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2018年6月22日金曜日

帝王学の現代性~FY01の振返りに代えて~


今月は決算月である。会社設立の一年目を無事に迎えることができた。様々な幸運が重なった結果であり、皆様に心から感謝申し上げる。これは決して謙遜でも社交辞令でもない。そのように仕事はつながっていくということが理解できた結果である。さて、つらつらと1年間の仕事の経緯を振り返ってみてもあまり芸があるように思えないし、読者諸兄姉の参考になるとも思えないので、仕事を通じて気が付いたことを分析・整理してみることにする。


◆草創と守成といずれが難き
サラリーマン時代だが、急成長しベンチャーから抜け出た直後の会社に一年間お世話になっていたことがある。中に入ってみると、ロケーションやロゴ、企業スローガンなどは立派なのだが、業務は属人的で混沌としており、非常に非効率であった。そして非効率であるがゆえに、長時間労働は当たりまえであり、業界内ではいわゆる「ブラック企業」と呼ばれていた。リーマンショックを契機としてリストラという名の人員整理、経営者の交代を経て、今では立派にブラックとは呼ばれない大企業となっている。
この一年、支援してきたクライアント企業も同様に急成長し目下社員数数千名の大企業である。しかしブラック企業ではないものの、やはり非常に似た雰囲気である。やはり業務が属人的で非効率であり、ベテランメンバが「我流」を貫くやり方はどこか共通している。

ところで『貞観政要』という8世紀に書かれた唐の古典がある。この本は唐帝国の中興の祖である太宗と家臣の言行録として、その太宗の後継者へ「帝王とは如何にあるべきか」を教育するために書かれたもので、日本においては帝王学のテキストとして、北条政子や徳川家康が愛読していたそうだ。この中に「創業(草創)と維持(守成)のどちらが難しいか」という言葉が出てくる。結論から言えば「維持」の方が難しい(と考えるべき)と結論付けている。

◆創業向きと維持向きの人材は違う
『貞観政要』にもあるが、創業向きの人材と維持向きの人材は異なる。創業者はいわゆる立志伝中の人であったり、強烈なカリスマを持つトップが多い。そしてその周囲に普通ではない豪傑サラリーマンが集い、語り草になるような猛烈な働き方や伝説的な活躍をしたりする。そうした人材が創業向きである。私の乏しい社会人経験でも何人か知っているが、何時寝ているのか?と思うような24時間仕事に遊びに全力を尽くしているタイプが多かった。大抵、優秀で個性的でもあり、指示待ちではないというより、指示されることが嫌いである。外向的、情熱的で癖が強い。三国志で言えば、曹操の周りの豪傑たちと言うところか。
しかし、企業がある程度まで成長した後はそうした豪傑はあまり必要がなくなる。豪傑たちが作り上げた仕事を業務として仕組化し、それを維持・発展させる段階になると、むしろ「常識人」の出番となる。イメージとしては学校秀才でTPOを弁えたある意味で官僚的な人材が必要となってくる。これらの人々は指示されることにさほど違和感がない。混沌よりは秩序を、試行錯誤よりは効率化が重視される。この状態になると豪傑の持つ「強引さ・無秩序さ」は効率化の妨げになるため、あまり適合しなくなる。

◆創業期と維持期の間
さて、会社がある程度の規模になったり、ある程度存続できたとき、維持のフェーズは必ずやってくる。企業に限らず、黎明期から成長期を終えた組織体には必ず移行期が来る。例えば、私は子供の頃から地元商店街の町おこしの一環の「阿波踊り」の連(チーム)に参加していた。黎明期は商店街のオヤジ達がお囃子を、その子供たち(私もその一人だ)が踊り手をしていた。阿波踊りとしてのレベルはマチマチであったが、飛び入りも可だったし、基本的に盛り上げればよいというものだった。しかし、その二世たちが主催している現在は大所帯になり、連員の管理や練習の管理などが必須になり、良くも悪くも官僚的になる。阿波踊りとしてのレベルはかなり高いレベルで均質化している。初期のオヤジ達のようにふるまうと、効率化のベクトルと合致しないため、あまり歓迎されないだろう。これは組織の成長に伴う必然のように思える。

この移行期をスムーズに乗り切る企業もあるだろう。しかし、試練の時を迎える企業も非常に多い。『貞観政要』もまさにこの移行期の君主(リーダ)と臣下(メンバ)をテーマにしている。それが帝王学のテキストとなるからには、この移行期の問題はどの組織にも通じる普遍性のある問題なのだろう。

◆永久ベンチャーは成立しない
この移行期に特有の状態として、上層部(経営層)は創業期の立役者、ミドルは創業期の若手で構成されている。従って、創業期の陽性の無茶苦茶を成功体験として持っている。しかし、すでに大きく成長したその企業に入社してくる新人や若手は「ベンチャー」と見做して入るわけではない。その名声にふさわしいだけのある程度確立した企業だと考えて入社してくるわけである。これらの人々は会社に対して勝手に貢献するような人々ではない。良くも悪くも豪傑の上層部、その豪傑についていくだけの能力と野性味があった野武士的なミドル層に対して、学校秀才的な新参者は的確な指示がないと動けない。当り前である。その名声に引き付けられるのは、良くも悪くも安定志向の人々である。そのような安定志向の彼/彼女たちは「維持期」向けの人材である。
豪傑や野武士は「最近の若手は自主性に乏しい」「マニュアルばかり求める」「俺たちの時は勝手に仕事を探して貢献したもんだ」「人事は何を見ているんだ」等と嘆く。しかし、残念ながら当たりまえなのだ。十数年前の自分たちのように自主性に富む人々は大企業なんかに入ってこない。起業しているかベンチャーに行くだろう。さらに自分たちの成功体験が強烈なので、事情のあまりわかっていない若手が「勝手に」仕事をすれば烈火のごとく怒ったり、挙句にマイクロマネジメントに陥ったりもする。にも拘らず、自分たちのノウハウをマニュアルやルールとして文書化していないので、若手は何を基準に動いたらいいかわからないのだ。そして人事だが「自主性に富む≒忠誠心が低い」のは当然であるため、そのような人材を回避するものである。おかしな癖のある新人を採用して現場に文句を言われたくもあるまい。従って、創業者や豪傑たちの夢である「永久ベンチャー」は殆ど絶対に成立しないのである。
「永久ベンチャー」とはご想像の通り、「創業期の勢いと活性度のまま成長を続ける企業」のことだが、そのようなことにはまずならない。ほとんど法則のごとくならない。この移行期間はその会社が非常に不安定になる。これは上位層が自分たちの理想を諦め、中間層が仕事を標準化・マニュアル化することを受け入れるまで続く。

◆老いてもはや諫めを入れぬ王は貧しい羊飼いの子供にも劣る
しかし、これは創業メンバにとっては非常に難しいことのようだ。私自身も駆け出しの経営者だが、己一代で大企業に成長させたような経営者達はやはりものすごい。その実績/姿勢/カリスマ性は私のようなすれっからしでさえ尊敬に値すると考える。お世辞ではなく、人並み外れた力量があったがためにそこまで会社なり組織を成長させたわけである。だが、その強烈すぎる成功体験は人を全能感に陥れる。この全能感を制御するのは普通の人間には難しい。周囲には耳障りのよいことしか言わないYESMANばかりが集まり、会社に関することに限定されるとは言え、意のままにならないことはなく、マスメディアなどでも賞賛されという状態で正気を保つことはできない。だからこそ「帝王学」が必要になる。「帝王学」は「人をどう使うか、意のままに操るか」と一般に勘違いされているが、実際には真逆で「いかにして自分の全能感を制御して正気を保つか」という方法論に近い。旧約聖書の時代にも「老いてもはや諫めを入れぬ王は貧しい羊飼いの子供にも劣る」という言葉がある通り、これは人類普遍的なテーマらしい。この帝王学を身に着けえなかった帝王は必ず、身内に裏切られて滅ぶのである。織田信長しかり、隋の煬帝しかり、そしておそらくスターリンも。そしてそれは「是非もなし(良い悪いはない・仕方ない)」なのである。それを直接知っていた徳川家康は信長(や独裁者としての秀吉)を反面教師として強い危機感の下『貞観政要』を学んだのだろう。

◆現場の軍師として/経営者として
コンサルタントとしてまさに移行期にあるクライアントの企業の現場を支えることがこの一年のミッションであった。そのミッションを通して一番強く感じ、考えたことを今回は整理した。ここでまとめた問題の一つの解決策として『貞観政要』のような帝王学を次世代のリーダクラスに紹介・解説するようなコンテンツを作成し、研修の形で展開することがあるかもしれない。勿論、『貞観政要』のような名著を私が書けるわけではない。しかし、そのロジックを紹介し、換骨奪胎して現代日本人が理解しやすいようにまとめることはできるかもしれぬ。少なくとも二年目はこのコンテンツ作りとソリューション開発にも力を入れていきたいと考えている。



2018年6月1日金曜日

自省録的世代論


こだまする「ロスジェネが怖い」という悲鳴という記事を読んだ。あまりに厳しい就職活動や理不尽な社会人生活を潜り抜けてきたロスジェネ世代の先輩社員が売り手市場で入社してきた20代にとって恐怖という内容である。さもありなん。いずれそういわれると思っていた。私はロスジェネど真ん中の1999年(恐怖の大王っぽいな)に社会人生活をスタートした。

私大文系の哲学科という何とも微妙な学歴ではあるが、200社ほど資料請求(懐かしい)して、30社ほどドサ周りをしてどうにか一件内定を頂いたような世代である。周囲も今ではだいぶ出世しているものもいるが、似たような学歴の友人も就職浪人をして、どうにか翌年公務員に滑り込んだりしていた。ソコソコの大卒であっても、リテラシと根性と、友人・家族に恵まれないと、当時喧伝されていた「派遣社員という私らしい選択」のようなものに流されたり、就職浪人を何年もやってしまったり、大学院に残っても「ポスドク」として飼い殺しにされてたりした。いや、過去形ではない。そうなってしまった同年代は今も苦しんでいる。

私自身が若者から見て怖いかどうかはわからない。だけれどもあくまで私の周囲限定ではあるが、世代的な特徴はいくつかあるように思える。なお、女性はサンプルが少ないので論じない。タイトル通り「自省録」であり、男性である私と同年代の男性の話と思って(お時間があれば)読んでいただきたい。また、正確にはロスジェネの中でもサバイバーというか、どうにか「何者かになれた」人々の話である。

まず、我々(私)の人間関係のベースは性悪説であり、評価は結果ベースである。必要とあらば協調もするしチームプレイもできるが、基本的には他人を他の世代の人ほど信用していない。上の世代や下の世代と仕事をして驚いたのだが、どちらも他人を楽観的に信用するように見える。下の世代はまだ分かるが、50歳のオッサンの部下について55歳の部長が「まだ成長する!」と言い切ったのには驚いた。私の目から見ると、もはや擦り切れており、柔軟性も失われているその50歳が成長するとは思えない。にも拘らず、その楽観視と無邪気な信頼が信じがたかった。「成長などするわけないでしょう。いい年をして。」当時の私はそう部長へ言ったが、まあ聞き入れるはずもない。寧ろ可愛がっている部下を侮辱するなというようなことを言われた。いやいや、私もあんたの部下なのだが。うまくいくはずもないと観察していたが、案の定、その案件は失敗した。原因はそのオッサンの協調性のなさである。それを冷ややかに眺めているのは私と私の同世代であった。

では我々は無能かというと、私の同世代たちは結果ベース自己評価するのでそれほど無能ではない。大体において営業であれば常に上位の成績を残してきたし、技術職や企画職であれば、新しいものを作り拡げてきたようにとらえている。とはいえ、後述するように、ロイヤリティが低いので会社や上位者からの評価はあまり高くないケースが多い。寧ろ、顧客からは高い信頼と評価を得ている人が多いように思う。尤も友人の中には若いころからチームリーダとして周囲を引っ張り、評価され、出世しててきたのもいる。しかし、彼をして曰く「ご機嫌をとるのも仕事の内」であり、「頭の良くない上役がお世辞一つで思う通りになるのは愉しい」らしい。
基本的に仕事はまあできる。そうでなければそもそも仲間に入れてもらえなかったのだから。

我々は会社をコミュニティとして認識していない。従ってロイヤリティは低い。採用した側からすると拾ってやった訳だから感謝されてよいはずと思われるかもしれない。しかし、丁度、山一證券や千代田生命がつぶれた時期に就職活動や新社会人となったので、そもそも会社組織の永続性を信じていない。また、大企業も事業継承が進み、サラリーマン社長が増えてきた時期とも重なっていて、いわゆる経営者も「保身と私利私欲のタダの人」くらいにしか認識していないので、忠誠心の持ちようがない。勿論、そうでない経営者もいるが、それは例外であるがゆえに尊敬するというところである。

では、後輩への接し方はどうだろうか。私を含め、見ていると総じて親切ではある。中でも「こいつはいける」と判断したタイプには色々と教え込む。逆の見方をすると「こいつは使えない」と判断すると「親切だが優しくない」先輩でしかなくなる。人の見切りが早すぎる傾向はあるかもしれない。

まとめると、結果にこだわるので仕事はできる。同時にあまり組織も人も信用せず、悲観的であり、忠誠心が低い。若者から見るとすぐに見切られて、心のこもらない指導がなされてしまう。或いは倒れるまで熱血指導されてしまう。何しろ、自分たちが本当に倒れるまで働かされたのだから。(うつ病を発症した友人も多数いる。ほぼ全員が人間関係と働きすぎが原因だ。)
たしかに、これは怖い。あまり関わり合いになりたくない人々かもしれない。勿論、こんなのは大雑把で主観的な世代論なので、その正反対の人もいるだろう。ただ傾向として私が私自身を含めて観察したところを記したのみである。

