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2019年10月16日水曜日

公共保守党

国会中継は面白くない。興味がない訳ではないが、議論と呼べるような議論もなく、政府与党の提案に対して、野党がひたすら揚げ足取りをし続けるという構図がごく一部のイデオロギッシュな人以外に面白いはずもない。官房長官会見に対する質疑も同様である。思想的にマルキシズムにシンパシーを感じる政治記者が、お決まりの揚げ足取りをするだけである。いちゃもんレベルの揚げ足取りに官房長官が多少イラついているのが苦笑を誘うくらいでさっぱり面白くない。面白くないというのが不謹慎だというならば、低レベルである。現在の状況では。政府与党の政策を別の観点からその政策を再検討し、ブラッシュアップし、場合によっては合理性と説得によって、廃案にする。それが国会と野党の役割であろう。現実にはただ揚げ足取りというプロセスがあるだけで、対案さえ出せないまま、採決されれば強行採決だと文句をいう。言い古されているが、それは時間と税金の無駄遣いである。

「悪夢のような」という形容詞と評価がほぼ確定した民主党政権の3年間の後、2012年から続く安倍内閣である。長くなればツッコミどころは満載になるに決まっている。景気は多少上向いたが、それも大企業中心の事であり、一般生活者には実感が乏しい。20年も少子高齢化対策と言い続けているが、少子化対策は全く効果は出ていない。セットである高齢化対策もひたすら社会保険料がアップするだけで、現役世代を圧迫しているだけである。人生100年時代も年金受給年齢を引き上げる為の怪しげなプロパガンダでしかあるまい。中間層の衰退と格差社会が叫ばれて久しいが、消費税やたばこ税など逆進性の高い増税が目立ち、企業の内部留保が過去最高に積みあがっているにも関わらず、相も変わらずトリクルダウン的な政策が実行されている。また安倍内閣の兄貴分にあたるであろう、小泉内閣の時代に拡大した新自由主義による規制緩和の直撃を受けた氷河期世代も放置のまま、単純労働の外国人を受け入れ、当事者たちからは「棄民」政策と呼ばれていたりもする。安倍内閣で最も評価できるのは外交だが、本質的にアメリカと日本が価値観を共有しているかは怪しいものであるし、韓国に対する対応も、それ自体は正しいと評価できるが、国内保守派のガス抜きにも見える。それでもなお、安倍政権だけが取り得る選択肢に見える。私自身も相変わらず消極的支持である。

日本のような大規模な先進国で、どんな政策にせよ成功することが簡単であるはずはない。佐伯啓思がいう通り「改革狂の時代」である。ひたすら改革と叫び続け、失敗し続ける政府与党。しかし、改革を叫ぶ保守と揚げ足取りしかできない野党という構図では、多少なりとも意味があり、成功する可能性のある改革も「異なる観点からのブラッシュアップ」というステップを踏むことが出来ず、成功はおぼつかないであろう。政府与党も反論に真摯に向き合い宅手も、揚げ足取りでは聞く耳を持つまい。そのうちに「野党の意見は戯言」であると認識されて、自動的に却下されるようになるだろう。否、既にそうなっている。

昨今、特に安保法制騒動以来、「民主主義の機能不全」とか「民主主義の危機」などとマスメディアが騒ぐが、議会制民主主義である我が国で、危機的に機能不全に陥っているのは民主主義ではなく、議会主義の方である。しかも、政権与党によって議会が蔑ろにされているというよりも、議論に耐える反論を野党が出来ないということが機能不全の原因にしか見えない。従って、問題の真因は野党にある。

零細政党を除いて、現在の日本における野党は所謂、旧民主党系の「リベラル」である。
東側世界にシンパシーを感じていたが、総本山たるソヴィエト連邦が崩壊してからは、これまでの主張や信念が否定されたことを受け入れられず、良く言って魂のないゾンビ、悪く言えば、日本の呪い手・社会の破壊者である人々である。その支持者たちを含め、やたらと騒々しいが、もはや議論に値しない。テレビや新聞などのマスメディアや社会学系を中心に大学の中枢に巣くっているが、ソヴィエトという総本山なき司祭や巫女の話など、普通の生活者には届くことはない。WEBがメディアとして発達した現在、一方的に「リベラル」の教義を喧伝し、都合の良いニュースのみを選別するということは不可能となった。ある世代から上に多い「情報弱者」だけが「リベラル」のご託宣を有難がるというのが現状である。米国製のポリティカルコレクトネスやマイノリティ擁護からくる逆差別、欧州製のダイバーシティ信奉など、「リベラル」が持ち込み、日本での定着化を目論む等の心配な動きはあるものの、旧態依然なリベラル系野党を論難する必要はもうない。端的に言って論じる価値もない。

そう考えていくと、真の問題点は「まともな野党の不在」であり、安倍内閣に保守の観点や公正の観点から異議を唱え、対案を出し、議論できる野党の不在である。

例えば「改革主義の保守」などは形容矛盾である。保守というスタンス、或いは構えは、人間理性の限界をわきまえるが故に、長く続いてきたことを無暗に変更しないというところにあるはずである。我々は全知全能ではない。同時に我々は理性だけで行動しているわけではない。情念や習慣というファクターが思いのほか大きいものである。これは18世紀の哲学者ヒュームの議論であるが、保守である以上、そのような人間理性への悲観を伴った懐疑が必要である。

一見消極的なこの考え方は積極的な意味を持つ。例えば、経営学の世界で、自社の強みが簡単には模倣されないことを「模倣困難性」と言う。その模倣困難性を構成する要素の中に「経路依存性」というものがある。これは過去の出来事の順序にその強みが依存している事を示しており、同業他社に簡単に真似されないということである。するとその企業の生き残る確率は当然ながら高くなる。だが、その強みを壊さないためには、社内改革も丁寧に実施する必要がある。なぜなら、何がどことどうつながっているかという因果の連鎖を正確に知ることは困難だからである。これを国家規模に置き換えてみる。例えば、我が国は先進国であり、上位の経済規模を誇る。それらは何らかの強みに起因している。それは労働者の知的レベルの高さ、勤勉さかもしれないし、社会的な同質性かもしれない。しかし、これらの経路依存性を完全に分析し、因果の鎖を全て分類・整理することは不可能である。だからこそ、保守は安易に「改革」を叫ばない。しかし、同時にその社会の柔軟性も回復力(今様で言えばレリジエンス)もある程度信用しているので、漸次的な改善や、必要な改革を拒むものではない。拒むのはガラガラポンの革命や改革と理性万能の全体主義である。

そのような保守の姿勢から考えれば、世界のグローバル化は潮流だとしても、それに徹底的に適応しようとする主義(イズム)であるグローバリズムを政策の根幹に据えるのはナンセンスである。地球という「単一の世界」ではなく、様々な国家や地域が緩やかに交流しつつ存立する「様々な世界」を指向するのが保守である。「様々な世界」を指向するならば、その一つであり、同時に故郷でもある自国の安全と繁栄を指向するのも当然である。自国とは国民のことであるから、その中での極端な不均衡を排し、平等ではないかもしれないが公平・公正を期すのが保守である。或いは「経済的指標」という指標、要するに「もうかりまっか?」のみの単一の指標しかない世界ではなく、これまでの歴史を踏まえた価値を大切し、本来的な意味での価値の多様性を指向するのが保守である。また効果のない改革を排し、時間が掛かっても、意味のある改善を指向するのが保守である。

こうしてみると政権与党である現在の自由民主党は「革新」であり、「リベラル」と位置付けることができるだろう。新自由主義やグローバリズムと保守は全く相容れない。敗戦と占領、戦後の成り行き、そして日本的不徹底によって保守のように見える「革新」である。対米追従は保守ではない。なぜなら、米国は人工国家であり、本質的にはピューリタン的独善に基づく設計主義である。教義が共産主義ではなく、ピューリタニズムというだけであり、その観点ではソヴィエトと大差はない。その独善の極みが「クリントン政権」であり「オバマ政権」であった。(現在はトランプ政権になり、少し揺り戻しているようだが。)リベラル国家に追従する政権が保守なはずはない。現実解としてそれしか道がなかったというのは一定程度に理解できるが、敗戦から70年以上経った今でも対米追従が政策の中心であるような政党が保守であるはずはあるまい。情けないと言っているのではない。アメリカは「リベラル」であるし、それに追従するならば、親米現実主義リベラル政党とは名乗れても、保守政党と名乗る資格はないと言っているだけである。それが欺瞞であることは国民の側も気が付いているが、大多数のまともな国民は親米現実主義以外の選択肢は取らなかった。対抗馬が空想主義的社会主義では信認のしようがない。自民党に灸を据える的な「空気」で社会党(自民連立)や民主党の政権が出来た時も、前者は自らの主張が非現実的であったことを認めたことにより消滅し、後者はそもそも政権担当能力がないことを露呈しただけであった。その結果は「親米現実主義以外はない」という国民の考えを補強しただけであった。

議会主義が機能不全に陥っている我が国に必要なのは与党と議論が可能な、保守の野党であろう。右翼ではない。これまでの歴史・伝統・文化を踏まえ、武田信玄ではないが「人は石垣、人は城」と考えて、国民の幸福の為の施策を丁寧に考え、政権与党の施策に代案を示しつつ議論するそんな政党である。本来的な公共の福祉を保守の立場で尊重すると言換えてもよい。ここでは仮に公共保守党とでも呼んでおこう。日本維新の会があるではないか。という向きもあろうが、人間理性への懐疑がなく、設計主義・改革主義・グローバリズムという点から見れば、やや過激な自民党でしかないため、保守とは呼べない。故に現在はまだ存在しない政党である。

私の考える公共保守党の基本的な立脚点を述べてみよう。4つある。

  • 理性や知性を狂信せず、歴史を重視する
  • 理想は蔑ろにしないが、理想主義は排する
  • 自国(自身)を重視するが故に、他国(他者)を尊重する
  • 公正(フェアネス)を重んじる

「理性や知性を狂信せず、歴史を重視する」というのが最も重要な考え方である。前述のように「国や社会を人為的に設計する」ことが可能であり、しかもそれが良いことと考えるリベラルとは真逆の姿勢である。ある人間が国や社会を人為的に設計した結果は、それがどれほど善意に基づいていても上手くいくことはない。その最も分かりやすい例はソヴィエト連邦であり、ドイツ第三帝国であり、文革中のシナである。人間が天国を作ろうとすると必ず地獄を作ってしまうものである。人間の力を過信しない。常に歴史を参照しつつ、修正を加えていく。この姿勢に違和感があるならばその人は保守ではない。

「理想は蔑ろにしないが、理想主義は排する」ことは、大人であることを要求するものである。理想はコンパスに過ぎないことを理解しており、到達しうる「場所」ではない。個人の理想は実現することもあるが、国家や社会の理想はあくまで指針であり、実現するようなものでないことを理解している必要がある。言葉狩りから始まる全体主義(ファシズム)は理想主義から出てくるものである。

「自国(自身)を重視するが故に、他国(他者)を尊重する」というのは、個々別々であることが考え方の前提にあるが故である。自国には自国の方向性があり、守るべき価値があり、それは他国に優先すると考えるため、相手もそのように考えることを当然とする態度の事である。相互性を重視するが故に、多様性を結果として尊重することになる。多様性それ自体を目的していないことがポイントである。だからこそ、二言目には「ダイバーシティ」と言いながら、異論を許さないリベラルと、これもまた真逆である。

「公正(フェアネス)を重んじる」ことは、ともすれば現実主義から虚無主義に落ち込み易いことを自覚し、自分自身をその暗黒面に落とさないための歯止めとなる価値感である。目的と手段の倒錯を回避するには、一つの「公正という価値」を価値として尊重しなくてはならない。保守の立場は現実主義でもある。目の前の現実に対応するために、プラグマティックにマキアヴェリアンとして立ち振る舞うこともあるであろう。だがその際に見失ってはいけない価値があるべきである。さもなくば、手段が目的化してしまう。「ライオンの力と狐の狡知を行使する」時、何のためにという目的が必要である。その目的が「公正」であるかどうか、或いは「公正さを増すこと」に役立つかという価値判断が、暗黒面への堕落をかろうじてつなぎとめることができる。また公正は公平につながる概念である。公平さは極端さを排する。従って、富の極端な偏在は是正されるべきとも考えるのである。

このような立脚点から、国家の役割である「安全保障」「経済」を政策化し、公共の福祉を向上することを考える。それが公共保守党、即ち、自民党に対する野党であるべきであろう。そして政権政党としての実力を蓄積していくのである。権力を志向しない政党など不健全である。確かな野党に甘んじるのは日本共産党に任せておいて、政権を担うにたる政党になることを目指すのである。自由民主党を「親米現実主義」「リベラル」と位置付けて、その反意語としての保守政党があるべきである。

少なくともオールドメディアの外にはこうした動きの萌芽は見られる。グローバリズムとリベラリズムへの批判、新自由主義への継承とケインズ主義の見直し、それでいて、議会制民主主義の尊重、憲法の見直し、現実的平和主義のような基本的価値は既存の与党と共有できるような動きである。それらが一つの潮流となることを願い、蟷螂之斧に過ぎないが、私なりにその役に立ちたいと考えるのである。

2017年11月16日木曜日

その先の未来

70余年もかかったが、我が国は敗戦と占領の呪縛からようやく脱る気配があるように見える。前回のブログにも記したが「反体制が正当である」というひどく「不自然なパラダイム」が崩壊したというのが、その主な要因であろう。それ自体は望ましいことである。しかし、そうであるとするならば「ここからどのような未来を志向するのか」という次の難問が持ち上がる。もちろん「なるようになる」という考えもあろう。だが、案外我々は「なるようになる」という考えに耐え続けられるほど強くない。そして、好むと好まざるとにかかわらず、「なるようになる」という態度は、そう考えない人々や国によってもは振り回されるという結果になりがちである。それが嫌ならば、やはり「志向(ディレクション)」だけは考えておくよりほかはない。しかし、かつてのように「ただそれを真似るだけでよい」というロールモデルは存在しない。正確にはそんなロールモデルなど元々どこにもないのだが、数十年前までは「地上の楽園」だの「よい核」だの「追いつけ追い越せ」だのと言うことができたわけである。そのような妄想に近い理想を仮託できるユートピアなど存在しないという諦念を基本としてこれからの方向性を考えていくほかあるまい。

ところで、そのように無責任な「反体制の人々」にも良いところはあった。ひどく子供じみてはいたが、少なくとも彼らはニヒリストではなかった。彼らはその子供っぽさ故、ニヒリズムに耐えられず、夢の世界へ逃げ込んでいたとも言えるだろう。しかし、諦念から出発する我々のようなリアリストにはそんな逃げ場はない。ニヒリズムに正対していかなくてはならない。ニヒリズムとは「虚無主義」と訳すが、もっと平たく「価値(序列)の混乱」と考えておけばいい。要するに「何が正しくて、何が間違っており、何に価値があって、何に価値がないのかがはっきりしない」ということである。



