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2019年2月4日月曜日

維持フェーズへの転換


企業のライフサイクルは様々だが、コンサルタントとして、或いは従業員として、創業期から維持期への転換を見た。また、すでに維持期に入っている、日系の大企業と外資系の大企業も内部から眺めていた。否、少しでも前に進めるためにもがいていたというほうが正しいが。
20年ちょっとの社会人生活の中で、それぞれライフサイクルにおいてステージの異なる企業と深くかかわる中で、なにやら自然法則のようなものが見えてきたように思う。いつかは丁寧に書くとして、ここでは「法則」にかかわるスケッチを描いてみたい。


◆成長フェーズから維持フェーズの転換
ある企業が急速に成長することがある。私がかかわったある企業はおよそ十数年の間に、ベンチャーから3000人の規模に成長し、国内市場でも有数のシェアを占めるまでとなった。時流に乗り、倍々ゲームで成長を続けていたが、3000人を超えたあたりで、急速に成長が鈍化。丁度リーマンショックもあって、マイナス成長を記録することもあるようになった。その業界は非常に労働集約型であり、一定以上のスキルと体力と行動力が必要な業界である。そのような企業が成長した要因として最も大きいのは「時流」に乗ったことがあるだろう。
この企業は「人材企業」であり、企業への人材派遣、人材紹介(正社員候補の紹介・転職の仲介)が中核事業であった。

この企業を仮にA社とする。A社は2000年代に急速に成長した。2000年代と言えば、どういうわけだか熱狂的な国民の支持を得て小泉内閣による新自由主義的政策の嵐が吹き荒れた時期である。新自由主義の定義は置いて、企業経営者の間で「人件費という固定費を縮小、或いは変動費に変換する」というブームがあったことは間違いない。終身雇用をはじめとする日本型経営が、経済の成長鈍化或いはマイナス成長を背景に疑われ始め、ブルーカラー労働者のみが対象であった期間工的発想をホワイトカラーに持ち込んだ時期であった。2019年の現在でも大きくは変わっていないが、企業が人件費を抑制した結果、賃金水準は横ばいからマイナスが当たり前になり、ただでさえ少子高齢化でデフレーションが進んでいたところに、追い打ちをかけるように景気を直撃するととなった。
そうしたデフレーションを梃子に大きく成長した企業がいくつかある。その一連の企業群は雇用において買い手市場であり、人件費を抑えることが成長のコアとなるような労働集約的企業群である。後に過労死や過労自殺などが発生することで「ブラック企業」といわれるようになる企業が多い。A社も御多分にもれず、労働集約型業務を低い人件費で遂行することで成長したのである。それが前述の「時流」に乗ったという意味である。

とはいうものの、売上が倍々ゲームで伸び、賃金も倍々とはいかなくとも伸びているベンチャー企業の急成長の時期には問題は表面化しない。社員数も少なく、コミュニケーションも活発であり、若くして役職者や役員となっていく先輩社員を見ている間は、多少労働環境が悪かろうと、人は心を病んだりしない。
心を病むのは先の見通しが立たないまま過酷な環境に置かれているからである。「今に見てろよ、俺だって/私だって」というマインドが支配的なのが成長期のベンチャーというものである。
しかし、市場は変化する。これまでのビジネスモデルが通用しなくなる日は必ずやってくる。市場それ自体は変化しなくとも、そのビジネスモデルが成功すればするほど、模倣者も増え、市場も飽和し、これまでのやり方だけでは成長が鈍る。この「停滞」の段階が、一定以上の規模になる前にやってくる企業は、大企業にはなり得ない。それらは、幸運なら大企業に吸収されたり、不幸ならば倒産したりと消滅するか、中小企業として細々と続いていくかする。しかし、「停滞」前にある程度の規模まで成長した企業が大企業候補となるわけだ。

「大企業」ではなく「大企業候補」としたのは、ベンチャーが所謂「大企業」になるには、規模だけが条件ではないからである。規模はあくまで必要条件であり、十分条件ではない。大企業になるには質的転換が必要なのである。言い換えると、成長フェーズから維持フェーズへ転換することであり、ある意味では経営者にとって「夢をあきらめる」ということにもなる。

◆成長が鈍化した時に起きる事
日系の大手製造業でも勤務した経験から、当り前だが大企業とベンチャーでは、社員のマインドが大きく異なると認識している。敢えて対比すれば、以下のようになろうか。
  • ベンチャー:野武士的・混沌・非効率・陽性・大変
  • 大企業:官僚的・秩序・効率的・陰性・シンドイ
大企業はすでに成功してしまったため、当たり前だがそれを維持することが主目的になる。維持だけではないという声もあろうから、発展的維持とでもしておこう。どうやって現状を効率的に回すかが主目的になるため、社員の意識は「効率化」に向く。メンバーがバラバラでは効率的にならないため、基本的には秩序を志向し、様々なルールが取り決められ、保守的になっていく。官僚的になっていく。これは、ほとんど自然現象と言いたくなる不可避な現象である。

創業期、或いは成長期のベンチャーはその逆だと思えばよい。まだ成功していないか、成功しつつあるかであるため、「いかにして成功するか」「いかにして成功を確かなものにするか」を社員は追求する。様々な方法を試すため、無秩序で混沌としているが、「成功」にたどり着くという目的は共有されている。人的リソースも少ないところから、一人で何役もこなす野武士的なスーパーマンが活躍し、明らかに非効率で、大変であってもその大変さは陽性である。またその経験からスーパーマンたちはさらに仕事のやり方を洗練させていく。その結果、さらに会社は成長していく。

