ことそのものが、耐えがたいほどのコミュニケーションコストになる。その一人のために、全体のコミュニケーションコストが跳ね上がり、また「ルールも守れないくせに、初期メンバーというだけで高給を取っている」と見做されて始める。多くの場合、能力もありプライドの高い「野武士」達は転職先に困ることもないので、その組織を去っていく。

また、新たに加入してくる新入/中途のニューカマーたちの意識も変化してくる。ベンチャー時代に参画するメンバーは「ベンチャーへ参画する」という明確な意識をもって入社してくる。未整備であるが故に、ビジネス用語で言う「セルフスターター」には魅力的な環境であり、どこまでが自分の仕事などの区別などせず、また多少の暴走も自分で取り返せばよいという感覚を持ったメンバーが加入してくる。しかし、例えば1000人を超えた企業へのニューカマーたちは、「ベンチャーへ参画する」などという感覚は持ちようがない。当然のように「大企業」へ就職できたと考えるであろう。この手の人々はいわゆる「(学校)秀才型」が多く、目的や目標を自ら考えられるタイプではない。どちらかというと与えられた仕事を着実にこなすことが得意であり、官僚主義と親和性が高い。すると古参メンバは「最近の新人は『口開けて待ってるだけ』『自分から仕事を取りにいかない』」などと嘆いたりするわけである。

しかし、時計の針を戻すことは不可能である。またある種の法則性に沿って成長が企業の「質的転換」を不可避的に起こしてしまうことに対して嘆いても仕方がない。永久ベンチャーは決して成立しない。もしやり方があるとすれば、雇用の流動性を極大化して「いつでもクビを切れる」状態を維持することで、官僚主義を排すること(外資系コンサルティングファームなどで実践されている)があるが、日本においては文化の面でも雇用慣習の面でも、或いは法的な面でも難しいであろう。

残念ながら、大企業になることはベンチャースピリットを捨てることに限りなく近い。言い換えると「つまらない会社になる」という事である。しかし、それを受け入れない限り、永久ベンチャーを追求する企業は自壊するであろう。これはあたかも自然法則のような組織の必然のようである。

2018年10月6日土曜日

ジョーダン・ピーターソンについて、或いは大人の条件について


◆一人でもやっていけるとは?
もうすぐ5歳の一女の父として「教育」は気になる。「娘がどのような人になってほしいか」について妻と話をした際、「一人でもやっていける人/生きる力がある人」という言葉が出てきた。これについてさほど異存はない。ただ少し曖昧なので少しお喋りを続けた。妻の話をまとめると「自立している人」ということであると私は理解した。すると「自立している」という状態はどういうことかというのが次の問いになる。
先日Facebookのある記事へのコメントに私はこのように書いた。

自立している状態というのは「一人では生きていけない」ことを理解していることであり、その上で「できるだけのことをしてみる」ことであり、「生物として次世代をつなぐ(子をなすだけではない)」ことであり、「世の中を恨まず前を向いて生きること」であり、「可能な限り機嫌よくし続けること」であり、状況によっては「己を顧みないこと」ができるという事だろう。MECEかは知らないが。

短文のFacebookの投稿なので非常に雑ではあるのだが、私が考える「自立している状態」即ち、「大人の条件」は上記の通りで嘘はない。ここはブログなので、もう少し丁寧に、わが娘にクリアしてほしい(私自身もそれを満たしたい)「大人の条件」を書いてみる。

◆大人の条件
  1. 自分は有限であり、死すべきものであり、全知全能ではない。子供や若者の内はなかなか自分が「死すべきもの」であることを自覚することは難しい。また「なんでもできる/できるようになる」と考えるのは子供の子供らしい特権である。限界を弁えつつ、他者と「協力」なり「共生」なり「共依存」なりしていかないと、一人では何もできない上に、生きていけないことを理解しているのが大人である。
  2. 「死すべきもの」と「有限性」を理解した時に「だったら何をやっても無駄」と「拗ねる」のは子供である。「有限」で「寿命」はあるが、その限界がどこで、いつ死ぬかなど分からないのだから、拗ねずに「できるだけのことをする」のが大人である。
  3. 所謂「高尚な」ことばかり追求したり、やたらと神の視座に立ちたがるのは子供である。中二病という言葉が的確にとらえているが、まず我々は「生物」である。生物はドーキンスの言う通り、ある意味で「遺伝子の乗り物」に過ぎない。従って、遺伝子をつなぐことが必要である。直接には子を成し、子を育てることである。しかし、様々な事情により子を成せない人もいる。といって絶望せず、何らかの貢献をすればよい。次の時代につながるような貢献ができれば偉大だし、そうでなくとも、「誰かの役に立つ」ことで、次世代の貢献になるだろう。ほんの僅かでも「よりよき世界」につながれば立派な貢献である。その自覚があるのが大人である。
  4. 「社会が悪い」というのはふた昔くらい前には「学生の特権」だったが、その学生が老いて、今でもそんなことを言っているらしい。当たり前だが、社会や世の中を恨んで生きても何一つよいことはない。人生には良い状態も悪い状態もあるのだし、勝負は勝ったり負けたりするものである。だから、前を向いて、背筋を伸ばして生きるほうがよい。「カラ元気も元気の内」を理解しているのが大人である。
  5. 機嫌の良し悪しがあるのは人間の本性なので当たりまえである。しかし、機嫌が悪くて良いことは何もない。「機嫌の悪さ」が伝わることで、他者からは情報も敬意も愛情も伝えてもらえなくなるだろう。そして機嫌の悪さは自家中毒を起こしやすい。何一つ状況は変わっていないのに、どんどん絶望的な気分になってくる。それを理解し、できるだけ「機嫌よくいる努力をする」ことが大人である。
  6. 状況によっては己の立場や身体を気にせず立ち向かうことができるのが大人である。あまりに理不尽な時、物理的に襲われた時、或いは自分自身よりも大切なものを守る時、言葉であれ暴力であれ、必要に応じて使い立ち向かうことができるのが大人である。

おおよそ、こんなところである。これらを満たすか、満たそうとしている人を私は大人と見做す。

◆ジョーダン・B・ピーターソン教授
最近、ふとしたことからトロント大学の教授を務めるジョーダン・ピーターソン氏を知った。ポリティカル・コレクトネスを批判し、英国は「チャンネル4」で、フェミニズムを振り回す左派のインタビュアを、放送中にやり込めてしまって有名になったらしい。そのピーターソン氏が今年の初めに上梓した「12 Rules for Life: An Antidote to Chaos」という北米や英国でベストセラーとなった本がある。訳すと「人生のための12のルール ~混沌への解毒剤~」だろうか。

平たく言えば処世術本なのだろうが、この12のルールが面白い。勿論私の勘違いも大いにあるだろうが、私が言いたいことを整理してくれている。或いは「我が意を得たり」という思いになったので、自分用のメモを兼ねて紹介したい。
ネット上の拾い物を翻訳したものである。

~12のルール~
  1. 肩を丸めず、背筋を伸ばして立て
  2. 自分のことを助けるべき他者と見做して扱え
  3. 最善を尽くしてくれる友人とだけ付き合え
  4. 他の誰かではなく、昨日の自分自身と比較して成長を確かめろ
  5. 子供が嫌いになるような振る舞いを子供にさせるな
  6. 世界やシステムにケチをつける前に己の行動を律せよ
  7. その場だけの利益ではなく、意義のある理想を追え
  8. 真実を話せ、少なくとも嘘をつくな
  9. 今話している相手は、自分が知らないことを知っているかもしれないという前提で接しろ
  10. 発言には正確を期せ
  11. スケボーしてる子供の邪魔をするな
  12. 道で猫にあったら可愛がれ

近ごろは、「自由・平等・人権を守るためにそれらへの異論は許さない」という全体主義がはびこり始めているようだ。だが、北米や英国など、ポリティカル・コレクトネスの本場のような場所で、見方によっては右翼とレッテル貼りされそうな教授が人気があるということが、一つの救いかもしれない。仕方ないから英語で原著を読もう。翻訳があれば愛読者になれそうな気がする。受ける印象は佐伯啓思か。

◆斬新な切り口?
原著はまだ購入してもいないので、ウェブサイトで記事を拾い読みすると「斬新な切り口」という評価が目立つ。しかし、インタビューなどを読むと「宗教抜きの倫理・道徳はない」「機嫌よくいるのは自分や他者への配慮と責任」など、ある意味で非常に常識的である。これらを「斬新」と見てしまう人々が多いことに驚く。人間の数と同じだけ人間の世界がある。しかし、ズレていつつもそれぞれの世界はかなりの程度重なっていると考えていたが、どうやら間違いらしい。ある種の人々は相当違う世界を生きているようだ。これは「分断」なのだろうか?どうもリベラルが騒ぐ「分断」とは違うと思えてならない。

◆いつか娘に伝わるかな?
ジョーダン・ピーターソンは北米で「若い男性」に人気があるようだ。少なくともフェミニストのような女性に甘い物言いではない。前述のチャンネル4では「男女の賃金格差」について徹底的に論難している。また「人生とは理不尽な混沌(カオス)である」「幸福を求めることは無意味である」というようなニーチェ読みらしい厳しい人生観を持っているようだ。また、こうも言っている「年老いた未熟者ほど醜いものはない」と。全面的に賛成である。
女の子であるとは言え、いつの日か娘にはこうした考えについて私と議論できるようになってほしいとは思う。相当難易度が高いし、学校教育で刷り込まれる現代の「倫理」(≒ポリティカル・コレクトネス)や、マスメディアとそこに安易に登場する評論家の甘ったれた「生きる力」とか「正しさ」とか「学級民主主義」とはかけ離れた内容であるのは百も承知である。
とは言え、子供は「親の行ってほしくない方向に行くもの」なので、親心としては、まあ元気でいてくれればそれでよいし、娘がこれらの条件を理解して真の大人になった頃、私が生きているかは相当に怪しいのだが。