さて、現代において「『価値がある』とはどういうことか?」という問いを発すると、怪訝な顔と共に「そりゃ、金になるか、役に立つかってことだろう」という答えが返ってくるだろう。しかし、すこし冷静に考えてみると、金銭はそれ自体は無価値である。コインやバーチャルなコインにしろ紙幣にしろ、それ自体は何の役にも立たない。だからこそ、媒介として金銭の役目を果たすことができるわけだ。それ自体が無価値であるからこそ、「交換」の媒介となり、その多寡により、購入できるものが決まるに過ぎない。それ故に「価値がある」ことそれ自体と「価格」は直接的な関係はない。さらに訊いてみよう。「では、どういう物差しでその『価格』が決まるのか?」と。そうするとさらに面倒くさそうな顔と共に「役に立つとかカッコイイとか美しいとかだろ?」と答えが返ってくるに違いない。まず、「役に立つ」だが、「何の」という目的が必要である。従ってそれは「手段」の話である。「かっこいい」「美しい」は少し価値それ自体に踏み込んでいるが、では「それはどんな物差しで決まる?」という問いの回答にはならない。だから「価値がある」ことを「金銭的価値」と定義したところで、全く無効である。金銭的価値は「物事の正しさ・良さ」を測る尺度にはなり得ない。また、「役に立つ」ということは何らかの技術の産物であろう。だが、科学技術も「価値中立的」であるからこそ、科学技術足りえるのであって、やはり「物事の正しさ・良さ」を測る尺度にはなり得ない。にもかかわらず、21世紀初頭の今現在、金銭的価値と科学技術(金になるか、役に立つか)、言い換えれば、資本主義と技術主義が主要な「価値の源泉」と見做されている。だが、これらは本来の意味において「価値」とは完全に無関係なものである。だから、いくら高度に発達しても我々はどこかこれらを直観的に「グロテスクなもの」としてとらえてしまう。そのグロテスクなものが中心に据えられている時代状況をさしあたり「ニヒリズム時代」と呼んでおこう。

その「グロテスク」さはどこからくるのだろか。少し前にマイケル・サンデルが『それをお金で買いますか』という本を出していた。その中の例だった気がするが、例えば高度医療(臓器移植等)を受けるためにはかなりの費用がかかる。すると、金銭の多寡により、生命をつなぐチャンスに違いがあることになる。それは突き詰めれば「命を金銭で贖う」ということにしかならない。死は相変わらず誰にでも平等ではあるが、その引き延ばしは金銭による。そこに我々は「生命に対する冒涜」を見てしまう。そして恐らくはそれを「グロテスク」と感じる。少なくともここで、価値の物差しは生命であり、本来はそれをつなぐ手段である医療を金銭で贖うという行為に、どういうわけか価値の混乱を見てしまうわけである。「生きるチャンスは平等であるべきだ」という陳腐な意識のせいであろうか?少なくとも直観的に「正しい・良い」とは考えにくい。

また軍事に関する科学技術もそれが言える。古来より、戦場は悲惨であると同時に英雄が生まれる場所であった。しかし、産業革命後の第一次世界大戦あたりから様相が変わり始める。戦車や飛行機などの近代兵器が登場し、個人の武勇と戦果があまり関係がなくなる。それでもまだ戦闘機同士の戦いのような武勇の要素が残り、エースパイロットというような中世の英雄の残照があった。しかし、核兵器の登場により、少なくとも大国同士の勝敗は戦う前から決定されてしまう。そこには個人の武勇など入り込む隙はなく、相互破壊認証(MAD)による「銃を突きつけ合った平和」という形で平和をもたらした。やはりどこかこの状態を「グロテスク」と直感する。ひとつ前の例と同様、「正しい・良い」とは考えにくい。

しかし、諦念からスタートするリアリストである我々にとって、これらをただ主観的に否定して「ユートピア探し」をしても、それはただの逃避行動でしかない。故にここを出発点にするしかない。これらの「グロテスクさ」を受け入れつつ、しかしそれを少しでも減らしていくという立場に立たざるを得ない。これは並大抵のことではないと考える。これは哲学上の大問題であり、ニーチェをもってしても、これらの問題に対して「超人」というトリッキーなたとえ話を持ってこざるを得なかったような大問題である。ニーチェの言う「超人」とは「価値を自ら作り出す者」という意味だが、その著書のどこを読んでも、「超人とは何か」について真っすぐな回答は記されていない。「~ではない」という否定形で示されているだけである。ユートピア主義者であまり好きではないが、内田樹の例えが適切だろう。「超人とは『人間』の上に引かれたバーチャルな抹消線である」というのが、ニーチェの示したニヒリズムの克服の方向性であった。

リアリストは「まずは現状を承認する」ことからしかスタートできないので、自らの価値序列やなんらかの目的をかなり強く意識しないと単なる「ニヒリスト」になりやすい。また、現実が見えている「合理主義者」であることも多いので、広大で複雑な現実を前に無力感にとらわれることも多いだろう。だから、現実主義者は「未来を描く」ことが苦手である。しかし幸か不幸か現代は「数の論理」で動くことが多い。「マッス」でも「畜群」と呼んでもいいが、ようするに「大衆」が主であるような世の中である。大衆とは本質的に「自分で考えること」はできない。したがって、魅力的な何かを提示しないと動かすことはできない。その未来像は虚像でもなんでもいいのだが、虚像のユートピアを提示してしまえば、毛沢東やスターリン、或いは戦後の左翼マスコミと同じになってしまう。

讃岐院の呪詛「皇を取って民とし民を皇となさん」が実現したかのような価値の混乱した現代に我々は生きている。私見を述べれば「大衆」という「人と同じであること」「人のまねをすること」が満足の元であるような人々(だから金持ちか貧乏人とかとは無関係)が最も最強である「民主主義」は肯定できない。こうした人々は本質的に相互模倣的であるので容易に「束」となる。その束に方向付けをすれば「ファシズム」となる。ファッショとは「束」の意である。従ってファシズムは民主主義からしか出てこない。逆に言えば、(大衆)民主主義の究極がファシズムであるといえるだろう。その意味では第三帝国や昭和初期の日本はある種究極の民主主義であったといえるかもしれぬ。

「民主主義」とは「多数決」とイコールではない。イコールなのは「直接民主制」という古代ギリシア時代に失敗が確定した狂気の思想である。別に少数者の意見を尊重せよなどという話ではない。そうではなくて、少なくとも何かに優れた(卓越した)人々を何らかの方法で選出し、議会を形成し、「大衆」という名の「盲目の怪物」を牽制しながら暴走させないことが必要である。これを「議会主義」と呼んでもいいし、「間接民主制」と呼んでもいいが、これは一種の「貴族制」であろう。だがいわゆる「民主主義」よりもはるかに優れた制度である。(それ故、一院制や首相公選制は狂気だと私は考える。結局突き詰めれば「全権委任法」になるからだ。)

では「議会主義」を維持したまま、その先の未来を思い描くために、リアリストはどうすればよいのだろう。処方箋などはもちろんないが、さしあたりニヒリズムに対抗していくために、先ほど挙げた「グロテスクさ」をできるだけ減らしていくという方向性が良いと考える。現代のニヒリズムの根幹はグローバリズム(金融主義的資本主義+科学技術主義)にあるのだから、これを知ることから始めるのがよいのではなかろうか。これらは本質的に「肥大化する欲望」がベースにあるので、克服するのは予見可能な未来には不可能であろう。とすれば、別の価値体系をもって、これに対抗していくぐらいしか方法があるまい。


その価値体系はどこにあるのか?そんなものはない。どこかにあると考えてしまうとそれはユートピア論者と同様である。そうではなくて、過去を参照し、現状を分析し、不条理は不条理として許容し、ゆっくりと価値を構築していく。或いはそのための態度を身に着けていく。その間はさしあたり、常識と直観を信じて「胡散臭いもの」を回避、或いは戦っていく。言い換えれば、グロテスクなものを回避したり叩き潰したりする。そうして支配的な思想であるグローバリズムに押し流されそうな「現実」と死ぬまで格闘していくほかあるまい。具体的には「いやーいまはグローバルの時代だよ」などと嘯く馬鹿どもを一人一人糺していくようなことだ。長く地味であまり報われない戦いだが、まともな人間がそれをこなしていくしかない。それを30年も行えば、少し日本がマシな世界になっているかもしれない。次の世代へ少しだけ世界をマシにして引き渡すことが我らのできる最善のことであろう。

2017年10月26日木曜日

敗北者はだれだったのか。

2017年10月の衆議院議員選挙が終わった。蓋を開けてみればこれは誰がどう見ても単独過半数を制した自民党の大勝利であり、公明党と合わせ政権与党だけで憲法改正発議が可能な2/3を制したことになる。しかし、誰かが大勝利したということは、誰かが大敗北を喫したということである。勿論、単純には野党ということになろう。しかし今回の選挙において、野党が大敗北を喫したという印象は少ない。というよりも敗れるための条件さえ満たせなかったというように見える。小池百合子というジョーカーの登場により、野党第一党である民進党は、希望の党、立憲民主党、無所属という形に分解し、敗れる主体にさえなれなかった。せいぜい「小池百合子が失敗した」ぐらいの印象しか残らないというのが正直な感想である。

小池百合子の「希望の党」は結局のところ、橋下徹の「維新の会」の二番煎じであった。橋下徹は弁護士でありながらテレビタレントという知名度を利用して大阪の府政を混乱させた挙句、国政に関与しようとし、自分に風が吹かないとみるやもはや誰も話題にしない「大阪都構想」を畳んで、楽屋に引っ込んでしまった。大阪都構想にせよ、役人を悪者に仕立てるやり方にせよ、基本的には「劇場型」の人気取りでしかない。そんなことは橋下徹はわかっているが故に、効果が薄ければ、傷口が広がらないうちに撤退したということであろう。「ふわっとした民意」をメディア経由で操ろうとして失敗したというわけだ。橋下徹はあれでも法曹界出身だが、小池百合子はその橋下徹が頼りにしつつ共犯関係を構築しようとしたマスメディア出身である。橋下の失敗を分析した上で、もっと上手にマスメディアを利用できると算段したのかもしれない。アラブ式のはったりも身に着けた小池百合子ならあり得ないことでもないと想像する。

現実にはただ野党を割って、図らずも整理整頓しただけで終わった。「鉄の天井」などと言って社会構造と伝統に責任転嫁しようとしているようだが、イタリアのメディアの言う通り「亡命中の女王のボヤキ」以上のものではない。一方、安倍首相はなかなかの喧嘩巧者であることも証明した。絶妙なタイミングで解散総選挙を仕掛け、一時は脅威になりかけた小池百合子を(恐らく結果的にではあるものの)野党解体の鉄砲玉として使い、野党の自滅や台風すらも味方につけて大勝利を収めたわけである。倫理的な判断は脇に置いて見事という他はない。




さて、野党が敗北するための主体足りえることさえできなかったのだとすれば、今回の選挙は一体だれが敗れたのであろうか。それは恐らく「反体制としてのマスメディア、とりわけテレビと新聞」であろう。1990年代までマスメディアは「錦の御旗」を持っていた。それは「反体制」というスタンスである。実効性や責任は脇に置き「ともかく政府を叩く」ことで、一定以上の支持を得てきた訳である。マスメディアももちろん正しい意味で商売だから顧客が「何を見たい・読みたい」かを考えて、商材である「言論」「映像」などのコンテンツを提供する。1950年代から1990年代の長きにわたって「反体制」は「鉄板のコンテンツ」、要するに売れる商材だったわけである。

それほど長く「反体制」という商材を商って、しかもそれが必ず売れるとなると、いつの間にか反体制は商材ではなく「信念」に変質していく。「反体制」が当たり前となり、それが社内や社会への影響力の源泉であり、核(core)になっていく。その影響力はかなり肥大化した。1990年代のテレビ朝日「ニュースステーション」やTBS「ニュース23」あたりを頂点として「第四の権力」として確立していった。選挙の洗礼を受ける政治家と異なり、メディア企業の経営層はそう簡単に交代することも弾劾されることもない。そして「反体制を売り物にする第四の権力が、自家中毒に陥った挙句に腐敗する」という状態が現在まで続いているということなのだろう。違うとは言わせない。コンサルタントとして色々な企業を見てきたが、この構造になるのは企業の成長に伴う不可避の現象である。要するに「上には正しい情報が届かず、下は手段が目的になる」という「大企業病」の一変種である。

第二次世界大戦で日本が「道義的にも誤っていた」ということにしたい戦勝国、とりわけ米国のGHQの思惑。そして戦前に国賊として取り締まられてきた左翼勢力の怨念。社会主義・共産主義の国々(のプロパガンダ)に対する憧憬や期待。それを許し、甘えさせるだけの自民党の力量。右肩上がりの経済。そうした中で「反体制」をビジネスの核としてきたメディア。今回の選挙はそのメディアとうとう支持を明示的に失った日であっただろう。そう、大敗北を喫したのは「反体制」というビジネスをしていたマスメディアだったのである。「商材」が「信念」に変質してしまっていた彼らの選挙後の迷走というか言い訳というかアノミーっぷりには失笑を禁じ得ない。田原総一朗の暴走あたりがもっともそれを象徴しているだろうか。

マスメディアは焦っている。これまで「反体制」という不思議な既得権益の中で商売をしてきた。所謂サヨクで知られる内田樹が「テレビというのは視聴者もスポンサーも巻き込んだ一大ビジネスである。そうであるが故に、お茶の間の静謐とスポンサーの利害を守らねばならず、従って水で薄めたような無難な意見しか表明できない」という旨をどこかで書いていたが、実際には「反体制」であれば、ほとんど何を言ってもOKというスタンスであることが今回の選挙における自民党のネガティブキャンペーンと希望の党への右往左往で実証されてしまった。一定以上の知性と経験(普通の社会人)ならば、これは「反権力・反腐敗という図式の中でで腐敗したどうしようもない業界」であることを否が応でも理解せざるを得なかっただろうと思う。さらに、インターネットという玉石混淆ではあるものの、多様な意見を読むことのできる空間がマスメディアの意見を相対化する強力な触媒になったのは間違いない。

そう考えると、今回の選挙で大敗北を喫したのは「笛吹けども踊らず」となった有権者に見透かされ嫌われたマスメディア(新聞・テレビ)だったのではないだろうか。彼・彼女らが「腐敗した第四の権力」として有権者の審判をくだされたというのが、今回の選挙の結果だったのではないかというのが正直な感想である。


田原総一朗には申し訳ないが、先日、常駐先のビルにある蕎麦屋で一緒だったことから、勝手に上述のスタンス代表していただくことにする。アメリカに構造的に甘えられる立ち位置で体制批判さえしていればいいという時代。その中で青春どころか社会人の大半を過ごしてしまった世代は、もうどうしようもあるまい。言い換えれば死ぬのを待つしかあるまい。そして、その彼・彼女らに牛耳られているメディアの中枢部も、あと10年程度、あの世代が死滅するのを待てば少しずつでも状況は改善するであろう。具体的には1940年から1950年生まれの世代のサヨクのことである。もはや「Love & Peace」という標語はただの無責任と能天気を表す標語でしかないことを彼らは死ぬまで理解できないであろう。メディアの「核」がどんな形にせよ変化するのは、そう先のことではない。そしてそれは非常に望ましいと私は考える。

