ラベル モチベーション の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル モチベーション の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年6月8日金曜日

厄介で不幸な呪い


今月は決算月である。コンサルタントとして独立してからほぼ1年が過ぎた。2017年の7月10日に独立したので、12か月目に突入したという事になる。この1年間の振返りは、一周年を迎えてから書くとして、サラリーマン時代から大きく変わった部分を書いてみたい。


◆厚切りジェイソン
いわずと知れたテラスカイの役員にして、お笑い芸人の厚切りジェイソン氏。本名はジェイソン・デビッド・ダニエルソンらしい。さてこのジェイソン氏のお笑いではない言動はなかなか破壊力がある。「歯に衣着せぬ」というか非常に率直に本質を突いてくる。さすがに頭脳明晰である。
サラリーマン時代、ジェイソン氏の言動が苦手であった。いや、なかなか書くのに躊躇するが、その自由さに「嫉妬」を感じていたというべきであろう。
よく彼は「炎上」する。いわく、

『「空気を読め」という表現がよくされますが、一体どういう意味でしょう?「空気を読め」ですよ。空気は明らかによめませんよ。でもこれにより、自分を表現することができなくなっているのです。』

『ええ、心から純粋に人生を楽しんでいそうな人は非常に少ないと感じているよ。電車乗ると全員疲れている、イライラしている。笑顔がない毎日。
いつも周りはどう思っているかを優先している人しょっちゅう見るけど。
幸せになってもいいんだよ。』

『日本の一般企業では残業しないと大した給料をもらえないというのは、仕事を効率悪くやる人にご褒美をあげている』

『残業大国である一方、日本の非工業業界の生産性が先進国の最下位。米国の半分。WHY? Why is hi-tech Japan using cassette tapes and faxes?』

◆イラつくのもわかる
イラつくのも今ならわかる。批判する日本人の苛立ちも、ジェイソン氏の苛立ちも。「本業」を聞かれるのが嫌いだというジェイソン氏。そして「日本から出ていけ」という批判する側。批判する人々の脳みその程度によって、批判の仕方は異なるが、そのロジックはよく理解できる。

まず批判する人々は絶望している。雁字搦めになっているが、それが自縄自縛とも薄々気が付いている。例えば、普通に勉強して、普通の大学に入って、或いは専門学校に入って、ただ不景気だという理由で、或いは「新しい生き方」などの甘言に幻惑されて、非正規雇用で社会人生活を送っており、将来にも展望を持てずにいる。じゃあ海外で働くかというと言語障壁が高すぎて、或いは、英語が少々できても、それだけではダメと思い込んでいて、己をダマしダマし生きているような絶望感だ。たとえ、非正規でなくともシュリンクする市場、内部留保をため込むしか能がない経営者の支配、それをひっくり返すほどの力量がない己に絶望していたりする。

そういう時の思考は簡単だ。「俺も/あたしも我慢して不幸を生きているのだ。ここはそういう国だ。それがイヤなら出ていけ。」或いは、「不幸は構造的な宿命なのだ。一生懸命に人生を諦めようとしているのにうるせえな。」である。勿論、同時代、同世代にもそうでない人がいることぐらいは理解しているし、不幸でない人々と恐らく紙一重の差しかないことも理解している。だが、もう絶望して気力が萎えているのである。ほとんど成功体験がないのだから仕方がない。クソみたいな仕事をクソみたいな上司の下、それもなんの見通しも、独身の異常に多い特にアラフォー世代にとっては、家族の慰めもないまま、イヤイヤながら生活のためだけに働いているのだ。少なくとも自覚としてはそうだ。違うとは言わせない。私もそうだったのだから。

私大文系を卒業し、斜陽産業の情報子会社に新卒で入社し、そこから最大手の外資系コンサルティングファームへ転職し、ベンチャー系人材会社から、日系の一部上場企業でのサラリーマン生活をしてきた。氷河期世代としては、まずまずのキャリアではあろう。だが、その私でさえも、上述のように絶望していた。違うのは、妻に恵まれ「独立への勇気が持てた」というだけである。