2018年7月26日木曜日

太平洋航空博物館


先日、オアフ島のパールハーバー歴史エリアを見学した。もちろん、12月8日/7日(日本時間/ハワイ州時間)の真珠湾攻撃がその歴史的展示の中心である。パールハーバーは現役の海軍基地でもあり、米国太平洋艦隊司令部などもあってかなり広大なため、見学はエリアはいくつかに分れている。日本の航空機によって撃沈された(これは画期的なことなのだが)戦艦アリゾナの上に建てられた「アリゾナ・メモリアル」、受付入口直ぐにある潜水艦を見学できる「USS Bowfin」。湾内にある離れ島フォード島に渡り、大日本帝国の降伏の舞台となった戦艦ミズーリの見学「Mighty MO」、そしてWW2時代の格納庫をそのまま利用した「太平洋航空博物館」である。全部回ると7~8時間の一日コースとなる。すでに「アリゾナ・メモリアル」は10年程前に見学した。旧敵国で敗戦国の国民である私が黙祷するのも妙な話だが、それはそれで礼儀であろうし、どの国であれ戦死した兵士には敬意を表したいので、周囲のアメリカ人学生(だろう。多分)と共に黙祷した記憶がある。今回はまだ訪れたことのない太平洋航空博物館を見学することにした。

◆37格納庫
ここは太平洋戦争/大東亜戦争で使用された軍用機が展示されている。エントランスを抜けるとすぐに我が国の零式艦上戦闘機(ゼロ戦)がある。

残骸からレストアされた21型だが、驚くべきことに飛行可能だそうである。エンジンは残念ながらオリジナルではない。もちろん、この博物館の趣旨に沿って真珠湾攻撃時の塗装になっている。その先にはアメリカにとって反撃の狼煙となった「ドーリットル東京空襲」時の塗装が再現されたB-25、「ミッドウェイ海戦」仕様のドーントレス、25機の日本機を屠ったというF4Fが並ぶ。どれもレストア済で状態は良好のようだ。
ハワイ州とはいえ、本土に攻め込まれた意味は米国にとって重いようで、日本の奇襲を強調する映像が流されていた。しかし、零式艦上戦闘機の説明など読むとその高性能を称えつつ、敬意をもって説明されていた。自国の戦士を称えるのは当然だが、敵国の戦士にも敬意を払うことができるか否かは、その国の品位というか品格というかを示す分かり易い指標だろう。最も我が国は「自国の戦士」を称えることすら拒否する人々が多数という珍妙な属国なので品格も何もありはしないのだが。





そんなことをつらつら考えつつ、外に出る。すると少し離れた79番格納庫まで、恐らく退役軍人のオヤジと思われるドライバーがゴルフカートで我々を乗せていってくれる。礼を言うと、ニコリともせずに”My Pleasure."とぶっきらぼうに言うだけだが感じはよい。そのあたりが退役軍人だと思わせる。

◆79格納庫
外に展示(放置)してあるつい最近まで現役だった戦闘機やヘリコプターは後回しにして、日本軍の弾痕が残る79倉庫を先に見学する。

ファントムやデルタダガー、F111というような歴史的な戦闘機、或いは旧ソ連のMiG17がまず目に入る。ここは展示場であると同時にレストア施設であり、少し奥に行くと、日本の九七式艦上攻撃機がレストア中であった。真珠湾攻撃の立役者であり、アリゾナを沈めた九七艦攻がその真珠湾でレストア中とは。その先にはF6Fヘルキャットがレストア待ちだった。この九七艦攻は非常に貴重である。



戦前の「全否定による自己正当化」という腰抜けを通り越して小児病的なマスメディアと大量人が支配する日本では、有志が米国でレストアした零戦の里帰りにすら「戦争を連想する」「軍国主義礼賛だ」と中学生以下の反応が起こる。企業はイメージダウンを恐れてスポンサーになろうとしない。なるほどマッカーサーの言う通り日本人の精神年齢は12歳かもしれぬ。敗戦国の倣いとは言え、本当に米国に骨抜きにされたのか。それとも日本人は元々その程度であったのか。前者だと思いたいが、近ごろは後者ではないかと疑っている。

「自国の軍と自国の歴史に敬意を払う」姿勢。羨ましさにため息をつきつつ外の展示エリアへ。

◆外エリア
79格納庫の外には広大な滑走路が拡がり、ハワイの陽光に目が眩みそうになる。すぐ隣には20-30機ほどの軍用機が展示してある。放置に近いが。まずシコルスキー・シーキングやアパッチなどのヘリコプター。

そのすぐ後ろにはF-14Aトムキャットがある。この機体を見るとどうしてもトム・クルーズとDanger Zoneをセットで連想してしまう。
F-14の前方にはF-15イーグルがある。実戦ではほとんど落とされたことがない戦後最強の戦闘機もF-22やF-35などの第五世代の戦闘機に取って代わられている。
最も我が国の航空自衛隊では未だ主力ではあるが。


MiG21なども置いてあり、丁寧に見ていけばキリがない。が、炎天下なのでそういつまでも見ていられない。また、例のゴルフカートに乗って37倉庫へ。たまたまだろうが日本人の見学者は我々以外にはおらず、しかも小さな子供連れなので、目立つらしい。オヤジも例によってニコリともせず、乗せてくれた。

博物館は何にせよ色々学ぶことができる。

2018年6月22日金曜日

帝王学の現代性~FY01の振返りに代えて~


今月は決算月である。会社設立の一年目を無事に迎えることができた。様々な幸運が重なった結果であり、皆様に心から感謝申し上げる。これは決して謙遜でも社交辞令でもない。そのように仕事はつながっていくということが理解できた結果である。さて、つらつらと1年間の仕事の経緯を振り返ってみてもあまり芸があるように思えないし、読者諸兄姉の参考になるとも思えないので、仕事を通じて気が付いたことを分析・整理してみることにする。


◆草創と守成といずれが難き
サラリーマン時代だが、急成長しベンチャーから抜け出た直後の会社に一年間お世話になっていたことがある。中に入ってみると、ロケーションやロゴ、企業スローガンなどは立派なのだが、業務は属人的で混沌としており、非常に非効率であった。そして非効率であるがゆえに、長時間労働は当たりまえであり、業界内ではいわゆる「ブラック企業」と呼ばれていた。リーマンショックを契機としてリストラという名の人員整理、経営者の交代を経て、今では立派にブラックとは呼ばれない大企業となっている。
この一年、支援してきたクライアント企業も同様に急成長し目下社員数数千名の大企業である。しかしブラック企業ではないものの、やはり非常に似た雰囲気である。やはり業務が属人的で非効率であり、ベテランメンバが「我流」を貫くやり方はどこか共通している。

ところで『貞観政要』という8世紀に書かれた唐の古典がある。この本は唐帝国の中興の祖である太宗と家臣の言行録として、その太宗の後継者へ「帝王とは如何にあるべきか」を教育するために書かれたもので、日本においては帝王学のテキストとして、北条政子や徳川家康が愛読していたそうだ。この中に「創業(草創)と維持(守成)のどちらが難しいか」という言葉が出てくる。結論から言えば「維持」の方が難しい(と考えるべき)と結論付けている。

◆創業向きと維持向きの人材は違う
『貞観政要』にもあるが、創業向きの人材と維持向きの人材は異なる。創業者はいわゆる立志伝中の人であったり、強烈なカリスマを持つトップが多い。そしてその周囲に普通ではない豪傑サラリーマンが集い、語り草になるような猛烈な働き方や伝説的な活躍をしたりする。そうした人材が創業向きである。私の乏しい社会人経験でも何人か知っているが、何時寝ているのか?と思うような24時間仕事に遊びに全力を尽くしているタイプが多かった。大抵、優秀で個性的でもあり、指示待ちではないというより、指示されることが嫌いである。外向的、情熱的で癖が強い。三国志で言えば、曹操の周りの豪傑たちと言うところか。
しかし、企業がある程度まで成長した後はそうした豪傑はあまり必要がなくなる。豪傑たちが作り上げた仕事を業務として仕組化し、それを維持・発展させる段階になると、むしろ「常識人」の出番となる。イメージとしては学校秀才でTPOを弁えたある意味で官僚的な人材が必要となってくる。これらの人々は指示されることにさほど違和感がない。混沌よりは秩序を、試行錯誤よりは効率化が重視される。この状態になると豪傑の持つ「強引さ・無秩序さ」は効率化の妨げになるため、あまり適合しなくなる。