2017年8月1日火曜日

「民主主義」というマジックワードの超克

戦前における「国体護持」と同様に、戦後は「民主主義」がマジックワードとして流通している。今風に言えばバズワードと言ってもいい。政治的に誰かを非難する時には右も左も「民主主義の破壊だ!」「民主主義を根底から覆す…」云々。しかし、これらの言葉は没論理である。正直に言えば「吠え声」と変わらない。なぜなら「民主主義」という言葉の定義が全く共有されていないので、「民主主義に照らして、XXXXだ!」と主張しても、論理(ロジック)が意味をなさない。


見たところ、職業的な政治家はプロフェッショナルらしく、このことをちゃんと自覚している。選挙制度に基づく政治の本質は、被統治者である国民の政策への関心が下がるほど、カタルシスを目的としたステージショウ、はっきり言えば「見世物」であり、見世物である以上、論理よりも印象を操作するほうが、ずっと効率的に選挙権をもつ国民に訴えるだろう。少なくとも小泉旋風、劇場型政治といわれてからこっちは、職業的な政治家はそれを自覚的に行っているだろう。そう思えば、この「戦後民主主義」体制下の政治家も「まともな国家運営をしながら人気取りもする」という点でなかなか大変である。ついつい同情してしまうこともある。

民主主義とは何か?という問いそれ自体は非常に重要ではある。しかしその重要性はあるべき政治体制の模索のためという本来的なものとして、多くの人に意識されているわけではない。そうではなくて、単なる前提なしの「正義」の源泉として、平たく言えば正当化のための錦の御旗として利用されるために問われることがほとんどである。やや空しいが仕方がない。日本を含む先進国においては、「隣人愛(博愛)」は知らないが、「自由と平等」はかなりの程度達成してしまっており、また、「権力vs市民社会」というような構図は意味を失っているため、「民主主義」を問うことの意味はその中に住む国民にとってほぼ無意味である。

大雑把に構図化してみると、元々キリスト教的な進歩史観、終末思想、つまり「唯一の神が何らかの目的をもってこの世を作り、いずれその目的は達成され、歴史は終わる」という観念を持たない我々日本人は、様々な大陸の思想に影響を受けながらも、ある種独自の価値観のなかで江戸時代まで生きてきた。それは「大目標を持たない」という点で恐るべき停滞の時代だったかもしれないが、ともかくも西洋的(=キリスト教的)なものとは異質のものとして繁栄してきた。しかし、幕末に西洋文明と対峙することにより、己の無力さを自覚するとともに、西洋的価値観を「正しいもの」として取り込んでしまった。平たく言えば、西洋にシビれてしまった。さらに新興の西洋化国家の帰結として大東亜・太平洋戦争に突入し、壊滅的な敗戦を経験した。それ以降、日本の諸悪の根源は「民主化=西洋化が不足していること」と認識されるようになった。丸山真男的な「(欧米は進んでいるのに)日本は遅れている」という考え方である。

だが、「民主化=欧米化」が無条件に礼賛されるべきという発想はソヴィエト連邦の崩壊以降、加速度的に意味を失っている。そのことは別段インテリ層でなくとも「素朴な庶民」でさえ理解している。表現がうまくできないだけである。なぜならば「自由・平等・博愛」の極点、つまり行き着く先のひとつが共産主義であることは誰にでも理解できるからである。資本主義vs共産主義というのは、決して民主主義vs全体主義ではなく、(自由を強調した)民主主義vs(平等を強調した)民主主義ということだったのだ。

このあたりから「資本主義の勝利」というような「祭りの季節」が過ぎると、もはや民主主義それ自体の意味を問うことがなくなっていく。そしてそのことは不安を生み出す。それはこういうことである。「平等を指向すると社会主義・共産主義に行き着くが、それは歴史によって否定された。しかし、残った自由を志向する資本主義的自由主義は多くの格差を生み出し、我々も貧乏のままである。それでよいのだろうか?」と。

少なくとももはや「民主化(=西欧化)が不足している」という議論はゾンビである。ただ、マスメディアを中心とした無意味かつ有害な「お作法」でしかない。大切なことは「民主化が足りない!」とか「民主主義の危機だ!」という戯言に接したときに「具体的にどういうこと?」と問うことである。非常に地味ではあるが、これをすることでマジックワードは崩壊する。AIだIoTだと言われたときに、具体的に何ができるようになるの?と聞き返せばたいていの営業やコンサルは「あわわわわ」となるのと同じことである。その結果、正しいことや向かうべき未来がますます見えなくなるだろう。そしてますます不安になるだろう。するとおそらく気が付くだろう。我々は「退屈」しているだけなのだと。


その「退屈」の名はニヒリズムという。すべてはその自覚から始めるしかないと私は考える。

2017年6月13日火曜日

語り部たちへの反論(シリーズ:何を反省するのか?)

池田信夫氏主催のサイトであるアゴラで「戦争体験者の私が、いまの政治家に申し上げたいこと --- 釜堀 董子」という一文を読んだ。私の父の年代である戦中派(1937年生)の著者が自らの実体験をベースに現政権や「右傾化」する比較的若い世代を批判する内容である。戦中派の語り部が行う議論のある種の典型であったので、チェックしておきたいと思う。というのは、その実体験に対してどうしても「遠慮」が発生してしまい、それ自体が異論を許さないという議論の拒否や思考停止を生むと考えるからだ。正直なところ私もこの「遠慮」から自由でないし、若干己の中の抵抗を感じながら書いている。しかし、議論の拒否は不毛なのであえて反論したい。もちろん釜堀氏は面識もないし、その御年でウェブメディアに寄稿されていることには敬意を表する。個人的な悪意があるものではないことをお断りしておく。


『1937年生まれの私は、12月に80歳を迎える。実体験は少ないが、まわりから教わった戦争体験を、しっかりと伝えることが必要ではないかと感じている。』

このような書出しから始まる。読者はここで「戦争体験者」と思う。そして「戦争反対」「九条守れ」という議論が展開されることを容易に予想してしまう。そして案の定、記憶が定かでないとエクスキューズを入れつつ、出征兵士が「万歳」の声に見送られながら目に涙をためていて「本当はみんな行きたくない」と当たり前のことを説明する。冷血漢の汚名を恐れずに指摘しよう。この著者が想定している読者は戦後生まれ、団塊の世代以降であろう。ウェブメディアへの寄稿がその証左であるし、戦中生まれと戦後直後生まれの世代がもつ共通認識(とこの著者が信じているもの)を持たない世代を想定している文章であるからだ。逆に言うと、「戦争を知っている」ということを根拠とした権威主義に基づいているとも言える。

さて、出征兵士が「本当はみんな行きたくない」のを60年代以降生まれ(取り合えずややこしいのでそう定義しておく)のわれわれが想像できないとでも思っているのだろうか。ちょっと調べれば「徴兵逃れ」などはある種の常識であったことは分かるし、どこの世界にリンチで有名な帝国陸海軍に徴兵されて、しかも死地に赴かざるを得ない事を歓迎する人がいるだろうか。出征兵士は行きたくないが義務として、男性に生まれたある種の宿命と思い定めて出征した人がほとんどだっただろう。もし、兵士は嬉々として戦地に赴いたと信じている人がいたら、左右を問わず正常な精神を持っているとは思えない。また我々の世代が「万歳」の中出征したのだからうれしかったはずと勘違いしていると思われているのであれば、「馬鹿にするのもほどほどに」していただきたい。「万歳」は建前に過ぎぬ。当たり前である。



1937年生まれということは1940年、1942年生まれの私の両親とほぼ同年代である。この世代の戦争経験とは「疎開」「外地からの引揚」「空襲」「機銃掃射」「原爆」「敗戦」「傷痍軍人」「占領」である。直接地獄の戦地に赴いたわけでもない。赴いたのはその親の世代である。そして幸運にも生きて内地に帰ってきた人々に戦争の話を聞いたはずである。著者は1945年には8歳、最終位置がどこかによるが、出征していた父がいれば再会したのはおそらく1945年から1947年であろう。するとそのとき彼女は8歳~11歳の少女だったはずである。そのかわいい盛りであり、感受性の強くなる思春期直前の娘に対して出征した父や元兵士の大人たちは難しいことや残酷なことを語っただろうか。語るわけがない。戦争のこと質問したって、黙したか、「戦争は悲惨だよ」以上の説明しかしなかったであろう。当たり前である。敗戦によって否定された自分たちの信念や大儀、そこに至るまでの政治的な経緯のような難しい話は子供には理解できない。ましてや占領され米国による国家改造が進む中で、余計な情報を、生きにくくなるような情報を子供に教えるわけがない。


『時は流れて、日本は終戦72年を迎えた。日本人でありながら世代間による戦争の考え方は大きく変わってきている。私の世代は「二度と戦争はすべきでない」と答えるだろう。しかし、若い世代は「日本は強くなるべきだ」「平和を守る一員になるべきだ」と答える。』

と嘆いてみせる。ほほう。「二度と戦争をすべきでない」と答えるのは1935年~1950年代に生まれた世代だけだろう。あるいはそれ以前に生まれていても銃後にいて安全と思い込んでいたのに、爆撃により殺されかけたり、家族が死んだりしたケースでかつ、あまり何も考えていない人だけである。少し言い過ぎかもしれぬ。「二度と」とは'NEVER'の意である。だから、この議論は「他国が攻めてこようが、無抵抗でされるがままにされるべきだ」という結論に当然に行き着く。そして、その結果としての隷属や陵辱、そして家族の死を甘んじて受けよということになる。はっきり申し上げて「何を言っているのだ」である。「戦争をすべきでない」。同意である。全力で戦争に突入することは回避すべきである。だが、他国が、具体的には中華人民共和国や北朝鮮が侵略してくれば、反撃する必要があるに決まっている。また、日本を守るためならば「他国の兵士(若者)」が血を流しても、自国は血を流さないということには言及しない。当たり前の反論に耐えられる程度の正当性すら持っていない。ただひたすら戦争は「悪」だと言い募っているだけである。はっきり言えば思考停止であり、議論の拒否である。


『私の子ども時代や若い頃は、戦争といえばそれだけで世論が沸騰した。戦場へ行った人たちが大勢いたからである。戦地にやらされ、九死に一生を得た彼らの感情は激しかった。一方日本国内は、空襲や原爆で廃墟になっていた。戦争の悪は日本人すべてが認識したといっても過言ではない。戦争につながるものは激しい批判にさらされた。

だから憲法9条も非武装中立も、さほどの違和感なく受け入れられたのである。民主主義も男女平等も新憲法も、天皇が神から人間になったのも、すべてが180度の転換だったが、すんなりと行われたのである。』

あえて言い切ろう。認識が間違っている。戦場で生き残った兵士が激しく反応したのは道義的な理由ではない。日本が近代戦を遂行する能力がない事を肌感覚で知ったからである。少なくとも「精神力が戦車を圧倒する」というような思考はまったく無力であることを知っており、ただ精神力を強調するだけの上層部が無能であることを、そして補給なき軍隊がどのような地獄を見るのかを彼らは知っていた。だから反対したのである。しかし戦中派や団塊世代はそうではない。道義的な理由から、あるいは「一部の軍国主義者」に責任を転嫁し、イノセントな自分でありたいがために批判したのだ。反対の理由が違うのである。おそらく忘れておいでだろうが、一緒になって「戦争反対」と叫んでいると、元兵士に「戦争に行っていないやつらに何が分かるか!」と怒られたり、殴られたりということが頻繁にあったであろう。理由は述べたとおりである。片方は「地獄を見た我々の記憶において日本国に近代戦を遂行する力はない。それがゆえに反対!俺たちがいた地獄に子供たちを送るな!」と言っているのである。しかし一方は「戦争は絶対悪だ、その戦争を遂行した戦前は悪だ!(そしてそれに反対している俺たち/私たちは善だ)」と言っているのだ。そして括弧内の思いを前者が認識すると怒られたわけだ。「俺たちをダシにしやがって」と。

今はもう、祖父母の世代はほぼいない。もはやそのように怒られることもなくなり、特権的に語れるようになった。

この後は内田樹を持ち出し、的外れな管理教育論を展開する。ここは、年寄りの耄碌として大目に見よう。
そして民主主義万歳論。敗戦によってもたらされた民主主義が日本はまだ自家薬籠中のものにしてないから右傾化し絶対平和主義が脅かされているというおなじみの展開がなされ、そして安倍政権が強いのは民主化が足りず、マスコミが忖度しているからだという雑な結論になる。しかしながら、民主主義と絶対平和主義は何の関係もない。民主主義はどちらかといえば戦争を生み出す。ファシズムの母体がワイマール憲法下の民主主義であったし、リベラルの皆さんが大嫌いな米国のトランプ大統領も民主主義で選ばれたわけである。もっとも中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国を民主主義と呼ぶなら、言葉の定義が違うので、これは議論にならない。民主主義というのは平和主義とは無関係である。民主主義は古代ギリシャの民主制を原型としており、これは「兵士として命をかける」ので「国政に参加する権利がある」というものである。従って、原理原則で言えば「民主主義=国民皆兵」である。民主主義が大好きな不勉強な向きには意外かもしれないが、そういうものである。もちろん原理原則の話で現在の高度な専門性を求められる軍隊や自衛隊では「国民皆兵」というわけにはいかない。

安倍政権が無駄に強いのではない。民主主義の原則が機能しているために、説得力のある対案が出せる、魅力的なコンセプトが出せる、あるいは人柄を含めてカリスマであるような有能な野党が存在しないだけである。絶対平和主義は単なる空想である。それこそ戦争を知る世代を名乗るならばそれを知っているはずであろう。それが分かっていながらこのような主張をするなら、たんなる欺瞞・偽善であり、分かっていないなら単なる馬鹿である。


以上、非常に心苦しい内容だが、こうした反論をだれかがする必要があるだろうと筆をとった次第。

2017年6月8日木曜日

光の暴走

19世紀末の西欧世界(イギリス・フランス・ドイツ・ベルギー)において、象徴主義というダークな世界観を特徴とした芸術が成立した。絵画ならモローやクリムト、ワッツ、ムンクなど。文学なら「悪の華」のボードレールを嚆矢として、マラルメ、プルースト、ランボーなどだ。彼らは天使より悪魔を、ユートピアよりディストピアを、幸福より不安を、理論より神秘を表現した芸術家たちだった。世紀末象徴主義と呼ばれ、キリスト教暦の100年期(世紀)末の不安による退廃的なムードを反映した芸術と一般的には乱暴に思われている芸術運動である。


1000年期末(ミレニアム)をお祭り騒ぎの中で終え、今は新しい1000年期と世紀がスタートした直後である。だが、大雑把に言えばグローバリズムの失敗が明らかになりつつある今、少しずつだが確実に洋の東西を問わず、不安が広がっているのは間違いない。
19世紀末の象徴主義(ちなみに、この時代の絵画は好きだ。ムンクの『思春期』など大傑作だと思っている。)は果たしてキリスト教的な、あるいは信仰が失われていくなかの嘆きだったのだろうか。私は違うと思う。これは「産業革命」というテクノロジと経済がすべてを覆うことへのカウンターであり、人の精神の営みを含めて、テクノロジーによってあらゆる闇(即ち無知蒙昧さ)を駆逐されると知識人でない普通の人々までが予感したことへのカウンターだっただろう。つまり啓蒙主義へのアンチテーゼでもあった。