さて、ジェイソン氏の苛立ちはこうだ。
「能力が低いわけでもないのに、思い込みで委縮して、自分で不幸になっている。WHY?! Japanese people!」
そしておそらくジェイソン氏は日本が好きだ。それも今ならよくわかる。好きでなければ、わざわざタレントとして、或いは経営層として好感度が下がる可能性のある「炎上」を自ら招き寄せるようなマネはしない。それが分からないほど馬鹿であるはずがない。

私の父は中卒のケーキ職人だが、小さなケーキ屋を立ち上げ、細々とではあるが立派に家族を食わせてきた。貧乏か金持ちかで言えば貧乏にはいるし、すでに店も畳んでいる。しかし、店を辞めた後も職人なので特に定年などもなく、いくつかのケーキ屋で働いて、76になった去年ようやく引退した。よく考えると「良い大学、良い会社、定年まで失敗しない」という生き方は少し前まで全く一般的でもなければ、唯一の正解でもない。中卒だろうが、なんであろうが、とにかく生きて、やりたいと思ったことをやり、家族をつくり、食わせるのは、少し前までできていたのだから、我々ができない道理はないのだ。ただ、中卒で苦労した父の世代は、大卒大企業エリートが輝いて見えていたにすぎない。だから、今現役の我々に「いい学校・いい会社」と言っただけである。要するにケーキを食べたことがないから、ケーキがものすごく美味しそうに見えていたにすぎないのである。

◆自分自身への呪い
「僕たちはガンダムのジムである」という本があった。残念ながら未読であるが、タイトルはなかなか秀逸だ。つまり、主役級のスーパーなロボットであるガンダムではなく、我々凡人は量産型で数しか取り柄のないロボット程度であるという事だろう。ガンダム世代の私にはよくわかる。そして、ある程度大人になったガンダム世代はそういう「ジム」「ザク」が世の中を回しているという事に気が付いている。

だが、本当だろうか?その比喩は本当に適切だろうか。

確かに我々は凡人ではある。しかし、凡人には「やりたいことをやる資格がない」という思い込みは何ら根拠がない。また「やりたいことをやって失敗するリスク」がよく語られるが、やりたいことなのだから、天才的に能力を発揮するかもしれないし、失敗しないかもしれない。失敗したところで、失敗と再起不能は同義ではない。別にジェフ・ベゾスやマーク・ザッカーバーグ、ジャック・マーのような人々だけが起業家というわけでもない。彼らのようになることが、必ずしも成功ではない。今は老いてしまった商店街のオヤジどもだって、かつては立派な起業家だったではないか。

私はそのように考えることで独立した。独立してみれば、様々なご縁や事柄が重なって、どうにか一年食えている。随分覚悟して独立したのに、経済的にもワークライフバランス的にも日本の一流企業のサラリーマンよりずっと良い。勿論、運の要素も大きいだろう。だが、少なくとも軸となるスキルと経験があれば、とりあえず食うには困らない。理由は実に単純である。つまり私などよりずっと優秀な人々が、独立起業を恐れてサラリーマンのままなので、ライバルが少ないのだ。謙遜ではない。実際にそうなのである。この十数年、日本は廃業が起業を常に上回っている状況である。起業が難しいからではない。後継者探が探せなくて経営者が事業継承に失敗し、年齢と共に会社をたたんでいるだけである。ただそれだけのことなのだ。

だが、私は知っている。日本のサラリーマンのリスク回避は骨がらみである。そのリスクとは、食えなかったらどうしようということもあるが、周囲と異なる対応をした結果失敗した時につるし上げられることの恐怖である。山本七平の議論によれば、実際に日本においては「空気」が意思決定をする。従って多くの日本人は自分で意思決定することに慣れていない。そして、集団の心理が「空気」を創り出すので、「空気」が決定したことはだれも責任を持たない。名目上の責任者さえ、「あの空気ではああするしか仕方がなかった」「あの時の空気を知らない奴に何が分かる」と言い出す。

