2017年3月24日金曜日

経営コンサルティングとITコンサルティングの狭間(自己紹介:仕事編)

「IT系何でも屋」が現状の実質的な職務ですが、自己認識としては「経営系ITコンサルタント」です。「系」ってなんだよ?とわりとよく訊かれるので、もっとよい言い方がないものかと考えますが、なかなか良い呼称が見つかりません。ともかく「経営系ITコンサルタント」という造語を定義しながら、「経営とIT」の整理をしておきます。



経営コンサルタントは業務遂行に特別な資格が必要ないこともあって、なかなか定義が難しいものです。一般的には「経営理論」「財務会計」「業務運用」「組織管理」などの理論に精通し、特定領域の実務経験やコンサルティング業務経験に基づいて、経営者・経営層に対して根拠のある的確なアドバイスや経営計画作成の支援を行う人というところでしょうか。勿論、得手不得手やそれぞれの専門性はあっても、まずはこのあたりの専門家であることが経営コンサルタントを名乗るための資格でしょう。

次にITコンサルタントですが、これも定義が非常に難しいものです。ベテランのシステムエンジニアやプロジェクト・マネジャをITコンサルタントと呼んだり、ERPに代表されるパッケージシステムの導入の専門家をそう呼んだりします。とはいえ、その経験と知識に基づき、IT製品・サービスの導入と活用によって、経営上の問題を解決に導く専門家というのが、その定義でよいでしょう。

さて、「経営とIT」はほぼ不可分の領域ですが、現実には経営や実務に強い経営コンサルタントはITに精通しているケースは少なく、ITコンサルタントは経営や実務について疎いというのが、割とよくある話です。経営コンサルの立場で言えば、IT屋は経営や実務を知らず、理想的かつ教科書的な業務を想定してシステムを導入したがる連中だという認識ですし、ITコンサルタントからすると「そんな課題はITで一発解決するのに、経営コンサルは回り道ばかりする」というのが得てしてその認識だったりします。

経営実務とIT双方に精通するのは、実際かなり無理があります。どちらも広大かつ複雑な海のような領域なので、たとえて言うと「太平洋」と「大西洋」双方を地理学・海洋学・生物学・気象学・航海・船舶などの観点で、少なくともすべてを広範囲に知っており、かついずれかの分野で専門性を持っているという状態だからです。これは一人の人間にはいくらなんでも無理です。経営とITに精通するというのは大げさに言えばそういうことです。

その問題を解決するため大手コンサルティングファームならば、それぞれの領域の専門家を束ねたプロジェクトチームで案件にあたります。その結果、ただでさえ単価が高いコンサルティングフィーは非常に高額なものとなり、中小企業ではなかなか手が出ないものになっています。(2000万~数億のオーダー)

本来、改善の余地が多く、経営にせよITにせよコンサルティングが有用なのは中小企業のはずですが、大手ファームはなかなか利用できません。従って、中小企業が利用するのはフリーや小規模なコンサル会社というケースがほとんどでしょう。そうすると、それぞれのコンサルタントは経営実務には詳しくてもITが弱い、あるいはITは強いが経営実務は苦手ということになりがちです。

そこに私のような「経営系ITコンサル」の役割があると考えています。基本的なベースとして製造業・流通業を中心に業務コンサルティングを行いながら、「要求定義」や「ビジネスフロー」作成を行います。それが結果的に経営上の問題点を解決するためのITからのアプローチとなり、後工程を担当するITコンサルタントやシステムエンジニアへの橋渡し作業となるわけです。私のような「コウモリ」は意外と少ないのですが、パソコンやオフィス機器導入相談や、無料ツール活用というようなちょっとした相談から、ERP導入やSCM革新相談までその道の専門家ほどではないにせよ、経営上の問題点を勘案しながらお請けできるので、案外重宝な存在のようです。


もしも、フリーや小規模なコンサル会社の利用をご検討ならば、「経営系ITコンサル」あるいは「IT系なんでも屋」のような観点を足して、コーディネータに「何でも屋もチームに加えなくていいの?」といってみてください。(なんだか宣伝みたいですが・・・)