電気の普及はこれからだったが、ガス灯(ディズニーシーへいけば、当時のニューヨークの雰囲気が再現されている)はあり、闇が駆逐されてきた時代、とりあえず芸術家というセンサーの鋭い人々はこれを「光の暴走」と捉えたのではなかったか。その産業革命という光は芸術という「心的な領域」さえも脅かすほど煌々と闇を照らしたがゆえに、それを恐れた芸術家たちは闇を濃く表現しようとした、それが象徴主義であったように思う。


「陽極まれば陰に転じ、陰極まれば陽に転ずる」という考え方が陰陽五行の思想にある。正しいかどうかは知らぬ。ただ、19世紀半ばは18世紀から続く産業革命の光(陽)が極まった時代であったように思う。そして太極図の反転した小さな円のように生じた陰、それは人々の不安であり、恐れであったとすれば、それに形を与えたのが象徴主義であった。エドワルド・ムンクの『思春期』を見よ。これほどまでに「不安」をキャンバスに表現した絵があるだろうか。「怖い絵」と言われるのもむべなるかな。なぜならそれは「不安」の具現をみているからだ。


その昔、ファイナルファンタジー3というコンピュータゲームを遊んでいた。有名なので説明不要だろうが、ざっくりいうと「闇が暴走して、世界が無に帰そうとしている時に光の戦士に選ばれた少年が世界を救う」というプロットである。こうしたRPGはさまざまな神話や伝説、小説などを下敷き(元ネタ)にしているので、なかなか馬鹿にできない。そのゲームのラスト近くで、こんな話が出てくる。「かつて光が暴走したときに、闇の戦士が世界を救った」という。どちらにせよ、ゾロアスター教的な二元論を下敷き(敵のモンスターに「アーリマン」も出てくる。アーリマンとはゾロアスター教における悪の権化である。)にして、光と闇のバランスをとることが、世界を安定させるという観点で物語が組まれている。


18世紀から19世紀に「産業革命」により光が暴走し、19世紀末から20世紀半ばにはそのカウンターとして「二つの大戦」という闇が暴走した。このとき「アーリマンの帝国」として日本とドイツは断罪され(イタリアは?)、冷戦という「明るすぎず暗すぎない」という時代が過ぎた。20世紀末には「新たな悪(アーリマン)の帝国」ソヴィエト連邦が崩壊し、正義(光)の勝利となり、フランシス・フクヤマは「歴史の終わり?」を書いた。しかし、私の見るところまた、光が暴走している。

具体的には150年前の「産業革命」にあたるものは明らかに「情報革命」であろう。1970年代から80年代はテクノロジーの一分野に過ぎなかったが、1990年代に入ってから急速に発達し、2017年現在は大量データと人工知能(BiG Data、IoT、AI)を先頭として異常発達を続けており、「将来なくなる職業」などがよく特集され、ビル・ゲイツでさえ「AIが人の仕事を奪うならAIに課税すべきだ」と言い出す状況である。なんというかテクノロジは「今度こそ生命の神秘である精神も征服できる」と意気込んでいるようだ。

さらに「共産主義」に勝利した「資本主義」は「新自由主義=グローバリズム」へ発達し、情報革命とも連動しながら、瞬く間にカネを中心に世界を席巻してしまった。もやは情報とモノとカネはインターネットの中で自由に行き来し、佐伯啓思のいうシンボリックアナリストがそれを使って巨大な格差を生み出すにいたっている。

これは光の暴走である。商売とはいえ「テクノロジがすべてを解決できる」「AIが人を駆逐する」という言説を堂々とする企業経営者やマスメディアは多い。端的にいって高い確率で思い上がりである。まともな知性の持ち主ならそれはわかっているだろうが、「マス」あるいは「畜群」たる多くの人々は真に受けているだろう。その状況それ自体が「光の暴走」である。光が暴走するとなにが起こるか、「陽極まれば陰に転じ」るのである。闇が深くなるのである。闇が深くなれば、またぞろアーリマンが活動するのである。

エドワード・ルトワックという戦略論の大家は「パラドキシカル・ロジック」という言葉を使う。「逆説的論理」と言うわけだ。それは世の中は相互作用の世界であるがために、「強くあろうと強気に軍備を拡張すると、周囲の警戒を招いて、結果として相対的に弱くなる」というものだ。ルトワックによれば大国というのは小国に勝つことはできないそうである。それはパラドキシカル・ロジックが働くからだと言うわけだ。逆に小国は大国に勝つことができる。日露戦争がその典型であるとのこと。

話がそれたが世の中は私の見るところ、相互作用で動いており、善悪理非とは無関係に「バランス」の中で動いている。今は光が暴走している。必ずそれは闇の増幅をもたらすだろう。いや、頻発するテロ、解決しない失業問題、実感なき景気回復などすでに増幅を始めているように思える。スターウォーズのような映画ではないから、止めようがない。したがって覚悟するしか仕方がないのだが、芸術家たちが象徴主義のようなものを表現し始めたら、それはアーリマンの警告かもしれない。文学や絵画はもはや往年の力がないが、それはどこかですでに始まっているだろう。




2017年5月10日水曜日

フェイク・コンスティテューション

■帝国憲法と日本国憲法
日本国憲法の改正を政治日程に乗せることを安倍首相が発表した。「9条1項・2項を保持した上での3項の追加」という原理原則から言えば矛盾のある内容ではあるが、まずは明言したことを是としたい。

大日本帝国憲法も日本国憲法もそれぞれの歴史的状況から制定(後者は「制定」とは言いかねるが)された。大日本帝国憲法(以下、帝国憲法)はむき出しの帝国主義時代に「喰われるよりも喰う側の列強」として認められるためと、身分制度が崩壊した故に兵役に参加することとなった臣民(日本国民)の権利意識への対応のためという二点から制定された。参照したのはプロイセンの憲法だが、ベルリン大学の学者より「憲法はその国の歴史・伝統・文化に立脚したものでなければならないから、いやしくも一国の憲法を制定しようというからには、まず、その国の歴史を勉強せよ」とのアドバイスを受け、明治22年、立憲君主制の近代憲法として発布された。


近頃はよく知られはじめたが、 日本国憲法は1946年にダグラス・マッカーサーにより「マッカーサー草案」として下書きされ、GHQ(アメリカ)の意向により日本側の自主的な改正という体裁をとって昭和22年に発布された。江藤淳の研究に詳しいが、日本国憲法が訳文調なのはこのためである。敢えて断言するが、日本国憲法は敗戦と軍事占領を背景としており、米国を中心したUN(連合国・国連)の懲罰として主権の一部を恒久的に停止することを目的とした憲法である。敗戦直後の日本政府にせいぜいできたことは 'We, Japanese people...' を「我々、日本人民(people)」と訳さず、「我々、日本国民」と訳したくらいである。人民という言葉遣いは共和主義・共産主義の言葉遣いである。
ついでに記すと、国民は英語ではnationである。また立憲君主国の場合は臣民であり、これは英語ではsubjectである。

何にせよ「日本」という国を永続的敗戦国という位置に置くことが日本国憲法の主眼であったことは間違いない。また当時のマッカーサーが持っていた無邪気な理想主義を実現し、日本における「キリスト」となるという願望が反映されているかも知れぬ。なお、この手の理想主義の元祖はウッドロー・ウィルソン米国大統領であり、彼自身も人生の後半は「キリスト」として振舞った。そして後年マッカーサーが「日本の戦争は自衛であった」と認めるに至ったように、国際連盟を創設するも米国は参加できず、国際連盟憲章に人種差別の禁止を日本が提案するとそれを却下するなど、理想主義者でありながら、ご都合主義者で合ったことも共通している。

話を戻そう。その後日本国憲法は70年以上も改正されずに生き残り、おかしな表現だが一定の「伝統」を保持するに至った。帝国憲法と同様に「不磨の大典」とされたのである。前者は明治帝を後者は米国を権威として。

■権威と権力の分立の伝統
なぜ、不磨の大典化するのだろうか。ベルリン大学教授のアドバイスに従って、我が国の歴史から考えてみる。
我が国は極めて珍しいことに「権威と権力の分離」がある種の伝統となっている。「政教分離」もこの伝統に従って、欧州よりもずっと容易かつ早期になされた。

まず「権威と権力の分離」だが、これは平安時代に藤原家の権力の簒奪から始まり、鎌倉時代に公家(貴族)から権力が武家に移行しても、権威は天皇家・権力は世俗政権という形が我が国の伝統になった。この形式は現在でも続いているので1000年程度の歴史があることになる。「権威と権力の分離」が確立すると同時に所謂「律令制」は崩壊し、権威側に属する「律令」それ自体は手をつけることなく、(それとは無関係に)権力側からの民法・刑法・軍法の一種である「式目(御成敗式目)」が鎌倉幕府の手により制定され、権威とは無関係に運用された。これは武家のみを対象としていたが、鎌倉幕府崩壊以降も有効でありつづけ江戸幕府の制定した武家諸法度もその上に一部改定の上で足されたにすぎない。民間(農工商)は不成文の慣習法であり、こちらも時代とともに修正され続けた。
その意味で英国式の慣習法の積み重ねとして実際の法律は機能し、権威者が制定した憲法(律令)は棚上げにされているというのが我が国の伝統的な図式と言えるかも知れない。

そうだとすると、現行憲法の運用は実に日本的伝統に適っているとも言える。権威者(ダグラス・マッカーサー元帥)が制定した憲法はとりあえず棚上げにしておいて、現実は権力者(自民党)が適宜やって行きましょうという図式である。実際、律令それ自体が(郡県制や王土主義など)全く機能していなくとも、象徴的に明治維新まで続いて(太政官制など)も誰も困らないというのが日本の伝統的行き方なわけである。

■日本国憲法の出自のいかがわしさ
しかし「伝統に沿っているから現状の姿でいいではないか」とはならない。理由は二つある。まず近代国家としてのコンスティテューション(国体・憲法・国の在り方)を諸外国に認めてもらうことから、近代日本は出発しているため、どのような原理原則の国なのかをある程度明示しなくては諸外国に誤解を与えることになる。英国のようにいち早く近代国家となり、覇権国家となった国ならば、その歴史が憲法(コンスティテューション)の代替になる。故に英国には成文憲法はない。
しかし日本はそのような国ではなく近代国家としては後発国である。明治期に近代国家としての承認のためにコンスティテューションを明示し、それを運用するしてみせる必要があった国である。それ故に成文憲法は諸外国へのアピールとして必要であるし、その原理原則と行動が異なると(憲法9条1項・2項と自衛隊の存在など)諸外国からは不信感をもたれるであろう。芦田修正などの微妙な話は外国には通じるはずがないし、ある種の詐術である(仕方なかった面はあるが)。極端に言うと「民主主義人民共和国」と名乗っていながら、民主主義でもなければ、共和国でもないというような国家と同類に見られてしまう。


二つ目は「米国という権威者に保証されている国」という日本と日本人を思考停止に追いやる元凶であることである。江藤淳はこれを「ごっこの世界」と呼んだが、まさにそのとおりである。日本国憲法は「戦争に負けたから戦争が(米国によって)禁止された国」であるという準主権国家、言葉を選ばずに言えば「米国の属国」であることに疑問を抱かせないためのシステムの一部である。我が国は1945年から1952年の7年間、米国の軍事占領下にあった。所謂、オキュパイド・ジャパンだ。
国際法上軍事占領下にあり、主権が停止されている国で「憲法改正」などできるはずはない。改正したとしても、それは占領している国の強制以外の何者でもありはしない。従って押付けられた憲法どころか「偽憲法」である。ちょうどヴィシー政権下のフランス憲法のようなものだ。だからこそ自民党の党是に「自主憲法制定」というものがあるのである。あくまでも占領政策の一環としての「憲法改正」であり、私の見解では法的には無効である。

だが、米国を権威者として成立してしまった日本国憲法を頂いて70年も経過してしまい、病巣は日本人の血肉化してしまったように見える。だが、病巣は病巣である。米国という庇護者の下の「ごっこ遊びの世界」から抜け出して、自分の運命を自分で決める大人の当たり前の国に私はしたいと思う。社畜だブラック企業だというような、自己決定ができず上位者に唯々諾々と従うスタンスの大元が実はこの「日本国憲法」にあるのではないかとさえおもう。もはや独立してやって行けるだけの経験とスキルを持ったサラリーマンが「いつかは独立」と言いながら定年を迎えてしまうようなことになってほしくはないし、なりたくもない。


まずは「不磨の大典」化した「偽憲法(フェイク・コンスティテューション)」をまずは1行でも変えることに集中すべきであろう。米国という宗主国の権威を否定し、まともな国にするための第一歩である。

2017年5月1日月曜日

生命の法則

'In Italy for 30 years under the Borgias they had warfare, terror, murder, and bloodshed, but they produced Michelangelo, Leonardo da Vinci, and the Renaissance. In Switzerland they had brotherly love - they had 500 years of democracy and peace, and what did that produce? The cuckoo clock.  'The Third Man'

「ボルジア家支配のイタリアでの30年間は戦争、テロ、殺人、流血に満ちていたが、結局はミケランジェロ、ダヴィンチ、ルネサンスを生んだ。スイスの同胞愛、そして500年の平和と民主主義はいったい何をもたらした? 鳩時計だよ」(第三の男)

男性の原型はなんだろうか。勿論、女性である。女性を原型にして突然変異のなかで男性が造られたのである。その証拠に乳首もあれば(無用である)、睾丸には溶接したようなラインがある。ペニスだってクリトリスの発達型に過ぎない。私の妄想ではない。生物学的にそうなのだ。ある種の魚(タイの類など)では、すべて雌として生まれるが、環境が悪くなると、そのうち最大・最強の雌が「性転換」するそうである(無論逆パターンの例外はある)。要するに環境への変化への対応として、雄、すなわち男性が出てくるに過ぎない。その意味で、少なくとも人類の男性は生物学的には「手段」に過ぎない。



男性の原型が女性だとして、人間の男性のそもそもの社会的役割(生物学的には自明だ)はなんだろうか。男性は平均的に女性よりも三割程度筋肉量があるそうだ。そんな医学的な知見を持ち出さなくとも、一般に女性より腕力とスピードに優れ、背が高く、空間認識力に優れる(それ以外はたいてい女性の方が能力的に上)。判りきっていることだが、これは「狩人」「戦士」に向く身体的特長である。要するにそもそもは「女性と子供」を養い、守るというのがその社会的な役割の原型である。少なくとも100万年の人類史の9割ぐらいをこの役割でまかなってきたはずであり、我々自身はその環境へ適用した生物学的特徴を未だに残している。

最近知ったのだがマーチン・ファン・クレフェルトというオランダ生まれのイスラエルの学者がいる。歴史学や地政学、戦略論の泰斗なのだが、彼の言葉に「生命の法則」というものがあるそうだ。それはシンプルな法則である。「男は戦い、女は戦士を愛する。それが守られない国家は衰退する。」というものである。この場合の衰退とは「少子化」のことである。この戦士の法則をないがしろにする国は端的に少子化が進むそうだ。クレフェルトによれば生命の法則を忌避する国の文化には特徴がある。それは「戦争の忌避」「性的マイノリティの擁護」「フェミニズムの台頭」「銃規制」「移民の受け入れ」だそうである。これだけ読めば暴論のように読めるし、「リベラル」への攻撃としか見えないかもしれない。