◆創業期と維持期の間
さて、会社がある程度の規模になったり、ある程度存続できたとき、維持のフェーズは必ずやってくる。企業に限らず、黎明期から成長期を終えた組織体には必ず移行期が来る。例えば、私は子供の頃から地元商店街の町おこしの一環の「阿波踊り」の連(チーム)に参加していた。黎明期は商店街のオヤジ達がお囃子を、その子供たち(私もその一人だ)が踊り手をしていた。阿波踊りとしてのレベルはマチマチであったが、飛び入りも可だったし、基本的に盛り上げればよいというものだった。しかし、その二世たちが主催している現在は大所帯になり、連員の管理や練習の管理などが必須になり、良くも悪くも官僚的になる。阿波踊りとしてのレベルはかなり高いレベルで均質化している。初期のオヤジ達のようにふるまうと、効率化のベクトルと合致しないため、あまり歓迎されないだろう。これは組織の成長に伴う必然のように思える。

この移行期をスムーズに乗り切る企業もあるだろう。しかし、試練の時を迎える企業も非常に多い。『貞観政要』もまさにこの移行期の君主(リーダ)と臣下(メンバ)をテーマにしている。それが帝王学のテキストとなるからには、この移行期の問題はどの組織にも通じる普遍性のある問題なのだろう。

◆永久ベンチャーは成立しない
この移行期に特有の状態として、上層部(経営層)は創業期の立役者、ミドルは創業期の若手で構成されている。従って、創業期の陽性の無茶苦茶を成功体験として持っている。しかし、すでに大きく成長したその企業に入社してくる新人や若手は「ベンチャー」と見做して入るわけではない。その名声にふさわしいだけのある程度確立した企業だと考えて入社してくるわけである。これらの人々は会社に対して勝手に貢献するような人々ではない。良くも悪くも豪傑の上層部、その豪傑についていくだけの能力と野性味があった野武士的なミドル層に対して、学校秀才的な新参者は的確な指示がないと動けない。当り前である。その名声に引き付けられるのは、良くも悪くも安定志向の人々である。そのような安定志向の彼/彼女たちは「維持期」向けの人材である。
豪傑や野武士は「最近の若手は自主性に乏しい」「マニュアルばかり求める」「俺たちの時は勝手に仕事を探して貢献したもんだ」「人事は何を見ているんだ」等と嘆く。しかし、残念ながら当たりまえなのだ。十数年前の自分たちのように自主性に富む人々は大企業なんかに入ってこない。起業しているかベンチャーに行くだろう。さらに自分たちの成功体験が強烈なので、事情のあまりわかっていない若手が「勝手に」仕事をすれば烈火のごとく怒ったり、挙句にマイクロマネジメントに陥ったりもする。にも拘らず、自分たちのノウハウをマニュアルやルールとして文書化していないので、若手は何を基準に動いたらいいかわからないのだ。そして人事だが「自主性に富む≒忠誠心が低い」のは当然であるため、そのような人材を回避するものである。おかしな癖のある新人を採用して現場に文句を言われたくもあるまい。従って、創業者や豪傑たちの夢である「永久ベンチャー」は殆ど絶対に成立しないのである。
「永久ベンチャー」とはご想像の通り、「創業期の勢いと活性度のまま成長を続ける企業」のことだが、そのようなことにはまずならない。ほとんど法則のごとくならない。この移行期間はその会社が非常に不安定になる。これは上位層が自分たちの理想を諦め、中間層が仕事を標準化・マニュアル化することを受け入れるまで続く。

◆老いてもはや諫めを入れぬ王は貧しい羊飼いの子供にも劣る
しかし、これは創業メンバにとっては非常に難しいことのようだ。私自身も駆け出しの経営者だが、己一代で大企業に成長させたような経営者達はやはりものすごい。その実績/姿勢/カリスマ性は私のようなすれっからしでさえ尊敬に値すると考える。お世辞ではなく、人並み外れた力量があったがためにそこまで会社なり組織を成長させたわけである。だが、その強烈すぎる成功体験は人を全能感に陥れる。この全能感を制御するのは普通の人間には難しい。周囲には耳障りのよいことしか言わないYESMANばかりが集まり、会社に関することに限定されるとは言え、意のままにならないことはなく、マスメディアなどでも賞賛されという状態で正気を保つことはできない。だからこそ「帝王学」が必要になる。「帝王学」は「人をどう使うか、意のままに操るか」と一般に勘違いされているが、実際には真逆で「いかにして自分の全能感を制御して正気を保つか」という方法論に近い。旧約聖書の時代にも「老いてもはや諫めを入れぬ王は貧しい羊飼いの子供にも劣る」という言葉がある通り、これは人類普遍的なテーマらしい。この帝王学を身に着けえなかった帝王は必ず、身内に裏切られて滅ぶのである。織田信長しかり、隋の煬帝しかり、そしておそらくスターリンも。そしてそれは「是非もなし(良い悪いはない・仕方ない)」なのである。それを直接知っていた徳川家康は信長(や独裁者としての秀吉)を反面教師として強い危機感の下『貞観政要』を学んだのだろう。

◆現場の軍師として/経営者として
コンサルタントとしてまさに移行期にあるクライアントの企業の現場を支えることがこの一年のミッションであった。そのミッションを通して一番強く感じ、考えたことを今回は整理した。ここでまとめた問題の一つの解決策として『貞観政要』のような帝王学を次世代のリーダクラスに紹介・解説するようなコンテンツを作成し、研修の形で展開することがあるかもしれない。勿論、『貞観政要』のような名著を私が書けるわけではない。しかし、そのロジックを紹介し、換骨奪胎して現代日本人が理解しやすいようにまとめることはできるかもしれぬ。少なくとも二年目はこのコンテンツ作りとソリューション開発にも力を入れていきたいと考えている。



2018年6月8日金曜日

厄介で不幸な呪い


今月は決算月である。コンサルタントとして独立してからほぼ1年が過ぎた。2017年の7月10日に独立したので、12か月目に突入したという事になる。この1年間の振返りは、一周年を迎えてから書くとして、サラリーマン時代から大きく変わった部分を書いてみたい。


◆厚切りジェイソン
いわずと知れたテラスカイの役員にして、お笑い芸人の厚切りジェイソン氏。本名はジェイソン・デビッド・ダニエルソンらしい。さてこのジェイソン氏のお笑いではない言動はなかなか破壊力がある。「歯に衣着せぬ」というか非常に率直に本質を突いてくる。さすがに頭脳明晰である。
サラリーマン時代、ジェイソン氏の言動が苦手であった。いや、なかなか書くのに躊躇するが、その自由さに「嫉妬」を感じていたというべきであろう。
よく彼は「炎上」する。いわく、

『「空気を読め」という表現がよくされますが、一体どういう意味でしょう?「空気を読め」ですよ。空気は明らかによめませんよ。でもこれにより、自分を表現することができなくなっているのです。』

『ええ、心から純粋に人生を楽しんでいそうな人は非常に少ないと感じているよ。電車乗ると全員疲れている、イライラしている。笑顔がない毎日。
いつも周りはどう思っているかを優先している人しょっちゅう見るけど。
幸せになってもいいんだよ。』

『日本の一般企業では残業しないと大した給料をもらえないというのは、仕事を効率悪くやる人にご褒美をあげている』

『残業大国である一方、日本の非工業業界の生産性が先進国の最下位。米国の半分。WHY? Why is hi-tech Japan using cassette tapes and faxes?』

◆イラつくのもわかる
イラつくのも今ならわかる。批判する日本人の苛立ちも、ジェイソン氏の苛立ちも。「本業」を聞かれるのが嫌いだというジェイソン氏。そして「日本から出ていけ」という批判する側。批判する人々の脳みその程度によって、批判の仕方は異なるが、そのロジックはよく理解できる。

まず批判する人々は絶望している。雁字搦めになっているが、それが自縄自縛とも薄々気が付いている。例えば、普通に勉強して、普通の大学に入って、或いは専門学校に入って、ただ不景気だという理由で、或いは「新しい生き方」などの甘言に幻惑されて、非正規雇用で社会人生活を送っており、将来にも展望を持てずにいる。じゃあ海外で働くかというと言語障壁が高すぎて、或いは、英語が少々できても、それだけではダメと思い込んでいて、己をダマしダマし生きているような絶望感だ。たとえ、非正規でなくともシュリンクする市場、内部留保をため込むしか能がない経営者の支配、それをひっくり返すほどの力量がない己に絶望していたりする。

そういう時の思考は簡単だ。「俺も/あたしも我慢して不幸を生きているのだ。ここはそういう国だ。それがイヤなら出ていけ。」或いは、「不幸は構造的な宿命なのだ。一生懸命に人生を諦めようとしているのにうるせえな。」である。勿論、同時代、同世代にもそうでない人がいることぐらいは理解しているし、不幸でない人々と恐らく紙一重の差しかないことも理解している。だが、もう絶望して気力が萎えているのである。ほとんど成功体験がないのだから仕方がない。クソみたいな仕事をクソみたいな上司の下、それもなんの見通しも、独身の異常に多い特にアラフォー世代にとっては、家族の慰めもないまま、イヤイヤながら生活のためだけに働いているのだ。少なくとも自覚としてはそうだ。違うとは言わせない。私もそうだったのだから。

私大文系を卒業し、斜陽産業の情報子会社に新卒で入社し、そこから最大手の外資系コンサルティングファームへ転職し、ベンチャー系人材会社から、日系の一部上場企業でのサラリーマン生活をしてきた。氷河期世代としては、まずまずのキャリアではあろう。だが、その私でさえも、上述のように絶望していた。違うのは、妻に恵まれ「独立への勇気が持てた」というだけである。