2017年3月21日火曜日

FROZEN

フジテレビでディスニー映画の『アナと雪の女王』を放映した。2013年生まれの3歳になるうちの娘が大好きなので、BlueRayで購入して何度となく観た。サウンドトラックも購入して、車の中のヘヴィローテーションはこの1年ぐらいずっと『アナ雪』だ。ディズニー映画には全く興味がなかったから、ちゃんと観たのはこれが初めてだ。興行収入も歴代一位で、ご覧になった人も多いだろうから、以下、ネタバレのレビューを書いてみる。因みに映画マニアでもなんでもないので、素人の戯言と思っていただいて間違いない。それでもよろしければ少しお付き合いいただきたい。



内田樹(全共闘の生き残り左翼だが、文章は時々見るべきものがある)がどこかで「優れた映画には大抵、優れた心理学的な要素がある」と書いていたが、この映画にもそれはとても多い。あらすじは先日地上波で放送されたのでご存知の方が多いだろうし、こちらをご確認いただくとして話を先に進めたい。

アナとエルサというダブルヒロインの内、姉のエルサは生まれつき「雪や氷を作り出す」力を持っている。子供の頃は生まれ育った城の居室を雪だらけにする程度だったが、成人してからは非常に強力だ。何しろ国ごと夏を冬に変えてしまうほどのものである。X-MENのストームなど問題にならない力。ただ物語の終盤まで本人はこの力をうまく使えない。本人の感情の昂りに応じて力が溢れ、氷の壁を思わず作ってしまったり、真夏に雪を降らせてしまったり、挙句に港を凍結させてしまったりと暴走する。

エルサの心象風景がそのまま気候に反映され、その結果周囲に被害を与え、その結果本人が苦しみ、さらにその苦しみが冬の嵐になり被害が拡大という悪循環。少年期(少女期)から青年期へ移行する時のあの自意識の嵐とも取れるし、或いは特殊な才能(例えば美貌のような。あまりに美しい少女が普通にみんなと仲良くしたいのに周りが特別扱いして孤立するなどの)を持て余しているかのようなこととも取れるだろう。

様々に解釈できるが、私が気になったのはエルサの能力を親と本人がどう位置づけているかである。物語の最初で、事故とはいえ妹のアナをその能力のために傷つけてしまったエルサは、深く傷ついてしまう。また、両親である国王・王妃は「能力が操れるようになるまで」という条件付とは言え、エルサを妹から、そして世間から隔離して育ててしまう。国王はその能力を放つ両手に手袋をつけておくようエルサへ言い「落ち着くように、見せないように」という合言葉をつくって、その力を禁忌とする。英語版では「Don't feel it, Don't show it」となっており、より直接的に遮断というニュアンスになっている。

この時点でエルサは間違いなく自分の力を「忌むべきもの」として位置づけてしまっている。子供の特別な能力(才能)が理解できず、また危険だと判断した親がやってしまうことだ。例えば、芸術や芸能に特別な才能があるが「絵描きになりたい!ミュージシャンになりたい!」などと言い出されると困るので(親としてはそれが困難な道だと知っているので)、それを「下らない」などと決め付けて方向修正を図ったりする。それが例え一流になり得る才能だとしても、親が理解できなければ早々に芽が摘まれてしまうことも多いだろう。

物語の中盤、国中を凍らせてしまい、山に篭ってしまった自分を迎えに来た妹のアナとのやり取りでエルサはこんなことを言う。「私にできることはなにもない!」
これは意訳であって本来の英語版は「I can't controll the curse!」である。直訳すれば「この呪いはどうしようもないの!」であろうか。彼女にとって、雪や氷を操る力は才能ではなく「呪い」と位置づけられている。

そして「真実の愛」が「凍りついた心を溶かす」というモチーフは、物語のクライマックスで凍りついたアナを再生するという形で具現化しているように見えながら、実際にはエルサが自分自身を許し、呪いが呪いでなくなるために、誰か(ここでは妹のアナ)の無償の愛が必要にだったということに具現化して物語は幕を下ろす。