私は20年程社会人生活をしているが、重大な決定について「空気」以外の意思決定をほとんど見たことがない。実は「空気」による決定と「本質的かつ外的なリスク回避」はほぼ無関係である。ただ、失敗の責任を誰も取らされたくないだけなのだ。それはほとんど呪いである。いや真正の「呪い」そのものである。そしてその呪いに個人も罹っている。転職や独立などという人生における重大な意思決定、それは「空気」が決めてくれる訳もない。だからできないのだ。会社の仲間だけではない。家族や親類、友人含め、それで失敗した時に「ほら見たことか」「上手くいくわけないだろう」「家族の生活をどうしてくれるんだ」という吊し上げの場(裁きの場)に立たされることの恐怖に勝てないのである。

そしてジェイソン氏の言動が腹立たしく感じるのは、彼が日本人でないが故に、正確には日本で育たなかった故にその呪いにかかっていないからである。彼は素直に考えたことを口にしているに過ぎない。「空気を読め?空気なんて明らかに読めないでしょ」である。勿論、アメリカには別の呪いがあるのだが、それはアメリカで育ち、住まないと恐らく肌感覚で分からない。

◆呪いを解くには
神代の昔から、自分で呪いを解く方法は一つしかない。それは勇気である。勇気をもって呪いに反することをすることである。別にご先祖様に感謝とか「スピリチュアル」な話をしているわけではない。呪いの本質は「社会も含む他者からの思い込みの強制である」それが内面化(血肉化)されてしまうと心理学的には「抑圧」、民俗学的には「呪い」と呼ぶだけである。私の経験では、社会よりも肉親の呪いの方が強い。その呪いは一見「教訓」の形をとっている。そして呪い手たる肉親、多くは親だろうが、呪っている自覚はない。だが、それは呪いなのだ。「レールを外れたら地獄が待っている。集団に従え。」という。
しかし、これを読んでいるあなたは大人だろう。大人としての勇気をもって、その呪いに打ち勝ってみてほしい。そして実際には、吊し上げなどまずされない。元の会社のメンバーは、呪いの真っただ中にいるのでそれどころではない。家族も不安なだけなので、食えることさえわかれば、安心してくれる。そしてきっと言うであろう。「独立/転職/移住おめでとう!」と。呪いの反対語は祝福である。

勿論、保証はされない。だが、会社が何を保証してくれるというのか。一年やってみた実感として、リスクは特に変わらない。寧ろ、自由な分、リスクも少ないように思う。

勇気をもって踏み出すものに幸いあれ。

2018年5月24日木曜日

「ITの世界において日本は世界に貢献していない」について


最近ネット記事などを読んでいると「ITの世界において日本は世界に貢献していない」という趣旨の言葉を目にする。元々ITでは存在感の薄い日本であるので、まあそんなものだろうとは思うが、製造業やほかの業界から見ると「どんなことになっているのか??」という疑問もあろうかと考えるので、少し考えてみる。


IT技術はネットワーク技術の発達によって「時間と空間を超える」事をその本質の一つに加えた。要するにインターネットを媒介として、世界のどこにいようとも、瞬時に情報共有やコミュニケーションが成立する。IT業界に限らず、社会的にも政治的にもこのことの意味は大きく、協力であれ、対立であれ国境や国籍の意味が多少なりとも薄れてきた。

さて、協力と対立の内「協力」に着目してみる。インターネット上には様々な国籍を問わないコミュニティが大小問わず、自然かつ大量に発生しているのが現状である。FacebookやTwitterなどのSNSはその基盤の一つであるし、国際的なコミュニティが達成した成果としてはコンピュータOS「LINUX」などがある。勿論、現在進行形で様々なインターネット上のコミュニティがあり、IT業界においては相互に情報やノウハウを共有したり、切磋琢磨したりしている。IT技術はあまりにもその進歩が速いため、情報を囲い込むよりも共有し、相互フィードバックすることで技術者自身はその技術をブラッシュアップし、自分の技術の陳腐化を防ぐことができる。また、相互フィードバックなので、その技術者の知見もコミュニティに還元することで、そのコミュニティへの貢献となるわけである。