しかしどうやらこれは高い蓋然性で科学的に正しそうである。古代国家であれ現代国家であれ、その活力のソースは「生命としての基本」に立脚している。柔弱になった国家はアテネであれ、ローマであれ、であれ、徳川体制であれ衰退し滅んでいる。倫理善悪は一旦置けば「その地域や国家の文化として暴力を忌避し始めることは生命力の衰退のサイン」であることは間違いがないようだ。

これはなかなか厳しい指摘である。少なくともわが国における戦後世代の教育や倫理観を真っ向から否定するものだからだ。政治学の観点は大別すると3つある。「リアリズム」「リベラリズム」「コントラクティヴィズム」がそれである。我々は「リベラリズム」の観点に基づいた教育をこれまで受けてきている。「リベラルな価値観、自由市場、国際制度機関の拡大によって国家間の協力関係が増加する」というような価値観である。その奇妙な理想主義は勿論米国によってもたらされたものであるが、GHQによる情報統制とは別に、総力戦の敗戦後という価値観の混乱との相乗効果もあり、日本という国家の表向きのドグマとなった。

そして日本とは異なる経緯と事情により、西欧諸国や米国で時折盛り上がるムーブメントとしてのフェミニズムやマイノリティ開放、近くはヘイトスピーチの禁止などの影響を受けつつ、また戦前の贖罪意識、或いは勝ち馬に乗る事大主義を本音とした偽善の横行により、リベラル的な主張こそ正しいというような正当性を持つに至った。

さらに、冷戦の崩壊による「歴史の終わり?」的自由主義陣営の勝利による永久平和の達成という壮大な勘違いや、グローバリズムという地域や多様性をその基礎としながらも、結果的に一色に染めるという特殊な擬似全体主義の横行により、リベラリズムはその力を増して行った。しかし、その極点でBrexitやトランプ大統領が登場した。正確に言えば「リベラル・グローバリズム」は「仮面をかぶった帝国主義(Disguised Imperialism)」に他ならないというのが目下の私の結論である。それを主導してきた米・英が自家中毒に陥ってそれに耐えられなくなったというのが現在起きていることの意味ではなかろうか。

米ソ対立が終焉し、ちょっとした平和の宴の後、明らかになったのは「文明の衝突」というむき出しの帝国主義であり、しかもかつて文明国同士で取り決めた「戦のルール」など一切守らないテロリストや「超限戦」を標榜するクレイジーな大国の台頭である。要するにリベラリズムは失敗したのである。「コントラクティヴィズム 」はその失敗に対するリベラル陣営からの楽観的な言い訳に過ぎないと私は思う。

さて、そうであれば結論は簡単である。我々の教育のベースにあった「リベラリズム」は誤りである。つまり教育そのものが失敗だったのである。若い世代は既に気がついており、マスメディアが流す旧態依然としたリベラリズムや学校教育でのリベラリズムをほとんど信じていない。2016年の都知事選で明らかになったように「リベラリズム」という「ドリーマー」はもはや無効なのである。すると立脚すべき観点は「リアリズム」しかない。

リアリズムは要するに「利己主義的国家が権力と安全保障をめぐって常に競い合う」ことを自明のこととして受け入れ、その中で「不肖の器」たる兵を簡単に動かすことなく、パワーバランスをとって行く「苦しく厳しい」ものである。だが、現実が適者生存のダーウィニズムの理論で動いている以上、ここから目を背けること自体が単なる逃避であり、グローバル・リベラリズムとは壮大な偽善だったのだろう。

利己的な遺伝子の乗り物(ドーキンス)でしかない我々の本性は競争、つまり競い、争うことである。そして活力のある国家とは結局のところ「野蛮である」ものである。野蛮な活力のある相手に対応しながら生き残る戦略はこちらも「狡猾かつ野蛮」であることしかない。それは生物学的には男性の役割である。リベラリズムの失敗が明らかになった今、リアリズムに基づいた「狡猾な野蛮」さが我が国、或いは文明世界を守るために必要な構えであろう。

誤解を避けるために最後に記すが、戦前の無謀な帝国主義日本を復活せよとか、戦争せよとか主張している訳ではない。そうではなくて、野蛮であることを忘れ、戦士たることを忌避する文明・国家は衰退すると言っているだけである。日本は日本の生存と世界の平和のために「狡猾な野蛮」さを身に着けろということである。それは決して「(日本を)取り戻せ」ではない。あたかも戦国期から徳川初期の武士のように真摯かつ知的、そして平和的でありつつも常に帯刀し、稽古を怠らないスタンスを身に付けよという意味である。

また、女性の社会進出を否定するものでもない。ただ、男性並に働きたくはなく、育児や家庭に重きを置いたり、専念したい女性にはそうするだけの仕組みを用意すべきと思うだけだ。男性並みに働いて、男性以上に所得を得、或いは国家を指導する女性は尊重されるべきだし、それは男女は関係ない。だからと言って、パートや専業主婦を侮蔑する理由にはなるまい。そうではなくて国家全体として「生命の法則」に逆らうと衰退するという厳然たる事実があるということである。


「世の中が不穏であることから逃避する」これは最悪の選択肢である。皆忘れているが、「座して死を待つ」以外の何物でもない。

2017年4月28日金曜日

建前論の行き着く先、或いは地獄の敷石

この世は矛盾に満ちている。矛盾というより逆説(パラドクス)と言うべきだろうか。成長途上の子供や若者ならばともかく、普通の大人は「建前は建前」であることを知っているものだ。それほど自覚的でなくとも、特に「正義」の衣を纏った建前には「ああ、反論させたくないということだな」と解釈できるのが普通の大人である。

ところが世の中にはこの建前というものを本気で信じてしまう人が存在する。それには色々な理由があるだろう。生まれつき宗教家の素養があったり、己や世界を客観視できるほどの知性がなかったり、ある種の教条主義的な家庭で育ち、精神的親離れができなかったり等々。しかしそのような人々は少数派だろう。いずれも「滅多にいない」レベルの少数派である。

それにしては建前を本気で信じてしまう人が世の中に多い。何の話をしているかと言えば、ポリティカル・コレクトネスの話である。近頃はPCやポリコレという略称で日本でも定着してきた。このポリティカル・コレクトネスの本家である欧州や米国では逆差別問題や反グローバリズムが目立つなかで、むしろそのピークを過ぎている。しかし「欧米の後追い」が大好きな日本においては周回遅れで流行する可能性がある。



すでにある程度「スチュワーデス」⇒「キャビンアテンダント」「保母⇒保育士」などのフェミニズムの文脈で日本も影響を受けている。しかし行き過ぎると息苦しい社会になるのでそんなものが定着してほしくはない。只でさえ「敗戦+日本国憲法」を核とした「戦後民主主義・戦前絶対否定主義」という日本流ポリティカル・コレクトネスの横行が弱まったのに、欧米流のそれが日本に流入すると善意の地獄のようなものが現出するかもしれない。

さて、ポリティカル・コレクトネスの定義だが「政治的・社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別・偏見が含まれていない言葉や用語のこと」(Wikipedia)だそうである。
これだけ読めばまことに結構なことなのだが、普通に考えてこんなものは「イデア界」にしか存在しない。或いは最後の審判の後の神の国にしかあるまい。神ならぬ身で、一体誰が「公正・公平・中立」を保証するというのか。

ポリティカル・コレクトネス は1980年代の米国から始まった奇妙なムーブメントなのだが、それが世界に広まりつつあるのがおかしなことである。別段どこの国でもその国の暗い過去の歴史に起因するタブーは存在する。そのタブーに触れない、或いは克服する努力はあるし、それがそれぞれの国のポリティカル・コレクトネスである。だからそれぞれの国と地域に限定しておけばいいものを、米国人は世界化したがり、西欧人は欧州全体に押し広げようとする。

大体においてポリティカル・コレクトネスが叫ばれる領域は「人種」「宗教」「性別」「文化」である。端的に言って主にキリスト教が基盤となったとした白人社会の話である。結論を申せば「白人がこれまで犯してきた罪の意識への救済として、贖罪のために善意を押付けている」というだけである。もはや「神は死んだ」現代では、人間理性を神の代わりに置くしかないのであろう。(それがどれほど恐ろしい現実を招来するか、フランス革命で学んだはずなのだが。)

米国は先代の大統領が黒人だったが、建国以来の長い黒人差別(正確には黄色人種である先住民を含む有色人種への差別)の歴史がある。それがあまりにも身近であり、また1945年以降の人種平等的イデオロギーの世界的伝播、キング牧師やマルコムX、或いはブラックパンサーなども含む非暴力或いは暴力的な黒人解放運動(公民権運動)の努力と闘争の結果、少なくとも表立っての差別は「悪いこと」というものが定着した。また、キリスト教的(ピューリタン的というべきか)な発想から女性の社会的地位が歴史的に低かったため、反動としてのフェミニズムが勃興し、こちらも表立っての差別は「悪いこと」として定着した。(ガラスの天井云々でいまだに続いている)

一方西欧だが、こちらはユダヤ人への差別がその歴史の伏流となっている。また、大航海時代から始まる帝国主義により有色人種を暴力的に支配する一方で、1700年代まで宗教戦争が横行した地域である。それらの結末として、ナチス・ドイツが台頭し、ユダヤ人(ロマ:ジプシーも含む)のホロコーストを繰り広げた。その反動としてナチス的なものの徹底的な否定、ユダヤ人やロマ、アラブ人などへの差別の否定、欧州内での非戦などをイデオロギーとして「EU」が生まれた。そのイデオロギーこそがある種のポリティカル・コレクトネスなので、これを否定することは絶対のタブーだ。(自壊しつつあるけれど)

翻って日本だが、欧米流のポリティカル・コレクトネスは、はっきり申し上げて「何の関係もないのに、わけのわからない正義を押付けられてもこまるだけ」である。しかも、所詮は建前に過ぎないこともわれわれ大人は知っている。米国では厳然と黒人は差別されているし、欧州で不快な思いは何度もしている。(イタリアは例外だけど)

西欧諸国や米国と日本は価値観も歴史も共有していない。あるのは同じ「近代国家」という共通点だけであり、最低限のルール共有(最恵国待遇などの付き合いや国際法)はしているが、我々には黒人奴隷を使役したり、セックススレイブ(アメリカの黒人の肌の色に幅があるのはこのせいだ)にしたり、ユダヤ人を差別したり、宗教戦争で近代まで殺しあった歴史などない。

勿論、日本の歴史に暗部がないと言っている訳ではない。織田信長が比叡山を焼き討ちするまで宗教戦争はあったし、現代まで続く部落問題もある。中共による誇大宣伝はともかく、人身売買もあれば売買春もあった。だが、それはそれで個別の事情である。少なくとも欧米流のポリティカル・コレクトネスとは何の関係もない。参考にはなるのかもしれないが、真似する必要も恐縮する必要もどこにもありはしないのだ。

グローバリズムの信奉者は二言目には「ダイバーシティ」という。だが、不思議なことにグローバリズム自体が世界の単一化を志向していることに気がつかない。ファシズム(全体主義)は危険だというくせに、全体を同じ方向に向けようとする。迷惑千万である。

たとえば、日本においては女性の地位は低くない。今も昔もである。妻が夫の財布を握っていることが主流な国でよくも地位が低いなどといったものだ。ルイス・フロイスも驚いて書いているではないか。「日本では女性は男性の所有物ではない。よき友であり、理解者であり、妻である」と。

ついでに言えば、明治日本が西欧流の「女性は男性の所有物」というのを猿真似したのだ。結局定着しなかったけれど。(サラリーマン諸君を見よ!)

近頃はようやくグローバリズムへの反省が出てきた。「一つのヨーロッパ」ではなくて「さまざまなヨーロッパ」の並存が望ましいとエマニュエル・トッドは言う。欧州については他人事であるが、賛成である。世界が単一になるなんて、退屈きわまりないではないか。


地獄への道の敷石は善意で舗装されている」そうである。このポリティカル・コレクトネスという善意はまさにその舗装の化粧石だろう。言ってしまえば「偽善」である。偽善がルールの世界はユートピアでもネバーランドでも桃源郷でもエルドラドでもない。それは端的な「地獄」である。

2017年4月25日火曜日

何を”保守”するのか

私は一介のビジネスマンに過ぎない。従って政治にせよ歴史にせよ難しいことはわからない。別に謙遜ではない。自分の仕事に関する専門知識と比べれば「知識と理解」が圧倒的に足りないことぐらいは自覚しているだけである。だが世の中の大多数が私のような「政治の門外漢」により構成されている。そして良くも悪くも「民主主義」である。だから政治や社会には関心を払わざるを得ないし、的外れも覚悟の上でブログに考えを綴ってみたりもする。

直接の知り合いやSNSのつながり、ブログ読者の方には説明不要だが、私の政治的立場は「保守」である。この20年来「暴走する保守」「迷走する革新」という語義矛盾な政治状況が続いており、なかなか定義が難しい。そこで自分自身の整理も兼ねて自分の立ち居地を考えてみる。


保守という語義を考えると「保ち」「守る」ということであろう。それではそもそも私は何を”保守”したいのだろうか。

極小的には「生活」である。ある程度以上の収入を得て、家族を養い(共働きだけどもw)、たまには旅行に行ったり、娘の成長を喜んだりする。そうした生活を”保守"して行きたい。これは一般的には揶揄をこめて「生活保守」と呼ばれる立ち居地だ。それは否定しない。

その生活と地続きなのはどこまでか?大枠では地域であり、国家である。少なくとも北は北海道から南は沖縄までの日本人に同胞意識を持っている。海を隔てた外国はどれほど近くであれ、どれほど親日的であれ、「隣人の国」であり、同胞意識はもてない。国を生体に例えれば、隣人たちは異物であり、有益なら歓迎し、有害なら排除する。あくまでも私にとっては日本人が同胞である。

その生活と地続きである「日本」社会の中で”保守”したいのはなんだろうか。それは恐らくこんな社会だ。多くの人が「中間層」に属し、それぞれの才能に応じて努力する。「生存」を保障されながら、水準以上の教育を受け、さまざまな曲折がありながらも社会人となる。そしてこれまた紆余曲折を経て伴侶を得、子供を育て、社会に送り出し、運がよければ孫の顔なども見て死んで行く。それが「普通」であるような社会である。

今度は縦軸(時間軸)に目を移そう。大学では哲学を学んだが、もっとも違和感がなかったのはヒュームに代表されるイギリスの経験主義である。ドイツ的、フランス的な観念を演繹して行くタイプの哲学は「なるほど」と思っても強い違和感ばかり感じた。まず「決め付け」があり、それを証明して行くスタイルの思考は私には危うく思えた。要するに最初の前提が間違っていたとしたら、どこまでも間違いを広げてしまうと思うのだ。