さて、ここからは自省である。果たしてこの状態のままでよいかというと、あまりよくはない。突き放してみると「承認欲求」があまり満たされてないにも関わらず、「所属欲求」にも期待しないので、なかなか厳しい状態ではある。一つの解決策は自分で商売し、クライアントから対価と感謝を頂いて承認欲求を満たすということになるだろう。すでにこれは私自身が実行している話である。所属欲求は精々がところ「日本人である/社会人である」くらいで良しとしよう。

しかし、年齢のせいもあるのか、我ながら非常に頑なで決めつけが多すぎるように思う。ある範囲内では割と柔軟に話ができるのだが、大嫌いな「新自由主義」「弱肉強食」を刷り込まれているせいか、厳しい言説をよしとし、安易さや甘さが少しでも見えると否定しはじめる。というより、叩き潰しにかかってしまう。これは不幸な脊椎反射であろう。理想それ自体を絵空事として、或いは自分には関係ないこととして軽んじ続けた結果、理想論=戯言の等式が脳内に埋め込まれてしまっている気がする。例えば「世界を変える」的言説にはたいてい虫唾が走る。反射的に「目的は何か」「何をどう変えたいのか」「どうやって変えるのか」「変化には必ずプラスとマイナスの影響がつきものだが、マイナスについて考えているのか」などと問い詰めたくなってしまう。

あたかも偽善者を嫌うあまりに自らが露悪趣味という名の偽善者になってしまっているかのようだ。否、そうなっている。
リアリストであることはよい。しかし、行き過ぎて厭世家になりがちである。それは逆立ちした理想主義者と同じことである。

信じることはできていなくとも、他者の掲げる理想や希望をもっと尊重できるようにならねばならぬ。それは己と周囲の幸福のためにプラスであろう。どこかで人格形成にしくじっているロスジェネとして、それを成長のベクトルとしていきたいが、具体的な施策や行動にまで落とせずに困っている。取り敢えず、心の中で「ケッ」と吐き捨てる回数を減らそう。心の中で「クソが」と中指を立てる回数を減らそう。今のところ思いつく施策はこれぐらいである。
長くなったので今回はこの辺で。


2018年4月23日月曜日

政治思想の見取り図


消極的支持或いは消去法
安倍政権がピンチだそうだ。とはいうものの自民党内部や財務官僚の「安倍降ろし」以外には特に脅威があるわけでもない。ある程度の現実主義にたって政権運営が可能なのは現時点で自由民主党以外にないし、グローバリゼーションに対応することでエスタブリッシュメントの支持を、憲法改正や中韓等への対応から保守層の支持を集める安倍内閣はサヨク&サヨクマスメディアが騒ぐほどにピンチだとは思わない。安倍政権については「消極的支持」である。

政治は本質的に利害調整である。政党政治に基づく議会制民主主義においては最大公約数的な政策が主張される。利害調整であるから、政権政党やそれに近い大政党は国民のマジョリティの最大公約数的な意見や願望が反映された政策となる。最大公約数なのだから、自分の考えと非常に近い政党というものはよほどの幸運か、何も考えていない場合以外には存在しない。従って消去法での消極的支持が常態であるし、特に成熟した日本という社会においては、熱狂無き冷静な状態が望ましい。(マスメディアによる愚民化については別の機会に。)

保守vs革新?
安倍政権は「保守」と呼ばれている。尤も一部の若者の間では「革新」と呼ばれることもあるようだ。それも無理もない。否、安倍政権、或いは自民党政権は「革新」であったかもしれない。保守であるはずの安倍政権は小泉政権ほどではないにせよ、改革を叫ぶし、グローバリゼーションに肯定的であるし、積極的な親米である。「改革を叫ぶ保守」等は語義矛盾ではないのか。翻って、民進党や共産党は憲法絶対護持である。共産党とそのシンパに至っては「人々の生活を守れ!」と絶叫している。これは「保守」ではないのか?

戦後日本の常識的な区分は「親米=右翼=保守」「親ソ=左翼=革新」であった。米国による軍事占領の結果「親米+自由主義+経済優先」の体制が構築されたため、それを維持するのが「保守」、共産主義・社会主義へのシンパが「革新」ということになった。ところが大日本帝国の牙を抜くために米国が制定した「日本国憲法」は革新の理想が記されていた。天皇の宗教的側面の否定と九条の話である。佐伯啓思の言葉を借りれば「軍部に騙されて侵略戦争した」という米国製の「フェイクニュース」と上手くマッチしてGHQによる巧妙な検閲の下、「現実主義=悪=保守」vs「理想主義=全=革新」という戦後日本の思想的な構図が定着していった。この「日本国憲法」は「戦争放棄」というある種の理想が記載されている。日本における「革新」は「理想主義=善」であるため、これを墨守するという立場をとらざるを得ない。さらにソ連の崩壊により、共産主義幻想も崩壊してしまった。その結果「理想主義者」の拠り所はどれほど古臭くなったとしても護憲以外になくなってしまったのである。

一方、ソ連の崩壊とともに「自由主義」の勝利が確信され、共産主義シンパはその意味を失った。しかし、ここを起点に「自由主義」が「新自由主義」として暴走を始める。冷戦末期、米国のロナルド・レーガン大統領や英国のマーガレット・サッチャー首相による新自由主義は保守の顔をしていた。それぞれ、共和党・保守党という「保守」側から出てきたものであった。日本では中曾根康弘が首相であり、米英、とりわけ米国との蜜月時代であった。本来の意味での「革新」の本質は「普遍的にどの社会であれ、計画的に社会を進歩させる(ことができると考える)」ことである。そうだとすると、ソ連が崩壊した結果、一番左にくるのは実は米国であった。米国こそは「進歩主義」であり、「計画主義/設計主義」であり「革新」そのものであった。そして米国は共和党・民主党にかかわらず「グローバリズム」を推し進め、新自由主義のドグマである市場の自動調整機能を信じて、弱肉強食化を推し進めた。そしてその薫陶を受けた、或いは庇護下にある我が国の自民党は「保守でありながら絶え間なく改革を訴える」という不思議な政党となった。小泉純一郎が首相であったころの「改革なくして成長なし」というフレーズは米国的「革新」そのものである。
これが「改革を訴える保守」と「生活保守と護憲を叫ぶ革新」という構図の大まかな見取り図である。




西欧文明の根本的なロジック
日本における一般的な「保守」の定義は前述のようなものである。乱暴に言えばネットスラングの「ネトウヨ」が意味しているものと大差ない。混乱を回避するために、さしあたりそれぞれ「ウヨ」「サヨ」と呼んでおこう。子供っぽいネーミングだが、どちらも少し足らないのでふさわしいだろう。さて、保守主義の父と呼ばれるエドマンド・バーグ的な意味での保守と「ウヨ」とはあまり関係がない。保守は「人間理性万能」に対する警戒から生まれた思想である。「人間理性万能」 主義は1789年に発生したフランス革命を嚆矢とする「人間が社会を設計し、理想社会や文明を構築する」というような考え方だ。それは西欧的な意味でのヒューマニズムであり、近代主義そのものと言ってもいい。その一つの帰結が計画経済である共産主義であり、もう一つの帰結が科学万能を前提とした市場原理主義である。前者は分かり易い。人間の理性が絶対ならば、英知を結集して限りなく無謬に近い計画を作ることができるであろう。それを優秀な管理者が実行管理していけば、間違いなく素晴らしい社会が到来するであろう。その社会を共産主義社会と呼ぶ。と、こういうわけである。この観点で言えば、ソ連はフランス革命政府の直系の子孫である。後者は少し込み入っている。人間の理性が絶対ならば、経済はそれぞれの人間に備わっている理性に任せることで、「神の見えざる手」が動き、結果、最終的に最高に効率化された社会が到来するであろう。それは平等ではないが公正な社会であり、これを資本主義(市場原理主義)社会と呼ぶ。ということだ。どちらにせよ、人間の理性、平たく言えば脳みそを楽観的に信用している。理性が作り出した、共産主義であれ、民主主義であれ、計画経済であれ、自由主義経済であれ、人間に普遍的に通じる思想、即ち理想が実在することを信じて、人工的に文化・経済またそれを統合した文明を創り出す、改善、改革できるという考え方である。この考え方が西欧の根本にある。プラトンのイデア論に一神教であるキリスト教が混淆した思想が根底にはありそうだ。

文化・文明に設計図はない
少し考えてみればわかることだが、文化・文明というのは人間が設計して生み出したものではない。社会的動物である人間が、その時その時に必要な行動、例えば、話し合い、喧嘩、戦争、研究、発明、創発などを積み上げていった結果、「できてしまった」ものである。聖徳太子がこのような国であれかしと決めたから、日本の社会がこうなったわけではない。日本列島に住んでいた様々な人間の行動の結果が蓄積され、「なりゆき」で日本文明が形成されたはずである。その時々に天才が出現し、大きな影響力を振るったが、その天才たちが社会や文明それ自体を「設計」したわけではない。織田信長がブラック企業を許容する文化を生み出したわけではない。要するに人間たちの思慮や行動の蓄積が文化・文明を構成しているのである。しかし、ただ蓄積していくだけで文化・文明が構築されていくわけではない。そこには「時間」という篩(ふるい)が必要である。その時に最善のものであっても時間がたつと陳腐化する。非合理になる。不便になる。そうしたものは淘汰されていく。その時間の重みに耐えたもので、完全には理解不能な正当性がある認識されたものが「伝統」と呼ばれる。文明は文化(同じ時代に広がるもの)を横糸に、伝統を縦糸に構成されるものである。そして、それを是とする態度、考え方が「保守」であり、「保守主義」ということである。

これは理性万能の普遍主義とは真逆の考え方である。保守主義は人間の理性を万能とは考えない。保守主義は普遍的価値や人類共通の理想を「虹のようなもの」として扱うのである。追うことはできるが、たどり着くことはないということである。

「ウヨ・サヨの奉じているもの」
普遍主義は理想主義と相性がよい。人類共通の価値であるのだから、この価値が全世界で受け入れられるべきだと考える。理想主義も、このような素晴らしい理想なのだから、何よりも最優先されるべきだという考え方であり、現実と向き合いを粘り強く改善するというようなことが苦手だ。なぜなら素晴らしい理想(普遍的な価値)があるのだからそこに一足飛びに改革すべきだと考えるからである。これが日本の「サヨ」の発想である。門田隆将がそうした人々を「ドリーマー」と呼んだが、なかなか適切なたとえだった。これが衰退したのは喜ばしいことだ。理想主義と普遍主義が結びついて、政権を握るとろくなことにならない。ある価値が絶対に正しいならば、それ以外の価値は無価値であり、悪である。従って弾圧すべきとなって、容易に全体主義に行き着くのである。ジャコバン独裁もナチズムもスターリニズムも理想主義的普遍主義が生んだ地獄であった。一足飛びの改革のことを普通は「革命」と呼ぶ。

では「ウヨ」ならよいのか。米国は明らかに普遍主義の国である。民主主義(アメリカンデモクラシー)と資本主義経済は人類普遍の価値であり、あらゆる社会は様々な曲折を経ながらも最終的に民主主義+資本主義になるはず、なるべきという立場である。これは結局一つの理想世界を目指しているのであり、ある種の全体主義と言ってもよい。共産主義という極左が消滅した今、普遍主義、進歩主義の観点から見れば、米国は現時点で極左である。ダイバーシティなどと言っているが、PC(ポリティカル・コレクトネス)の本質は全体主義の言論統制と何一つ変わらない。そして中曾根内閣以降の自民党は対米従属の傾斜を強めている。ロンーヤスにせよブッシュー小泉にせよ、安倍首相の「価値観外交」にせよ、米国の唱える「普遍的」価値を奉じることを言っているのである。こう考えると「普遍主義・進歩主義」という点で「ドリーマーサヨと親米ウヨ」は同根である。

縦糸を改めて見つめなおす
「革命」が起きるとそれ以前の歴史との断絶が起きる。例えばルイ16世が断頭台に上って以降、寡頭政体のレジームであったフランスは崩壊し、共和主義のフランスとなった。そこでは過去は否定さるべきものとして扱われ、粛清の嵐が吹き荒れた。日本における「断絶」は言うまでもなく1945年から1952年。敗戦~占領の7年間である。これ以前と以後で歴史が断絶した。いや断絶したことにした。日本が受諾したポツダム宣言にある通り「一部の軍国主義者が日本国民を欺いて世界征服を企んだが、米国をはじめとする正義の民主主義国家に打ち破られ」(宣言には本当にそう書いてある)て、回心(コンバージョン)したというストーリーで主権を回復した。半主権国家かどうかは置いて、国際社会に復帰するにはそれしかなかった。「世界征服を企んだ(ショッカーか)」とされる戦前世界を「悪」と規定したために、そこで縦糸を断ち切ったわけである。

だが、ドイツ第三帝国とは異なり、自覚的に「世界征服」だの「民族浄化」だのを大日本帝国は企んだわけではない。ナイーブで稚拙で大失敗であったが、西欧文明による世界秩序に挑戦しただけであった。それも自覚的ではなく、なし崩しに大戦争に突入してしまったのだ。そうでなければ誰が、チャイナと英国の片手間に勝算のない対米戦争などするものか。「我々は降りかかる火の粉を払いのけようとしただけだ」と。私も祖父や祖父の友人に直接そのように言われた記憶がある。だが、これは公的にはタブーとなった。なぜなら大日本帝国はショッカーだったと日本政府が言ったわけである。ここで建前と本音が激しく分裂した。顕教と密教と言い換えてもいい。この密教は非公式の場でのみ伝えられてきた。