しかし、個人と同じように、企業も永久に成長し続けることはできない。ある程度の規模となると、企業内と企業外での環境的な変化が必然的に発生する。まず企業内においてはコミュニケーションが急に難しくなる。経営層の発案や指示が末端まで届かなくなる。現場からの情報は経営層に届かなくなる。双方とも悪意があるわけではない。しかし、社員が増え、場所が広くなり、関係者が増えると、コミュニケーションコストが指数関数的に増大する。いわば壮大な伝言ゲームとなるわけだ。そのコミュニケーションコストを回避するため、組織を階層化し、部課長を設置しとしていかざるを得ない。すると経営層の発案は指示は、部課長という幾人かのフィルタを通してしか伝わらなくなる。
部課長は単なるメッセンジャではない。それぞれのミッションを抱え、部下のマネジメントを行っている。その中で、経営層の発案や指示も、部下に分かり易いように、或いはミッションに沿う形で部課長の解釈を経て、末端まで伝達される。また伝達された指示も部下が自分なりに解釈するため、場合によっては殆ど真逆のものとして実行されることもある。そのような「エラーの発生」の確率は人数が増えれば増えるほど増大する。

現場から経営層の情報伝達も同じである。ベンチャー時代には社長と現場が直接コミュニケーションを実施しており、ミス(エラー)はほとんど発生しない。どちらも納得するまでコミュニケーションをするし、また人数が少ないため、それだけの時間をかけることができる。また、しっかりと理解して正しい判断を下さないとすぐに倒産の憂き目に合う可能性もあるため、お互いに真剣である。しかし、先ほどの逆に情報が上がっていくとき、部課長というフィルタが入る。そこに解釈が生まれる。そして、保身もある。バッドニュースファーストが報告の基本だが、バッドニュースが捻じ曲げられて報告される。それがほんの僅かな歪みであっても、フィルタを通るたびにその歪みが増え、経営層に届くころには逆の情報になったりする。

このようなコミュニケーションコストを削減するために、管理の専門家が必要となる。それはスタッフ部門であり、機能としては「官僚」である。スタッフ部門は目的に沿ってルールを作り、それを守らせ、全体としてのコミュニケーションを最適化しようとする。本質的に維持・管理の番人になる。会社の規模に比例して、スタッフ部門の大きさや権限も大きくなっていく。良い悪いではなく、そうしないとコミュニケーションコストの負荷で、金を生み出す本来業務が遂行できなくなってしまう。

◆大企業へ転換するということ
その副作用として、ルールを守らない野武士的なスーパーマンは組織に居場所がなくなる。創業期には多少のわがままや無軌道は「あの能力はかけがえないから、必要だから」と許容されていても、組織がコミュニケーションの円滑化のために、ルールを作り、標準化を始めると、組織メンバーにとって「ルールを守らない」ことそのものが、耐えがたいほどのコミュニケーションコストになる。その一人のために、全体のコミュニケーションコストが跳ね上がり、また「ルールも守れないくせに、初期メンバーというだけで高給を取っている」と見做されて始める。多くの場合、能力もありプライドの高い「野武士」達は転職先に困ることもないので、その組織を去っていく。

また、新たに加入してくる新入/中途のニューカマーたちの意識も変化してくる。ベンチャー時代に参画するメンバーは「ベンチャーへ参画する」という明確な意識をもって入社してくる。未整備であるが故に、ビジネス用語で言う「セルフスターター」には魅力的な環境であり、どこまでが自分の仕事などの区別などせず、また多少の暴走も自分で取り返せばよいという感覚を持ったメンバーが加入してくる。しかし、例えば1000人を超えた企業へのニューカマーたちは、「ベンチャーへ参画する」などという感覚は持ちようがない。当然のように「大企業」へ就職できたと考えるであろう。この手の人々はいわゆる「(学校)秀才型」が多く、目的や目標を自ら考えられるタイプではない。どちらかというと与えられた仕事を着実にこなすことが得意であり、官僚主義と親和性が高い。すると古参メンバは「最近の新人は『口開けて待ってるだけ』『自分から仕事を取りにいかない』」などと嘆いたりするわけである。

しかし、時計の針を戻すことは不可能である。またある種の法則性に沿って成長が企業の「質的転換」を不可避的に起こしてしまうことに対して嘆いても仕方がない。永久ベンチャーは決して成立しない。もしやり方があるとすれば、雇用の流動性を極大化して「いつでもクビを切れる」状態を維持することで、官僚主義を排すること(外資系コンサルティングファームなどで実践されている)があるが、日本においては文化の面でも雇用慣習の面でも、或いは法的な面でも難しいであろう。

残念ながら、大企業になることはベンチャースピリットを捨てることに限りなく近い。言い換えると「つまらない会社になる」という事である。しかし、それを受け入れない限り、永久ベンチャーを追求する企業は自壊するであろう。これはあたかも自然法則のような組織の必然のようである。

2018年6月8日金曜日

厄介で不幸な呪い


今月は決算月である。コンサルタントとして独立してからほぼ1年が過ぎた。2017年の7月10日に独立したので、12か月目に突入したという事になる。この1年間の振返りは、一周年を迎えてから書くとして、サラリーマン時代から大きく変わった部分を書いてみたい。