しかし、ネットワーク技術でも超えられない壁がある。お分かりの通り「語学」、この世界のデファクトスタンダードである英語がそれである。一般に「日本人は英語の読み書きはできるが、会話が苦手」と言われていたりする。しかし、私の見るところ多くのIT技術者を含む日本人は「読み書きすらままならない」のが実態であり、ましてや「会話」などほとんどできない。勿論例外はかなり多いが、大多数はその状況なので、英語のコミュニティから見れば「いないも同然」であり、活発な英語話者のメンバにとって「日本からの貢献」は無きに等しい。従って、「ITの世界において日本は世界に貢献していない」という命題は真であるし、これからも劇的に変化することはないだろう。

個人としては・・・
技術者個人としての対処方法は大きく3つある。一つ目は英語コミュニティに飛び込みながら英語を身に着けて、そのコミュニティに貢献するという方法である。実際にはさほど難易度が高いわけではないだろうが、幼少期から、英語(と外国人、特に欧米人)に対するコンプレックスを植え付けられて育った土着の日本人には心理的障壁が高すぎて、この道を取る人が多数派になることはない。従ってライバルとなる日本人は少ないため、国内での希少価値は高く維持できる。個人に対して私が推奨する方法はこれである。英語で仕事と仕事の話ができる技術者は日本においては永久に少数派なので、英米文化と英語の天下が続く以上は強力なアドバンテージとなる。

二つ目は「そういうもの」と割り切って、日本で、日本語の仕事に徹し、世界貢献など相手にしないことである。実はライバルが多く、よほど独自性や高い技術力を持たないと代替可能な人材にしかなり得ないので、収入面でもよいことはない。しかし、得意なことに特化して自分のリソースを投下できるし、日本国内の市場は小さくないので生きていくことはできるだろう。また日本語を障壁に使うことができるので、国内で開発された技術を国内の中でフィードバックし合いながら高め合うと同時に、非日本語話者を排除することもできるだろう。ただこれについてはあまり可能性がない。それはIT業界においては日本の技術はむしろ後進であるからである。茨の道だが、大多数の日本の技術者がこの道を選択するだろう。

三つ目は「諦める」である。世界への貢献どころか、国内への貢献、社会への貢献も諦めて、人間関係で食いつないでいくことである。得意な人は得意だろうし、特に否定はしない。しかし、技術を追求しなくなった時点で、技術者としては死を迎え、管理者やコンサルタントなどに生まれ変わる等をしない限り、その人はゾンビである。本人がゾンビであることを許容するのはOKだが、流動性が高まる雇用環境において、被雇用者としては非常に厳しい状況に置かれることは認識したほうがよい。

経営の立場としては・・・
日本人の英語力向上やらグローバル人材育成やらというような話は、基本的にうまくいかない。前述のように、モノリンガルな技術者が絶対多数で今後もあり続けるだろう。「世界へ貢献」などする気がなくとも、日本で生き残っていけるだろう。経営目標の究極は「ゴーイングコンサーン」なので、それはそれでも何も困らない。経営者がどうしたいかが殆ど全てである。しかし、Web系のベンチャーは是が非でも国際的なコミュニティに参加し、最新の技術をキャッチアップし続けたほうがいい。舶来上等は骨がらみで、相変わらず米英発の技術はありがたがられるし、実際に日本よりも進んだ技術やトレンドを活用できるだろう。