結局、縦糸は断ち切られてはいなかったのである。伏流水のように非公式の場に潜っただけであった。この密教化した縦糸を通じてしか、我々は祖父母・曾祖父母の考えていたこと、感じていたことを感じることができない。保守主義の立場で重要なのは、この構図を理解して、あくまで漸進的に密教から顕教の一部へと、言い換えればタブーを新しい共通認識へとつないでいくことが重要なはずである。なぜなら、伝統とは普遍主義とは逆に、その国、その土地、その民族固有の歴史、立場、文化、文明を尊重し、あくまで漸進的に継続改善する立場であるからだ。欺瞞的とは言え、戦後民主主義の存在さえも全否定はせず、少しずつ、以前より少しマシな共通認識を作る。少なくとも大日本帝国がショッカーだったというようなフェイクニュースから戦後日本が出発したことぐらいは常識として共通認識としておきたい。

このような抽象的な思考をしなくとも、普通に考えて我々の祖父・曾祖父の世代が世界征服を企んであの大戦争をしたということが、おかしいと思うくらいはできるはずである。そんなわけはなかろう。私や読者の祖父・曾祖父たちがそれほど愚かであったはずもない。それにしてもお粗末な顕教を信じ込んだものだ。それを建前としなければ例え半分であっても「主権国家」として復帰できなかったという事情はあったにせよである。






2017年11月16日木曜日

その先の未来

70余年もかかったが、我が国は敗戦と占領の呪縛からようやく脱る気配があるように見える。前回のブログにも記したが「反体制が正当である」というひどく「不自然なパラダイム」が崩壊したというのが、その主な要因であろう。それ自体は望ましいことである。しかし、そうであるとするならば「ここからどのような未来を志向するのか」という次の難問が持ち上がる。もちろん「なるようになる」という考えもあろう。だが、案外我々は「なるようになる」という考えに耐え続けられるほど強くない。そして、好むと好まざるとにかかわらず、「なるようになる」という態度は、そう考えない人々や国によってもは振り回されるという結果になりがちである。それが嫌ならば、やはり「志向(ディレクション)」だけは考えておくよりほかはない。しかし、かつてのように「ただそれを真似るだけでよい」というロールモデルは存在しない。正確にはそんなロールモデルなど元々どこにもないのだが、数十年前までは「地上の楽園」だの「よい核」だの「追いつけ追い越せ」だのと言うことができたわけである。そのような妄想に近い理想を仮託できるユートピアなど存在しないという諦念を基本としてこれからの方向性を考えていくほかあるまい。

ところで、そのように無責任な「反体制の人々」にも良いところはあった。ひどく子供じみてはいたが、少なくとも彼らはニヒリストではなかった。彼らはその子供っぽさ故、ニヒリズムに耐えられず、夢の世界へ逃げ込んでいたとも言えるだろう。しかし、諦念から出発する我々のようなリアリストにはそんな逃げ場はない。ニヒリズムに正対していかなくてはならない。ニヒリズムとは「虚無主義」と訳すが、もっと平たく「価値(序列)の混乱」と考えておけばいい。要するに「何が正しくて、何が間違っており、何に価値があって、何に価値がないのかがはっきりしない」ということである。



さて、現代において「『価値がある』とはどういうことか?」という問いを発すると、怪訝な顔と共に「そりゃ、金になるか、役に立つかってことだろう」という答えが返ってくるだろう。しかし、すこし冷静に考えてみると、金銭はそれ自体は無価値である。コインやバーチャルなコインにしろ紙幣にしろ、それ自体は何の役にも立たない。だからこそ、媒介として金銭の役目を果たすことができるわけだ。それ自体が無価値であるからこそ、「交換」の媒介となり、その多寡により、購入できるものが決まるに過ぎない。それ故に「価値がある」ことそれ自体と「価格」は直接的な関係はない。さらに訊いてみよう。「では、どういう物差しでその『価格』が決まるのか?」と。そうするとさらに面倒くさそうな顔と共に「役に立つとかカッコイイとか美しいとかだろ?」と答えが返ってくるに違いない。まず、「役に立つ」だが、「何の」という目的が必要である。従ってそれは「手段」の話である。「かっこいい」「美しい」は少し価値それ自体に踏み込んでいるが、では「それはどんな物差しで決まる?」という問いの回答にはならない。だから「価値がある」ことを「金銭的価値」と定義したところで、全く無効である。金銭的価値は「物事の正しさ・良さ」を測る尺度にはなり得ない。また、「役に立つ」ということは何らかの技術の産物であろう。だが、科学技術も「価値中立的」であるからこそ、科学技術足りえるのであって、やはり「物事の正しさ・良さ」を測る尺度にはなり得ない。にもかかわらず、21世紀初頭の今現在、金銭的価値と科学技術(金になるか、役に立つか)、言い換えれば、資本主義と技術主義が主要な「価値の源泉」と見做されている。だが、これらは本来の意味において「価値」とは完全に無関係なものである。だから、いくら高度に発達しても我々はどこかこれらを直観的に「グロテスクなもの」としてとらえてしまう。そのグロテスクなものが中心に据えられている時代状況をさしあたり「ニヒリズム時代」と呼んでおこう。

その「グロテスク」さはどこからくるのだろか。少し前にマイケル・サンデルが『それをお金で買いますか』という本を出していた。その中の例だった気がするが、例えば高度医療(臓器移植等)を受けるためにはかなりの費用がかかる。すると、金銭の多寡により、生命をつなぐチャンスに違いがあることになる。それは突き詰めれば「命を金銭で贖う」ということにしかならない。死は相変わらず誰にでも平等ではあるが、その引き延ばしは金銭による。そこに我々は「生命に対する冒涜」を見てしまう。そして恐らくはそれを「グロテスク」と感じる。少なくともここで、価値の物差しは生命であり、本来はそれをつなぐ手段である医療を金銭で贖うという行為に、どういうわけか価値の混乱を見てしまうわけである。「生きるチャンスは平等であるべきだ」という陳腐な意識のせいであろうか?少なくとも直観的に「正しい・良い」とは考えにくい。

また軍事に関する科学技術もそれが言える。古来より、戦場は悲惨であると同時に英雄が生まれる場所であった。しかし、産業革命後の第一次世界大戦あたりから様相が変わり始める。戦車や飛行機などの近代兵器が登場し、個人の武勇と戦果があまり関係がなくなる。それでもまだ戦闘機同士の戦いのような武勇の要素が残り、エースパイロットというような中世の英雄の残照があった。しかし、核兵器の登場により、少なくとも大国同士の勝敗は戦う前から決定されてしまう。そこには個人の武勇など入り込む隙はなく、相互破壊認証(MAD)による「銃を突きつけ合った平和」という形で平和をもたらした。やはりどこかこの状態を「グロテスク」と直感する。ひとつ前の例と同様、「正しい・良い」とは考えにくい。

しかし、諦念からスタートするリアリストである我々にとって、これらをただ主観的に否定して「ユートピア探し」をしても、それはただの逃避行動でしかない。故にここを出発点にするしかない。これらの「グロテスクさ」を受け入れつつ、しかしそれを少しでも減らしていくという立場に立たざるを得ない。これは並大抵のことではないと考える。これは哲学上の大問題であり、ニーチェをもってしても、これらの問題に対して「超人」というトリッキーなたとえ話を持ってこざるを得なかったような大問題である。ニーチェの言う「超人」とは「価値を自ら作り出す者」という意味だが、その著書のどこを読んでも、「超人とは何か」について真っすぐな回答は記されていない。「~ではない」という否定形で示されているだけである。ユートピア主義者であまり好きではないが、内田樹の例えが適切だろう。「超人とは『人間』の上に引かれたバーチャルな抹消線である」というのが、ニーチェの示したニヒリズムの克服の方向性であった。

リアリストは「まずは現状を承認する」ことからしかスタートできないので、自らの価値序列やなんらかの目的をかなり強く意識しないと単なる「ニヒリスト」になりやすい。また、現実が見えている「合理主義者」であることも多いので、広大で複雑な現実を前に無力感にとらわれることも多いだろう。だから、現実主義者は「未来を描く」ことが苦手である。しかし幸か不幸か現代は「数の論理」で動くことが多い。「マッス」でも「畜群」と呼んでもいいが、ようするに「大衆」が主であるような世の中である。大衆とは本質的に「自分で考えること」はできない。したがって、魅力的な何かを提示しないと動かすことはできない。その未来像は虚像でもなんでもいいのだが、虚像のユートピアを提示してしまえば、毛沢東やスターリン、或いは戦後の左翼マスコミと同じになってしまう。

讃岐院の呪詛「皇を取って民とし民を皇となさん」が実現したかのような価値の混乱した現代に我々は生きている。私見を述べれば「大衆」という「人と同じであること」「人のまねをすること」が満足の元であるような人々(だから金持ちか貧乏人とかとは無関係)が最も最強である「民主主義」は肯定できない。こうした人々は本質的に相互模倣的であるので容易に「束」となる。その束に方向付けをすれば「ファシズム」となる。ファッショとは「束」の意である。従ってファシズムは民主主義からしか出てこない。逆に言えば、(大衆)民主主義の究極がファシズムであるといえるだろう。その意味では第三帝国や昭和初期の日本はある種究極の民主主義であったといえるかもしれぬ。

「民主主義」とは「多数決」とイコールではない。イコールなのは「直接民主制」という古代ギリシア時代に失敗が確定した狂気の思想である。別に少数者の意見を尊重せよなどという話ではない。そうではなくて、少なくとも何かに優れた(卓越した)人々を何らかの方法で選出し、議会を形成し、「大衆」という名の「盲目の怪物」を牽制しながら暴走させないことが必要である。これを「議会主義」と呼んでもいいし、「間接民主制」と呼んでもいいが、これは一種の「貴族制」であろう。だがいわゆる「民主主義」よりもはるかに優れた制度である。(それ故、一院制や首相公選制は狂気だと私は考える。結局突き詰めれば「全権委任法」になるからだ。)

では「議会主義」を維持したまま、その先の未来を思い描くために、リアリストはどうすればよいのだろう。処方箋などはもちろんないが、さしあたりニヒリズムに対抗していくために、先ほど挙げた「グロテスクさ」をできるだけ減らしていくという方向性が良いと考える。現代のニヒリズムの根幹はグローバリズム(金融主義的資本主義+科学技術主義)にあるのだから、これを知ることから始めるのがよいのではなかろうか。これらは本質的に「肥大化する欲望」がベースにあるので、克服するのは予見可能な未来には不可能であろう。とすれば、別の価値体系をもって、これに対抗していくぐらいしか方法があるまい。


その価値体系はどこにあるのか?そんなものはない。どこかにあると考えてしまうとそれはユートピア論者と同様である。そうではなくて、過去を参照し、現状を分析し、不条理は不条理として許容し、ゆっくりと価値を構築していく。或いはそのための態度を身に着けていく。その間はさしあたり、常識と直観を信じて「胡散臭いもの」を回避、或いは戦っていく。言い換えれば、グロテスクなものを回避したり叩き潰したりする。そうして支配的な思想であるグローバリズムに押し流されそうな「現実」と死ぬまで格闘していくほかあるまい。具体的には「いやーいまはグローバルの時代だよ」などと嘯く馬鹿どもを一人一人糺していくようなことだ。長く地味であまり報われない戦いだが、まともな人間がそれをこなしていくしかない。それを30年も行えば、少し日本がマシな世界になっているかもしれない。次の世代へ少しだけ世界をマシにして引き渡すことが我らのできる最善のことであろう。

2017年10月26日木曜日

敗北者はだれだったのか。

2017年10月の衆議院議員選挙が終わった。蓋を開けてみればこれは誰がどう見ても単独過半数を制した自民党の大勝利であり、公明党と合わせ政権与党だけで憲法改正発議が可能な2/3を制したことになる。しかし、誰かが大勝利したということは、誰かが大敗北を喫したということである。勿論、単純には野党ということになろう。しかし今回の選挙において、野党が大敗北を喫したという印象は少ない。というよりも敗れるための条件さえ満たせなかったというように見える。小池百合子というジョーカーの登場により、野党第一党である民進党は、希望の党、立憲民主党、無所属という形に分解し、敗れる主体にさえなれなかった。せいぜい「小池百合子が失敗した」ぐらいの印象しか残らないというのが正直な感想である。

小池百合子の「希望の党」は結局のところ、橋下徹の「維新の会」の二番煎じであった。橋下徹は弁護士でありながらテレビタレントという知名度を利用して大阪の府政を混乱させた挙句、国政に関与しようとし、自分に風が吹かないとみるやもはや誰も話題にしない「大阪都構想」を畳んで、楽屋に引っ込んでしまった。大阪都構想にせよ、役人を悪者に仕立てるやり方にせよ、基本的には「劇場型」の人気取りでしかない。そんなことは橋下徹はわかっているが故に、効果が薄ければ、傷口が広がらないうちに撤退したということであろう。「ふわっとした民意」をメディア経由で操ろうとして失敗したというわけだ。橋下徹はあれでも法曹界出身だが、小池百合子はその橋下徹が頼りにしつつ共犯関係を構築しようとしたマスメディア出身である。橋下の失敗を分析した上で、もっと上手にマスメディアを利用できると算段したのかもしれない。アラブ式のはったりも身に着けた小池百合子ならあり得ないことでもないと想像する。

現実にはただ野党を割って、図らずも整理整頓しただけで終わった。「鉄の天井」などと言って社会構造と伝統に責任転嫁しようとしているようだが、イタリアのメディアの言う通り「亡命中の女王のボヤキ」以上のものではない。一方、安倍首相はなかなかの喧嘩巧者であることも証明した。絶妙なタイミングで解散総選挙を仕掛け、一時は脅威になりかけた小池百合子を(恐らく結果的にではあるものの)野党解体の鉄砲玉として使い、野党の自滅や台風すらも味方につけて大勝利を収めたわけである。倫理的な判断は脇に置いて見事という他はない。