◆厚切りジェイソン
いわずと知れたテラスカイの役員にして、お笑い芸人の厚切りジェイソン氏。本名はジェイソン・デビッド・ダニエルソンらしい。さてこのジェイソン氏のお笑いではない言動はなかなか破壊力がある。「歯に衣着せぬ」というか非常に率直に本質を突いてくる。さすがに頭脳明晰である。
サラリーマン時代、ジェイソン氏の言動が苦手であった。いや、なかなか書くのに躊躇するが、その自由さに「嫉妬」を感じていたというべきであろう。
よく彼は「炎上」する。いわく、

『「空気を読め」という表現がよくされますが、一体どういう意味でしょう?「空気を読め」ですよ。空気は明らかによめませんよ。でもこれにより、自分を表現することができなくなっているのです。』

『ええ、心から純粋に人生を楽しんでいそうな人は非常に少ないと感じているよ。電車乗ると全員疲れている、イライラしている。笑顔がない毎日。
いつも周りはどう思っているかを優先している人しょっちゅう見るけど。
幸せになってもいいんだよ。』

『日本の一般企業では残業しないと大した給料をもらえないというのは、仕事を効率悪くやる人にご褒美をあげている』

『残業大国である一方、日本の非工業業界の生産性が先進国の最下位。米国の半分。WHY? Why is hi-tech Japan using cassette tapes and faxes?』

◆イラつくのもわかる
イラつくのも今ならわかる。批判する日本人の苛立ちも、ジェイソン氏の苛立ちも。「本業」を聞かれるのが嫌いだというジェイソン氏。そして「日本から出ていけ」という批判する側。批判する人々の脳みその程度によって、批判の仕方は異なるが、そのロジックはよく理解できる。

まず批判する人々は絶望している。雁字搦めになっているが、それが自縄自縛とも薄々気が付いている。例えば、普通に勉強して、普通の大学に入って、或いは専門学校に入って、ただ不景気だという理由で、或いは「新しい生き方」などの甘言に幻惑されて、非正規雇用で社会人生活を送っており、将来にも展望を持てずにいる。じゃあ海外で働くかというと言語障壁が高すぎて、或いは、英語が少々できても、それだけではダメと思い込んでいて、己をダマしダマし生きているような絶望感だ。たとえ、非正規でなくともシュリンクする市場、内部留保をため込むしか能がない経営者の支配、それをひっくり返すほどの力量がない己に絶望していたりする。

そういう時の思考は簡単だ。「俺も/あたしも我慢して不幸を生きているのだ。ここはそういう国だ。それがイヤなら出ていけ。」或いは、「不幸は構造的な宿命なのだ。一生懸命に人生を諦めようとしているのにうるせえな。」である。勿論、同時代、同世代にもそうでない人がいることぐらいは理解しているし、不幸でない人々と恐らく紙一重の差しかないことも理解している。だが、もう絶望して気力が萎えているのである。ほとんど成功体験がないのだから仕方がない。クソみたいな仕事をクソみたいな上司の下、それもなんの見通しも、独身の異常に多い特にアラフォー世代にとっては、家族の慰めもないまま、イヤイヤながら生活のためだけに働いているのだ。少なくとも自覚としてはそうだ。違うとは言わせない。私もそうだったのだから。

私大文系を卒業し、斜陽産業の情報子会社に新卒で入社し、そこから最大手の外資系コンサルティングファームへ転職し、ベンチャー系人材会社から、日系の一部上場企業でのサラリーマン生活をしてきた。氷河期世代としては、まずまずのキャリアではあろう。だが、その私でさえも、上述のように絶望していた。違うのは、妻に恵まれ「独立への勇気が持てた」というだけである。

さて、ジェイソン氏の苛立ちはこうだ。
「能力が低いわけでもないのに、思い込みで委縮して、自分で不幸になっている。WHY?! Japanese people!」
そしておそらくジェイソン氏は日本が好きだ。それも今ならよくわかる。好きでなければ、わざわざタレントとして、或いは経営層として好感度が下がる可能性のある「炎上」を自ら招き寄せるようなマネはしない。それが分からないほど馬鹿であるはずがない。

私の父は中卒のケーキ職人だが、小さなケーキ屋を立ち上げ、細々とではあるが立派に家族を食わせてきた。貧乏か金持ちかで言えば貧乏にはいるし、すでに店も畳んでいる。しかし、店を辞めた後も職人なので特に定年などもなく、いくつかのケーキ屋で働いて、76になった去年ようやく引退した。よく考えると「良い大学、良い会社、定年まで失敗しない」という生き方は少し前まで全く一般的でもなければ、唯一の正解でもない。中卒だろうが、なんであろうが、とにかく生きて、やりたいと思ったことをやり、家族をつくり、食わせるのは、少し前までできていたのだから、我々ができない道理はないのだ。ただ、中卒で苦労した父の世代は、大卒大企業エリートが輝いて見えていたにすぎない。だから、今現役の我々に「いい学校・いい会社」と言っただけである。要するにケーキを食べたことがないから、ケーキがものすごく美味しそうに見えていたにすぎないのである。

◆自分自身への呪い
「僕たちはガンダムのジムである」という本があった。残念ながら未読であるが、タイトルはなかなか秀逸だ。つまり、主役級のスーパーなロボットであるガンダムではなく、我々凡人は量産型で数しか取り柄のないロボット程度であるという事だろう。ガンダム世代の私にはよくわかる。そして、ある程度大人になったガンダム世代はそういう「ジム」「ザク」が世の中を回しているという事に気が付いている。