一次請けのSIerならば、現状以上にビジネスモデルを改善するのは難しい。ITゼネコンであることを徹底し、技術よりも人的ネットワークと管理技術を徹底的に鍛えるほうが生存確率があがるだろう。下手に改革すると、市場における優位性を失いそうである。ただし、海外展開をする場合はこの限りではないが、日本国内のパイは大きいので、そこまで切実に「グローバル化」する必要はないはずだ。

二次請け以降の小規模SIerで、その状況を打破したいならば、技術力を向上する方向性は有力な選択肢である。自社プロダクトを追求すると同時に「コードが書けない/技術力がない」管理職を撲滅するところからスタートしてはどうだろうか。おそらく技術者たちは「IT業界最底辺」の自己認識に苦しんでいるはずなので、そこを打破するきっかけとして、技術力至上主義と世界コミュニティへの貢献を旗印にするのも悪い選択肢ではないと考える。その場合はDevOpsなどの導入方法論も磨いていくと鬼に金棒となるだろう。事業会社主体でのシステム導入を進め、米国式に業務システムは内製化の流れを作るという戦略などもありうる。

国家・政府としては・・・
経営まではコンサルタントとして、対応施策を記したつもりであるが、国家や政府に対しては評論家的に意見を述べるほかはない。

さて、日本政府がIT産業においては、殆ど全ての観点で「米国はもちろん、インドや中国に対しても日本の優位性はない」という認識を持っているだろうか。恐らくあるまい。また、それを語学の問題に収斂させがちだが、それは問題の矮小化である。また、私利を追求することで社会へ貢献する個人や経営者と異なり、平均的、或いは平均以下の個人も考慮に入れて政策を行わなくてはならない。自由放任かつ弱肉強食というのはすでに政治ではない。それは政治の放棄である。

まず、ITという成長産業において、技術の最前線に立つプログラマ(コーダー)が、最下層のヒエラルキーに組み込まれているという現状を認識していただきたい。名だたる国内のSIerには営業力と調整力と管理能力があるだけで、産業構造としてその下に組み込まれた、二次請けや技術派遣、或いは偽装請負のシステムエンジニアやプログラマが支えている。彼・彼女たちは非常に低い単価、即ち賃金で業界を支えている。IT土方という言葉があるように、ほぼ「誰でもできる仕事」と位置付けられている。語学がどうこうというより、成長産業にいながら、死んだ魚のような眼をした労働者をなんとかするのが先だろう。

その上でこの産業は(宗主国の)米国がトップランナーなのだから、英語でのコミュニケーションスキルは大きなアドバンテージになり得る。つまりIT技術者は英語を学ぶ動機が本来ある層である。しかし、国家ぐるみで英語への劣等感を拡大再生産する上、語学が苦手な層とかなりの率で被るので、この層は語学に対するモチベーションそれ自体が破壊されている人が多い。あくまで私見というか偏見ではあるが。

学校教育で英語でのコミュニケーションができるようになるなどと言う実現不可能な目標は諦めて、取り敢えず、中学英語で最低限の単語と文法を覚えたら、あとは語学学校に任せて、必修科目から外すなど、劣等感の払拭をメインテーマに据えていただきたい。劣等感という心理的障壁がなければ、必要に応じてJavaやC#やSQLと同様にこの層は英語を身に着けることができるだろう。