さて、野党が敗北するための主体足りえることさえできなかったのだとすれば、今回の選挙は一体だれが敗れたのであろうか。それは恐らく「反体制としてのマスメディア、とりわけテレビと新聞」であろう。1990年代までマスメディアは「錦の御旗」を持っていた。それは「反体制」というスタンスである。実効性や責任は脇に置き「ともかく政府を叩く」ことで、一定以上の支持を得てきた訳である。マスメディアももちろん正しい意味で商売だから顧客が「何を見たい・読みたい」かを考えて、商材である「言論」「映像」などのコンテンツを提供する。1950年代から1990年代の長きにわたって「反体制」は「鉄板のコンテンツ」、要するに売れる商材だったわけである。

それほど長く「反体制」という商材を商って、しかもそれが必ず売れるとなると、いつの間にか反体制は商材ではなく「信念」に変質していく。「反体制」が当たり前となり、それが社内や社会への影響力の源泉であり、核(core)になっていく。その影響力はかなり肥大化した。1990年代のテレビ朝日「ニュースステーション」やTBS「ニュース23」あたりを頂点として「第四の権力」として確立していった。選挙の洗礼を受ける政治家と異なり、メディア企業の経営層はそう簡単に交代することも弾劾されることもない。そして「反体制を売り物にする第四の権力が、自家中毒に陥った挙句に腐敗する」という状態が現在まで続いているということなのだろう。違うとは言わせない。コンサルタントとして色々な企業を見てきたが、この構造になるのは企業の成長に伴う不可避の現象である。要するに「上には正しい情報が届かず、下は手段が目的になる」という「大企業病」の一変種である。

第二次世界大戦で日本が「道義的にも誤っていた」ということにしたい戦勝国、とりわけ米国のGHQの思惑。そして戦前に国賊として取り締まられてきた左翼勢力の怨念。社会主義・共産主義の国々(のプロパガンダ)に対する憧憬や期待。それを許し、甘えさせるだけの自民党の力量。右肩上がりの経済。そうした中で「反体制」をビジネスの核としてきたメディア。今回の選挙はそのメディアとうとう支持を明示的に失った日であっただろう。そう、大敗北を喫したのは「反体制」というビジネスをしていたマスメディアだったのである。「商材」が「信念」に変質してしまっていた彼らの選挙後の迷走というか言い訳というかアノミーっぷりには失笑を禁じ得ない。田原総一朗の暴走あたりがもっともそれを象徴しているだろうか。

マスメディアは焦っている。これまで「反体制」という不思議な既得権益の中で商売をしてきた。所謂サヨクで知られる内田樹が「テレビというのは視聴者もスポンサーも巻き込んだ一大ビジネスである。そうであるが故に、お茶の間の静謐とスポンサーの利害を守らねばならず、従って水で薄めたような無難な意見しか表明できない」という旨をどこかで書いていたが、実際には「反体制」であれば、ほとんど何を言ってもOKというスタンスであることが今回の選挙における自民党のネガティブキャンペーンと希望の党への右往左往で実証されてしまった。一定以上の知性と経験(普通の社会人)ならば、これは「反権力・反腐敗という図式の中でで腐敗したどうしようもない業界」であることを否が応でも理解せざるを得なかっただろうと思う。さらに、インターネットという玉石混淆ではあるものの、多様な意見を読むことのできる空間がマスメディアの意見を相対化する強力な触媒になったのは間違いない。

そう考えると、今回の選挙で大敗北を喫したのは「笛吹けども踊らず」となった有権者に見透かされ嫌われたマスメディア(新聞・テレビ)だったのではないだろうか。彼・彼女らが「腐敗した第四の権力」として有権者の審判をくだされたというのが、今回の選挙の結果だったのではないかというのが正直な感想である。


田原総一朗には申し訳ないが、先日、常駐先のビルにある蕎麦屋で一緒だったことから、勝手に上述のスタンス代表していただくことにする。アメリカに構造的に甘えられる立ち位置で体制批判さえしていればいいという時代。その中で青春どころか社会人の大半を過ごしてしまった世代は、もうどうしようもあるまい。言い換えれば死ぬのを待つしかあるまい。そして、その彼・彼女らに牛耳られているメディアの中枢部も、あと10年程度、あの世代が死滅するのを待てば少しずつでも状況は改善するであろう。具体的には1940年から1950年生まれの世代のサヨクのことである。もはや「Love & Peace」という標語はただの無責任と能天気を表す標語でしかないことを彼らは死ぬまで理解できないであろう。メディアの「核」がどんな形にせよ変化するのは、そう先のことではない。そしてそれは非常に望ましいと私は考える。

2017年10月24日火曜日

子供の教育

先日、我が家の一人娘が4歳を迎えた。今は保育園で無邪気に遊んでいるが、そろそろ学校教育を中心にどうしていくかが気になり始めている。近頃は厚労省管轄の保育園でさえ英語教育や空手などを取り入れていてびっくりする。娘も時々私が聞き取れないレベルの発音をしたりして、親としては喜んでしまったりする。勿論、幼児期特有の耳の良さでしかないことぐらいは知っている。単なる親バカである。



実際に親になってみると「子供にはもって生まれた特質がある」ことを実感する。娘は比較的大人しいが、それでもふざけるのは大好きだし、一人っ子のわりに周囲の友達に引きずられたりする。運動は嫌いではないようだが、パワーとスピードはあるのに敏捷性に欠ける。この辺りは私に似てしまってちょっと申し訳ない。娘の友達や従兄弟たちを見ていると当然ながら娘とは全く違う性質を持っている。落着きはないが、娘と対照的にすばしっこく、バランス感覚が優れている子。或いは、親分肌で周囲をまとめる力のある子。

こうした「性質」は教育とは何の関係もないだろう。詳しいことはわからないが遺伝的要素など生物学的なことに起因しているに違いない。話題になった双子の研究などによると、教育や環境などによる後天的な要素は先天的な要素に比べてあまり、その子供のその後に影響を与えないらしい。まあ、それはそうだろう。子供が真っ新な白紙であり、教育しだいでどうにでもなるなら、少なくとも先進国では賢者ばかりになるはずだ。勿論、実際には「上智と下愚は譲らず」の言葉通り、2割ぐらいの賢者と愚者、8割程度の「普通の人」という分布は変わらない。そのように考えると「大賢者」を教育で作ることは諦めたほうがいいだろう。私自身の実感としてもハードウェアとしての頭の良しあしは生まれながらに決まっており、後天的にどうにかすることはできない、と考える。

では「あらゆる教育は無駄」かというとそんなことはないだろう。ハードウェアの性能はどうしようもない。しかし、例えば「努力には意味がある」、「知見を広げる事が人生を楽しく、豊かにする」ということを実感させたりすることで、物事へのスタンスを身に着けることはできる。その手伝いぐらいは教育にもできるだろうと考えている。「手伝い」としたのは、結局、本人の資質に左右される部分が大きいからだ。「馬を水飲み場に連れていくことはできるが、水を飲ませることはできない。」の言葉通り、水を飲むか否かは本人次第である。ここについては我が子を信じるしかあるまい。

自分自身を振り返ると、両親のサポートという観点で、いくつか「もう少し何とかなったな」というポイントがある。私の両親が特段なにか問題があったとは思わないし、感謝している。しかし、自分もまた人の親になったという点で考えてみると、もう少しサポートすれば、もう少し世界が拡がったかもしれないという出来事があった。一つは小学校高学年の頃、交換留学生の話があった。カナダのケベックが私の出身地と姉妹都市かなにかになっており、留学生の候補に私ともう一人が上がったのだ。結局、私は行かず、もう一人の女の子が行ったのだが、私が行かなかった理由というのが、「家が狭くて恥ずかしいので、交換留学生を受け入れられない」という主に母の反対である。当時は「ちょっと残念」くらいだったが、今にして思うと、随分勿体ないことをしたなとも思う。例えば、家が手狭なら、隣の区に住んでいた祖父母の家に来てもらうくらいの知恵は働かなかったのかとも。とは言え、両親を責めても仕方がない。そうではなくて、そういうタイミングの時に、親としてサポートするだけの力と見識を持っておこうということである。

また、結果的には小さなコンサル会社の経営者になってしまったが、幼少期から飛行機が好きで「パイロットエンジニア」になりたいと思っていた。案外、身体能力も高く、まあ、勉強も人並みよりは出来、視力も未だに2.0ということで、できない理由はとくにない。エンジニアには後からでもなれるのだから、まずはパイロットを目指せば、それは(もちろん、色々な曲折はあるにきまっているが)実現可能性はそれなりにあっただろう。エンジニアはともかく、パイロットはあり得ただろうなと思う。しかし、当時の両親はそれを「冗談の類」として受け止めていた。両親が悪いわけではない。おそらく、「いい学校→いい会社」がよいというその時代の社会規範にとらわれており、一人息子がそこそこ「頭がよい」のに、そのような「特殊」な道を歩ませる意義を見出せなかったに違いない。

それは全く無理からぬことである。人はある時代のある場所に生まれ育つ。それは宿命であり、逆らうことはできない。しかし、それでも我が娘が、私には理解しにくい夢を持ったとしても、それを真正面から受け止めて、検討、サポートような親でありたいと思う。家庭教育でファームウェアとOSを形成し、学校教育は最低限のアプリケーションをインストールする場である。教育について親ができるほとんどすべてのことは、選択肢を提示すること、知見を広げるチャンスを与えること、漫画でもいいから読書など最低限の習慣を身に着けさせることに尽きるのではなかろうか。


とりとめのない文章になってしまったが、子供の教育について考えてみた。

2017年10月17日火曜日

ファシストはリセットボタンがお好き

昭和50年生まれなのでファミコン世代ではある。小学生の時分には買ってもらえなかったので、よく友達の家で遊んだ。ロールプレイングゲームのようなものはそうはいかないので、中学生になって中古のファミコンを手に入れ、ウィザードリィやドラゴンクエスト、ファイナルファンタジーなどを夢中で遊んだものだ。行き詰ると「リセット」ボタンを押したくなる。攻略本などではリセット前提の方法を書いてあったりして、今思えば「ゲームの設計思想」としてどうなのかとも思う。

別段、ゲームの影響がどうこうということを書きたいわけではない。ただ、ゲームのおかげで、坂本龍馬の「日本を今一度洗濯したく御座候」のような願望を「リセット願望」と表現することができるようになって、便利になったというだけである。



少し考えると分かるが「リセット願望」はかなり子供っぽいものだ。子供っぽいだけに「変身願望」と同様かなり根源的であったりする。洋の東西を問わず、リセット願望は様々な出来事の原因となってきた。例えば、バーグが口を極めて罵ったフランス革命はまさしくリセット願望を具現化したものであった。「保守思想の父」などと呼ばれるバーグの議論は結局「リセットしたらゴミじゃないものまでゴミ箱に捨ててしまうだろう」ということに尽きている。英国から 彼の目でフランス革命を眺めると「狂気の沙汰」にしか見えなかったということだ。革命の理想はどうあれ、持てる階層からなにもかも分捕って、持たざる階層に配る。そして、わずかでも異を唱えれば処刑される。そして新たな支配階層は「支配」をしたことがないものだから、際限なく腐敗し矮小化する。そして反革命が起こり、ナポレオンという軍事的独裁者が台頭し、王制が復活し…と大混乱。あたかも人類史上の一つの「最高の瞬間」のように記憶されているが、私にはそうは思えない。

理想はあくまでも「理想」であって、たとえて言うなら虹のようなもの。虹を捕まえることは絶対できないけれど、虹それ自体は確かに見える。理想とはそういうものであるという大人なら誰でも知っていることである。しかし、なんらかの原因で大人の視点を手に入れられなかった人には「だってそこに虹がある!」以上のことがわからない。ユートピアとは「どこにもない場所」という意味である。ネバーランドも字義通りであろう。しかし、目の前の現実を全否定して「どこにもない場所」を現実化しようとすると大抵の場合、「地獄」を現出してしまったことが歴史上には何度もあった。その根底にあるのが、「リセット願望」であろう。

ユートピアを創り出そうとしてディストピアが出来てしまった例はいくらでもある。前述したフランス革命後の革命政府による恐怖政治もそうだし、ドイツ第三帝国(いわゆるナチス)もそうだ。ファシストイタリアやロシア革命後の共産党独裁もそうだし、文化大革命後の毛沢東による恐怖政治も同じである。どれも閉塞感にとらわれた多数派の恨みつらみを燃料とし、リセット願望に誰かが着火した。それは「何もかも一気に変えて、ユートピアを創ろう!」とした善意から出ている。中産階級にせよ、インテリ層にせよ、こうしたリセット願望にとらわれる人は多い。この時に出来上がる「リセット願望の空気」を束ねて独裁者が登場する。近年はファシストと呼ばれるが昔からいる。古代ギリシャでは僭主とよばれていた。なお、ファッショとは「束」の意である「ファスキス」からきている。

ファシストは野心家で有能であり、本来は「善意」の人である。また強烈な信念を持っていたりする。彼らは行動力があり、その狂信ともいうべき自信たっぷりの態度や言動から人を引き付ける魅力がある。そして、必ず革新側、左側から登場する。なぜ、保守側、右側からは登場しないのか。理由は簡単である。革新は「歴史を否定し、己が歴史を作る」と考えるからだ。人間社会を自分たちで設計してハンドリングしていけるという信念を持っている。そこに「共産党宣言」でも「我が闘争」でも「毛語録」でもいいが、理論付けをする。そのうえで単純なスローガンを創れば完璧である。

だが、保守側、右側からは出ない。歴史と伝統を重んじ、人間社会の複雑さを理解しているので、社会の設計などできるはずがないという確信があるからだ。勿論、歴史は結果的に「続いていく」と考えているので、己が歴史を作るとは考えない。変革は拒まないが慎重である。物事はゆっくりとしか改善できないと考えるし、急速な改革などすべきでないと考えるのである。控えめであったり、現実的であったりするので、尊敬は集めても、熱狂させることはできない。それ故その立場からはファシストなど出るはずがない。