父親として、私などはここで背筋が寒くなる。本人の可能性は事後的にしか確かめられないとしても、子供の特別な「才能」、否、特別ではなくとも「得意な事」の芽を理解できないあまりに、それを「忌むべき呪い」としてしまうことはないだろうか、と。

我と我が身を振り返ってみると昔から何でも屋で勉強でも運動でも何でも一通りこなせるのだが、飛びぬけてこれが得意ということはなかった。今でも営業なのかエンジニアなのか、コンサルタントなのかわからないコウモリなので、「器用貧乏さ」が才能といえば才能なのだろう。絵も書くし、楽器も弾くが、全くやったことがない人よりはマシというレベルでしかない。私には親が理解不能なレベルの才能はなかったととりあえず結論づけても大丈夫だろう。


しかし、それは私の両親が見出せなかった能力が私にはなかったという証明にもならない。そして、今は私自身が人の親である。自分のことはさて置き、自分の子供の可能性は伸ばしたい、少なくとも、芽を摘まないようにしたいというのは人情だろう。今のところ、歌と音楽が大好きなのと塗り絵が得意ぐらいしか、才能の芽のカケラは見つからないけれど、無償の愛(のハードルは高いのだろうか?)を提供しつつ、少なくとも「いらぬ呪い」をかけたくはないと地上波初放送を観ながら考えた。

2017年3月13日月曜日

教育勅語と菊の御紋

教育勅語についての報道や言及が例の森友学園騒動や防衛相の発言などから散見されるようになった。戦前は不磨の大典の憲法に次ぐものとして、戦後は一転して悪魔の標語のような扱いを受けている「教育勅語」だが、とりあえず読んでみないことには話にならない。読んでないまま批判している人も多いであろう。以下全文である。

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朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ
我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ敎育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス
爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ德器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ
是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン
斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ俱ニ遵守スヘキ所
之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト俱ニ拳々服膺シテ咸其德ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ

明治二十三年十月三十日
御名御璽
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実はこれだけである。明治帝が臣民(≒国民)に対して徳目を説くという形式である。解釈についてはかなり色々あるらしく現代語訳もバラバラだが、ともかく具体的な徳目についてはおよそ解釈が一致しているそうである。その部分だけの現代語訳は以下の通り。

「父母に孝行をつくし、兄弟姉妹仲よくし、夫婦互に睦び合い、朋友互に信義を以て交り、へりくだって気随、気儘の振舞をせず、人々に対して慈愛を及すようにし、学問を修め業務を習って知識才能を養い、善良有為の人物となり、進んで公共の利益を広め世のためになる仕事をおこし、常に皇室典範並びに憲法を始め諸々の法令を尊重遵守し、万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ。」

内容としては極めて常識的な徳目だろう。「君主が臣民に説いた」という形式については違和感が残る人がおおいだろうが、現代でもおよそこの程度の徳目が、いわゆる「道徳」として説かれている。「万一危急の大事」の部分も形を変えているが、まあ生きている。戦時を想定しているものだろうが、東日本大震災のような緊急事態の際にも、多くの人が「勇気を振る」って故郷や社会のためにつくしたのは記憶に新しい。

現代の目でみると、内容に過不足(何を過不足とするかは人によって見方は違うだろうが)があり、道徳の基準とするには物足りない部分が多いが、明治期のものとしては立派な内容である。むしろ問題は内容ではなくて、「形式」と「運用」についてではあるまいか。


毎度のことではあるが山本七平の議論を思い出す。日本軍の兵器についての話である。
帝国陸軍の主力火器は三八式歩兵銃という小銃である。三八式に限らず、日本の兵器には「菊の御紋」が入っている(すべてではない)。これでどうなるかというと、メーカ「天皇」、ユーザが「二等兵」という事態を招来する。山本七平の表現を借りれば「これは欠陥兵器じゃないすか」ということは「欠陥現人神じゃないすか」というのと同義になってりまう。何しろ「兵器は神聖である」「砲即軍旗・砲側即墓場」というような世界だから、ユーザである二等兵はメーカーの天皇に到底クレームを言うことはできない。