私の理解では、世界は「ダーウィン(やはりイギリス人だ)」の発見した理論に従い、「適者生存」のロジックに貫かれている。従って、一定期間以上続いた物事には何がしかの理由が存在する。そしてそれを短期間で覆そうとすると思ってもみないさまざまな影響が出る。従って、生物の進化と同様、物事の進化、社会の進化も連続的かつ漸進的であって、急進的な進め方は多くの場合は破綻すると考えている。急進的な進め方は「正しい方向性」の決め付けからスタートするが、その方向性が「正しい」可能性は極めて低いと考えるからである。

なぜ正しい可能性が低いのか。それは人が神ならざる身であるからである。余人は知らず、私は錯誤と誤謬を繰り返しながら生きている。そのときそのときの決断が「正し」かったかは事後的にしかわからない。だから「正しい」ことを知るには膨大な時間による膨大な経験・知識が必要ということになる。「正しい」ことを知る。そんなことは如何なる天才でも一代ではなし得ない。論理的に考えればそれ以外の結論はない。

従って「適者生存」と「時間の風雪に耐えた事後的な正しさ」という条件からは「伝統重視」ということしかありえない。縦軸(時間軸)で保守すべきものは”伝統”ということになる。

また「適者生存」は「ある特定の環境化への適応」のことであるので、限定された領域、限定された環境という大枠があるはずである。それゆえにその領域に限定された「伝統」こそがその領域でほとんど唯一機能しうるものである。他にも機能するものはあるだろうが、それは無限に近い試行錯誤を繰り返すことでしか判別しえない。そして最適解を見出す頃にはそれは伝統に組み込まれているだろう。

このような考え方に立つと日本の「革新」という立場は「自らが歴史を作る」と思い上がり、知恵と最適解の集積である「伝統」を破壊する愚か者でしかない。少なくとも政治において「急進的変革・改革」を唱える立場は左右問わず「天に唾する愚者である」というのが私の立場だ。

では一切の変化・変革を拒むのかと問われれば「そんなことは不可能だ」と答える。時代や世の中は嫌でも変わる。「適者生存」の原則は変化に適応しない者や社会を無情に絶滅させる。だからどれほど伝統を墨守しようとしても漸次的に変化して行かざるを得ない。そこには無数の試行錯誤があるだろう。それ故に変化や変革をせざるを得ないのだ。滅びたくなければ。だが、ユダヤ・キリスト教的に世界が直線的に変化しているとは到底思えない。世界の変化に恣意的な方向性は存在しないと私は思う。それゆえに正しいことを見極めることはほぼ不可能である。世界は永劫回帰というか、仏教的な輪廻のようにグルグルと回っているというのが実感に近い。近代においては縦軸にテクノロジーをとった螺旋階段のような変化をしているのであろう。(この縦軸とて、いつ失われるかわかったものではない。古代ローマを見よ)

螺旋階段を上る中で足を踏み外さないように伝統を参照しながら、できるだけ多くの中間層が人間としての本性(幸福を追求しながら子孫を残す。残せなくとも別の形で子孫に貢献する。)を満たすような生き方を「守る」ための考えや態度、それこそが「保守」であろうと私は思う。


2017年3月13日月曜日

教育勅語と菊の御紋

教育勅語についての報道や言及が例の森友学園騒動や防衛相の発言などから散見されるようになった。戦前は不磨の大典の憲法に次ぐものとして、戦後は一転して悪魔の標語のような扱いを受けている「教育勅語」だが、とりあえず読んでみないことには話にならない。読んでないまま批判している人も多いであろう。以下全文である。

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朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ
我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ敎育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス
爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ德器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ
是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン
斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ俱ニ遵守スヘキ所
之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト俱ニ拳々服膺シテ咸其德ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ

明治二十三年十月三十日
御名御璽
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実はこれだけである。明治帝が臣民(≒国民)に対して徳目を説くという形式である。解釈についてはかなり色々あるらしく現代語訳もバラバラだが、ともかく具体的な徳目についてはおよそ解釈が一致しているそうである。その部分だけの現代語訳は以下の通り。

「父母に孝行をつくし、兄弟姉妹仲よくし、夫婦互に睦び合い、朋友互に信義を以て交り、へりくだって気随、気儘の振舞をせず、人々に対して慈愛を及すようにし、学問を修め業務を習って知識才能を養い、善良有為の人物となり、進んで公共の利益を広め世のためになる仕事をおこし、常に皇室典範並びに憲法を始め諸々の法令を尊重遵守し、万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ。」

内容としては極めて常識的な徳目だろう。「君主が臣民に説いた」という形式については違和感が残る人がおおいだろうが、現代でもおよそこの程度の徳目が、いわゆる「道徳」として説かれている。「万一危急の大事」の部分も形を変えているが、まあ生きている。戦時を想定しているものだろうが、東日本大震災のような緊急事態の際にも、多くの人が「勇気を振る」って故郷や社会のためにつくしたのは記憶に新しい。

現代の目でみると、内容に過不足(何を過不足とするかは人によって見方は違うだろうが)があり、道徳の基準とするには物足りない部分が多いが、明治期のものとしては立派な内容である。むしろ問題は内容ではなくて、「形式」と「運用」についてではあるまいか。


毎度のことではあるが山本七平の議論を思い出す。日本軍の兵器についての話である。
帝国陸軍の主力火器は三八式歩兵銃という小銃である。三八式に限らず、日本の兵器には「菊の御紋」が入っている(すべてではない)。これでどうなるかというと、メーカ「天皇」、ユーザが「二等兵」という事態を招来する。山本七平の表現を借りれば「これは欠陥兵器じゃないすか」ということは「欠陥現人神じゃないすか」というのと同義になってりまう。何しろ「兵器は神聖である」「砲即軍旗・砲側即墓場」というような世界だから、ユーザである二等兵はメーカーの天皇に到底クレームを言うことはできない。

すると何がおこるか。ユーザからのフィードバックがメーカに届かないということになる。実際にはメーカは天皇ではなく、現人神でもなく、軍需産業のメーカなわけなのだが、菊の御紋のおかげで現場の否定的意見が届くことはない。するとメーカは効果的な改善ができなくなる。これがどれほど「ものづくり」にとって致命的なことか、製造業に勤める方なら説明不要であろうし、そうでなくとも容易に想像できるだろう。「クレームは宝物」「クレームはラブレター」というのはこういう意味においてである。

三八式というのは明治三十八年式という意味である。明治38年は西暦なら1905年である。1940年代の戦争の主力兵器が35年前の兵器である(九九式という新式小銃もあったが到底間に合っていない)。多少の改良はなされたが、終戦まで主力であった。一方、干戈を交えた米国は1936年に半自動小銃のM1ガーランドが配備されている。それほど基本設計の古い兵器を使いながら、ユーザの声がフィードバックされないというのは恐るべき停滞を招いてしまうだろう。否、招いてしまったのだ。

日本国憲法もマッカーサー欽定の「不磨の大典」化しているというような皮肉はさて置き、教育勅語の問題点もまさに「勅語」である点であろう。即ち、異論や反論を許さない「空気」を生み出しやすく、実際、生み出してしまったこと。そして、それを利用するものが、本来の意味を「曲解」してもそれを「曲解」と指摘しにくく、勅語それ自体も「勅」であるが故に天皇自身が改めるしかなく、継続的改善がほとんど不可能なこと、これが教育勅語の本質的な問題点であろう。左派は教育勅語を「悪魔化」することで、右派はそれを「神授化」することで、どちらも絶対化している点では変わらず、全く建設的ではない。

教育基本法でも何でもいいが、このような「法」は所詮人間の作るもので、どれほど正しそうでも欠陥があり、執念深く継続的に見直しと改善をするサイクルが必要という前提に立たないと、結局、戦前と同様の過ちを繰り返すだけになるはずである。必要なのは菊の御紋ではなく、製造業におけるTQM(統合品質管理)である。そこには日本国憲法ももちろん含む。人間が作り出したものである以上、無謬であることはできない。それゆえ、日本国憲法だけ例外などということはありえない。


教育勅語とは復活や全否定を議論するような性質のものではない。日本人が「かつて運用した教育の基準として歴史的に学ぶ対象」というのがあるべき姿であろう。自分たちの歴史として敬意を持って学べばいい。そして反省すべきは「天皇制ガー」とか「軍国主義ガー」ではなくて、神聖なものを現実世界に持ち込むと、フィードバックループが回らないという点のはずである。ボルトアクション自動小銃に立ち向かった父祖達の負け戦から学ぶべき点はまだまだある。だが多くの場合、問題の本質を取り違えていることが多い。今回の騒動でつらつら思ったことを整理してみたが、いかがだろうか。

2017年2月20日月曜日

日本的「リベラリズム」

ご多分にもれず、私は消極的自民党支持者であり、他の代替政党よりはマシという理由だけで自民党を支持している。経済政策を中心に到底支持できないことも安倍内閣は多いのだが、民進党をふくめた日本の「リベラル」と称する政党が到底選択肢になり得ないので仕方がない。また日本維新の会は到底支持できない。理由は本文を読んで頂くとわかると思うが、「維新」といいだす政治家はろくでもないという常識による。選挙というのは「クソの中からマシなクソを選ぶ」ことが民主主義ではあるべき姿なので、「ましなクソ」自民党しか選ぶところがないという状況については、それはそれでよい。ウィンストン・チャーチルの「最悪の政治家を選ぶのは難しい。これこそ最悪と思ったら、すぐにもっと悪いのがでてくるからだ。」というのが真理であろう。



日本の「リベラル」というのは何なのだろうか?知ろうともせずに批判だけするのは私の流儀ではないので、これまでそれなりに調べてみたり、国政のではないが政治家と議論したりもした。その結果の途中経過報告でしかないが、目下のところの私なりの結論は「日本の伝統的な悪しきインテリ」というものだ。左翼とかサヨクとか反日日本人とか色々いわれているが、これでは反日でないリベラルとか、いわゆる社会主義や共産主義にシンパシーを感じていないリベラルを定義できない。しかし、リベラルと自称するのは大抵「知的職業」と言われる職種に就いている(自称)インテリが殆どであり、ある意味で戦前どころか、奈良・平安の昔から存在するタイプだと思えてきたので、上述のような定義とした。

慕夏思想(ぼかしそう)という言葉がある。山本七平が『現人神の創作者たち』の中で触れたものだが、特殊な復古主義的理想主義である。「慕」は慕うという意味であり、「夏」は伝説の古代中国の王朝の名であるから、意味自体は簡単で、「夏のようになりたい」ということだ。つまり、ここではないどこかに理想的な国があり、そこと自国を比較した上で、その相違点を批判するというような態度のことである。大陸の辺境に位置する日本は、近代以前は西方からあらゆる文物を取り込んだ。平安末期まではあきらかに西方、即ち中国大陸が文化文明的に先進的であったため、日本人は「優れた文物は西方から入ってくる。」と考えていたらしい。それは裏返すと「自国の文物は西方からのモノに劣る。」と考えていたということでもある。従って、水戸光圀のような人も「明帝国」を理想とし、そこから日本を批判するというようなスタンスであった。

慕夏思想それ自体は良いも悪いもなく、中心的な文明の傍にあった辺境的文明の特質なのかもしれないが、本来は「慕夏主義」とでも称すべき集団や階層が「リベラル」という名前を名乗っていることに言葉の混乱があり、その混乱が日本の「リベラル」たちに妙な力を与えている。本来は単なる慕夏主義≒出羽守でしかないのに、あたかもご立派な思想があるかのように本人たちの自覚無く僭称させてしまっているのではあるまいか。

彼らはあくまでも「批判者」である。構造としては、「私たちは真理を知っているが、無知蒙昧な大多数はそれを知らない。(その結果、世の中が理想郷から遠ざかっている。)」というものだ。それゆえに、1.自分たちが知的階層(インテリ)であると自己規定していること、それゆえに、2.無知蒙昧な多数を指導することを使命、乃至は正義と考えていること、3.構造的に批判される立場となる与党にはなれない(なると失敗する。民進党を見よ。)こと、が彼らの本質である。従って、彼らが真理と思い込む「教義」は何でもよい。リベラリズムだろうが、軍国主義であろうが、ファシズムであろうが、共産主義であろうが同じことだ。もちろん朱子学でも大乗仏教でもかまわない。

さらに、本質的に「批判者」でしかないので、将来に向けた展望(ビジネス用語で言えばロードマップ)は持っていないし、「教義」の理解さえ不十分であることが多い。持っているのは妙なユートピア思想(理想とする「夏」)のイメージだけである。例えば共産主義の理想が達成されていると自ら看做している「ソ連」でも「北朝鮮」でも「地上の楽園」とは喧伝するものの、それではどのようなステップでそれを達成するのか?という展望は大抵皆無であって、せいぜい革命ごっこをして、象徴的に何か事を起こせばあとは何とかなる(後に続く者がでてくる)という根拠のない思い込みだけしか持っていない。

ところが、この「慕夏主義者」たちは、日本の歴史の中で一定の力を持ってしまう。そこが日本人の弱点であり、「反省」すべき大きなポイントであるにもかかわらず、問題意識さえもたれていないことが多い。この理由を解き明かしたいとは考えているが、おそらく純粋・理想を尊ぶ妙な赤心主義(赤穂事件など)や事大主義的傾向と関係があるだろうが、それはまだ研究中であるので他の機会に譲るとして、この慕夏主義者の具体例を示してみる。水戸光圀の話は記した。山崎闇斎だのというような明治以前の話は割愛する。明治以降に話を絞ろう。

226事件というクーデターを起こした青年将校たち、或いはその思想的な指導者であった北一輝、それを擁護した当時のメディアが典型的な慕夏主義者たちであろうと思う。彼らのユートピアは天皇親政の「宋学」の世界であった。その意味では「後醍醐帝」に近い心情だったかもしれない。

青年将校の首謀者の一人安藤大尉はまじめでやさしい人だっただろう。中隊長として部下の信頼も厚い将校であったそうだ。当時東北地方は恐慌の影響に加え、歴史的な飢饉に見舞われていた。貧困と飢饉のなか、300戸の部落から200人の娘が売られているというような、想像を絶する惨状だった。部下の東北出身者にはそっと自分の月給をわけるような安藤大尉だったが、北一輝や皇族、或いは他の青年将校達とのふれあいの中で、権力中枢と財界の腐敗がこの現状の主要因であり、世論はかれらにだまされている、即ち「盲いたる民、世に踊る」という状況だと考えるに至る。「昭和維新・尊王討奸」というスローガンは彼らの心持をよくあらわしているのだろう。そして安藤大尉や青年将校たちの主観では「巨悪である重臣たちを取り除くことによって、天皇親政の理想郷が実現する」というのが正義となった。しかしクーデターは失敗し、彼らの主観では巨悪の、しかし実際には有能かつ民のことを考えた大蔵大臣高橋是清を殺し、彼らの主観では自分たちが尽くしているはず(=自分たちを支持してくれるはず)の昭和天皇に拒絶され、反逆罪で処刑されるに至る。

結局、「天皇親政」という理想郷を設定して、現状をただ憂いて批判するだけで、自分たちの理想に向けたステップを粘り強く推進するというようなロードマップを考えず、単純に「クーデターを起こせば何とかなる。自分たちは理想の捨石となるのだ。」というようなヒロイズムにとらわれ、与党になる、即ち、「軍の中枢に上り詰めて改革・改善をする」という王道を行かなかった。