この通り、リセット願望と相性がいいのはファシストであり、ファシストは改革の旗を掲げる。ファシストは「リセット」を言いつのり、「しがらみを断ち切る」と叫ぶ。実は民族主義とか自国中心とかは関係がない。その時々で衣を取り換えるだけである。極右や極左が危険なのではなく、設計主義者と大衆のリセット願望が結びつくことが危険なのである。その結果は必ずディストピアをもたらすことは、彼、彼女らが軽んじる歴史が冷たく教えるところである。




2017年8月1日火曜日

「民主主義」というマジックワードの超克

戦前における「国体護持」と同様に、戦後は「民主主義」がマジックワードとして流通している。今風に言えばバズワードと言ってもいい。政治的に誰かを非難する時には右も左も「民主主義の破壊だ!」「民主主義を根底から覆す…」云々。しかし、これらの言葉は没論理である。正直に言えば「吠え声」と変わらない。なぜなら「民主主義」という言葉の定義が全く共有されていないので、「民主主義に照らして、XXXXだ!」と主張しても、論理(ロジック)が意味をなさない。


見たところ、職業的な政治家はプロフェッショナルらしく、このことをちゃんと自覚している。選挙制度に基づく政治の本質は、被統治者である国民の政策への関心が下がるほど、カタルシスを目的としたステージショウ、はっきり言えば「見世物」であり、見世物である以上、論理よりも印象を操作するほうが、ずっと効率的に選挙権をもつ国民に訴えるだろう。少なくとも小泉旋風、劇場型政治といわれてからこっちは、職業的な政治家はそれを自覚的に行っているだろう。そう思えば、この「戦後民主主義」体制下の政治家も「まともな国家運営をしながら人気取りもする」という点でなかなか大変である。ついつい同情してしまうこともある。

民主主義とは何か?という問いそれ自体は非常に重要ではある。しかしその重要性はあるべき政治体制の模索のためという本来的なものとして、多くの人に意識されているわけではない。そうではなくて、単なる前提なしの「正義」の源泉として、平たく言えば正当化のための錦の御旗として利用されるために問われることがほとんどである。やや空しいが仕方がない。日本を含む先進国においては、「隣人愛(博愛)」は知らないが、「自由と平等」はかなりの程度達成してしまっており、また、「権力vs市民社会」というような構図は意味を失っているため、「民主主義」を問うことの意味はその中に住む国民にとってほぼ無意味である。

大雑把に構図化してみると、元々キリスト教的な進歩史観、終末思想、つまり「唯一の神が何らかの目的をもってこの世を作り、いずれその目的は達成され、歴史は終わる」という観念を持たない我々日本人は、様々な大陸の思想に影響を受けながらも、ある種独自の価値観のなかで江戸時代まで生きてきた。それは「大目標を持たない」という点で恐るべき停滞の時代だったかもしれないが、ともかくも西洋的(=キリスト教的)なものとは異質のものとして繁栄してきた。しかし、幕末に西洋文明と対峙することにより、己の無力さを自覚するとともに、西洋的価値観を「正しいもの」として取り込んでしまった。平たく言えば、西洋にシビれてしまった。さらに新興の西洋化国家の帰結として大東亜・太平洋戦争に突入し、壊滅的な敗戦を経験した。それ以降、日本の諸悪の根源は「民主化=西洋化が不足していること」と認識されるようになった。丸山真男的な「(欧米は進んでいるのに)日本は遅れている」という考え方である。

だが、「民主化=欧米化」が無条件に礼賛されるべきという発想はソヴィエト連邦の崩壊以降、加速度的に意味を失っている。そのことは別段インテリ層でなくとも「素朴な庶民」でさえ理解している。表現がうまくできないだけである。なぜならば「自由・平等・博愛」の極点、つまり行き着く先のひとつが共産主義であることは誰にでも理解できるからである。資本主義vs共産主義というのは、決して民主主義vs全体主義ではなく、(自由を強調した)民主主義vs(平等を強調した)民主主義ということだったのだ。

このあたりから「資本主義の勝利」というような「祭りの季節」が過ぎると、もはや民主主義それ自体の意味を問うことがなくなっていく。そしてそのことは不安を生み出す。それはこういうことである。「平等を指向すると社会主義・共産主義に行き着くが、それは歴史によって否定された。しかし、残った自由を志向する資本主義的自由主義は多くの格差を生み出し、我々も貧乏のままである。それでよいのだろうか?」と。

少なくとももはや「民主化(=西欧化)が不足している」という議論はゾンビである。ただ、マスメディアを中心とした無意味かつ有害な「お作法」でしかない。大切なことは「民主化が足りない!」とか「民主主義の危機だ!」という戯言に接したときに「具体的にどういうこと?」と問うことである。非常に地味ではあるが、これをすることでマジックワードは崩壊する。AIだIoTだと言われたときに、具体的に何ができるようになるの?と聞き返せばたいていの営業やコンサルは「あわわわわ」となるのと同じことである。その結果、正しいことや向かうべき未来がますます見えなくなるだろう。そしてますます不安になるだろう。するとおそらく気が付くだろう。我々は「退屈」しているだけなのだと。


その「退屈」の名はニヒリズムという。すべてはその自覚から始めるしかないと私は考える。

2017年6月8日木曜日

光の暴走

19世紀末の西欧世界(イギリス・フランス・ドイツ・ベルギー)において、象徴主義というダークな世界観を特徴とした芸術が成立した。絵画ならモローやクリムト、ワッツ、ムンクなど。文学なら「悪の華」のボードレールを嚆矢として、マラルメ、プルースト、ランボーなどだ。彼らは天使より悪魔を、ユートピアよりディストピアを、幸福より不安を、理論より神秘を表現した芸術家たちだった。世紀末象徴主義と呼ばれ、キリスト教暦の100年期(世紀)末の不安による退廃的なムードを反映した芸術と一般的には乱暴に思われている芸術運動である。


1000年期末(ミレニアム)をお祭り騒ぎの中で終え、今は新しい1000年期と世紀がスタートした直後である。だが、大雑把に言えばグローバリズムの失敗が明らかになりつつある今、少しずつだが確実に洋の東西を問わず、不安が広がっているのは間違いない。
19世紀末の象徴主義(ちなみに、この時代の絵画は好きだ。ムンクの『思春期』など大傑作だと思っている。)は果たしてキリスト教的な、あるいは信仰が失われていくなかの嘆きだったのだろうか。私は違うと思う。これは「産業革命」というテクノロジと経済がすべてを覆うことへのカウンターであり、人の精神の営みを含めて、テクノロジーによってあらゆる闇(即ち無知蒙昧さ)を駆逐されると知識人でない普通の人々までが予感したことへのカウンターだっただろう。つまり啓蒙主義へのアンチテーゼでもあった。

電気の普及はこれからだったが、ガス灯(ディズニーシーへいけば、当時のニューヨークの雰囲気が再現されている)はあり、闇が駆逐されてきた時代、とりあえず芸術家というセンサーの鋭い人々はこれを「光の暴走」と捉えたのではなかったか。その産業革命という光は芸術という「心的な領域」さえも脅かすほど煌々と闇を照らしたがゆえに、それを恐れた芸術家たちは闇を濃く表現しようとした、それが象徴主義であったように思う。


「陽極まれば陰に転じ、陰極まれば陽に転ずる」という考え方が陰陽五行の思想にある。正しいかどうかは知らぬ。ただ、19世紀半ばは18世紀から続く産業革命の光(陽)が極まった時代であったように思う。そして太極図の反転した小さな円のように生じた陰、それは人々の不安であり、恐れであったとすれば、それに形を与えたのが象徴主義であった。エドワルド・ムンクの『思春期』を見よ。これほどまでに「不安」をキャンバスに表現した絵があるだろうか。「怖い絵」と言われるのもむべなるかな。なぜならそれは「不安」の具現をみているからだ。


その昔、ファイナルファンタジー3というコンピュータゲームを遊んでいた。有名なので説明不要だろうが、ざっくりいうと「闇が暴走して、世界が無に帰そうとしている時に光の戦士に選ばれた少年が世界を救う」というプロットである。こうしたRPGはさまざまな神話や伝説、小説などを下敷き(元ネタ)にしているので、なかなか馬鹿にできない。そのゲームのラスト近くで、こんな話が出てくる。「かつて光が暴走したときに、闇の戦士が世界を救った」という。どちらにせよ、ゾロアスター教的な二元論を下敷き(敵のモンスターに「アーリマン」も出てくる。アーリマンとはゾロアスター教における悪の権化である。)にして、光と闇のバランスをとることが、世界を安定させるという観点で物語が組まれている。


18世紀から19世紀に「産業革命」により光が暴走し、19世紀末から20世紀半ばにはそのカウンターとして「二つの大戦」という闇が暴走した。このとき「アーリマンの帝国」として日本とドイツは断罪され(イタリアは?)、冷戦という「明るすぎず暗すぎない」という時代が過ぎた。20世紀末には「新たな悪(アーリマン)の帝国」ソヴィエト連邦が崩壊し、正義(光)の勝利となり、フランシス・フクヤマは「歴史の終わり?」を書いた。しかし、私の見るところまた、光が暴走している。

具体的には150年前の「産業革命」にあたるものは明らかに「情報革命」であろう。1970年代から80年代はテクノロジーの一分野に過ぎなかったが、1990年代に入ってから急速に発達し、2017年現在は大量データと人工知能(BiG Data、IoT、AI)を先頭として異常発達を続けており、「将来なくなる職業」などがよく特集され、ビル・ゲイツでさえ「AIが人の仕事を奪うならAIに課税すべきだ」と言い出す状況である。なんというかテクノロジは「今度こそ生命の神秘である精神も征服できる」と意気込んでいるようだ。

さらに「共産主義」に勝利した「資本主義」は「新自由主義=グローバリズム」へ発達し、情報革命とも連動しながら、瞬く間にカネを中心に世界を席巻してしまった。もやは情報とモノとカネはインターネットの中で自由に行き来し、佐伯啓思のいうシンボリックアナリストがそれを使って巨大な格差を生み出すにいたっている。

これは光の暴走である。商売とはいえ「テクノロジがすべてを解決できる」「AIが人を駆逐する」という言説を堂々とする企業経営者やマスメディアは多い。端的にいって高い確率で思い上がりである。まともな知性の持ち主ならそれはわかっているだろうが、「マス」あるいは「畜群」たる多くの人々は真に受けているだろう。その状況それ自体が「光の暴走」である。光が暴走するとなにが起こるか、「陽極まれば陰に転じ」るのである。闇が深くなるのである。闇が深くなれば、またぞろアーリマンが活動するのである。

エドワード・ルトワックという戦略論の大家は「パラドキシカル・ロジック」という言葉を使う。「逆説的論理」と言うわけだ。それは世の中は相互作用の世界であるがために、「強くあろうと強気に軍備を拡張すると、周囲の警戒を招いて、結果として相対的に弱くなる」というものだ。ルトワックによれば大国というのは小国に勝つことはできないそうである。それはパラドキシカル・ロジックが働くからだと言うわけだ。逆に小国は大国に勝つことができる。日露戦争がその典型であるとのこと。

話がそれたが世の中は私の見るところ、相互作用で動いており、善悪理非とは無関係に「バランス」の中で動いている。今は光が暴走している。必ずそれは闇の増幅をもたらすだろう。いや、頻発するテロ、解決しない失業問題、実感なき景気回復などすでに増幅を始めているように思える。スターウォーズのような映画ではないから、止めようがない。したがって覚悟するしか仕方がないのだが、芸術家たちが象徴主義のようなものを表現し始めたら、それはアーリマンの警告かもしれない。文学や絵画はもはや往年の力がないが、それはどこかですでに始まっているだろう。




2017年5月10日水曜日

フェイク・コンスティテューション

■帝国憲法と日本国憲法
日本国憲法の改正を政治日程に乗せることを安倍首相が発表した。「9条1項・2項を保持した上での3項の追加」という原理原則から言えば矛盾のある内容ではあるが、まずは明言したことを是としたい。

大日本帝国憲法も日本国憲法もそれぞれの歴史的状況から制定(後者は「制定」とは言いかねるが)された。大日本帝国憲法(以下、帝国憲法)はむき出しの帝国主義時代に「喰われるよりも喰う側の列強」として認められるためと、身分制度が崩壊した故に兵役に参加することとなった臣民(日本国民)の権利意識への対応のためという二点から制定された。参照したのはプロイセンの憲法だが、ベルリン大学の学者より「憲法はその国の歴史・伝統・文化に立脚したものでなければならないから、いやしくも一国の憲法を制定しようというからには、まず、その国の歴史を勉強せよ」とのアドバイスを受け、明治22年、立憲君主制の近代憲法として発布された。


近頃はよく知られはじめたが、 日本国憲法は1946年にダグラス・マッカーサーにより「マッカーサー草案」として下書きされ、GHQ(アメリカ)の意向により日本側の自主的な改正という体裁をとって昭和22年に発布された。江藤淳の研究に詳しいが、日本国憲法が訳文調なのはこのためである。敢えて断言するが、日本国憲法は敗戦と軍事占領を背景としており、米国を中心したUN(連合国・国連)の懲罰として主権の一部を恒久的に停止することを目的とした憲法である。敗戦直後の日本政府にせいぜいできたことは 'We, Japanese people...' を「我々、日本人民(people)」と訳さず、「我々、日本国民」と訳したくらいである。人民という言葉遣いは共和主義・共産主義の言葉遣いである。
ついでに記すと、国民は英語ではnationである。また立憲君主国の場合は臣民であり、これは英語ではsubjectである。