さて、ジェイソン氏の苛立ちはこうだ。
「能力が低いわけでもないのに、思い込みで委縮して、自分で不幸になっている。WHY?! Japanese people!」
そしておそらくジェイソン氏は日本が好きだ。それも今ならよくわかる。好きでなければ、わざわざタレントとして、或いは経営層として好感度が下がる可能性のある「炎上」を自ら招き寄せるようなマネはしない。それが分からないほど馬鹿であるはずがない。

私の父は中卒のケーキ職人だが、小さなケーキ屋を立ち上げ、細々とではあるが立派に家族を食わせてきた。貧乏か金持ちかで言えば貧乏にはいるし、すでに店も畳んでいる。しかし、店を辞めた後も職人なので特に定年などもなく、いくつかのケーキ屋で働いて、76になった去年ようやく引退した。よく考えると「良い大学、良い会社、定年まで失敗しない」という生き方は少し前まで全く一般的でもなければ、唯一の正解でもない。中卒だろうが、なんであろうが、とにかく生きて、やりたいと思ったことをやり、家族をつくり、食わせるのは、少し前までできていたのだから、我々ができない道理はないのだ。ただ、中卒で苦労した父の世代は、大卒大企業エリートが輝いて見えていたにすぎない。だから、今現役の我々に「いい学校・いい会社」と言っただけである。要するにケーキを食べたことがないから、ケーキがものすごく美味しそうに見えていたにすぎないのである。

◆自分自身への呪い
「僕たちはガンダムのジムである」という本があった。残念ながら未読であるが、タイトルはなかなか秀逸だ。つまり、主役級のスーパーなロボットであるガンダムではなく、我々凡人は量産型で数しか取り柄のないロボット程度であるという事だろう。ガンダム世代の私にはよくわかる。そして、ある程度大人になったガンダム世代はそういう「ジム」「ザク」が世の中を回しているという事に気が付いている。

だが、本当だろうか?その比喩は本当に適切だろうか。

確かに我々は凡人ではある。しかし、凡人には「やりたいことをやる資格がない」という思い込みは何ら根拠がない。また「やりたいことをやって失敗するリスク」がよく語られるが、やりたいことなのだから、天才的に能力を発揮するかもしれないし、失敗しないかもしれない。失敗したところで、失敗と再起不能は同義ではない。別にジェフ・ベゾスやマーク・ザッカーバーグ、ジャック・マーのような人々だけが起業家というわけでもない。彼らのようになることが、必ずしも成功ではない。今は老いてしまった商店街のオヤジどもだって、かつては立派な起業家だったではないか。

私はそのように考えることで独立した。独立してみれば、様々なご縁や事柄が重なって、どうにか一年食えている。随分覚悟して独立したのに、経済的にもワークライフバランス的にも日本の一流企業のサラリーマンよりずっと良い。勿論、運の要素も大きいだろう。だが、少なくとも軸となるスキルと経験があれば、とりあえず食うには困らない。理由は実に単純である。つまり私などよりずっと優秀な人々が、独立起業を恐れてサラリーマンのままなので、ライバルが少ないのだ。謙遜ではない。実際にそうなのである。この十数年、日本は廃業が起業を常に上回っている状況である。起業が難しいからではない。後継者探が探せなくて経営者が事業継承に失敗し、年齢と共に会社をたたんでいるだけである。ただそれだけのことなのだ。

だが、私は知っている。日本のサラリーマンのリスク回避は骨がらみである。そのリスクとは、食えなかったらどうしようということもあるが、周囲と異なる対応をした結果失敗した時につるし上げられることの恐怖である。山本七平の議論によれば、実際に日本においては「空気」が意思決定をする。従って多くの日本人は自分で意思決定することに慣れていない。そして、集団の心理が「空気」を創り出すので、「空気」が決定したことはだれも責任を持たない。名目上の責任者さえ、「あの空気ではああするしか仕方がなかった」「あの時の空気を知らない奴に何が分かる」と言い出す。

私は20年程社会人生活をしているが、重大な決定について「空気」以外の意思決定をほとんど見たことがない。実は「空気」による決定と「本質的かつ外的なリスク回避」はほぼ無関係である。ただ、失敗の責任を誰も取らされたくないだけなのだ。それはほとんど呪いである。いや真正の「呪い」そのものである。そしてその呪いに個人も罹っている。転職や独立などという人生における重大な意思決定、それは「空気」が決めてくれる訳もない。だからできないのだ。会社の仲間だけではない。家族や親類、友人含め、それで失敗した時に「ほら見たことか」「上手くいくわけないだろう」「家族の生活をどうしてくれるんだ」という吊し上げの場(裁きの場)に立たされることの恐怖に勝てないのである。

そしてジェイソン氏の言動が腹立たしく感じるのは、彼が日本人でないが故に、正確には日本で育たなかった故にその呪いにかかっていないからである。彼は素直に考えたことを口にしているに過ぎない。「空気を読め?空気なんて明らかに読めないでしょ」である。勿論、アメリカには別の呪いがあるのだが、それはアメリカで育ち、住まないと恐らく肌感覚で分からない。

◆呪いを解くには
神代の昔から、自分で呪いを解く方法は一つしかない。それは勇気である。勇気をもって呪いに反することをすることである。別にご先祖様に感謝とか「スピリチュアル」な話をしているわけではない。呪いの本質は「社会も含む他者からの思い込みの強制である」それが内面化(血肉化)されてしまうと心理学的には「抑圧」、民俗学的には「呪い」と呼ぶだけである。私の経験では、社会よりも肉親の呪いの方が強い。その呪いは一見「教訓」の形をとっている。そして呪い手たる肉親、多くは親だろうが、呪っている自覚はない。だが、それは呪いなのだ。「レールを外れたら地獄が待っている。集団に従え。」という。
しかし、これを読んでいるあなたは大人だろう。大人としての勇気をもって、その呪いに打ち勝ってみてほしい。そして実際には、吊し上げなどまずされない。元の会社のメンバーは、呪いの真っただ中にいるのでそれどころではない。家族も不安なだけなので、食えることさえわかれば、安心してくれる。そしてきっと言うであろう。「独立/転職/移住おめでとう!」と。呪いの反対語は祝福である。

勿論、保証はされない。だが、会社が何を保証してくれるというのか。一年やってみた実感として、リスクは特に変わらない。寧ろ、自由な分、リスクも少ないように思う。

勇気をもって踏み出すものに幸いあれ。

2018年6月1日金曜日

自省録的世代論


こだまする「ロスジェネが怖い」という悲鳴という記事を読んだ。あまりに厳しい就職活動や理不尽な社会人生活を潜り抜けてきたロスジェネ世代の先輩社員が売り手市場で入社してきた20代にとって恐怖という内容である。さもありなん。いずれそういわれると思っていた。私はロスジェネど真ん中の1999年(恐怖の大王っぽいな)に社会人生活をスタートした。

私大文系の哲学科という何とも微妙な学歴ではあるが、200社ほど資料請求(懐かしい)して、30社ほどドサ周りをしてどうにか一件内定を頂いたような世代である。周囲も今ではだいぶ出世しているものもいるが、似たような学歴の友人も就職浪人をして、どうにか翌年公務員に滑り込んだりしていた。ソコソコの大卒であっても、リテラシと根性と、友人・家族に恵まれないと、当時喧伝されていた「派遣社員という私らしい選択」のようなものに流されたり、就職浪人を何年もやってしまったり、大学院に残っても「ポスドク」として飼い殺しにされてたりした。いや、過去形ではない。そうなってしまった同年代は今も苦しんでいる。

私自身が若者から見て怖いかどうかはわからない。だけれどもあくまで私の周囲限定ではあるが、世代的な特徴はいくつかあるように思える。なお、女性はサンプルが少ないので論じない。タイトル通り「自省録」であり、男性である私と同年代の男性の話と思って(お時間があれば)読んでいただきたい。また、正確にはロスジェネの中でもサバイバーというか、どうにか「何者かになれた」人々の話である。

まず、我々(私)の人間関係のベースは性悪説であり、評価は結果ベースである。必要とあらば協調もするしチームプレイもできるが、基本的には他人を他の世代の人ほど信用していない。上の世代や下の世代と仕事をして驚いたのだが、どちらも他人を楽観的に信用するように見える。下の世代はまだ分かるが、50歳のオッサンの部下について55歳の部長が「まだ成長する!」と言い切ったのには驚いた。私の目から見ると、もはや擦り切れており、柔軟性も失われているその50歳が成長するとは思えない。にも拘らず、その楽観視と無邪気な信頼が信じがたかった。「成長などするわけないでしょう。いい年をして。」当時の私はそう部長へ言ったが、まあ聞き入れるはずもない。寧ろ可愛がっている部下を侮辱するなというようなことを言われた。いやいや、私もあんたの部下なのだが。うまくいくはずもないと観察していたが、案の定、その案件は失敗した。原因はそのオッサンの協調性のなさである。それを冷ややかに眺めているのは私と私の同世代であった。

では我々は無能かというと、私の同世代たちは結果ベース自己評価するのでそれほど無能ではない。大体において営業であれば常に上位の成績を残してきたし、技術職や企画職であれば、新しいものを作り拡げてきたようにとらえている。とはいえ、後述するように、ロイヤリティが低いので会社や上位者からの評価はあまり高くないケースが多い。寧ろ、顧客からは高い信頼と評価を得ている人が多いように思う。尤も友人の中には若いころからチームリーダとして周囲を引っ張り、評価され、出世しててきたのもいる。しかし、彼をして曰く「ご機嫌をとるのも仕事の内」であり、「頭の良くない上役がお世辞一つで思う通りになるのは愉しい」らしい。
基本的に仕事はまあできる。そうでなければそもそも仲間に入れてもらえなかったのだから。