何しろ、まずは劣等感をなんとかしないことには、最初から負けているし、いじけたままでは貢献する気など起きないのが人情というものであろう。

2018年4月1日日曜日

For your happiness


仕事は楽しいか?
多くの企業で新年度が始まる。日々の仕事が楽しいという人は幸いである。しかし様々な理由により毎日の仕事が苦痛である人は多いであろう。特に会社勤めの人で仕事が苦痛である人はかなり多い。実際に2017年の米ギャラップ社の調査によればやる気のない社員は70%、非常にやる気ある社員は6%であり、132/139ヵ国という非常に低い結果が得られた。それなりに高給で知名度も高い会社でも、行き詰まり感と愚痴に満ちていた。ちなみに「周囲に不満をまき散らす無気力社員」は24%。我が国を代表するような大企業を含む、いくつかの企業を渡り歩いた経験に照らすと大体正確に実態をとらえており「まあそんなもんだろう」というのが感想である。この状況に対する処方箋はそれこそ「自分のビジネス」として考えていくテーマではあるが、とはいうものの一般的な解がそう簡単にあるはずもない。これまでの経営や慣習、雇用の硬直性など様々な要因が複雑に絡み合っているので、個別具体的に考えていくしかない。このブログポストで書きたいのは、そういうことではなく、ある種の人々にとっては自分のことを自分で決めるようにすることで劇的に仕事が面白く、ストレスが軽減するという経験的な話である。それは私自身のストーリーでしかないので誰にでも通用する話ではないし、誰にでも有用という訳でもない。だが、読者の内の誰かの参考となればと思う。

不全感の元
私の仕事上の「不全感・不幸という感覚」の源泉はどこだったのか。20年ほど社会人をやりながら考え続けてきた結果、どうやら「自分自身の手綱を自分で握っていないこと」がそれであったように思う。というのは独立した現在、少なくとも主観的には幸福と感じているし、仕事上のストレスはほとんど感じない。サラリーマン時代よりも働いている気もするが、苦痛は感じない。その結果から判断するに「自分自身の手綱」を他人が握るか、自分で握るかが私の幸福のカギであったらしい。勿論、家族に恵まれているという要素はあるがそれば別途論じることとする。

20代前半で最初の企業に就職してからの3-5年くらいは、修行期間であった。特別な才能や強烈な「やりたいこと」があったわけではない私の場合はただ「使えないプログラマ」と「インチキSE」であった。謙遜ではない。プログラミングは未だに好きでも得意でもないし、当時の私のレベルはSEとしても非常に低レベルであった。そこからは外資系コンサルティングファーム、日系の総合人材企業、日系の製造業の中のシステム事業部と恐らく幸運なことに大企業ばかりを経験してきた。職種も様々だ。プログラマ、SE、グループ内営業、コンサルタント、人材紹介営業、法人営業、コンサルタント、商品企画、できることは何でもやってきたつもりである。待遇面でも外資系コンサルティングファーム時代を頂点に、いわゆる一流どころの給料であったので、実感はなかったが比較的恵まれてはいたはずだ。だが、楽しかったか?と言われれば非常に答えにくい。いや、逃げずに言えば「苦痛だった/モチベーションを維持するのが不可能だった」と答えるべきだろう。誤解のないように記しておくが、今となってはこれらの企業、同僚、上司には感謝しかない。それぞれの場所で多くのことを学んだし、その経験は私の仕事人生そのものである。それぞれの会社を批判するつもりはない。私が悪しざまに書いたとしたら、それは「構造」に対する批判だととらえていただければありがたい。