何にせよ「日本」という国を永続的敗戦国という位置に置くことが日本国憲法の主眼であったことは間違いない。また当時のマッカーサーが持っていた無邪気な理想主義を実現し、日本における「キリスト」となるという願望が反映されているかも知れぬ。なお、この手の理想主義の元祖はウッドロー・ウィルソン米国大統領であり、彼自身も人生の後半は「キリスト」として振舞った。そして後年マッカーサーが「日本の戦争は自衛であった」と認めるに至ったように、国際連盟を創設するも米国は参加できず、国際連盟憲章に人種差別の禁止を日本が提案するとそれを却下するなど、理想主義者でありながら、ご都合主義者で合ったことも共通している。

話を戻そう。その後日本国憲法は70年以上も改正されずに生き残り、おかしな表現だが一定の「伝統」を保持するに至った。帝国憲法と同様に「不磨の大典」とされたのである。前者は明治帝を後者は米国を権威として。

■権威と権力の分立の伝統
なぜ、不磨の大典化するのだろうか。ベルリン大学教授のアドバイスに従って、我が国の歴史から考えてみる。
我が国は極めて珍しいことに「権威と権力の分離」がある種の伝統となっている。「政教分離」もこの伝統に従って、欧州よりもずっと容易かつ早期になされた。

まず「権威と権力の分離」だが、これは平安時代に藤原家の権力の簒奪から始まり、鎌倉時代に公家(貴族)から権力が武家に移行しても、権威は天皇家・権力は世俗政権という形が我が国の伝統になった。この形式は現在でも続いているので1000年程度の歴史があることになる。「権威と権力の分離」が確立すると同時に所謂「律令制」は崩壊し、権威側に属する「律令」それ自体は手をつけることなく、(それとは無関係に)権力側からの民法・刑法・軍法の一種である「式目(御成敗式目)」が鎌倉幕府の手により制定され、権威とは無関係に運用された。これは武家のみを対象としていたが、鎌倉幕府崩壊以降も有効でありつづけ江戸幕府の制定した武家諸法度もその上に一部改定の上で足されたにすぎない。民間(農工商)は不成文の慣習法であり、こちらも時代とともに修正され続けた。
その意味で英国式の慣習法の積み重ねとして実際の法律は機能し、権威者が制定した憲法(律令)は棚上げにされているというのが我が国の伝統的な図式と言えるかも知れない。

そうだとすると、現行憲法の運用は実に日本的伝統に適っているとも言える。権威者(ダグラス・マッカーサー元帥)が制定した憲法はとりあえず棚上げにしておいて、現実は権力者(自民党)が適宜やって行きましょうという図式である。実際、律令それ自体が(郡県制や王土主義など)全く機能していなくとも、象徴的に明治維新まで続いて(太政官制など)も誰も困らないというのが日本の伝統的行き方なわけである。

■日本国憲法の出自のいかがわしさ
しかし「伝統に沿っているから現状の姿でいいではないか」とはならない。理由は二つある。まず近代国家としてのコンスティテューション(国体・憲法・国の在り方)を諸外国に認めてもらうことから、近代日本は出発しているため、どのような原理原則の国なのかをある程度明示しなくては諸外国に誤解を与えることになる。英国のようにいち早く近代国家となり、覇権国家となった国ならば、その歴史が憲法(コンスティテューション)の代替になる。故に英国には成文憲法はない。
しかし日本はそのような国ではなく近代国家としては後発国である。明治期に近代国家としての承認のためにコンスティテューションを明示し、それを運用するしてみせる必要があった国である。それ故に成文憲法は諸外国へのアピールとして必要であるし、その原理原則と行動が異なると(憲法9条1項・2項と自衛隊の存在など)諸外国からは不信感をもたれるであろう。芦田修正などの微妙な話は外国には通じるはずがないし、ある種の詐術である(仕方なかった面はあるが)。極端に言うと「民主主義人民共和国」と名乗っていながら、民主主義でもなければ、共和国でもないというような国家と同類に見られてしまう。


二つ目は「米国という権威者に保証されている国」という日本と日本人を思考停止に追いやる元凶であることである。江藤淳はこれを「ごっこの世界」と呼んだが、まさにそのとおりである。日本国憲法は「戦争に負けたから戦争が(米国によって)禁止された国」であるという準主権国家、言葉を選ばずに言えば「米国の属国」であることに疑問を抱かせないためのシステムの一部である。我が国は1945年から1952年の7年間、米国の軍事占領下にあった。所謂、オキュパイド・ジャパンだ。
国際法上軍事占領下にあり、主権が停止されている国で「憲法改正」などできるはずはない。改正したとしても、それは占領している国の強制以外の何者でもありはしない。従って押付けられた憲法どころか「偽憲法」である。ちょうどヴィシー政権下のフランス憲法のようなものだ。だからこそ自民党の党是に「自主憲法制定」というものがあるのである。あくまでも占領政策の一環としての「憲法改正」であり、私の見解では法的には無効である。

だが、米国を権威者として成立してしまった日本国憲法を頂いて70年も経過してしまい、病巣は日本人の血肉化してしまったように見える。だが、病巣は病巣である。米国という庇護者の下の「ごっこ遊びの世界」から抜け出して、自分の運命を自分で決める大人の当たり前の国に私はしたいと思う。社畜だブラック企業だというような、自己決定ができず上位者に唯々諾々と従うスタンスの大元が実はこの「日本国憲法」にあるのではないかとさえおもう。もはや独立してやって行けるだけの経験とスキルを持ったサラリーマンが「いつかは独立」と言いながら定年を迎えてしまうようなことになってほしくはないし、なりたくもない。


まずは「不磨の大典」化した「偽憲法(フェイク・コンスティテューション)」をまずは1行でも変えることに集中すべきであろう。米国という宗主国の権威を否定し、まともな国にするための第一歩である。

2017年5月1日月曜日

生命の法則

'In Italy for 30 years under the Borgias they had warfare, terror, murder, and bloodshed, but they produced Michelangelo, Leonardo da Vinci, and the Renaissance. In Switzerland they had brotherly love - they had 500 years of democracy and peace, and what did that produce? The cuckoo clock.  'The Third Man'

「ボルジア家支配のイタリアでの30年間は戦争、テロ、殺人、流血に満ちていたが、結局はミケランジェロ、ダヴィンチ、ルネサンスを生んだ。スイスの同胞愛、そして500年の平和と民主主義はいったい何をもたらした? 鳩時計だよ」(第三の男)

男性の原型はなんだろうか。勿論、女性である。女性を原型にして突然変異のなかで男性が造られたのである。その証拠に乳首もあれば(無用である)、睾丸には溶接したようなラインがある。ペニスだってクリトリスの発達型に過ぎない。私の妄想ではない。生物学的にそうなのだ。ある種の魚(タイの類など)では、すべて雌として生まれるが、環境が悪くなると、そのうち最大・最強の雌が「性転換」するそうである(無論逆パターンの例外はある)。要するに環境への変化への対応として、雄、すなわち男性が出てくるに過ぎない。その意味で、少なくとも人類の男性は生物学的には「手段」に過ぎない。



男性の原型が女性だとして、人間の男性のそもそもの社会的役割(生物学的には自明だ)はなんだろうか。男性は平均的に女性よりも三割程度筋肉量があるそうだ。そんな医学的な知見を持ち出さなくとも、一般に女性より腕力とスピードに優れ、背が高く、空間認識力に優れる(それ以外はたいてい女性の方が能力的に上)。判りきっていることだが、これは「狩人」「戦士」に向く身体的特長である。要するにそもそもは「女性と子供」を養い、守るというのがその社会的な役割の原型である。少なくとも100万年の人類史の9割ぐらいをこの役割でまかなってきたはずであり、我々自身はその環境へ適用した生物学的特徴を未だに残している。

最近知ったのだがマーチン・ファン・クレフェルトというオランダ生まれのイスラエルの学者がいる。歴史学や地政学、戦略論の泰斗なのだが、彼の言葉に「生命の法則」というものがあるそうだ。それはシンプルな法則である。「男は戦い、女は戦士を愛する。それが守られない国家は衰退する。」というものである。この場合の衰退とは「少子化」のことである。この戦士の法則をないがしろにする国は端的に少子化が進むそうだ。クレフェルトによれば生命の法則を忌避する国の文化には特徴がある。それは「戦争の忌避」「性的マイノリティの擁護」「フェミニズムの台頭」「銃規制」「移民の受け入れ」だそうである。これだけ読めば暴論のように読めるし、「リベラル」への攻撃としか見えないかもしれない。

しかしどうやらこれは高い蓋然性で科学的に正しそうである。古代国家であれ現代国家であれ、その活力のソースは「生命としての基本」に立脚している。柔弱になった国家はアテネであれ、ローマであれ、であれ、徳川体制であれ衰退し滅んでいる。倫理善悪は一旦置けば「その地域や国家の文化として暴力を忌避し始めることは生命力の衰退のサイン」であることは間違いがないようだ。

これはなかなか厳しい指摘である。少なくともわが国における戦後世代の教育や倫理観を真っ向から否定するものだからだ。政治学の観点は大別すると3つある。「リアリズム」「リベラリズム」「コントラクティヴィズム」がそれである。我々は「リベラリズム」の観点に基づいた教育をこれまで受けてきている。「リベラルな価値観、自由市場、国際制度機関の拡大によって国家間の協力関係が増加する」というような価値観である。その奇妙な理想主義は勿論米国によってもたらされたものであるが、GHQによる情報統制とは別に、総力戦の敗戦後という価値観の混乱との相乗効果もあり、日本という国家の表向きのドグマとなった。

そして日本とは異なる経緯と事情により、西欧諸国や米国で時折盛り上がるムーブメントとしてのフェミニズムやマイノリティ開放、近くはヘイトスピーチの禁止などの影響を受けつつ、また戦前の贖罪意識、或いは勝ち馬に乗る事大主義を本音とした偽善の横行により、リベラル的な主張こそ正しいというような正当性を持つに至った。

さらに、冷戦の崩壊による「歴史の終わり?」的自由主義陣営の勝利による永久平和の達成という壮大な勘違いや、グローバリズムという地域や多様性をその基礎としながらも、結果的に一色に染めるという特殊な擬似全体主義の横行により、リベラリズムはその力を増して行った。しかし、その極点でBrexitやトランプ大統領が登場した。正確に言えば「リベラル・グローバリズム」は「仮面をかぶった帝国主義(Disguised Imperialism)」に他ならないというのが目下の私の結論である。それを主導してきた米・英が自家中毒に陥ってそれに耐えられなくなったというのが現在起きていることの意味ではなかろうか。

米ソ対立が終焉し、ちょっとした平和の宴の後、明らかになったのは「文明の衝突」というむき出しの帝国主義であり、しかもかつて文明国同士で取り決めた「戦のルール」など一切守らないテロリストや「超限戦」を標榜するクレイジーな大国の台頭である。要するにリベラリズムは失敗したのである。「コントラクティヴィズム 」はその失敗に対するリベラル陣営からの楽観的な言い訳に過ぎないと私は思う。

さて、そうであれば結論は簡単である。我々の教育のベースにあった「リベラリズム」は誤りである。つまり教育そのものが失敗だったのである。若い世代は既に気がついており、マスメディアが流す旧態依然としたリベラリズムや学校教育でのリベラリズムをほとんど信じていない。2016年の都知事選で明らかになったように「リベラリズム」という「ドリーマー」はもはや無効なのである。すると立脚すべき観点は「リアリズム」しかない。

リアリズムは要するに「利己主義的国家が権力と安全保障をめぐって常に競い合う」ことを自明のこととして受け入れ、その中で「不肖の器」たる兵を簡単に動かすことなく、パワーバランスをとって行く「苦しく厳しい」ものである。だが、現実が適者生存のダーウィニズムの理論で動いている以上、ここから目を背けること自体が単なる逃避であり、グローバル・リベラリズムとは壮大な偽善だったのだろう。

利己的な遺伝子の乗り物(ドーキンス)でしかない我々の本性は競争、つまり競い、争うことである。そして活力のある国家とは結局のところ「野蛮である」ものである。野蛮な活力のある相手に対応しながら生き残る戦略はこちらも「狡猾かつ野蛮」であることしかない。それは生物学的には男性の役割である。リベラリズムの失敗が明らかになった今、リアリズムに基づいた「狡猾な野蛮」さが我が国、或いは文明世界を守るために必要な構えであろう。

誤解を避けるために最後に記すが、戦前の無謀な帝国主義日本を復活せよとか、戦争せよとか主張している訳ではない。そうではなくて、野蛮であることを忘れ、戦士たることを忌避する文明・国家は衰退すると言っているだけである。日本は日本の生存と世界の平和のために「狡猾な野蛮」さを身に着けろということである。それは決して「(日本を)取り戻せ」ではない。あたかも戦国期から徳川初期の武士のように真摯かつ知的、そして平和的でありつつも常に帯刀し、稽古を怠らないスタンスを身に付けよという意味である。

また、女性の社会進出を否定するものでもない。ただ、男性並に働きたくはなく、育児や家庭に重きを置いたり、専念したい女性にはそうするだけの仕組みを用意すべきと思うだけだ。男性並みに働いて、男性以上に所得を得、或いは国家を指導する女性は尊重されるべきだし、それは男女は関係ない。だからと言って、パートや専業主婦を侮蔑する理由にはなるまい。そうではなくて国家全体として「生命の法則」に逆らうと衰退するという厳然たる事実があるということである。


「世の中が不穏であることから逃避する」これは最悪の選択肢である。皆忘れているが、「座して死を待つ」以外の何物でもない。

2017年3月13日月曜日

教育勅語と菊の御紋

教育勅語についての報道や言及が例の森友学園騒動や防衛相の発言などから散見されるようになった。戦前は不磨の大典の憲法に次ぐものとして、戦後は一転して悪魔の標語のような扱いを受けている「教育勅語」だが、とりあえず読んでみないことには話にならない。読んでないまま批判している人も多いであろう。以下全文である。