我々は会社をコミュニティとして認識していない。従ってロイヤリティは低い。採用した側からすると拾ってやった訳だから感謝されてよいはずと思われるかもしれない。しかし、丁度、山一證券や千代田生命がつぶれた時期に就職活動や新社会人となったので、そもそも会社組織の永続性を信じていない。また、大企業も事業継承が進み、サラリーマン社長が増えてきた時期とも重なっていて、いわゆる経営者も「保身と私利私欲のタダの人」くらいにしか認識していないので、忠誠心の持ちようがない。勿論、そうでない経営者もいるが、それは例外であるがゆえに尊敬するというところである。

では、後輩への接し方はどうだろうか。私を含め、見ていると総じて親切ではある。中でも「こいつはいける」と判断したタイプには色々と教え込む。逆の見方をすると「こいつは使えない」と判断すると「親切だが優しくない」先輩でしかなくなる。人の見切りが早すぎる傾向はあるかもしれない。

まとめると、結果にこだわるので仕事はできる。同時にあまり組織も人も信用せず、悲観的であり、忠誠心が低い。若者から見るとすぐに見切られて、心のこもらない指導がなされてしまう。或いは倒れるまで熱血指導されてしまう。何しろ、自分たちが本当に倒れるまで働かされたのだから。(うつ病を発症した友人も多数いる。ほぼ全員が人間関係と働きすぎが原因だ。)
たしかに、これは怖い。あまり関わり合いになりたくない人々かもしれない。勿論、こんなのは大雑把で主観的な世代論なので、その正反対の人もいるだろう。ただ傾向として私が私自身を含めて観察したところを記したのみである。

さて、ここからは自省である。果たしてこの状態のままでよいかというと、あまりよくはない。突き放してみると「承認欲求」があまり満たされてないにも関わらず、「所属欲求」にも期待しないので、なかなか厳しい状態ではある。一つの解決策は自分で商売し、クライアントから対価と感謝を頂いて承認欲求を満たすということになるだろう。すでにこれは私自身が実行している話である。所属欲求は精々がところ「日本人である/社会人である」くらいで良しとしよう。

しかし、年齢のせいもあるのか、我ながら非常に頑なで決めつけが多すぎるように思う。ある範囲内では割と柔軟に話ができるのだが、大嫌いな「新自由主義」「弱肉強食」を刷り込まれているせいか、厳しい言説をよしとし、安易さや甘さが少しでも見えると否定しはじめる。というより、叩き潰しにかかってしまう。これは不幸な脊椎反射であろう。理想それ自体を絵空事として、或いは自分には関係ないこととして軽んじ続けた結果、理想論=戯言の等式が脳内に埋め込まれてしまっている気がする。例えば「世界を変える」的言説にはたいてい虫唾が走る。反射的に「目的は何か」「何をどう変えたいのか」「どうやって変えるのか」「変化には必ずプラスとマイナスの影響がつきものだが、マイナスについて考えているのか」などと問い詰めたくなってしまう。

あたかも偽善者を嫌うあまりに自らが露悪趣味という名の偽善者になってしまっているかのようだ。否、そうなっている。
リアリストであることはよい。しかし、行き過ぎて厭世家になりがちである。それは逆立ちした理想主義者と同じことである。

信じることはできていなくとも、他者の掲げる理想や希望をもっと尊重できるようにならねばならぬ。それは己と周囲の幸福のためにプラスであろう。どこかで人格形成にしくじっているロスジェネとして、それを成長のベクトルとしていきたいが、具体的な施策や行動にまで落とせずに困っている。取り敢えず、心の中で「ケッ」と吐き捨てる回数を減らそう。心の中で「クソが」と中指を立てる回数を減らそう。今のところ思いつく施策はこれぐらいである。
長くなったので今回はこの辺で。


2018年5月24日木曜日

「ITの世界において日本は世界に貢献していない」について


最近ネット記事などを読んでいると「ITの世界において日本は世界に貢献していない」という趣旨の言葉を目にする。元々ITでは存在感の薄い日本であるので、まあそんなものだろうとは思うが、製造業やほかの業界から見ると「どんなことになっているのか??」という疑問もあろうかと考えるので、少し考えてみる。


IT技術はネットワーク技術の発達によって「時間と空間を超える」事をその本質の一つに加えた。要するにインターネットを媒介として、世界のどこにいようとも、瞬時に情報共有やコミュニケーションが成立する。IT業界に限らず、社会的にも政治的にもこのことの意味は大きく、協力であれ、対立であれ国境や国籍の意味が多少なりとも薄れてきた。

さて、協力と対立の内「協力」に着目してみる。インターネット上には様々な国籍を問わないコミュニティが大小問わず、自然かつ大量に発生しているのが現状である。FacebookやTwitterなどのSNSはその基盤の一つであるし、国際的なコミュニティが達成した成果としてはコンピュータOS「LINUX」などがある。勿論、現在進行形で様々なインターネット上のコミュニティがあり、IT業界においては相互に情報やノウハウを共有したり、切磋琢磨したりしている。IT技術はあまりにもその進歩が速いため、情報を囲い込むよりも共有し、相互フィードバックすることで技術者自身はその技術をブラッシュアップし、自分の技術の陳腐化を防ぐことができる。また、相互フィードバックなので、その技術者の知見もコミュニティに還元することで、そのコミュニティへの貢献となるわけである。

しかし、ネットワーク技術でも超えられない壁がある。お分かりの通り「語学」、この世界のデファクトスタンダードである英語がそれである。一般に「日本人は英語の読み書きはできるが、会話が苦手」と言われていたりする。しかし、私の見るところ多くのIT技術者を含む日本人は「読み書きすらままならない」のが実態であり、ましてや「会話」などほとんどできない。勿論例外はかなり多いが、大多数はその状況なので、英語のコミュニティから見れば「いないも同然」であり、活発な英語話者のメンバにとって「日本からの貢献」は無きに等しい。従って、「ITの世界において日本は世界に貢献していない」という命題は真であるし、これからも劇的に変化することはないだろう。

個人としては・・・
技術者個人としての対処方法は大きく3つある。一つ目は英語コミュニティに飛び込みながら英語を身に着けて、そのコミュニティに貢献するという方法である。実際にはさほど難易度が高いわけではないだろうが、幼少期から、英語(と外国人、特に欧米人)に対するコンプレックスを植え付けられて育った土着の日本人には心理的障壁が高すぎて、この道を取る人が多数派になることはない。従ってライバルとなる日本人は少ないため、国内での希少価値は高く維持できる。個人に対して私が推奨する方法はこれである。英語で仕事と仕事の話ができる技術者は日本においては永久に少数派なので、英米文化と英語の天下が続く以上は強力なアドバンテージとなる。

二つ目は「そういうもの」と割り切って、日本で、日本語の仕事に徹し、世界貢献など相手にしないことである。実はライバルが多く、よほど独自性や高い技術力を持たないと代替可能な人材にしかなり得ないので、収入面でもよいことはない。しかし、得意なことに特化して自分のリソースを投下できるし、日本国内の市場は小さくないので生きていくことはできるだろう。また日本語を障壁に使うことができるので、国内で開発された技術を国内の中でフィードバックし合いながら高め合うと同時に、非日本語話者を排除することもできるだろう。ただこれについてはあまり可能性がない。それはIT業界においては日本の技術はむしろ後進であるからである。茨の道だが、大多数の日本の技術者がこの道を選択するだろう。

三つ目は「諦める」である。世界への貢献どころか、国内への貢献、社会への貢献も諦めて、人間関係で食いつないでいくことである。得意な人は得意だろうし、特に否定はしない。しかし、技術を追求しなくなった時点で、技術者としては死を迎え、管理者やコンサルタントなどに生まれ変わる等をしない限り、その人はゾンビである。本人がゾンビであることを許容するのはOKだが、流動性が高まる雇用環境において、被雇用者としては非常に厳しい状況に置かれることは認識したほうがよい。

経営の立場としては・・・
日本人の英語力向上やらグローバル人材育成やらというような話は、基本的にうまくいかない。前述のように、モノリンガルな技術者が絶対多数で今後もあり続けるだろう。「世界へ貢献」などする気がなくとも、日本で生き残っていけるだろう。経営目標の究極は「ゴーイングコンサーン」なので、それはそれでも何も困らない。経営者がどうしたいかが殆ど全てである。しかし、Web系のベンチャーは是が非でも国際的なコミュニティに参加し、最新の技術をキャッチアップし続けたほうがいい。舶来上等は骨がらみで、相変わらず米英発の技術はありがたがられるし、実際に日本よりも進んだ技術やトレンドを活用できるだろう。

一次請けのSIerならば、現状以上にビジネスモデルを改善するのは難しい。ITゼネコンであることを徹底し、技術よりも人的ネットワークと管理技術を徹底的に鍛えるほうが生存確率があがるだろう。下手に改革すると、市場における優位性を失いそうである。ただし、海外展開をする場合はこの限りではないが、日本国内のパイは大きいので、そこまで切実に「グローバル化」する必要はないはずだ。