前置きが長くなってしまった。特に日系企業でのサラリーマン時代の苦痛を書いていこう。外資系での苦痛は「苦痛の意味」が異なるから別の機会に譲りたい。

苦痛の分析
まずは評価だ。被評価者として査定されるわけだが、これがたまらなく嫌であった。理由はこうだ。何をどう努力すれば評価が上がるのかがわからないからだ。実際、営業職でない限り、目標は定性的でしかも恣意的だった。勿論、人間が人間を評価するのだから、最後は好き嫌いであることぐらいは理解していた。しかし、それにしても不透明である。結局「上司の覚えをめでたくする」以外に評価を上げる方法はない。私の場合は良くも悪くも多くの上司と反りが合わなかったので、とりあえず被評価者として「評価を上げる」努力は完全に放棄していた。なぜこいつのご機嫌を取らねばならないのだという思いがどうしても拭えなかった。他にも理由がある。ここで評価が高かろうが低かろうが、さほど報酬に変化はない。またこの評価と昇給・昇格の関係もよくわからない。
では営業職なら明確なのか。確かに営業職は売上という動かしがたい「定量的目標と実績」がある。予算を達成すれば、評価は上がる。だが、残念ながら、担当商品やエリアは選べず、基本的にスタート時に大体ゴールが決まっている。最初に貧乏くじを引いてしまえば、予算達成できるかできないかが大体予想できてしまう。担当エリアなどは合議風の強制で決まるので、納得感はまるでない。では新製品やサービスを立ち上げればよいかというと、新しい商品やサービスをペイするまで育てるのは非常に難易度が高い。千三つ(成功するのは3/1000という意味)と呼ばれる領域での営業活動は既存事業での営業活動と難易度があまりにも違う。しかし、成熟した日本の大企業では新規事業を評価する尺度がない。新規事業に対しても売上目標が設定され、達成できないと実質的なつるし上げ会が始まる。勿論、評価者も周囲も本音ベースではわかっているので「大変だなあ」という声掛けはもらえる。だがそれが評価に反映されることはない。あるのかもしれないが私には知りようもなかった。

次は働き方である。ハードワークが嫌なわけではない。実際、40過ぎた今でも、必要とあらば徹夜も辞さない。昨年末から今年の年初にかけては大体毎日タクシー帰りであった。平均的な一日の労働時間は15時間ぐらいだっただろう。それでも精神的なストレスがないからどうということはない。ただ肉体的に疲れるだけである。しかし、日系企業で働いていた時はそうではなかった。自分で行動計画をざっくり立てて、それに従って日々行動しているのだが、上司の思い付きで差し込み作業が入る。すると計画が狂う。顧客の都合で差し込み作業が発生するなら文句はない。それは仕事の内であるし、そんなことは織り込み済みである。だが、上司の思い付きはそうではない。激務の間でも平気で無意味としか思えない会議を招集したりする。とあるお客様の案件で関西地区でシステム構築案件での話である。私が見積もりをしたのだが、常識的に考えて一人ではできない工数であり、納期であった。見積もった当初は3名程度で考えていたわけだが、ふたを開けたら、私がそのまま担当して、しかも一人。当時の上司に向かって何度もヘルプサインを出し、一人では無理だと訴えたわけである。しかし、一向に改善される(人がアサインされる)気配はない。東京のオフィスにいる際は何度もその話をしているのだが、社内メンバで何とかしろの一点張りである。勿論、社内メンバはそれぞれの案件を抱えており、身動きが取れない。そのくせ、時折思い付きで会議を開催しては独演会をする。いらぬ作業指示が来る。ただでさえギリギリの工数がさらに圧迫される。ストレスの頂点に達した私は、こんなメールを出した。「もうあなたとコミュニケーションをとる必要を感じない」と。そして良い関係性を構築していた顧客から、こちらの内実を話して「貴社の体制が不安だ」と訴えてもらったのだ。結果、外注のソフトウェア会社に助けてもらうことができた。勿論そのお膳立ては社内メンバと私が行った。何しろ、社内の上司が実質的に敵になるのだ。この下らなさったらない。社内調整と説得に工数を食われてのハードワーク。馬鹿々々しいにもほどがある。

人は時間的、体力的に働きすぎて死ぬのではない。四面楚歌の状態や意義を感じない仕事をやらされた結果のハードワークには耐えられない。多くの過労死の原因はそこにあるはずだ。睡眠時間を削ろうが、寝ないで働こうが、楽しく働いてさえいれば死んだりしない。楽しくないのに長時間働くから死ぬのである。