すると何がおこるか。ユーザからのフィードバックがメーカに届かないということになる。実際にはメーカは天皇ではなく、現人神でもなく、軍需産業のメーカなわけなのだが、菊の御紋のおかげで現場の否定的意見が届くことはない。するとメーカは効果的な改善ができなくなる。これがどれほど「ものづくり」にとって致命的なことか、製造業に勤める方なら説明不要であろうし、そうでなくとも容易に想像できるだろう。「クレームは宝物」「クレームはラブレター」というのはこういう意味においてである。

三八式というのは明治三十八年式という意味である。明治38年は西暦なら1905年である。1940年代の戦争の主力兵器が35年前の兵器である(九九式という新式小銃もあったが到底間に合っていない)。多少の改良はなされたが、終戦まで主力であった。一方、干戈を交えた米国は1936年に半自動小銃のM1ガーランドが配備されている。それほど基本設計の古い兵器を使いながら、ユーザの声がフィードバックされないというのは恐るべき停滞を招いてしまうだろう。否、招いてしまったのだ。

日本国憲法もマッカーサー欽定の「不磨の大典」化しているというような皮肉はさて置き、教育勅語の問題点もまさに「勅語」である点であろう。即ち、異論や反論を許さない「空気」を生み出しやすく、実際、生み出してしまったこと。そして、それを利用するものが、本来の意味を「曲解」してもそれを「曲解」と指摘しにくく、勅語それ自体も「勅」であるが故に天皇自身が改めるしかなく、継続的改善がほとんど不可能なこと、これが教育勅語の本質的な問題点であろう。左派は教育勅語を「悪魔化」することで、右派はそれを「神授化」することで、どちらも絶対化している点では変わらず、全く建設的ではない。

教育基本法でも何でもいいが、このような「法」は所詮人間の作るもので、どれほど正しそうでも欠陥があり、執念深く継続的に見直しと改善をするサイクルが必要という前提に立たないと、結局、戦前と同様の過ちを繰り返すだけになるはずである。必要なのは菊の御紋ではなく、製造業におけるTQM(統合品質管理)である。そこには日本国憲法ももちろん含む。人間が作り出したものである以上、無謬であることはできない。それゆえ、日本国憲法だけ例外などということはありえない。


教育勅語とは復活や全否定を議論するような性質のものではない。日本人が「かつて運用した教育の基準として歴史的に学ぶ対象」というのがあるべき姿であろう。自分たちの歴史として敬意を持って学べばいい。そして反省すべきは「天皇制ガー」とか「軍国主義ガー」ではなくて、神聖なものを現実世界に持ち込むと、フィードバックループが回らないという点のはずである。ボルトアクション自動小銃に立ち向かった父祖達の負け戦から学ぶべき点はまだまだある。だが多くの場合、問題の本質を取り違えていることが多い。今回の騒動でつらつら思ったことを整理してみたが、いかがだろうか。

2017年3月10日金曜日

知らないし興味もない人々

先日、妻とたわいのないおしゃべりをしていた際にどうしたわけか、赤尾敏の話になりました。妻の勤める会社での食後の放談の席で少し話題になったようです。その際に同僚の女性(女性だけの食事でしょう)が「ほら、安倍さんは戦争したがっているから」と発言したそうです。「そういう連中はまだまだいるんだなあ」と思っただけでしたが、すこし考えてみることにします。

その発言をした女性がどのような人かは一面識もない私にはわかりません。ある種の確信犯的プロ市民かもしれませんが、まあ確率論からするとその可能性は低いでしょう。ある意味で典型的な「オバちゃん」の発言と捉えて話を書いていきます。だいぶ減ったとは言え、まだまだこのような「オッちゃん・オバちゃん」がマジョリティでしょうから。