二次請け以降の小規模SIerで、その状況を打破したいならば、技術力を向上する方向性は有力な選択肢である。自社プロダクトを追求すると同時に「コードが書けない/技術力がない」管理職を撲滅するところからスタートしてはどうだろうか。おそらく技術者たちは「IT業界最底辺」の自己認識に苦しんでいるはずなので、そこを打破するきっかけとして、技術力至上主義と世界コミュニティへの貢献を旗印にするのも悪い選択肢ではないと考える。その場合はDevOpsなどの導入方法論も磨いていくと鬼に金棒となるだろう。事業会社主体でのシステム導入を進め、米国式に業務システムは内製化の流れを作るという戦略などもありうる。

国家・政府としては・・・
経営まではコンサルタントとして、対応施策を記したつもりであるが、国家や政府に対しては評論家的に意見を述べるほかはない。

さて、日本政府がIT産業においては、殆ど全ての観点で「米国はもちろん、インドや中国に対しても日本の優位性はない」という認識を持っているだろうか。恐らくあるまい。また、それを語学の問題に収斂させがちだが、それは問題の矮小化である。また、私利を追求することで社会へ貢献する個人や経営者と異なり、平均的、或いは平均以下の個人も考慮に入れて政策を行わなくてはならない。自由放任かつ弱肉強食というのはすでに政治ではない。それは政治の放棄である。

まず、ITという成長産業において、技術の最前線に立つプログラマ(コーダー)が、最下層のヒエラルキーに組み込まれているという現状を認識していただきたい。名だたる国内のSIerには営業力と調整力と管理能力があるだけで、産業構造としてその下に組み込まれた、二次請けや技術派遣、或いは偽装請負のシステムエンジニアやプログラマが支えている。彼・彼女たちは非常に低い単価、即ち賃金で業界を支えている。IT土方という言葉があるように、ほぼ「誰でもできる仕事」と位置付けられている。語学がどうこうというより、成長産業にいながら、死んだ魚のような眼をした労働者をなんとかするのが先だろう。

その上でこの産業は(宗主国の)米国がトップランナーなのだから、英語でのコミュニケーションスキルは大きなアドバンテージになり得る。つまりIT技術者は英語を学ぶ動機が本来ある層である。しかし、国家ぐるみで英語への劣等感を拡大再生産する上、語学が苦手な層とかなりの率で被るので、この層は語学に対するモチベーションそれ自体が破壊されている人が多い。あくまで私見というか偏見ではあるが。

学校教育で英語でのコミュニケーションができるようになるなどと言う実現不可能な目標は諦めて、取り敢えず、中学英語で最低限の単語と文法を覚えたら、あとは語学学校に任せて、必修科目から外すなど、劣等感の払拭をメインテーマに据えていただきたい。劣等感という心理的障壁がなければ、必要に応じてJavaやC#やSQLと同様にこの層は英語を身に着けることができるだろう。

何しろ、まずは劣等感をなんとかしないことには、最初から負けているし、いじけたままでは貢献する気など起きないのが人情というものであろう。

2018年4月23日月曜日

政治思想の見取り図


消極的支持或いは消去法
安倍政権がピンチだそうだ。とはいうものの自民党内部や財務官僚の「安倍降ろし」以外には特に脅威があるわけでもない。ある程度の現実主義にたって政権運営が可能なのは現時点で自由民主党以外にないし、グローバリゼーションに対応することでエスタブリッシュメントの支持を、憲法改正や中韓等への対応から保守層の支持を集める安倍内閣はサヨク&サヨクマスメディアが騒ぐほどにピンチだとは思わない。安倍政権については「消極的支持」である。

政治は本質的に利害調整である。政党政治に基づく議会制民主主義においては最大公約数的な政策が主張される。利害調整であるから、政権政党やそれに近い大政党は国民のマジョリティの最大公約数的な意見や願望が反映された政策となる。最大公約数なのだから、自分の考えと非常に近い政党というものはよほどの幸運か、何も考えていない場合以外には存在しない。従って消去法での消極的支持が常態であるし、特に成熟した日本という社会においては、熱狂無き冷静な状態が望ましい。(マスメディアによる愚民化については別の機会に。)

保守vs革新?
安倍政権は「保守」と呼ばれている。尤も一部の若者の間では「革新」と呼ばれることもあるようだ。それも無理もない。否、安倍政権、或いは自民党政権は「革新」であったかもしれない。保守であるはずの安倍政権は小泉政権ほどではないにせよ、改革を叫ぶし、グローバリゼーションに肯定的であるし、積極的な親米である。「改革を叫ぶ保守」等は語義矛盾ではないのか。翻って、民進党や共産党は憲法絶対護持である。共産党とそのシンパに至っては「人々の生活を守れ!」と絶叫している。これは「保守」ではないのか?

戦後日本の常識的な区分は「親米=右翼=保守」「親ソ=左翼=革新」であった。米国による軍事占領の結果「親米+自由主義+経済優先」の体制が構築されたため、それを維持するのが「保守」、共産主義・社会主義へのシンパが「革新」ということになった。ところが大日本帝国の牙を抜くために米国が制定した「日本国憲法」は革新の理想が記されていた。天皇の宗教的側面の否定と九条の話である。佐伯啓思の言葉を借りれば「軍部に騙されて侵略戦争した」という米国製の「フェイクニュース」と上手くマッチしてGHQによる巧妙な検閲の下、「現実主義=悪=保守」vs「理想主義=全=革新」という戦後日本の思想的な構図が定着していった。この「日本国憲法」は「戦争放棄」というある種の理想が記載されている。日本における「革新」は「理想主義=善」であるため、これを墨守するという立場をとらざるを得ない。さらにソ連の崩壊により、共産主義幻想も崩壊してしまった。その結果「理想主義者」の拠り所はどれほど古臭くなったとしても護憲以外になくなってしまったのである。

一方、ソ連の崩壊とともに「自由主義」の勝利が確信され、共産主義シンパはその意味を失った。しかし、ここを起点に「自由主義」が「新自由主義」として暴走を始める。冷戦末期、米国のロナルド・レーガン大統領や英国のマーガレット・サッチャー首相による新自由主義は保守の顔をしていた。それぞれ、共和党・保守党という「保守」側から出てきたものであった。日本では中曾根康弘が首相であり、米英、とりわけ米国との蜜月時代であった。本来の意味での「革新」の本質は「普遍的にどの社会であれ、計画的に社会を進歩させる(ことができると考える)」ことである。そうだとすると、ソ連が崩壊した結果、一番左にくるのは実は米国であった。米国こそは「進歩主義」であり、「計画主義/設計主義」であり「革新」そのものであった。そして米国は共和党・民主党にかかわらず「グローバリズム」を推し進め、新自由主義のドグマである市場の自動調整機能を信じて、弱肉強食化を推し進めた。そしてその薫陶を受けた、或いは庇護下にある我が国の自民党は「保守でありながら絶え間なく改革を訴える」という不思議な政党となった。小泉純一郎が首相であったころの「改革なくして成長なし」というフレーズは米国的「革新」そのものである。
これが「改革を訴える保守」と「生活保守と護憲を叫ぶ革新」という構図の大まかな見取り図である。




西欧文明の根本的なロジック
日本における一般的な「保守」の定義は前述のようなものである。乱暴に言えばネットスラングの「ネトウヨ」が意味しているものと大差ない。混乱を回避するために、さしあたりそれぞれ「ウヨ」「サヨ」と呼んでおこう。子供っぽいネーミングだが、どちらも少し足らないのでふさわしいだろう。さて、保守主義の父と呼ばれるエドマンド・バーグ的な意味での保守と「ウヨ」とはあまり関係がない。保守は「人間理性万能」に対する警戒から生まれた思想である。「人間理性万能」 主義は1789年に発生したフランス革命を嚆矢とする「人間が社会を設計し、理想社会や文明を構築する」というような考え方だ。それは西欧的な意味でのヒューマニズムであり、近代主義そのものと言ってもいい。その一つの帰結が計画経済である共産主義であり、もう一つの帰結が科学万能を前提とした市場原理主義である。前者は分かり易い。人間の理性が絶対ならば、英知を結集して限りなく無謬に近い計画を作ることができるであろう。それを優秀な管理者が実行管理していけば、間違いなく素晴らしい社会が到来するであろう。その社会を共産主義社会と呼ぶ。と、こういうわけである。この観点で言えば、ソ連はフランス革命政府の直系の子孫である。後者は少し込み入っている。人間の理性が絶対ならば、経済はそれぞれの人間に備わっている理性に任せることで、「神の見えざる手」が動き、結果、最終的に最高に効率化された社会が到来するであろう。それは平等ではないが公正な社会であり、これを資本主義(市場原理主義)社会と呼ぶ。ということだ。どちらにせよ、人間の理性、平たく言えば脳みそを楽観的に信用している。理性が作り出した、共産主義であれ、民主主義であれ、計画経済であれ、自由主義経済であれ、人間に普遍的に通じる思想、即ち理想が実在することを信じて、人工的に文化・経済またそれを統合した文明を創り出す、改善、改革できるという考え方である。この考え方が西欧の根本にある。プラトンのイデア論に一神教であるキリスト教が混淆した思想が根底にはありそうだ。