だが、本当だろうか?その比喩は本当に適切だろうか。

確かに我々は凡人ではある。しかし、凡人には「やりたいことをやる資格がない」という思い込みは何ら根拠がない。また「やりたいことをやって失敗するリスク」がよく語られるが、やりたいことなのだから、天才的に能力を発揮するかもしれないし、失敗しないかもしれない。失敗したところで、失敗と再起不能は同義ではない。別にジェフ・ベゾスやマーク・ザッカーバーグ、ジャック・マーのような人々だけが起業家というわけでもない。彼らのようになることが、必ずしも成功ではない。今は老いてしまった商店街のオヤジどもだって、かつては立派な起業家だったではないか。

私はそのように考えることで独立した。独立してみれば、様々なご縁や事柄が重なって、どうにか一年食えている。随分覚悟して独立したのに、経済的にもワークライフバランス的にも日本の一流企業のサラリーマンよりずっと良い。勿論、運の要素も大きいだろう。だが、少なくとも軸となるスキルと経験があれば、とりあえず食うには困らない。理由は実に単純である。つまり私などよりずっと優秀な人々が、独立起業を恐れてサラリーマンのままなので、ライバルが少ないのだ。謙遜ではない。実際にそうなのである。この十数年、日本は廃業が起業を常に上回っている状況である。起業が難しいからではない。後継者探が探せなくて経営者が事業継承に失敗し、年齢と共に会社をたたんでいるだけである。ただそれだけのことなのだ。

だが、私は知っている。日本のサラリーマンのリスク回避は骨がらみである。そのリスクとは、食えなかったらどうしようということもあるが、周囲と異なる対応をした結果失敗した時につるし上げられることの恐怖である。山本七平の議論によれば、実際に日本においては「空気」が意思決定をする。従って多くの日本人は自分で意思決定することに慣れていない。そして、集団の心理が「空気」を創り出すので、「空気」が決定したことはだれも責任を持たない。名目上の責任者さえ、「あの空気ではああするしか仕方がなかった」「あの時の空気を知らない奴に何が分かる」と言い出す。

私は20年程社会人生活をしているが、重大な決定について「空気」以外の意思決定をほとんど見たことがない。実は「空気」による決定と「本質的かつ外的なリスク回避」はほぼ無関係である。ただ、失敗の責任を誰も取らされたくないだけなのだ。それはほとんど呪いである。いや真正の「呪い」そのものである。そしてその呪いに個人も罹っている。転職や独立などという人生における重大な意思決定、それは「空気」が決めてくれる訳もない。だからできないのだ。会社の仲間だけではない。家族や親類、友人含め、それで失敗した時に「ほら見たことか」「上手くいくわけないだろう」「家族の生活をどうしてくれるんだ」という吊し上げの場(裁きの場)に立たされることの恐怖に勝てないのである。

そしてジェイソン氏の言動が腹立たしく感じるのは、彼が日本人でないが故に、正確には日本で育たなかった故にその呪いにかかっていないからである。彼は素直に考えたことを口にしているに過ぎない。「空気を読め?空気なんて明らかに読めないでしょ」である。勿論、アメリカには別の呪いがあるのだが、それはアメリカで育ち、住まないと恐らく肌感覚で分からない。

◆呪いを解くには
神代の昔から、自分で呪いを解く方法は一つしかない。それは勇気である。勇気をもって呪いに反することをすることである。別にご先祖様に感謝とか「スピリチュアル」な話をしているわけではない。呪いの本質は「社会も含む他者からの思い込みの強制である」それが内面化(血肉化)されてしまうと心理学的には「抑圧」、民俗学的には「呪い」と呼ぶだけである。私の経験では、社会よりも肉親の呪いの方が強い。その呪いは一見「教訓」の形をとっている。そして呪い手たる肉親、多くは親だろうが、呪っている自覚はない。だが、それは呪いなのだ。「レールを外れたら地獄が待っている。集団に従え。」という。
しかし、これを読んでいるあなたは大人だろう。大人としての勇気をもって、その呪いに打ち勝ってみてほしい。そして実際には、吊し上げなどまずされない。元の会社のメンバーは、呪いの真っただ中にいるのでそれどころではない。家族も不安なだけなので、食えることさえわかれば、安心してくれる。そしてきっと言うであろう。「独立/転職/移住おめでとう!」と。呪いの反対語は祝福である。