厳しいようだが、幼稚な理想主義であり(命を懸けてのクーデター未遂は一定の敬意を表すが)、北一輝のような慕夏主義的インテリに共鳴し、新聞紙上を賑わす「昭和維新」的な「悪しき」インテリに呼応することで「国家社会主義」という理論的根拠を得たような気になって自滅したというのが、226事件の顛末であった。

国家社会主義といえば、ナチス党である。山本七平によれば、青年将校たちはこぞってナチスドイツの将校たちの真似をしたそうだ。青年将校の理想郷は(彼らの妄想する)第三帝国であったのだろうか。

戦後は丸山真男を始め、いわゆる左翼インテリが慕夏主義者であった。ソヴィエトを理想郷とし、社会主義理論を振りかざし、「連帯(共産主義革命)」をスローガンとして、クーデターですらないデモを起こしはするものの、政権奪取の展望は無く、ただひたすら自民党と戦前日本の批判者として一定の影響力を持ち続けた。彼らは決して与党精神を持つことなく、226の将校たちのように命を懸けることもせず、ひたすら批判しただけである。こちらについては解説不要だろう。だいぶ力が弱まっているとは言え、現在でも彼らは健在だからだ。彼らの教義は「共産主義」→「社会主義」→「リベラリズム」と変遷しているが、それ自体に意味はない。ただ、世界情勢が変わって、正義を気取るためのトレンド、あるいは変遷する理想郷を追いかけているだけである。繰り返すがただの批判者であるため教義は何だって良いのである。

ただし、メディアが煽りすぎて政権を奪取してしまうと、そもそも与党精神、あるいは当事者意識が欠けているため、旧社会党や旧民主党のように政権担当能力は皆無であることを露呈してしまう。

「慕夏思想」は日本人の弱点である。思想の左右を問わず、なぜか「慕夏思想の悪しきインテリ」一定の力を持ってしまう。その理由の一つとして慕夏思想に戦前・戦後一環して忠実な「朝日新聞」に代表されるマスメディアの存在があるだろう。226に対しては減刑運動を展開し、軍人もびっくりの軍国主義を煽り、戦後は言わずもがなである。

結局、日本のリベラルは「リベラリズム=自由主義」とは無関係である。それは単なる慕夏思想による体制批判の「心情」を持ち、正義に「自己陶酔」する特殊な理想主義者の一団でしかない。それを一定数がなぜ支持するのかは、また稿を改めて考えたい。

2017年1月21日土曜日

志願の強要とブラック企業

2013年に公開された百田尚樹原作の映画『永遠の0』は、マスメディアの無視に近い扱いにもかかわらず大ヒットを記録した。丁度、宮崎駿のアニメ映画『風立ちぬ』と公開のタイミングが近かったこともあって、ゼロ戦ブームを呈していた。『永遠の0』は天才パイロットであり、「腰抜け」とまでいわれても、「死ぬこと」を忌避したゼロ戦のパイロットが、最後は自爆攻撃である特攻を志願し、戦死したのは何故か?ということが物語の骨子となっている。

特攻、正確には特別攻撃は、帝国陸海軍が戦争末期に米軍に対して反転攻勢の可能性がなくなった際にとられた組織的作戦であり、特攻隊員の死を前提に、飛行機・潜水艦・モーターボート・潜水士などが爆弾を抱え、敵艦・敵機に突入するというものである。一般には飛行機で敵艦に突っ込むことと認識されているが、実際には人間が操縦し突入する魚雷「回天」や、粗末なベニア製モーターボートで突入する「震洋」、潜水士が竿の先に爆弾を括り付け、敵艦を下からつついて自爆するという「伏龍」など、さまざまな手段がとられた。また、米軍による空襲が激化し、ボーイングB29という超高性能な爆撃機への対抗として、空対空特攻も行われた。

これらはすべて、「隊員の死」を前提に立案された作戦(その名に値するとして)であり、組織的にこれを行った国は日本しかない。普通に考えると「体当たり」しか方法がなくなった時点で、もはや戦争の勝ち目はなく、速やかに降伏を模索すべきであっただろうが、そうしたマクロ的な分析は他に譲ろう。ここで考えたいのは「志願」という問題である。

特攻は原則「志願制」という建前を取っていた。当然といえば当然で、絶対に死ぬ文字通りの「必死攻撃」なのだから、命令としては「死ね」ということになる。いくら帝国陸海軍とは言え、これはできない。作戦の上である部隊の全滅を前提に立案されることはあっても、ここの兵士に「死ね」というのは命令でできることではない。出来る出来ないは別にして「敵爆撃機を索敵(探すこと)し、これを殲滅せよ」という形でくるのが命令であって、その結果生き残る可能性が限りなくゼロであってもこれは命令として成立する。しかし、「死ね」というのは命令ではありえない。

それではどうするか。命令できないのなら、志願を募るほかない。ボランティアということになる。「特攻隊として突入してくれるものはいないか?」というわけである。その場合、記名式の志願確認用紙に志願の意思を記載して提出するパターンが初期には取られていたようだ。選択肢は3つ、「熱望する」「希望する」「希望せず」である。そして多くのケースでほとんどの兵士が「熱望する」に○をつけて提出したという。これを受けて左側からは「洗脳が徹底していたからだ」とか「皇国教育のせいだ」とか、右側からは「滅亡の淵にある母国を救うために若者はみな志願したのだ」という理解にたつ解説や評論を目にする。しかしこれは本当だろうか?考えてみよう。あなたが今、帝国海軍航空隊のパイロットだとしよう。あなたの所属の部隊で特攻隊員の募集がなされた。提出期限は明日の朝だ。さて、どうするか。

「志願せず」に○をつけるだけだというかもしれない。しかし軍人教育がどうのとか、時代の空気がとは別に、自分が志願しなくともだれかが行くのである。そのことはかなり重い条件になるだろう。その誰かはあなたの親友かもしれない。かと言って死にたくはない。もちろん特攻要員の人々の気持ちなど私に分かるはずはない。しかし葛藤しつつ「自分で決めさせるな。むしろ命令してくれ。」と思うのではないだろうか。それならば、責任は上官や上層部にある。しかし、ここで兵士に選ばせることで、作戦立案の責任は上層部が負うにせよ、具体的かつ個別の死についての責任は本人にある形になってしまう。それならば「熱望する」に○をつけて、上層部に下駄を預けてしまい、自分の死の責任を取ってもらうほうが遥かに気が楽になるのではなかろうか。また、時代背景として「希望せず」を選んだ場合、まさに『永遠の0』に描かれていたように「臆病者」「腰抜け」という評価が、上官にも同僚にもされる。想像するしかないが、これは非常に厳しい位置であったはずだ。時代背景、また軍というものは「勇気や名誉」を非常に重んずる。いやむしろ、これらを無上の価値として位置づけている。

現実にはほぼ全員が「熱望する」に○をつけた。上層部は結局誰が出撃するかを任意で選ぶ状況となった。「志願」という形を経たことで多少の免罪符は手に入れたかもしれないが、このような形の「志願」を果たして「志願」といいうるだろうか?

さて、このような問題は現代日本では無関係なのかと言えば私にはそうは思えない。このような構図は至る所に見ることができる。特に企業において顕著に類似する構図がある。例えばある営業マンが苦境に立たされたとする。その際に上司が部下を指導するという観点で「どうするのか?」と問い詰めることがある。これはある意味当然で、その営業マンが自分で解決策を考えて実行することができるようになるという成長には不可欠であろう。しかしこの場合にはその上司が問題を解決する力があり、かつ部下を育成する気があるというのが大前提である。だが、往々にしてそうではないことがある。

例えば達成不可能であることが分かった売上予算があるとする。この場合、この部門の管理職は達成可能な予算にまで修正し(様々な見通しや言い訳や来期見込みなどを揃えた上で)さらなる上位者にそれを報告し、修正予算を呑ませる。そして部下には「ここまでは何とか必達してくれ」というハッパをかけるというのが普通であろうし、あるべき姿だろう。
しかし、いわゆる「ブラック」だとこうなる。売上予算が達成不可能であることを把握した上司は、部下にできもしない訪問数や売上を強要する。しかもこれが志願という形をとるのだ。「どうするんだ!」「いえ、私は」「言い訳はいい!どうするんだ!」「いえ、私は」「400件訪問すれば予算に届くだろう!」「とても一月で400件も・・・」「言い訳はいい!やるのかやらないのか!」「いえ、私は」「お前のせいでチームメンバーに迷惑がかかっているんだ!やるのかやらないのか!」「・・・やります。」
当然、予算どころか、それを達成するための訪問数というKPIさえ達成できない。このタイプの管理職はここでこう言う「お前がやるというからやらせたのに出来ないとはどういうことだ!」これは要するに志願の強要だ。単なる責任転嫁でしかない。あるいは管理者の無能を示しているに過ぎない。そしてここから、旧軍にあった「恥を知れ!」「処決せえ!」「特攻に志願する者は前に出ろ!」という自殺の強要との距離は近い。

会社員が過重労働のため自殺するということが時折ニュースになる。しかし私の経験から「人は長時間労働だから自殺したり過労死したりする」のではないと言える。ただ長時間働いたら自殺するならば、ベンチャーの経営者はほぼ全員が自殺せねばならない。そうではなく、上述したような「悪しき圧力」を受け流したり、無視したり出来ず、まともに受け取ってしまうと「責任感ゆえの無力感」で追い詰められ、まともな思考力を奪われ自殺するのだ。かつて「軍隊は要領」と言われたそうだ。山本七平によればこの要領とは「気迫演技」だそうである。言葉を受け流して外面だけ緊張感を漲らせ青筋を立てて動作すれば、「やる気がある」とみなされ優遇されたという。そういうことができないと、死地に追いやられる。実質的にこれは「志願の強要による他殺」である。だが、今も昔も真の責任者は責任を問われない。昔上官、今上司というわけだ。(メディアとITのおかげで多少は是正されるようになったことが、昔よりマシだが、そのような救済に預かれるのはニュースソースになりうる大企業や話題の企業での犠牲者ぐらいだろう。)

旧軍の中にある思考様式を「反省」しないまま、われわれは戦後を生きてきた。旧軍の悪しき「文化的遺伝子(ミーム)」はいまだに我々のなかにある。順調な時は顔を出さなくとも、逆境において「悪しき日本軍の亡霊」は我々の中によみがえる。これは我々の弱点のはずだ。無意味なスローガンや当初計画に対するしがみ付き、それに伴う無意味な「特攻/異常な過重労働」。そしてそれを助長する我々の思考様式。これを克服せずには先の戦争を反省したとはいえまい。帝国陸海軍は消滅した。だがそのミームは残っている。むしろ軍隊がなくなってしまった為に普通の市民生活の中に顔を出しているのではないか。

長くなったので章を改めて書きたいと思う。
※ちなみに「何を反省するのか?」シリーズです。

2017年1月19日木曜日

交戦権という主権について(その2)

前回は日本の交戦権について、私の近親者を例にそれぞれの世代がどのように交戦権の停止という「戦争放棄」を捉えていたかをあくまでアウトラインですが書いてみました。従軍した祖父は「米国(中心の世界秩序)による懲罰」として捉えており、戦中派の父(母)は「(懲罰だがそこは留保、判断停止した上で)米国による復興支援を忘れるな」ということです。これが典型とはいいませんが、従軍した世代はある程度「日本の義・米国の義」を相対化しており、戦中(とはいえ実質的に戦後世代)に生まれた世代は「米国の義」しか意識していないか、意識的に日本の義という要素を避けているという風に見えます。
戦後民主主義絶対の中で育った世代としては当然でしょう。今回は交戦権についてをテーマにするので、この点についてはこれ以上深入りせずに早速本題に入りたいと思います。

国家は何のために存在しているのでしょう。言い換えれば国家の目的とは何でしょうか。私の考えでは「その国を構成している国民の幸福を最大化すること」です。個人の幸福は様々ですから、国家が個別にそれを支援していくのは物理的・リソース的に不可能です。であるならば、その目的を達成する(達成し続ける)ために国家がやるべきことは「安心して国民がそれぞれの幸福を追求するために安全を提供する」ことが最低限の公共の福祉でしょう。それが国家の最低限の役割であることには異論が少ないと思います。(従って私はいくつかの国家に見られるような為政者の幸福を目的にしたやある党の繁栄のためのを近代国家とは認めません。)また国家の役割の辞書的な定義としては「社会の秩序と安定を維持していくこと」ですが、秩序と安定にはその前に「安全と安心」がなければ成り立ちません。

さらに現代の主要国家の別の要件としては「議会制民主主義」であることが挙げられるでしょう。「国民の幸福」が国家目標であるならば、人類は今のところこれよりマシな理念(フィクション)を発明できていません。現代の間接民主主義が貴族制議会主義だとかの議論には立ち入らないようにして、すこし、民主主義の原理を考えてみます。

冷静に考えると民主主義というのは、「統治する側と統治される側が同じ」というかなりやっかいな要素を抱えています。ハイレベルのラグビーやサッカーのように、プレイヤー一人ひとりがフォワードやらバックやらという専門性を持ちながらも、ほぼすべての役回りをシームレスにこなしつつ(オートポイエーシス的に)ゴールする事が要求されるものです。そう考えると(あくまで概念的に)民主主義は国民に相当厳しい要求を突きつけるものだと理解しています。

その役回りの内に国家の最低限の役割である「国家の安全」に寄与することも当然ながら論理的な必然として存在します。具体的には兵士として(あるいは将校として)国家を守るということになるでしょう。統治者=被統治者なのですから、誰かが守ってくれるのではなく、国民自身が(つまり私やあなたが)国民自身を守るというのが論理的帰結です。すると民主主義は原則「国民皆兵」になるはずです。繰り返しますがあくまで概念モデルの話であり、現実には様々な社会的・技術的・歴史的・文化的制約から先進国で徴兵制がある国は少数派ではあります。しかし原型としては「国民皆兵」というのが民主主義が要求する「国家の安全」への国民の寄与のあり方です。それを踏まえた上で実際には高い専門性を持つ「プロの軍隊」に本来の義務を委託するというのが現実的な選択となっているのです。

「交戦権の否定」「軍隊の廃止」 という「戦争放棄」というのは、上述のように近代国家を構成する要件のうち、最も基本的な要件を否定するものです。従って、日本国憲法を額面どおりに運用する国家があるとすればそれは近代国家の体をなしていません。あるとすればそれは「保護領」もしくは「属国」です。米国が懲罰的な体裁をさらに裁判という体裁で二重に隠し大日本帝国に仕掛けた「国家解体」のための重要な方策、それこそが日本国憲法であり、とりわけ「第九条:戦争の放棄」であったというのが私の見方です。また同時に軍隊を単なる「悪」と見傚し本来の国民の(市民のと言い換えてもいいです。古代ギリシア以来の市民的義務ですから)義務である兵役を考えることすら国民がしない状態はその「保護領としての状況」を固定化するものでしょう。

もちろん、防共の砦としての役割を日本にも賦してしまったが為に、現実に9条は額面どおりには機能していません。陸海空の自衛隊の存在、とりわけ領空侵犯に対するスクランブルという戦闘機の運用等のおかげでいろいろな留保がつくものの日本は準近代国家ぐらいの位置にはいることができていると考えています。