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朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ
我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ敎育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス
爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ德器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ
是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン
斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ俱ニ遵守スヘキ所
之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト俱ニ拳々服膺シテ咸其德ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ

明治二十三年十月三十日
御名御璽
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実はこれだけである。明治帝が臣民(≒国民)に対して徳目を説くという形式である。解釈についてはかなり色々あるらしく現代語訳もバラバラだが、ともかく具体的な徳目についてはおよそ解釈が一致しているそうである。その部分だけの現代語訳は以下の通り。

「父母に孝行をつくし、兄弟姉妹仲よくし、夫婦互に睦び合い、朋友互に信義を以て交り、へりくだって気随、気儘の振舞をせず、人々に対して慈愛を及すようにし、学問を修め業務を習って知識才能を養い、善良有為の人物となり、進んで公共の利益を広め世のためになる仕事をおこし、常に皇室典範並びに憲法を始め諸々の法令を尊重遵守し、万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ。」

内容としては極めて常識的な徳目だろう。「君主が臣民に説いた」という形式については違和感が残る人がおおいだろうが、現代でもおよそこの程度の徳目が、いわゆる「道徳」として説かれている。「万一危急の大事」の部分も形を変えているが、まあ生きている。戦時を想定しているものだろうが、東日本大震災のような緊急事態の際にも、多くの人が「勇気を振る」って故郷や社会のためにつくしたのは記憶に新しい。

現代の目でみると、内容に過不足(何を過不足とするかは人によって見方は違うだろうが)があり、道徳の基準とするには物足りない部分が多いが、明治期のものとしては立派な内容である。むしろ問題は内容ではなくて、「形式」と「運用」についてではあるまいか。


毎度のことではあるが山本七平の議論を思い出す。日本軍の兵器についての話である。
帝国陸軍の主力火器は三八式歩兵銃という小銃である。三八式に限らず、日本の兵器には「菊の御紋」が入っている(すべてではない)。これでどうなるかというと、メーカ「天皇」、ユーザが「二等兵」という事態を招来する。山本七平の表現を借りれば「これは欠陥兵器じゃないすか」ということは「欠陥現人神じゃないすか」というのと同義になってりまう。何しろ「兵器は神聖である」「砲即軍旗・砲側即墓場」というような世界だから、ユーザである二等兵はメーカーの天皇に到底クレームを言うことはできない。

すると何がおこるか。ユーザからのフィードバックがメーカに届かないということになる。実際にはメーカは天皇ではなく、現人神でもなく、軍需産業のメーカなわけなのだが、菊の御紋のおかげで現場の否定的意見が届くことはない。するとメーカは効果的な改善ができなくなる。これがどれほど「ものづくり」にとって致命的なことか、製造業に勤める方なら説明不要であろうし、そうでなくとも容易に想像できるだろう。「クレームは宝物」「クレームはラブレター」というのはこういう意味においてである。

三八式というのは明治三十八年式という意味である。明治38年は西暦なら1905年である。1940年代の戦争の主力兵器が35年前の兵器である(九九式という新式小銃もあったが到底間に合っていない)。多少の改良はなされたが、終戦まで主力であった。一方、干戈を交えた米国は1936年に半自動小銃のM1ガーランドが配備されている。それほど基本設計の古い兵器を使いながら、ユーザの声がフィードバックされないというのは恐るべき停滞を招いてしまうだろう。否、招いてしまったのだ。

日本国憲法もマッカーサー欽定の「不磨の大典」化しているというような皮肉はさて置き、教育勅語の問題点もまさに「勅語」である点であろう。即ち、異論や反論を許さない「空気」を生み出しやすく、実際、生み出してしまったこと。そして、それを利用するものが、本来の意味を「曲解」してもそれを「曲解」と指摘しにくく、勅語それ自体も「勅」であるが故に天皇自身が改めるしかなく、継続的改善がほとんど不可能なこと、これが教育勅語の本質的な問題点であろう。左派は教育勅語を「悪魔化」することで、右派はそれを「神授化」することで、どちらも絶対化している点では変わらず、全く建設的ではない。

教育基本法でも何でもいいが、このような「法」は所詮人間の作るもので、どれほど正しそうでも欠陥があり、執念深く継続的に見直しと改善をするサイクルが必要という前提に立たないと、結局、戦前と同様の過ちを繰り返すだけになるはずである。必要なのは菊の御紋ではなく、製造業におけるTQM(統合品質管理)である。そこには日本国憲法ももちろん含む。人間が作り出したものである以上、無謬であることはできない。それゆえ、日本国憲法だけ例外などということはありえない。


教育勅語とは復活や全否定を議論するような性質のものではない。日本人が「かつて運用した教育の基準として歴史的に学ぶ対象」というのがあるべき姿であろう。自分たちの歴史として敬意を持って学べばいい。そして反省すべきは「天皇制ガー」とか「軍国主義ガー」ではなくて、神聖なものを現実世界に持ち込むと、フィードバックループが回らないという点のはずである。ボルトアクション自動小銃に立ち向かった父祖達の負け戦から学ぶべき点はまだまだある。だが多くの場合、問題の本質を取り違えていることが多い。今回の騒動でつらつら思ったことを整理してみたが、いかがだろうか。

2017年2月20日月曜日

日本的「リベラリズム」

ご多分にもれず、私は消極的自民党支持者であり、他の代替政党よりはマシという理由だけで自民党を支持している。経済政策を中心に到底支持できないことも安倍内閣は多いのだが、民進党をふくめた日本の「リベラル」と称する政党が到底選択肢になり得ないので仕方がない。また日本維新の会は到底支持できない。理由は本文を読んで頂くとわかると思うが、「維新」といいだす政治家はろくでもないという常識による。選挙というのは「クソの中からマシなクソを選ぶ」ことが民主主義ではあるべき姿なので、「ましなクソ」自民党しか選ぶところがないという状況については、それはそれでよい。ウィンストン・チャーチルの「最悪の政治家を選ぶのは難しい。これこそ最悪と思ったら、すぐにもっと悪いのがでてくるからだ。」というのが真理であろう。



日本の「リベラル」というのは何なのだろうか?知ろうともせずに批判だけするのは私の流儀ではないので、これまでそれなりに調べてみたり、国政のではないが政治家と議論したりもした。その結果の途中経過報告でしかないが、目下のところの私なりの結論は「日本の伝統的な悪しきインテリ」というものだ。左翼とかサヨクとか反日日本人とか色々いわれているが、これでは反日でないリベラルとか、いわゆる社会主義や共産主義にシンパシーを感じていないリベラルを定義できない。しかし、リベラルと自称するのは大抵「知的職業」と言われる職種に就いている(自称)インテリが殆どであり、ある意味で戦前どころか、奈良・平安の昔から存在するタイプだと思えてきたので、上述のような定義とした。

慕夏思想(ぼかしそう)という言葉がある。山本七平が『現人神の創作者たち』の中で触れたものだが、特殊な復古主義的理想主義である。「慕」は慕うという意味であり、「夏」は伝説の古代中国の王朝の名であるから、意味自体は簡単で、「夏のようになりたい」ということだ。つまり、ここではないどこかに理想的な国があり、そこと自国を比較した上で、その相違点を批判するというような態度のことである。大陸の辺境に位置する日本は、近代以前は西方からあらゆる文物を取り込んだ。平安末期まではあきらかに西方、即ち中国大陸が文化文明的に先進的であったため、日本人は「優れた文物は西方から入ってくる。」と考えていたらしい。それは裏返すと「自国の文物は西方からのモノに劣る。」と考えていたということでもある。従って、水戸光圀のような人も「明帝国」を理想とし、そこから日本を批判するというようなスタンスであった。

慕夏思想それ自体は良いも悪いもなく、中心的な文明の傍にあった辺境的文明の特質なのかもしれないが、本来は「慕夏主義」とでも称すべき集団や階層が「リベラル」という名前を名乗っていることに言葉の混乱があり、その混乱が日本の「リベラル」たちに妙な力を与えている。本来は単なる慕夏主義≒出羽守でしかないのに、あたかもご立派な思想があるかのように本人たちの自覚無く僭称させてしまっているのではあるまいか。

彼らはあくまでも「批判者」である。構造としては、「私たちは真理を知っているが、無知蒙昧な大多数はそれを知らない。(その結果、世の中が理想郷から遠ざかっている。)」というものだ。それゆえに、1.自分たちが知的階層(インテリ)であると自己規定していること、それゆえに、2.無知蒙昧な多数を指導することを使命、乃至は正義と考えていること、3.構造的に批判される立場となる与党にはなれない(なると失敗する。民進党を見よ。)こと、が彼らの本質である。従って、彼らが真理と思い込む「教義」は何でもよい。リベラリズムだろうが、軍国主義であろうが、ファシズムであろうが、共産主義であろうが同じことだ。もちろん朱子学でも大乗仏教でもかまわない。

さらに、本質的に「批判者」でしかないので、将来に向けた展望(ビジネス用語で言えばロードマップ)は持っていないし、「教義」の理解さえ不十分であることが多い。持っているのは妙なユートピア思想(理想とする「夏」)のイメージだけである。例えば共産主義の理想が達成されていると自ら看做している「ソ連」でも「北朝鮮」でも「地上の楽園」とは喧伝するものの、それではどのようなステップでそれを達成するのか?という展望は大抵皆無であって、せいぜい革命ごっこをして、象徴的に何か事を起こせばあとは何とかなる(後に続く者がでてくる)という根拠のない思い込みだけしか持っていない。

ところが、この「慕夏主義者」たちは、日本の歴史の中で一定の力を持ってしまう。そこが日本人の弱点であり、「反省」すべき大きなポイントであるにもかかわらず、問題意識さえもたれていないことが多い。この理由を解き明かしたいとは考えているが、おそらく純粋・理想を尊ぶ妙な赤心主義(赤穂事件など)や事大主義的傾向と関係があるだろうが、それはまだ研究中であるので他の機会に譲るとして、この慕夏主義者の具体例を示してみる。水戸光圀の話は記した。山崎闇斎だのというような明治以前の話は割愛する。明治以降に話を絞ろう。

226事件というクーデターを起こした青年将校たち、或いはその思想的な指導者であった北一輝、それを擁護した当時のメディアが典型的な慕夏主義者たちであろうと思う。彼らのユートピアは天皇親政の「宋学」の世界であった。その意味では「後醍醐帝」に近い心情だったかもしれない。

青年将校の首謀者の一人安藤大尉はまじめでやさしい人だっただろう。中隊長として部下の信頼も厚い将校であったそうだ。当時東北地方は恐慌の影響に加え、歴史的な飢饉に見舞われていた。貧困と飢饉のなか、300戸の部落から200人の娘が売られているというような、想像を絶する惨状だった。部下の東北出身者にはそっと自分の月給をわけるような安藤大尉だったが、北一輝や皇族、或いは他の青年将校達とのふれあいの中で、権力中枢と財界の腐敗がこの現状の主要因であり、世論はかれらにだまされている、即ち「盲いたる民、世に踊る」という状況だと考えるに至る。「昭和維新・尊王討奸」というスローガンは彼らの心持をよくあらわしているのだろう。そして安藤大尉や青年将校たちの主観では「巨悪である重臣たちを取り除くことによって、天皇親政の理想郷が実現する」というのが正義となった。しかしクーデターは失敗し、彼らの主観では巨悪の、しかし実際には有能かつ民のことを考えた大蔵大臣高橋是清を殺し、彼らの主観では自分たちが尽くしているはず(=自分たちを支持してくれるはず)の昭和天皇に拒絶され、反逆罪で処刑されるに至る。

結局、「天皇親政」という理想郷を設定して、現状をただ憂いて批判するだけで、自分たちの理想に向けたステップを粘り強く推進するというようなロードマップを考えず、単純に「クーデターを起こせば何とかなる。自分たちは理想の捨石となるのだ。」というようなヒロイズムにとらわれ、与党になる、即ち、「軍の中枢に上り詰めて改革・改善をする」という王道を行かなかった。

厳しいようだが、幼稚な理想主義であり(命を懸けてのクーデター未遂は一定の敬意を表すが)、北一輝のような慕夏主義的インテリに共鳴し、新聞紙上を賑わす「昭和維新」的な「悪しき」インテリに呼応することで「国家社会主義」という理論的根拠を得たような気になって自滅したというのが、226事件の顛末であった。

国家社会主義といえば、ナチス党である。山本七平によれば、青年将校たちはこぞってナチスドイツの将校たちの真似をしたそうだ。青年将校の理想郷は(彼らの妄想する)第三帝国であったのだろうか。

戦後は丸山真男を始め、いわゆる左翼インテリが慕夏主義者であった。ソヴィエトを理想郷とし、社会主義理論を振りかざし、「連帯(共産主義革命)」をスローガンとして、クーデターですらないデモを起こしはするものの、政権奪取の展望は無く、ただひたすら自民党と戦前日本の批判者として一定の影響力を持ち続けた。彼らは決して与党精神を持つことなく、226の将校たちのように命を懸けることもせず、ひたすら批判しただけである。こちらについては解説不要だろう。だいぶ力が弱まっているとは言え、現在でも彼らは健在だからだ。彼らの教義は「共産主義」→「社会主義」→「リベラリズム」と変遷しているが、それ自体に意味はない。ただ、世界情勢が変わって、正義を気取るためのトレンド、あるいは変遷する理想郷を追いかけているだけである。繰り返すがただの批判者であるため教義は何だって良いのである。

ただし、メディアが煽りすぎて政権を奪取してしまうと、そもそも与党精神、あるいは当事者意識が欠けているため、旧社会党や旧民主党のように政権担当能力は皆無であることを露呈してしまう。