勿論、保証はされない。だが、会社が何を保証してくれるというのか。一年やってみた実感として、リスクは特に変わらない。寧ろ、自由な分、リスクも少ないように思う。

勇気をもって踏み出すものに幸いあれ。

2018年4月1日日曜日

For your happiness


仕事は楽しいか?
多くの企業で新年度が始まる。日々の仕事が楽しいという人は幸いである。しかし様々な理由により毎日の仕事が苦痛である人は多いであろう。特に会社勤めの人で仕事が苦痛である人はかなり多い。実際に2017年の米ギャラップ社の調査によればやる気のない社員は70%、非常にやる気ある社員は6%であり、132/139ヵ国という非常に低い結果が得られた。それなりに高給で知名度も高い会社でも、行き詰まり感と愚痴に満ちていた。ちなみに「周囲に不満をまき散らす無気力社員」は24%。我が国を代表するような大企業を含む、いくつかの企業を渡り歩いた経験に照らすと大体正確に実態をとらえており「まあそんなもんだろう」というのが感想である。この状況に対する処方箋はそれこそ「自分のビジネス」として考えていくテーマではあるが、とはいうものの一般的な解がそう簡単にあるはずもない。これまでの経営や慣習、雇用の硬直性など様々な要因が複雑に絡み合っているので、個別具体的に考えていくしかない。このブログポストで書きたいのは、そういうことではなく、ある種の人々にとっては自分のことを自分で決めるようにすることで劇的に仕事が面白く、ストレスが軽減するという経験的な話である。それは私自身のストーリーでしかないので誰にでも通用する話ではないし、誰にでも有用という訳でもない。だが、読者の内の誰かの参考となればと思う。

不全感の元
私の仕事上の「不全感・不幸という感覚」の源泉はどこだったのか。20年ほど社会人をやりながら考え続けてきた結果、どうやら「自分自身の手綱を自分で握っていないこと」がそれであったように思う。というのは独立した現在、少なくとも主観的には幸福と感じているし、仕事上のストレスはほとんど感じない。サラリーマン時代よりも働いている気もするが、苦痛は感じない。その結果から判断するに「自分自身の手綱」を他人が握るか、自分で握るかが私の幸福のカギであったらしい。勿論、家族に恵まれているという要素はあるがそれば別途論じることとする。

20代前半で最初の企業に就職してからの3-5年くらいは、修行期間であった。特別な才能や強烈な「やりたいこと」があったわけではない私の場合はただ「使えないプログラマ」と「インチキSE」であった。謙遜ではない。プログラミングは未だに好きでも得意でもないし、当時の私のレベルはSEとしても非常に低レベルであった。そこからは外資系コンサルティングファーム、日系の総合人材企業、日系の製造業の中のシステム事業部と恐らく幸運なことに大企業ばかりを経験してきた。職種も様々だ。プログラマ、SE、グループ内営業、コンサルタント、人材紹介営業、法人営業、コンサルタント、商品企画、できることは何でもやってきたつもりである。待遇面でも外資系コンサルティングファーム時代を頂点に、いわゆる一流どころの給料であったので、実感はなかったが比較的恵まれてはいたはずだ。だが、楽しかったか?と言われれば非常に答えにくい。いや、逃げずに言えば「苦痛だった/モチベーションを維持するのが不可能だった」と答えるべきだろう。誤解のないように記しておくが、今となってはこれらの企業、同僚、上司には感謝しかない。それぞれの場所で多くのことを学んだし、その経験は私の仕事人生そのものである。それぞれの会社を批判するつもりはない。私が悪しざまに書いたとしたら、それは「構造」に対する批判だととらえていただければありがたい。

前置きが長くなってしまった。特に日系企業でのサラリーマン時代の苦痛を書いていこう。外資系での苦痛は「苦痛の意味」が異なるから別の機会に譲りたい。

苦痛の分析
まずは評価だ。被評価者として査定されるわけだが、これがたまらなく嫌であった。理由はこうだ。何をどう努力すれば評価が上がるのかがわからないからだ。実際、営業職でない限り、目標は定性的でしかも恣意的だった。勿論、人間が人間を評価するのだから、最後は好き嫌いであることぐらいは理解していた。しかし、それにしても不透明である。結局「上司の覚えをめでたくする」以外に評価を上げる方法はない。私の場合は良くも悪くも多くの上司と反りが合わなかったので、とりあえず被評価者として「評価を上げる」努力は完全に放棄していた。なぜこいつのご機嫌を取らねばならないのだという思いがどうしても拭えなかった。他にも理由がある。ここで評価が高かろうが低かろうが、さほど報酬に変化はない。またこの評価と昇給・昇格の関係もよくわからない。
では営業職なら明確なのか。確かに営業職は売上という動かしがたい「定量的目標と実績」がある。予算を達成すれば、評価は上がる。だが、残念ながら、担当商品やエリアは選べず、基本的にスタート時に大体ゴールが決まっている。最初に貧乏くじを引いてしまえば、予算達成できるかできないかが大体予想できてしまう。担当エリアなどは合議風の強制で決まるので、納得感はまるでない。では新製品やサービスを立ち上げればよいかというと、新しい商品やサービスをペイするまで育てるのは非常に難易度が高い。千三つ(成功するのは3/1000という意味)と呼ばれる領域での営業活動は既存事業での営業活動と難易度があまりにも違う。しかし、成熟した日本の大企業では新規事業を評価する尺度がない。新規事業に対しても売上目標が設定され、達成できないと実質的なつるし上げ会が始まる。勿論、評価者も周囲も本音ベースではわかっているので「大変だなあ」という声掛けはもらえる。だがそれが評価に反映されることはない。あるのかもしれないが私には知りようもなかった。