少し論点を変えましょう。サイレントマジョリティの日本人は9条の廃止(まあ、そう言い切ってよいでしょう)について慎重な態度です。憲法改正論議は一時よりもはるかに自由になり、これだけ自民党の中でも目だって改憲派である安倍政権の支持率が高くとも、そう簡単には9条の廃止に対して前向きにはならないわけです。その理由を考えてみましょう。

一つには「惰性」があるでしょう。「戦後長い間戦争に巻き込まれてこなかったのだから、このままでいい」ということです。これはこれでよく理解できますし、現実と理念のねじれ(憲法上軍隊はないけど自衛隊はある)が、軽武装・経済重視(吉田ドクトリン)とうまく連携し戦後の経済的な繁栄につながったというのも事実です。またそのねじれの為に(或いはうまく利用することで)自衛隊を戦地に派兵することもなく(現実にはいろいろありましたし、今もありますが)今に至るわけです。しかし多くの人がうすうす感じているように、これまでそうだから予見可能な未来にそうであるという理由はありません。日米安保が機能不全になればチャイナ(中共)や場合によっては朝鮮半島が軍事的な行動に出るという可能性はもはや否定できないでしょう。それを見ないように考えないようにするというのが「惰性」です。

二つ目です。こちらが実は真因だと私は考えているのですが、真の意味で「太平洋戦争(大東亜戦争)」の反省ができていないという理由です。ここでいう反省は「一億総懺悔」とか「謝罪外交」とは無関係です。普通に考えて反省とは何かを失敗した時にその原因調査を行い、対策を立てて実行することでしょう。

一般企業で販売した商品の不具合によるリコールが発生したとしましょう。普通に考えて、まず暫定対策を行い、不具合の真因を特定し、対策を立案・実行し、再発防止を徹底し、その上で消費者に謝罪するということをします。ここまでやって消費者側は「反省して、誠実に対応した」と認識しれくれる可能性が出て来ます。そうすれば徐々に信頼を回復できるかもしれません。しかし、単に謝罪をするだけで何もしなければ消費者はその企業を再び信頼することはないでしょう。

難しいのは国家の場合「企業=一般消費者」なのです。少なくとも「企業の従業員=一般消費者」という図式になります。(戦前・戦中とて様々な欠陥がありながらも議会はありました。)

「何故大日本帝国陸海軍は負けたのか?負けるにしても壊滅的な負け方をしたのか?」という原因調査と「では負けない、負けるにしてもここまで壊滅的に負けないためにどうすればいいのか?」という対策の立案がこれまで国民的な議論としてなされてきたでしょうか。もちろん答えは「否」です。

「一部の軍部にだまされて、あるいは強制されて、国民は冒険主義的軍国主義に走り、無謀にもアジアの盟主になろうとして米国という巨大かつ強力な民主主義勢力と戦って敗れ、国民は悲惨な目にあった。ゆえに軍部と軍隊が悪い。(従って国民は悪くない=日本国民は12歳)」という騙り(カタリ)によって自らを思考停止し、反省という名の国際的な謝罪を繰り返したというのが本当のところでしょう。

それゆえに未だに「必ず負けるとわかっていた米国と何故戦ったのか?」「従軍した兵士の大部分が餓死するような作戦が立案・遂行されたのはなぜか?」「占領した国々(フィリピンなど)の協力を得られなかったのはなぜか?」「兵装が古いまま大戦争へ突入してしまったのはなぜか?」「どのように戦争を終結させるつもりだったのか?」「そもそも戦争目的はなんだったのか?」などの素朴で根本的な問いに対する一般的な回答が共有されていません。あるとすれば「軍部が馬鹿だった」という話ですが、これも一種の思考停止です。東京大学より難しかった陸軍士官学校の卒業生たちが、何らかの意味で優秀でなかったわけはないでしょう。また従軍した世代(明治大正昭和初期生まれ)が我々よりも馬鹿だったというはずもありません。

この反省がなされないからこそ、現代の日本人は「軍隊」というものを運用する自信が持てないのです。近代戦が下手なのは下手だとして、またあの「壊滅的な敗戦・破局」を招来してしまうのではないか?という疑問から自由になれないのです。もちろん、その可能性はどこまで行っても付きまといますが、近代国家を、ましてや先進国を名乗るなら、「あの戦争」を反省した上で、軍隊を運用してみせるしかないでしょう。それ以外に我々が江藤淳の戦後空間という「ごっこの世界」の檻から抜け出し、リアリティを取り戻す道はないと私は思うのです。それこそが先人たちへの回答であり、この先も混沌とし弱肉強食であろう未来を生きるしかない子供たちへ渡すバトンではないかと愚考するわけです。

いうまでもないことですが「戦争をしたい」訳ではありません。誰だって(勿論私だって)死にたくありませんし、殺したくもありません。ただその戦争を防ぐために、必要とあらば抜刀できる構えをとらないと、無意味に戦争を招いてしまうと考えているのです。想像以上の頻度で「チャイナ・韓国・ロシアそして台湾」の領空侵犯はおきています。そこでもしスクランブルを航空自衛隊が実施しなければ「日本は抵抗しないぞ」という誤ったメッセージを相手に渡してしまうでしょう。
現実にはすでに帯刀しているのです。ただ「帯刀禁止」という憲法が、現実に戦わねばならない自衛隊員を苦しめ、日本人の目を現実から背けさせ、対米依存以外の道を考えさせないのです。その状況は一刻も早く是正させるべきというのが私の考えです。



第一歩は真の「反省」ではないでしょうか。

2017年1月15日日曜日

交戦権という主権について(その1)

「何故日本だけが交戦権という主権を停止されているのか?」
これに関して私は納得の行く説明を誰かから聞いたことがありません。(若干読んだことはあります。)少し前にも書きましたが、私は昭和50(1975)年に東京の世田谷区というところで生まれました。戦中(昭和18年・昭和15年)生まれの両親に育てられ、自営業をしていた両親は週末になると私を近くに住む母方の祖父母(明治44(1911)年生まれの祖父と大正9(1920)年生まれの祖母)に預け、特に祖父に可愛がられて少年時代を過ごしました。

くどくどと何年何年と書きましたが、このテーマはかなり世代によって見解が異なる気がするからです。子供の歴史観に大きな影響を与える学校教育や社会情勢はかなり年代によって異なりますし、直接従軍した経験のある身内や微かであっても戦争の時期を体験した身内がいるかどうかもテーマへの見解へ重要な影響を与えるでしょう。

冒頭の「日本の交戦権の停止」について小学生の頃に両親に尋ねたことがあります。「どうして日本は戦争しちゃいけないの?」と。父と母の回答は同じものでした。「戦争になると人が沢山死ぬし、戦場に行くというのは死にに行くのと同じだからだよ。」父と母の答えに微妙なニュアンスの違いは感じましたが、内容は同じでした。同じことを大好きだった祖父に尋ねたこともあります。祖父の答えは「戦争に負けたからさ」でした。それ以上については子供に分かるはずがない(今もその判断は正しいと思います)と考えたのでしょう、それ以上は笑って答えてくれませんでした。

当時の義務教育の社会や歴史科目はバリバリの戦後民主主義・東京裁判史観であり、日本悪玉論の全盛期。今でも覚えていますが、幸徳秋水のような社会主義的無政府主義者(バクーニンみたいなもんですね)が歴史の教科書か何かにイラストで載っており、与謝野晶子と一緒に「私たちは人が人を殺す戦争には反対です」のような吹き出しが書いてありました。抵抗むなしく帝国主義と軍国主義の世の中に敗れたような調子で表現してあり、あたかも悲劇の英雄のような扱いでしたね。(今の教科書はどうだか知りませんが。)

少し長じて中学生ぐらいになると、学校教育で教わる内容に少し疑問を持ち始めます。それは単純化すると「歴史の教科書の通りだとすると戦前の日本人が馬鹿で軍部に騙されていたことになるが、祖父を見ていると到底それほど馬鹿には見えない」というような疑問です。その頃は同年代の子供の水準としてはかなり読書していた方だったので、第二次世界大戦の大雑把な経緯や日本国憲法成立の経緯も知っていました。

それでまた両親と「なぜ日本だけが戦争してはいけないのか?憲法9条とはなんなのか?」について話をしましたが、数年前の説明では息子が納得しないので、父が「戦争で負けたからさ。でもアメリカは戦後に食料や経済で支援してくれたから恨んではいけない」という趣旨の説明をしました。これは何故かよく覚えています。

祖父は一貫して「戦争に負けたからさ」と答えていたように記憶しています。今思えば当事者としてそれ以上の複雑な状況、絡み合った歴史、そしてその時の思いを平和な時代のティーンエージャーに説明したところで曲解されるだけだと考えていたのでしょう。ただ昭和天皇が崩御された時、週末なのでいつものように祖父母の家で朝寝坊していたら珍しく祖父に叩き起こされ、崩御のニュースを流しているテレビの前に座られたことがありました。あまりにも祖父の態度が厳しく真剣だったため、何故テレビの前に座らせれたのかを尋ねることもできませんでしたが、これは何か特別なことがあると考えたのは覚えています。

恐らく祖父は一つの時代の終わりを目撃・経験させると共にいつの日か「戦争に負けたからさ」以上には答えない理由を自分で調べさせるためにそうしたのでしょう。何かの意思を次の時代へ残すために。

ともかく当時の私は両親(主に父ですが)の回答は質問に対して「答えていない」と受け止めていました。祖父の「戦争に負けたからさ」という方がよほど求めている答えに近いと考えていました。しかし、中高生がそんなことをいつも考える筈もなく、そんな疑問はすっかり忘れてバンドや部活をして女の子に悶々とする青春時代を過ごした訳です。

祖父も鬼籍に入り、私はというと人並みの経験や勉強をした青年期を通り越して社会人も20年生の中年になり、更に人の親となりました。ここに来てようやく両親の「的を射ていない回答」の意味が少し理解できるようになった気がしています。

「戦争で負けたからさ。でもアメリカは戦後に食料や経済で支援してくれたから恨んではいけない。」という父の回答を今一度解釈してみるとこういうことが言いたかったのでしょう。

「(アメリカに)戦争で負けたからさ。(だからアメリカに占領され懲罰として日本の交戦権を奪ったし、日本は悪玉になっている)でも(理由はどうあれ)アメリカは戦後に食料は経済で支援してくれた(おかげで自分たちは生き延びることができ、経済大国となりお前も生まれた)のだから恨んで(現状の戦後秩序に疑問を持って)はいけない。」と。

これはGHQのプレスコードを内面化してしまったということもできるし、ある種の思考停止でしょう。そのことは父も解っていて中年になった息子の上述のような解釈を老人となった父は苦笑いと共に肯定します。(ただ父はアメリカの食糧援助で生き延びたのは事実であるため、アメリカの世界戦略に組み込まれていることを理解しつつも、未だにアメリカへの感謝は忘れていないそうです。)

ある種の思考停止を息子に強要するような説明も今なら理解できます。これは例え正論であっても社会や集団が「正しい」とする共同幻想を信じさせるための方便だったのでしょう。親の気持ちとしては自分の子供に「無用な摩擦を回避して生き易い考え方」をしてほしいものです。それゆえ時代の流れ、もしくは共同幻想としての戦後民主主義+日米安全保障条約としての枠組みを疑うような「危険思想」からは遠ざけたかった。人の親となった今はよく理解できますしありがたい配慮だったと思います。



それなら今のお前はどう考えているのか?ということになるでしょう。しかし長くなったので次回にします。

2017年1月6日金曜日

2017年スタート「観る層/観ない層」

謹んで新春の慶びを申し上げます。

さて、色々ありました丙申も終わり、丁酉が始まりました。昔の暦であった十干十二支もほぼ誰も知らなくなりましたが、これはこれで文書が引き締まって良いので私は勝手に使い続けようと思います。

2016年は随分日本国民の「分断」が進んだと感じていました。分断といってもいわゆる「左右」や「ドリーマーv.s.リアリスト」ではありません。これはもはや決着がついています。そうではなくて、どの物語を信じるかというような観点での分断です。

マーケティング的に色々なフレームワークを駆使して分析することは、それぞれの専門家に任せておくとして、ここでは身近な人々とSNSやテレビなどを「観察」した結果、考えたことを書いてみます。

最近の構図としてはこんな感じでしょう。
「これまで大多数に信じられてきた物語の崩壊(陳腐化)が随分進んだにも関わらず、エスタブリッシュメント(を自認している人々)と旧来の物語から抜け出せない人々が、未だにその物語の有効性を信じている(フリをしている)」

ものすごく大雑把に言えば「テレビ(マスメディア)を観る(信用する)層と観ない(信用しない)層」に分断してきたと言うことです。統計を取った訳ではないので何とも言えませんが、社会的地位や収入の多寡とはあまり関係がない気がします。

「観る層」(面倒なので略)はマスメディアの論調をそのまま事実と看做すか、そうでなくとも深く考えることなしに「みんながそうだから」という理由でそれに乗る人々であり、インターネットが主要インフラになる以前よりかなり減ったものの、未だにかなり多数を占めています。かつては「ほとんど」の日本人がそうだったといってもいいでしょう。この層の人々はマスメディアが流す「旧い物語」を未だ信じています。もっと大雑把にニーチェの「畜群」と言ってもいいしオルテガの「大衆」と言ってもいいでしょう。

「観ない層」はかつては非常に少数派でしたが、インターネットの発達により、かなり増えてきたと考えられます。この層はマスメディアの情報をあまり信用せず、テレビをたまに観ても批判的で、グラフなど恣意的に放送しようものなら、「検証」してその情報操作を突っ込んだりします。この層の人々は概ね「旧い物語」の賞味期限はとっくに切れたと看做しており、新たな物語を模索するか、物語そのものに懐疑的だったりします。

この状況はSNSなどを見ていても(自慢話をアップしたり、幸せごっこを演出したりするFacebookでさえ)かなり、知的にバラけた状況に見えるので、SNSが日本人全体の近似値をあらわしていると言うことはできると考えています。

ここで思い出すのは適菜収氏の『B層の研究』などの著作で有名になった小泉純一郎元首相の選挙戦略のフレームワークでしょう。これは四象限の縦軸を「知能指数」、横軸に「構造改革」への好悪を取った身も蓋もないフレームワークで、広告代理店が選挙の宣伝戦略のために作成したものです。大胆に言い切ってしまえば、「観る層」が上記のフレームワークのA層(知的で構造改革肯定)+B層(知的でないが構造改革肯定)に該当し、「観ない層」がC層(知的で構造改革否定)+D層(知的ではなく構造改革否定) に当たると考えています。

そしてこの分断は私には非常に好もしいものです。
要するに「観ない層」が増えることが、ほとんどそのまま「戦後の終わり」へつながって行くと考えられるからです。マスメディアが主催してきた70年間、商売以外のリアリティのない「戦後空間」が崩壊し、我々がリアリティを取り戻して行く、そのプロセスの第一歩が2017年であれと考えています。

年初ですので、未来を言祝ぎたいと思います。


それでは本年もよろしくお願い申し上げます。