文化・文明に設計図はない
少し考えてみればわかることだが、文化・文明というのは人間が設計して生み出したものではない。社会的動物である人間が、その時その時に必要な行動、例えば、話し合い、喧嘩、戦争、研究、発明、創発などを積み上げていった結果、「できてしまった」ものである。聖徳太子がこのような国であれかしと決めたから、日本の社会がこうなったわけではない。日本列島に住んでいた様々な人間の行動の結果が蓄積され、「なりゆき」で日本文明が形成されたはずである。その時々に天才が出現し、大きな影響力を振るったが、その天才たちが社会や文明それ自体を「設計」したわけではない。織田信長がブラック企業を許容する文化を生み出したわけではない。要するに人間たちの思慮や行動の蓄積が文化・文明を構成しているのである。しかし、ただ蓄積していくだけで文化・文明が構築されていくわけではない。そこには「時間」という篩(ふるい)が必要である。その時に最善のものであっても時間がたつと陳腐化する。非合理になる。不便になる。そうしたものは淘汰されていく。その時間の重みに耐えたもので、完全には理解不能な正当性がある認識されたものが「伝統」と呼ばれる。文明は文化(同じ時代に広がるもの)を横糸に、伝統を縦糸に構成されるものである。そして、それを是とする態度、考え方が「保守」であり、「保守主義」ということである。

これは理性万能の普遍主義とは真逆の考え方である。保守主義は人間の理性を万能とは考えない。保守主義は普遍的価値や人類共通の理想を「虹のようなもの」として扱うのである。追うことはできるが、たどり着くことはないということである。

「ウヨ・サヨの奉じているもの」
普遍主義は理想主義と相性がよい。人類共通の価値であるのだから、この価値が全世界で受け入れられるべきだと考える。理想主義も、このような素晴らしい理想なのだから、何よりも最優先されるべきだという考え方であり、現実と向き合いを粘り強く改善するというようなことが苦手だ。なぜなら素晴らしい理想(普遍的な価値)があるのだからそこに一足飛びに改革すべきだと考えるからである。これが日本の「サヨ」の発想である。門田隆将がそうした人々を「ドリーマー」と呼んだが、なかなか適切なたとえだった。これが衰退したのは喜ばしいことだ。理想主義と普遍主義が結びついて、政権を握るとろくなことにならない。ある価値が絶対に正しいならば、それ以外の価値は無価値であり、悪である。従って弾圧すべきとなって、容易に全体主義に行き着くのである。ジャコバン独裁もナチズムもスターリニズムも理想主義的普遍主義が生んだ地獄であった。一足飛びの改革のことを普通は「革命」と呼ぶ。

では「ウヨ」ならよいのか。米国は明らかに普遍主義の国である。民主主義(アメリカンデモクラシー)と資本主義経済は人類普遍の価値であり、あらゆる社会は様々な曲折を経ながらも最終的に民主主義+資本主義になるはず、なるべきという立場である。これは結局一つの理想世界を目指しているのであり、ある種の全体主義と言ってもよい。共産主義という極左が消滅した今、普遍主義、進歩主義の観点から見れば、米国は現時点で極左である。ダイバーシティなどと言っているが、PC(ポリティカル・コレクトネス)の本質は全体主義の言論統制と何一つ変わらない。そして中曾根内閣以降の自民党は対米従属の傾斜を強めている。ロンーヤスにせよブッシュー小泉にせよ、安倍首相の「価値観外交」にせよ、米国の唱える「普遍的」価値を奉じることを言っているのである。こう考えると「普遍主義・進歩主義」という点で「ドリーマーサヨと親米ウヨ」は同根である。

縦糸を改めて見つめなおす
「革命」が起きるとそれ以前の歴史との断絶が起きる。例えばルイ16世が断頭台に上って以降、寡頭政体のレジームであったフランスは崩壊し、共和主義のフランスとなった。そこでは過去は否定さるべきものとして扱われ、粛清の嵐が吹き荒れた。日本における「断絶」は言うまでもなく1945年から1952年。敗戦~占領の7年間である。これ以前と以後で歴史が断絶した。いや断絶したことにした。日本が受諾したポツダム宣言にある通り「一部の軍国主義者が日本国民を欺いて世界征服を企んだが、米国をはじめとする正義の民主主義国家に打ち破られ」(宣言には本当にそう書いてある)て、回心(コンバージョン)したというストーリーで主権を回復した。半主権国家かどうかは置いて、国際社会に復帰するにはそれしかなかった。「世界征服を企んだ(ショッカーか)」とされる戦前世界を「悪」と規定したために、そこで縦糸を断ち切ったわけである。

だが、ドイツ第三帝国とは異なり、自覚的に「世界征服」だの「民族浄化」だのを大日本帝国は企んだわけではない。ナイーブで稚拙で大失敗であったが、西欧文明による世界秩序に挑戦しただけであった。それも自覚的ではなく、なし崩しに大戦争に突入してしまったのだ。そうでなければ誰が、チャイナと英国の片手間に勝算のない対米戦争などするものか。「我々は降りかかる火の粉を払いのけようとしただけだ」と。私も祖父や祖父の友人に直接そのように言われた記憶がある。だが、これは公的にはタブーとなった。なぜなら大日本帝国はショッカーだったと日本政府が言ったわけである。ここで建前と本音が激しく分裂した。顕教と密教と言い換えてもいい。この密教は非公式の場でのみ伝えられてきた。

結局、縦糸は断ち切られてはいなかったのである。伏流水のように非公式の場に潜っただけであった。この密教化した縦糸を通じてしか、我々は祖父母・曾祖父母の考えていたこと、感じていたことを感じることができない。保守主義の立場で重要なのは、この構図を理解して、あくまで漸進的に密教から顕教の一部へと、言い換えればタブーを新しい共通認識へとつないでいくことが重要なはずである。なぜなら、伝統とは普遍主義とは逆に、その国、その土地、その民族固有の歴史、立場、文化、文明を尊重し、あくまで漸進的に継続改善する立場であるからだ。欺瞞的とは言え、戦後民主主義の存在さえも全否定はせず、少しずつ、以前より少しマシな共通認識を作る。少なくとも大日本帝国がショッカーだったというようなフェイクニュースから戦後日本が出発したことぐらいは常識として共通認識としておきたい。

このような抽象的な思考をしなくとも、普通に考えて我々の祖父・曾祖父の世代が世界征服を企んであの大戦争をしたということが、おかしいと思うくらいはできるはずである。そんなわけはなかろう。私や読者の祖父・曾祖父たちがそれほど愚かであったはずもない。それにしてもお粗末な顕教を信じ込んだものだ。それを建前としなければ例え半分であっても「主権国家」として復帰できなかったという事情はあったにせよである。






2018年4月1日日曜日

For your happiness


仕事は楽しいか?
多くの企業で新年度が始まる。日々の仕事が楽しいという人は幸いである。しかし様々な理由により毎日の仕事が苦痛である人は多いであろう。特に会社勤めの人で仕事が苦痛である人はかなり多い。実際に2017年の米ギャラップ社の調査によればやる気のない社員は70%、非常にやる気ある社員は6%であり、132/139ヵ国という非常に低い結果が得られた。それなりに高給で知名度も高い会社でも、行き詰まり感と愚痴に満ちていた。ちなみに「周囲に不満をまき散らす無気力社員」は24%。我が国を代表するような大企業を含む、いくつかの企業を渡り歩いた経験に照らすと大体正確に実態をとらえており「まあそんなもんだろう」というのが感想である。この状況に対する処方箋はそれこそ「自分のビジネス」として考えていくテーマではあるが、とはいうものの一般的な解がそう簡単にあるはずもない。これまでの経営や慣習、雇用の硬直性など様々な要因が複雑に絡み合っているので、個別具体的に考えていくしかない。このブログポストで書きたいのは、そういうことではなく、ある種の人々にとっては自分のことを自分で決めるようにすることで劇的に仕事が面白く、ストレスが軽減するという経験的な話である。それは私自身のストーリーでしかないので誰にでも通用する話ではないし、誰にでも有用という訳でもない。だが、読者の内の誰かの参考となればと思う。

不全感の元
私の仕事上の「不全感・不幸という感覚」の源泉はどこだったのか。20年ほど社会人をやりながら考え続けてきた結果、どうやら「自分自身の手綱を自分で握っていないこと」がそれであったように思う。というのは独立した現在、少なくとも主観的には幸福と感じているし、仕事上のストレスはほとんど感じない。サラリーマン時代よりも働いている気もするが、苦痛は感じない。その結果から判断するに「自分自身の手綱」を他人が握るか、自分で握るかが私の幸福のカギであったらしい。勿論、家族に恵まれているという要素はあるがそれば別途論じることとする。

20代前半で最初の企業に就職してからの3-5年くらいは、修行期間であった。特別な才能や強烈な「やりたいこと」があったわけではない私の場合はただ「使えないプログラマ」と「インチキSE」であった。謙遜ではない。プログラミングは未だに好きでも得意でもないし、当時の私のレベルはSEとしても非常に低レベルであった。そこからは外資系コンサルティングファーム、日系の総合人材企業、日系の製造業の中のシステム事業部と恐らく幸運なことに大企業ばかりを経験してきた。職種も様々だ。プログラマ、SE、グループ内営業、コンサルタント、人材紹介営業、法人営業、コンサルタント、商品企画、できることは何でもやってきたつもりである。待遇面でも外資系コンサルティングファーム時代を頂点に、いわゆる一流どころの給料であったので、実感はなかったが比較的恵まれてはいたはずだ。だが、楽しかったか?と言われれば非常に答えにくい。いや、逃げずに言えば「苦痛だった/モチベーションを維持するのが不可能だった」と答えるべきだろう。誤解のないように記しておくが、今となってはこれらの企業、同僚、上司には感謝しかない。それぞれの場所で多くのことを学んだし、その経験は私の仕事人生そのものである。それぞれの会社を批判するつもりはない。私が悪しざまに書いたとしたら、それは「構造」に対する批判だととらえていただければありがたい。