次は働き方である。ハードワークが嫌なわけではない。実際、40過ぎた今でも、必要とあらば徹夜も辞さない。昨年末から今年の年初にかけては大体毎日タクシー帰りであった。平均的な一日の労働時間は15時間ぐらいだっただろう。それでも精神的なストレスがないからどうということはない。ただ肉体的に疲れるだけである。しかし、日系企業で働いていた時はそうではなかった。自分で行動計画をざっくり立てて、それに従って日々行動しているのだが、上司の思い付きで差し込み作業が入る。すると計画が狂う。顧客の都合で差し込み作業が発生するなら文句はない。それは仕事の内であるし、そんなことは織り込み済みである。だが、上司の思い付きはそうではない。激務の間でも平気で無意味としか思えない会議を招集したりする。とあるお客様の案件で関西地区でシステム構築案件での話である。私が見積もりをしたのだが、常識的に考えて一人ではできない工数であり、納期であった。見積もった当初は3名程度で考えていたわけだが、ふたを開けたら、私がそのまま担当して、しかも一人。当時の上司に向かって何度もヘルプサインを出し、一人では無理だと訴えたわけである。しかし、一向に改善される(人がアサインされる)気配はない。東京のオフィスにいる際は何度もその話をしているのだが、社内メンバで何とかしろの一点張りである。勿論、社内メンバはそれぞれの案件を抱えており、身動きが取れない。そのくせ、時折思い付きで会議を開催しては独演会をする。いらぬ作業指示が来る。ただでさえギリギリの工数がさらに圧迫される。ストレスの頂点に達した私は、こんなメールを出した。「もうあなたとコミュニケーションをとる必要を感じない」と。そして良い関係性を構築していた顧客から、こちらの内実を話して「貴社の体制が不安だ」と訴えてもらったのだ。結果、外注のソフトウェア会社に助けてもらうことができた。勿論そのお膳立ては社内メンバと私が行った。何しろ、社内の上司が実質的に敵になるのだ。この下らなさったらない。社内調整と説得に工数を食われてのハードワーク。馬鹿々々しいにもほどがある。

人は時間的、体力的に働きすぎて死ぬのではない。四面楚歌の状態や意義を感じない仕事をやらされた結果のハードワークには耐えられない。多くの過労死の原因はそこにあるはずだ。睡眠時間を削ろうが、寝ないで働こうが、楽しく働いてさえいれば死んだりしない。楽しくないのに長時間働くから死ぬのである。

三つ目はマイクロマネジメントである。30代も半ばになると、ある程度の判断は自分でできるようになる。だが、権限移譲という概念が薄い日系の大企業ではやたらと細かいマイクロマネジメントがなされる。ある領域を任せたのなら、任せればよい。しかしそれができない。口では「君に任せる」というが、それは口先だけである。結局我慢できずにあれはどうなった、これはどうなった、どうするんだのマイクロマネジメントが始まる。それに従って失敗した時に一緒に尻ぬぐいをしてくれる上司はまだよい。だが、それさえないのにマイクロマネジメントをされるとはっきり言えば「馬鹿にされている」としか感じられない。「俺はあんたの子供でも家族でもない」といつも考えていたし、嫌がらせに「はい!いまからトイレに行ってきます!」などと叫んでもみた。これはある特定個人を非難しているのではない。日系企業ではかなりの確率でこのマイクロマネジメントをしたがる上長が存在する。そのくせ、失敗すると尻ぬぐいさえしてはくれない。ただ、部下のせいになるだけである。基本的に「大人として」部下を扱うことをしない。正確にはできないのだろう。その時代の私の口癖は「そんなに気に入らないならクビにすればいいでしょう」であった。大人気ないが、相手も大人扱いしないのだ。それぐらいがふさわしい対応だろう。

「自分の手綱を自分で握る」
この「楽しくなさ」の根幹はどこにあるのだろうか。最初に記した通り私の場合は「自分の手綱を自分で握れないこと」にあったようである。結局、サラリーマンを辞めて自分で会社を作り、零細コンサルティング会社を経営することになった時、社会人生活を楽しくないものにしていた「不全感」は消し飛んでしまった。サラリーマン時代と変わらないぐらい、或いは場合によってはそれ以上に働いているが、ほとんどストレスらしいストレスは感じない。ようやく自分自身の人生を生きている気がするし、自分で自分をしっかりとコントロールしている感覚が持てている。お陰様で仕事にも恵まれ、サラリーマン時代よりも経済的にもずっと恵まれている。もっと早くに独立すればよかったと思うほどである。実際にはベストなタイミングだったと思っているが、気分としてはそうだ。

まず評価はない。あるのは評判と報酬という名のフィードバックだけである。ハードワークもやらされているわけではないので全く苦にはならない。勿論、上司なんてものはないからマイクロマネジメントや社内政治とも無縁である。嫌な仕事は断ればいいし、失敗したら、やり直すだけである。その仕事を失うかもしれないが、また別の案件を獲得すればいいだけのことである。会社勤めの「安定」を手放す不安もよくわかる。私もそれで10年以上悩んだからだ。必要とされるスキルと縁さえあれば、日本は思いの外独立起業に優しい。考えてもみてほしい。私の父は中卒のケーキ屋だが、小さな町のケーキ屋として立派に経営してきた。それを考えれば、ビジネスマンとしてのスキルさえあれば、出来ないこともあるまい。また政府としては起業・開業を増やしたいので各種制度も充実しているし、税理士にいくらか支払えば、面倒なことはすべて代行してくれる。名刺の会社名に未練がなければ、あとは勇気だけである。

世の中の変わらなさや会社のくだらなさを嘆くのは簡単である。「家族がいるから」もよくわかる。しかし、世の中も会社も変えることは難しい。社会構造はそう簡単に変化しないし、変化してよいものでもない(それは革命である)。会社も経営者でない限り変革するのはそう優しいことではない。それにくらべたら、自分と家族をサラリーマン以外の手段で喰わすことははるかに容易なはずである。