「慕夏思想」は日本人の弱点である。思想の左右を問わず、なぜか「慕夏思想の悪しきインテリ」一定の力を持ってしまう。その理由の一つとして慕夏思想に戦前・戦後一環して忠実な「朝日新聞」に代表されるマスメディアの存在があるだろう。226に対しては減刑運動を展開し、軍人もびっくりの軍国主義を煽り、戦後は言わずもがなである。

結局、日本のリベラルは「リベラリズム=自由主義」とは無関係である。それは単なる慕夏思想による体制批判の「心情」を持ち、正義に「自己陶酔」する特殊な理想主義者の一団でしかない。それを一定数がなぜ支持するのかは、また稿を改めて考えたい。

2017年1月11日水曜日

UP OR OUT

日本企業の最高益は毎年のように更新されているのに、給与はさっぱり上がらない。よく考えれば(粗利とかFCとかVCとかは傍に置いて単純に)「売上−費用=利益」なのだから、人件費を抑制する傾向が最高益更新に貢献しているのは間違いないでしょう。不思議なことにこれに対する処方箋として、雇用の流動化を推進するような評論や提言を結構目にします。

給与水準を維持向上させることと雇用流動化(クビにし易い・転職しやすい)は相関関係がありますが、大多数の給与水準を向上させることの処方箋にはなりません。しかし経営側と少数の上位層にとってはメリットのある話なので、喧伝されているのだろうと理解しています。

どういうことか。当たり前のことを整理のために書いてみます。
経営者にとっては正社員を雇う(直接雇用する)ことは、割とリスクがあることです。いつもその人が生産活動に従事して、雇用にかかる費用以上の価値を生み出せればいいのですが、必ずしもそうとは限りません。分かりやすく工場を例にとれば、繁忙期は皆が忙しく生産するのでそれが売れる限りは問題ないのですが、閑散期はどうしても人が余ってしまい、場合によっては雇用にかかる費用(とその他費用)が売上を下回るケースが出てきます。経営者は正社員(直接無期雇用の従業員)をタイムリーに解雇できればいいのですが、日本の場合はそう簡単ではありません。なので大抵の経営者は「思った通りに解雇したり雇用したりできればなあ」と思いつつ、慎重に少数精鋭で雇用することになる訳です。現状ではこの調整を派遣会社が担っているのは言わずもがなです。

また、経営者は優秀な社員に高い賃金を払うことには吝かではありません。その優秀な社員を繋ぎ止めておくためにも高い賃金を払いたいでしょう。しかし、それはそんなに簡単ではありません。優秀か否かは相対的なので、優秀な社員しかいないと言うことは原理的にあり得ません。賃金の原資は一定だとすれば、優秀ではない社員の賃金を下げるか、クビにするかしかないわけで、やはり経営者は「思った通りに解雇したり雇用したりできればなあ」と思いつつ、ボーナスなどでちょこっと差異をつけたりするわけです。当然、優秀な社員にとっては「あいつらに払う給料が下がれば、俺の給料がもっと上がるのに」と言うことになります。

流動化推進派(便宜的にそう呼びます)が雇用を流動化させると言っても、どの程度、どのように流動化させたらいいのかのモデルがあるはずです。我が国のモデルと言えばなんでもかんでも米国なので、米国をモデルケースとして考えていることで間違いないでしょう。

先日読んだ軍事学関連の書籍に「米軍では、一定期間内に一定以上昇進できない場合は解雇される」と言うことが書いてありました。これを「UP OR OUT」と言います。これを読んだ時「米国式の雇用というのは、本当に日本とは異なる文化や考え方に基づいているんだなあ」と思いました。というのは、このような環境で働いた経験があって、それはある種特殊な世界だと思い込んでいたのです。しかし米軍も同じだと知って、少なくとも米国では一般的なのだと改めて認識したわけです。

このUP OR OUTが米国の流動的な雇用の一つのタイプであるのは間違いなさそうです。すると先ほどのような日本の経営者が夢想する状況を実現するためにはこれを実践するのも一つの方策になるかもしれません。
実態としてUP OR OUTで働くことがどんな感じかを私の経験に基づいて書いてみましょう。外資系コンサルティング会社(以下、外資系ファーム)で働いたことのある方には言わずもがなの内容ですが、そこはご容赦ください。

さて、外資系ファームに転職するとまずは契約書にサインをします。ポイントは2つあります。まず、給与は年俸制です。プロ野球選手などと同様に毎年契約を更改して、その年の年俸(年収ではない)が決定するわけです。年俸は職位によってほぼ決まっており、中堅のコンサルタント(30歳前後)でだいたい600万~900万ぐらいです。次に昇進と解雇についてです。契約書面には大体次のような趣旨の内容が書かれています。

「3年以内に次のランクに昇進できない場合、一定期間以内に解雇となる」

これがいわゆるUP OR OUTです。そしてこれは現実に運用されています。(例外はいますが)
昇進の条件はプロジェクトでの実績(評価)が中心ですが、語学力などの付帯条件もTOEIC630点以上などかなり明確化されています。このあたりがあいまいな日系企業とは好対照です。また、解雇に関するルールもこの際に説明されます。例えば解雇の通告から半年間は会社に在籍したまま、会社の名刺を使っての転職活動ができるなどです。

契約書にサインしてオリエンテーションを受けた後、コンサルティングの現場に行くのですがこれは黙って勝手にアサインされるわけではありません。今現在プロジェクトにアサインされていない各コンサルタントはプールされます。この状況を「アベイラブル」と呼びます。(「いまアベっててさー」などと使います)

プロジェクトをまとめるマネージャはこのアベイラブル状態のコンサルタントから、自分のプロジェクトを遂行するために必要な戦力を一人ひとり面談して決めていくのです。コンサルタントはいつまでもアベイラブルが続くと解雇されてしまいますし、全く評価されない(結局解雇される)ので、必死にオファーに喰らいついていきます。一方マネージャはデータベース化されたコンサルタントの過去の評価(転職時点では前職)を参考に必要な知見や経験を持つコンサルタントを呼び出しては面談を繰り替えすのです。

いざプロジェクトが始まれば、クライアントにインタビューし、WBSを作ってタスクに落とし、業務分析をしたり、システムの調査をしたりしながらコンサルティングを進めていくわけですが、リリース(プロジェクト終了、もしくは継続中プロジェクトからの離脱)時にマネージャから評価を受けます。この評価があまりにも悪かったり、いくつかのプロジェクトで悪い評価が続くと、どこからもアサインされなくなり、結局解雇にいたるのです。(おかげさまで、私は解雇のプロセスには入ったことがありませんが、体を壊しかけたので退職しました。)

このような状況で何がおこるかというと、職場に大抵一人や二人はいる「困った人」や「お馬鹿さん」が一人もいない会社になります。結構驚異的なことで、ほとんど誰もが私よりも優秀という状況にびっくりします。かつてプロジェクトで一緒になった「こいつつかえないなあ」と思ったメンバーはいつの間にか解雇されています。また、優秀なメンバーは更に上を目指す(収入も地位も)ためにいつも勉強しています。普通に仕事をしているだけでも、例えば来週クライアント企業の工場長にインタビューとなれば、付け焼刃であろうが関連書籍を徹底的に読み込まざるを得ないわけです。その結果、優秀な人は更に優秀になり、普通の人がのんびりしていると「お前そんなこともしらないの」ということになり、評価があっという間に落ちるということになります。

この環境で2-3年生き延びることができれば、年俸+残業+手当などで、大体1000万ぐらいは稼げるようになります。人によりますが、使う暇がないくらい働きますので、借金は減り貯金が増えます。ちょっと外資系保険業界に似ているかもしれませんね。3年生き残れば、ザコキャラから、南斗百八派の使い手ぐらいには認知され、マネージャになれば六星拳の一人ぐらいに、シニアマネージャになれば五車星ぐらいに、役員クラスで北斗三兄弟ぐらいになるイメージです。

こう書くとものすごく厳しい世界に見えるかもしれませんが(いや実際厳しいのですが)、UP OR OUTが機能するために日系企業にはない仕組みや文化があります。

何といっても、年齢に対して高い収入を得ることができます。1000万円超はもちろん、2-3000万円クラスの収入の人も珍しくありません。猛烈な激務を課されても「これだけ貰っているから」というロジックで頑張れます。日系企業で30前の若手に1000万の年俸を出す企業は非常に稀でしょう。
また出入りが自由です。「退職=裏切り」とは考えないので、辞めたはずの人がいつの間にか外で修行を積んでマネージャで戻っているなんてことも普通にあります。意外と敗者が復活できるのです。もちろん、ほとんど全員が定年まで会社にいませんから、転職・退職は普通のことですし、転職も会社がサポートします(まあ、皆さん優秀なので独立を含めて勝手に決めてきますが)。それで「負け犬」とみなされることも(あまり)ありません。

更にこれが日系企業との一番の違いだと思いますが、前職の職務がかなり評価されます。前職で課長ならマネージャから、部長以上だと(クライアントを引っ張ってくることが前提でしょうが)いきなり本部長クラスもありえます。実際に同時入社の方がそうでした。二等兵の初歩からやり直させることが好きな日本企業にはなかなかできない芸当でしょう。それぞれの個人がどのようなスキルセットを持ちどのようなファンクションをどの程度こなせるかを明確化する努力をしているからできることな訳です。個人と組織が祖結合で「個人は個人である」という基本的な考え方を組織が密結合で擬似家族主義的な日本企業には受け入れることは難しいことでしょう。

日本において流動化推進派や経営者が夢想する「思った通りに解雇したり雇用したりできればなあ」という雇用の流動化は少なくとも上記のような仕組みや文化もセットでない限り、単に雇用者が従業員をさらに追い詰めるだけのものになるでしょう。和魂洋才じゃありませんが、日本で機能する「雇用の流動化」を模索しない限り、経営者の夢は実現しないか、従業員がただ疲弊する結果になってしまうことは容易に予測可能です。(なんだか「蟹工船」みたいですね)


例えば、副業禁止規定を緩和し、一人の従業員が複数社で働く(従業員は一社に収入を依存せず、雇用者はタイムリーに給与を支払う)というような仕事のあり方がひとつの方向性なのではないでしょうか。これもそう簡単だとは思いませんが、米国の猿真似よりはるかにましな道に見えます。派遣契約ではなくて、一人ひとりがプロフェッショナルスキルを身につけていくという意味においてですが。

2017年1月6日金曜日

2017年スタート「観る層/観ない層」

謹んで新春の慶びを申し上げます。

さて、色々ありました丙申も終わり、丁酉が始まりました。昔の暦であった十干十二支もほぼ誰も知らなくなりましたが、これはこれで文書が引き締まって良いので私は勝手に使い続けようと思います。

2016年は随分日本国民の「分断」が進んだと感じていました。分断といってもいわゆる「左右」や「ドリーマーv.s.リアリスト」ではありません。これはもはや決着がついています。そうではなくて、どの物語を信じるかというような観点での分断です。

マーケティング的に色々なフレームワークを駆使して分析することは、それぞれの専門家に任せておくとして、ここでは身近な人々とSNSやテレビなどを「観察」した結果、考えたことを書いてみます。

最近の構図としてはこんな感じでしょう。
「これまで大多数に信じられてきた物語の崩壊(陳腐化)が随分進んだにも関わらず、エスタブリッシュメント(を自認している人々)と旧来の物語から抜け出せない人々が、未だにその物語の有効性を信じている(フリをしている)」

ものすごく大雑把に言えば「テレビ(マスメディア)を観る(信用する)層と観ない(信用しない)層」に分断してきたと言うことです。統計を取った訳ではないので何とも言えませんが、社会的地位や収入の多寡とはあまり関係がない気がします。

「観る層」(面倒なので略)はマスメディアの論調をそのまま事実と看做すか、そうでなくとも深く考えることなしに「みんながそうだから」という理由でそれに乗る人々であり、インターネットが主要インフラになる以前よりかなり減ったものの、未だにかなり多数を占めています。かつては「ほとんど」の日本人がそうだったといってもいいでしょう。この層の人々はマスメディアが流す「旧い物語」を未だ信じています。もっと大雑把にニーチェの「畜群」と言ってもいいしオルテガの「大衆」と言ってもいいでしょう。

「観ない層」はかつては非常に少数派でしたが、インターネットの発達により、かなり増えてきたと考えられます。この層はマスメディアの情報をあまり信用せず、テレビをたまに観ても批判的で、グラフなど恣意的に放送しようものなら、「検証」してその情報操作を突っ込んだりします。この層の人々は概ね「旧い物語」の賞味期限はとっくに切れたと看做しており、新たな物語を模索するか、物語そのものに懐疑的だったりします。

この状況はSNSなどを見ていても(自慢話をアップしたり、幸せごっこを演出したりするFacebookでさえ)かなり、知的にバラけた状況に見えるので、SNSが日本人全体の近似値をあらわしていると言うことはできると考えています。

ここで思い出すのは適菜収氏の『B層の研究』などの著作で有名になった小泉純一郎元首相の選挙戦略のフレームワークでしょう。これは四象限の縦軸を「知能指数」、横軸に「構造改革」への好悪を取った身も蓋もないフレームワークで、広告代理店が選挙の宣伝戦略のために作成したものです。大胆に言い切ってしまえば、「観る層」が上記のフレームワークのA層(知的で構造改革肯定)+B層(知的でないが構造改革肯定)に該当し、「観ない層」がC層(知的で構造改革否定)+D層(知的ではなく構造改革否定) に当たると考えています。

そしてこの分断は私には非常に好もしいものです。
要するに「観ない層」が増えることが、ほとんどそのまま「戦後の終わり」へつながって行くと考えられるからです。マスメディアが主催してきた70年間、商売以外のリアリティのない「戦後空間」が崩壊し、我々がリアリティを取り戻して行く、そのプロセスの第一歩が2017年であれと考えています。

年初ですので、未来を言祝ぎたいと思います。


それでは本年もよろしくお願い申し上げます。