前置きが長くなってしまった。特に日系企業でのサラリーマン時代の苦痛を書いていこう。外資系での苦痛は「苦痛の意味」が異なるから別の機会に譲りたい。

苦痛の分析
まずは評価だ。被評価者として査定されるわけだが、これがたまらなく嫌であった。理由はこうだ。何をどう努力すれば評価が上がるのかがわからないからだ。実際、営業職でない限り、目標は定性的でしかも恣意的だった。勿論、人間が人間を評価するのだから、最後は好き嫌いであることぐらいは理解していた。しかし、それにしても不透明である。結局「上司の覚えをめでたくする」以外に評価を上げる方法はない。私の場合は良くも悪くも多くの上司と反りが合わなかったので、とりあえず被評価者として「評価を上げる」努力は完全に放棄していた。なぜこいつのご機嫌を取らねばならないのだという思いがどうしても拭えなかった。他にも理由がある。ここで評価が高かろうが低かろうが、さほど報酬に変化はない。またこの評価と昇給・昇格の関係もよくわからない。
では営業職なら明確なのか。確かに営業職は売上という動かしがたい「定量的目標と実績」がある。予算を達成すれば、評価は上がる。だが、残念ながら、担当商品やエリアは選べず、基本的にスタート時に大体ゴールが決まっている。最初に貧乏くじを引いてしまえば、予算達成できるかできないかが大体予想できてしまう。担当エリアなどは合議風の強制で決まるので、納得感はまるでない。では新製品やサービスを立ち上げればよいかというと、新しい商品やサービスをペイするまで育てるのは非常に難易度が高い。千三つ(成功するのは3/1000という意味)と呼ばれる領域での営業活動は既存事業での営業活動と難易度があまりにも違う。しかし、成熟した日本の大企業では新規事業を評価する尺度がない。新規事業に対しても売上目標が設定され、達成できないと実質的なつるし上げ会が始まる。勿論、評価者も周囲も本音ベースではわかっているので「大変だなあ」という声掛けはもらえる。だがそれが評価に反映されることはない。あるのかもしれないが私には知りようもなかった。

次は働き方である。ハードワークが嫌なわけではない。実際、40過ぎた今でも、必要とあらば徹夜も辞さない。昨年末から今年の年初にかけては大体毎日タクシー帰りであった。平均的な一日の労働時間は15時間ぐらいだっただろう。それでも精神的なストレスがないからどうということはない。ただ肉体的に疲れるだけである。しかし、日系企業で働いていた時はそうではなかった。自分で行動計画をざっくり立てて、それに従って日々行動しているのだが、上司の思い付きで差し込み作業が入る。すると計画が狂う。顧客の都合で差し込み作業が発生するなら文句はない。それは仕事の内であるし、そんなことは織り込み済みである。だが、上司の思い付きはそうではない。激務の間でも平気で無意味としか思えない会議を招集したりする。とあるお客様の案件で関西地区でシステム構築案件での話である。私が見積もりをしたのだが、常識的に考えて一人ではできない工数であり、納期であった。見積もった当初は3名程度で考えていたわけだが、ふたを開けたら、私がそのまま担当して、しかも一人。当時の上司に向かって何度もヘルプサインを出し、一人では無理だと訴えたわけである。しかし、一向に改善される(人がアサインされる)気配はない。東京のオフィスにいる際は何度もその話をしているのだが、社内メンバで何とかしろの一点張りである。勿論、社内メンバはそれぞれの案件を抱えており、身動きが取れない。そのくせ、時折思い付きで会議を開催しては独演会をする。いらぬ作業指示が来る。ただでさえギリギリの工数がさらに圧迫される。ストレスの頂点に達した私は、こんなメールを出した。「もうあなたとコミュニケーションをとる必要を感じない」と。そして良い関係性を構築していた顧客から、こちらの内実を話して「貴社の体制が不安だ」と訴えてもらったのだ。結果、外注のソフトウェア会社に助けてもらうことができた。勿論そのお膳立ては社内メンバと私が行った。何しろ、社内の上司が実質的に敵になるのだ。この下らなさったらない。社内調整と説得に工数を食われてのハードワーク。馬鹿々々しいにもほどがある。

人は時間的、体力的に働きすぎて死ぬのではない。四面楚歌の状態や意義を感じない仕事をやらされた結果のハードワークには耐えられない。多くの過労死の原因はそこにあるはずだ。睡眠時間を削ろうが、寝ないで働こうが、楽しく働いてさえいれば死んだりしない。楽しくないのに長時間働くから死ぬのである。

三つ目はマイクロマネジメントである。30代も半ばになると、ある程度の判断は自分でできるようになる。だが、権限移譲という概念が薄い日系の大企業ではやたらと細かいマイクロマネジメントがなされる。ある領域を任せたのなら、任せればよい。しかしそれができない。口では「君に任せる」というが、それは口先だけである。結局我慢できずにあれはどうなった、これはどうなった、どうするんだのマイクロマネジメントが始まる。それに従って失敗した時に一緒に尻ぬぐいをしてくれる上司はまだよい。だが、それさえないのにマイクロマネジメントをされるとはっきり言えば「馬鹿にされている」としか感じられない。「俺はあんたの子供でも家族でもない」といつも考えていたし、嫌がらせに「はい!いまからトイレに行ってきます!」などと叫んでもみた。これはある特定個人を非難しているのではない。日系企業ではかなりの確率でこのマイクロマネジメントをしたがる上長が存在する。そのくせ、失敗すると尻ぬぐいさえしてはくれない。ただ、部下のせいになるだけである。基本的に「大人として」部下を扱うことをしない。正確にはできないのだろう。その時代の私の口癖は「そんなに気に入らないならクビにすればいいでしょう」であった。大人気ないが、相手も大人扱いしないのだ。それぐらいがふさわしい対応だろう。

「自分の手綱を自分で握る」
この「楽しくなさ」の根幹はどこにあるのだろうか。最初に記した通り私の場合は「自分の手綱を自分で握れないこと」にあったようである。結局、サラリーマンを辞めて自分で会社を作り、零細コンサルティング会社を経営することになった時、社会人生活を楽しくないものにしていた「不全感」は消し飛んでしまった。サラリーマン時代と変わらないぐらい、或いは場合によってはそれ以上に働いているが、ほとんどストレスらしいストレスは感じない。ようやく自分自身の人生を生きている気がするし、自分で自分をしっかりとコントロールしている感覚が持てている。お陰様で仕事にも恵まれ、サラリーマン時代よりも経済的にもずっと恵まれている。もっと早くに独立すればよかったと思うほどである。実際にはベストなタイミングだったと思っているが、気分としてはそうだ。

まず評価はない。あるのは評判と報酬という名のフィードバックだけである。ハードワークもやらされているわけではないので全く苦にはならない。勿論、上司なんてものはないからマイクロマネジメントや社内政治とも無縁である。嫌な仕事は断ればいいし、失敗したら、やり直すだけである。その仕事を失うかもしれないが、また別の案件を獲得すればいいだけのことである。会社勤めの「安定」を手放す不安もよくわかる。私もそれで10年以上悩んだからだ。必要とされるスキルと縁さえあれば、日本は思いの外独立起業に優しい。考えてもみてほしい。私の父は中卒のケーキ屋だが、小さな町のケーキ屋として立派に経営してきた。それを考えれば、ビジネスマンとしてのスキルさえあれば、出来ないこともあるまい。また政府としては起業・開業を増やしたいので各種制度も充実しているし、税理士にいくらか支払えば、面倒なことはすべて代行してくれる。名刺の会社名に未練がなければ、あとは勇気だけである。

世の中の変わらなさや会社のくだらなさを嘆くのは簡単である。「家族がいるから」もよくわかる。しかし、世の中も会社も変えることは難しい。社会構造はそう簡単に変化しないし、変化してよいものでもない(それは革命である)。会社も経営者でない限り変革するのはそう優しいことではない。それにくらべたら、自分と家族をサラリーマン以外の手段で喰わすことははるかに容易なはずである。

この文章に共感してしまった人は独立することをお勧めする。勿論、誰にでもできるわけではないだろう。向き不向きもあるだろう。だが、独立起業することで見えてくるものもたくさんある。サラリーマン時代に培った何かがあれば、恐らくは誰かがそのスキルやノウハウを必要としているものである。これも独立して初めて実感できたことである。私のスキルや経験が本当に役に立つのか?自問自答を10年した。今はある程度の自信をもって「役に立つ」と言い切れる。また「人脈」の本当の意味も独立しないと分からないと思う。実際に人脈がつながり、仕事が頂けるという経験をしなければそのありがたさは理解できない。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」は真理である。迷っているならば独立したほうがよい。周囲の意見を聞く必要はない。出来ない理由はいくらでもある。しかし、できる理由は実際に独立しないと分からない。あなたの幸福のために、切に思うのである。