この文章に共感してしまった人は独立することをお勧めする。勿論、誰にでもできるわけではないだろう。向き不向きもあるだろう。だが、独立起業することで見えてくるものもたくさんある。サラリーマン時代に培った何かがあれば、恐らくは誰かがそのスキルやノウハウを必要としているものである。これも独立して初めて実感できたことである。私のスキルや経験が本当に役に立つのか?自問自答を10年した。今はある程度の自信をもって「役に立つ」と言い切れる。また「人脈」の本当の意味も独立しないと分からないと思う。実際に人脈がつながり、仕事が頂けるという経験をしなければそのありがたさは理解できない。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」は真理である。迷っているならば独立したほうがよい。周囲の意見を聞く必要はない。出来ない理由はいくらでもある。しかし、できる理由は実際に独立しないと分からない。あなたの幸福のために、切に思うのである。

2017年1月11日水曜日

UP OR OUT

日本企業の最高益は毎年のように更新されているのに、給与はさっぱり上がらない。よく考えれば(粗利とかFCとかVCとかは傍に置いて単純に)「売上−費用=利益」なのだから、人件費を抑制する傾向が最高益更新に貢献しているのは間違いないでしょう。不思議なことにこれに対する処方箋として、雇用の流動化を推進するような評論や提言を結構目にします。

給与水準を維持向上させることと雇用流動化(クビにし易い・転職しやすい)は相関関係がありますが、大多数の給与水準を向上させることの処方箋にはなりません。しかし経営側と少数の上位層にとってはメリットのある話なので、喧伝されているのだろうと理解しています。

どういうことか。当たり前のことを整理のために書いてみます。
経営者にとっては正社員を雇う(直接雇用する)ことは、割とリスクがあることです。いつもその人が生産活動に従事して、雇用にかかる費用以上の価値を生み出せればいいのですが、必ずしもそうとは限りません。分かりやすく工場を例にとれば、繁忙期は皆が忙しく生産するのでそれが売れる限りは問題ないのですが、閑散期はどうしても人が余ってしまい、場合によっては雇用にかかる費用(とその他費用)が売上を下回るケースが出てきます。経営者は正社員(直接無期雇用の従業員)をタイムリーに解雇できればいいのですが、日本の場合はそう簡単ではありません。なので大抵の経営者は「思った通りに解雇したり雇用したりできればなあ」と思いつつ、慎重に少数精鋭で雇用することになる訳です。現状ではこの調整を派遣会社が担っているのは言わずもがなです。

また、経営者は優秀な社員に高い賃金を払うことには吝かではありません。その優秀な社員を繋ぎ止めておくためにも高い賃金を払いたいでしょう。しかし、それはそんなに簡単ではありません。優秀か否かは相対的なので、優秀な社員しかいないと言うことは原理的にあり得ません。賃金の原資は一定だとすれば、優秀ではない社員の賃金を下げるか、クビにするかしかないわけで、やはり経営者は「思った通りに解雇したり雇用したりできればなあ」と思いつつ、ボーナスなどでちょこっと差異をつけたりするわけです。当然、優秀な社員にとっては「あいつらに払う給料が下がれば、俺の給料がもっと上がるのに」と言うことになります。

流動化推進派(便宜的にそう呼びます)が雇用を流動化させると言っても、どの程度、どのように流動化させたらいいのかのモデルがあるはずです。我が国のモデルと言えばなんでもかんでも米国なので、米国をモデルケースとして考えていることで間違いないでしょう。

先日読んだ軍事学関連の書籍に「米軍では、一定期間内に一定以上昇進できない場合は解雇される」と言うことが書いてありました。これを「UP OR OUT」と言います。これを読んだ時「米国式の雇用というのは、本当に日本とは異なる文化や考え方に基づいているんだなあ」と思いました。というのは、このような環境で働いた経験があって、それはある種特殊な世界だと思い込んでいたのです。しかし米軍も同じだと知って、少なくとも米国では一般的なのだと改めて認識したわけです。

このUP OR OUTが米国の流動的な雇用の一つのタイプであるのは間違いなさそうです。すると先ほどのような日本の経営者が夢想する状況を実現するためにはこれを実践するのも一つの方策になるかもしれません。
実態としてUP OR OUTで働くことがどんな感じかを私の経験に基づいて書いてみましょう。外資系コンサルティング会社(以下、外資系ファーム)で働いたことのある方には言わずもがなの内容ですが、そこはご容赦ください。

さて、外資系ファームに転職するとまずは契約書にサインをします。ポイントは2つあります。まず、給与は年俸制です。プロ野球選手などと同様に毎年契約を更改して、その年の年俸(年収ではない)が決定するわけです。年俸は職位によってほぼ決まっており、中堅のコンサルタント(30歳前後)でだいたい600万~900万ぐらいです。次に昇進と解雇についてです。契約書面には大体次のような趣旨の内容が書かれています。

「3年以内に次のランクに昇進できない場合、一定期間以内に解雇となる」

これがいわゆるUP OR OUTです。そしてこれは現実に運用されています。(例外はいますが)
昇進の条件はプロジェクトでの実績(評価)が中心ですが、語学力などの付帯条件もTOEIC630点以上などかなり明確化されています。このあたりがあいまいな日系企業とは好対照です。また、解雇に関するルールもこの際に説明されます。例えば解雇の通告から半年間は会社に在籍したまま、会社の名刺を使っての転職活動ができるなどです。