三つ目はマイクロマネジメントである。30代も半ばになると、ある程度の判断は自分でできるようになる。だが、権限移譲という概念が薄い日系の大企業ではやたらと細かいマイクロマネジメントがなされる。ある領域を任せたのなら、任せればよい。しかしそれができない。口では「君に任せる」というが、それは口先だけである。結局我慢できずにあれはどうなった、これはどうなった、どうするんだのマイクロマネジメントが始まる。それに従って失敗した時に一緒に尻ぬぐいをしてくれる上司はまだよい。だが、それさえないのにマイクロマネジメントをされるとはっきり言えば「馬鹿にされている」としか感じられない。「俺はあんたの子供でも家族でもない」といつも考えていたし、嫌がらせに「はい!いまからトイレに行ってきます!」などと叫んでもみた。これはある特定個人を非難しているのではない。日系企業ではかなりの確率でこのマイクロマネジメントをしたがる上長が存在する。そのくせ、失敗すると尻ぬぐいさえしてはくれない。ただ、部下のせいになるだけである。基本的に「大人として」部下を扱うことをしない。正確にはできないのだろう。その時代の私の口癖は「そんなに気に入らないならクビにすればいいでしょう」であった。大人気ないが、相手も大人扱いしないのだ。それぐらいがふさわしい対応だろう。

「自分の手綱を自分で握る」
この「楽しくなさ」の根幹はどこにあるのだろうか。最初に記した通り私の場合は「自分の手綱を自分で握れないこと」にあったようである。結局、サラリーマンを辞めて自分で会社を作り、零細コンサルティング会社を経営することになった時、社会人生活を楽しくないものにしていた「不全感」は消し飛んでしまった。サラリーマン時代と変わらないぐらい、或いは場合によってはそれ以上に働いているが、ほとんどストレスらしいストレスは感じない。ようやく自分自身の人生を生きている気がするし、自分で自分をしっかりとコントロールしている感覚が持てている。お陰様で仕事にも恵まれ、サラリーマン時代よりも経済的にもずっと恵まれている。もっと早くに独立すればよかったと思うほどである。実際にはベストなタイミングだったと思っているが、気分としてはそうだ。

まず評価はない。あるのは評判と報酬という名のフィードバックだけである。ハードワークもやらされているわけではないので全く苦にはならない。勿論、上司なんてものはないからマイクロマネジメントや社内政治とも無縁である。嫌な仕事は断ればいいし、失敗したら、やり直すだけである。その仕事を失うかもしれないが、また別の案件を獲得すればいいだけのことである。会社勤めの「安定」を手放す不安もよくわかる。私もそれで10年以上悩んだからだ。必要とされるスキルと縁さえあれば、日本は思いの外独立起業に優しい。考えてもみてほしい。私の父は中卒のケーキ屋だが、小さな町のケーキ屋として立派に経営してきた。それを考えれば、ビジネスマンとしてのスキルさえあれば、出来ないこともあるまい。また政府としては起業・開業を増やしたいので各種制度も充実しているし、税理士にいくらか支払えば、面倒なことはすべて代行してくれる。名刺の会社名に未練がなければ、あとは勇気だけである。

世の中の変わらなさや会社のくだらなさを嘆くのは簡単である。「家族がいるから」もよくわかる。しかし、世の中も会社も変えることは難しい。社会構造はそう簡単に変化しないし、変化してよいものでもない(それは革命である)。会社も経営者でない限り変革するのはそう優しいことではない。それにくらべたら、自分と家族をサラリーマン以外の手段で喰わすことははるかに容易なはずである。

この文章に共感してしまった人は独立することをお勧めする。勿論、誰にでもできるわけではないだろう。向き不向きもあるだろう。だが、独立起業することで見えてくるものもたくさんある。サラリーマン時代に培った何かがあれば、恐らくは誰かがそのスキルやノウハウを必要としているものである。これも独立して初めて実感できたことである。私のスキルや経験が本当に役に立つのか?自問自答を10年した。今はある程度の自信をもって「役に立つ」と言い切れる。また「人脈」の本当の意味も独立しないと分からないと思う。実際に人脈がつながり、仕事が頂けるという経験をしなければそのありがたさは理解できない。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」は真理である。迷っているならば独立したほうがよい。周囲の意見を聞く必要はない。出来ない理由はいくらでもある。しかし、できる理由は実際に独立しないと分からない。あなたの幸福のために、切に思うのである。