契約書にサインしてオリエンテーションを受けた後、コンサルティングの現場に行くのですがこれは黙って勝手にアサインされるわけではありません。今現在プロジェクトにアサインされていない各コンサルタントはプールされます。この状況を「アベイラブル」と呼びます。(「いまアベっててさー」などと使います)

プロジェクトをまとめるマネージャはこのアベイラブル状態のコンサルタントから、自分のプロジェクトを遂行するために必要な戦力を一人ひとり面談して決めていくのです。コンサルタントはいつまでもアベイラブルが続くと解雇されてしまいますし、全く評価されない(結局解雇される)ので、必死にオファーに喰らいついていきます。一方マネージャはデータベース化されたコンサルタントの過去の評価(転職時点では前職)を参考に必要な知見や経験を持つコンサルタントを呼び出しては面談を繰り替えすのです。

いざプロジェクトが始まれば、クライアントにインタビューし、WBSを作ってタスクに落とし、業務分析をしたり、システムの調査をしたりしながらコンサルティングを進めていくわけですが、リリース(プロジェクト終了、もしくは継続中プロジェクトからの離脱)時にマネージャから評価を受けます。この評価があまりにも悪かったり、いくつかのプロジェクトで悪い評価が続くと、どこからもアサインされなくなり、結局解雇にいたるのです。(おかげさまで、私は解雇のプロセスには入ったことがありませんが、体を壊しかけたので退職しました。)

このような状況で何がおこるかというと、職場に大抵一人や二人はいる「困った人」や「お馬鹿さん」が一人もいない会社になります。結構驚異的なことで、ほとんど誰もが私よりも優秀という状況にびっくりします。かつてプロジェクトで一緒になった「こいつつかえないなあ」と思ったメンバーはいつの間にか解雇されています。また、優秀なメンバーは更に上を目指す(収入も地位も)ためにいつも勉強しています。普通に仕事をしているだけでも、例えば来週クライアント企業の工場長にインタビューとなれば、付け焼刃であろうが関連書籍を徹底的に読み込まざるを得ないわけです。その結果、優秀な人は更に優秀になり、普通の人がのんびりしていると「お前そんなこともしらないの」ということになり、評価があっという間に落ちるということになります。

この環境で2-3年生き延びることができれば、年俸+残業+手当などで、大体1000万ぐらいは稼げるようになります。人によりますが、使う暇がないくらい働きますので、借金は減り貯金が増えます。ちょっと外資系保険業界に似ているかもしれませんね。3年生き残れば、ザコキャラから、南斗百八派の使い手ぐらいには認知され、マネージャになれば六星拳の一人ぐらいに、シニアマネージャになれば五車星ぐらいに、役員クラスで北斗三兄弟ぐらいになるイメージです。

こう書くとものすごく厳しい世界に見えるかもしれませんが(いや実際厳しいのですが)、UP OR OUTが機能するために日系企業にはない仕組みや文化があります。

何といっても、年齢に対して高い収入を得ることができます。1000万円超はもちろん、2-3000万円クラスの収入の人も珍しくありません。猛烈な激務を課されても「これだけ貰っているから」というロジックで頑張れます。日系企業で30前の若手に1000万の年俸を出す企業は非常に稀でしょう。
また出入りが自由です。「退職=裏切り」とは考えないので、辞めたはずの人がいつの間にか外で修行を積んでマネージャで戻っているなんてことも普通にあります。意外と敗者が復活できるのです。もちろん、ほとんど全員が定年まで会社にいませんから、転職・退職は普通のことですし、転職も会社がサポートします(まあ、皆さん優秀なので独立を含めて勝手に決めてきますが)。それで「負け犬」とみなされることも(あまり)ありません。

更にこれが日系企業との一番の違いだと思いますが、前職の職務がかなり評価されます。前職で課長ならマネージャから、部長以上だと(クライアントを引っ張ってくることが前提でしょうが)いきなり本部長クラスもありえます。実際に同時入社の方がそうでした。二等兵の初歩からやり直させることが好きな日本企業にはなかなかできない芸当でしょう。それぞれの個人がどのようなスキルセットを持ちどのようなファンクションをどの程度こなせるかを明確化する努力をしているからできることな訳です。個人と組織が祖結合で「個人は個人である」という基本的な考え方を組織が密結合で擬似家族主義的な日本企業には受け入れることは難しいことでしょう。

日本において流動化推進派や経営者が夢想する「思った通りに解雇したり雇用したりできればなあ」という雇用の流動化は少なくとも上記のような仕組みや文化もセットでない限り、単に雇用者が従業員をさらに追い詰めるだけのものになるでしょう。和魂洋才じゃありませんが、日本で機能する「雇用の流動化」を模索しない限り、経営者の夢は実現しないか、従業員がただ疲弊する結果になってしまうことは容易に予測可能です。(なんだか「蟹工船」みたいですね)


例えば、副業禁止規定を緩和し、一人の従業員が複数社で働く(従業員は一社に収入を依存せず、雇用者はタイムリーに給与を支払う)というような仕事のあり方がひとつの方向性なのではないでしょうか。これもそう簡単だとは思いませんが、米国の猿真似よりはるかにましな道に見えます。派遣契約ではなくて、一人ひとりがプロフェッショナルスキルを身につけていくという意味においてですが。