別に悪いとは言いませんが、この手の人々は本当のところ、半径10メートルより外の世界にはほぼ興味がないと考えたほうがよさそうです。勿論、たいていテレビは大好きですから、トランプ大統領や小池都知事、安倍首相やらを知らないわけではありません。ただこの人々は「政界」や「外国」を地続きの世界とは捉えていません(理解はしているのでしょうが)。基本的には「芸能人」と「政治家」が頭の中の同じ箱に入っているでしょう。すなわち、自分とは関係がないけれど、とりあえず「有名人」という箱に。或いは「テレビに出てる人」の箱かもしれません。

実際にはテレビの向こうの「芸能人」が何を言おうが、何をしようが、われわれの生活にはほとんど影響がありません。せいぜい「快・不快」の感覚が残るだけでしょう。ところが「政治家」はそうは行きません。彼らの言動は立法・行政・司法を通じてわれわれの生活に直接入り込んできます。政治家が経済政策を間違えれば、父ちゃんの給料はさっぱり上がりませんし、為替相場が変動して、ボーナスは減るし、物価はあがるし、なんてことになったりするわけです。しかし、マジョリティの「オッちゃん・オバちゃん」はそうは考えないようです。というより考えられないのでしょう。

こうした人々を嗤うのは簡単ですが、マジョリティである以上、無視するわけにもいきません。というよりも「世論」はこの人々の声の束のことですし、その束が同じ方向を向いたときには、抗う術すらない怪物になります。現代の「リヴァイアサン」と呼ぶべきかもしれません。ちなみに束はラテン語で「ファスケス」即ち「ファシズム」の語源でもあります。実はこのリヴァイアサンがファシズムの生みの親であるわけです。

とここまで考えると「オッちゃん・オバちゃん」一人ひとりは単なる(不勉強な)善良な市民でしかありませんが、怪物「リヴァイアサン」を構成する恐るべき人々であることがわかります。この怪物をどう手懐けるのかというのが、「リヴァイアサン」に主権を与えてしまっている民主主義世界のファーストプライオリティなのかもしれません。というよりも政治家は本能的にファーストプライオリティとして行動しているでしょうが。

このリヴァイアサンを構成する「オッちゃん・オバちゃん」は抽象的に物事を考えることができません。というより抽象的な思考を受け付けません(私の文章のうまい下手は別にして、何を書いてあるか理解できないでしょう)。また、思慮に欠けるので基本的に脊椎反射で物事に対応します。この無思慮な脊椎反射が束になるとどのような力が振るわれるのかは、昨年の「保育園落ちた、日本死ね」騒動を思い出すだけで十分でしょう。これは「はてなブログ」に匿名で投稿された文章があれよあれよという間に国会での討議のネタになったというものです。とはいえ、保育園不足、待機児童問題はずっと前からあり、「はてなブログ」に限らず、専門家も市井の人も数値的根拠や自らの経験から理知的に声を上げていました。ある程度はこの声が「待機児童問題」として認知されましたが、結局爆発的な広まりを見せたのは「保育園落ちた、日本死ね 」な訳です。ベクトルが違うだけで「鬼畜米英」と同じセンスだと私は思います。

残念ながら、戦前も日本は議会制民主主義の国でした。帝国議会の議員は基本的に選挙を経るため、世論というものから自由になれません。いわゆる普通選挙が実施されている戦後はなおさらそうです。大東亜戦争は「オッちゃん・オバちゃん」の脳内にある「陸軍を中心とした一部の軍国主義者が善良な市民をだまして無謀な戦争を始めた」訳ではありません。端的に言って、市井のマジョリティ「オッちゃん・オバちゃん」達が軍人もびっくりの軍国主義的マスメディアにあおられて、「鬼畜米英!」「暴支膺懲!」と言い出したから、帝国議会が翼賛化したのです。

この「オッちゃん・オバちゃん」という「知らないし興味もない人々」というリヴァイアサンをどのように弱体化させる、言い替えれば「知らないし興味もない人々 」をどう減らすのかというのが、政治家やマスメディア、官僚、教育のような「インテリ」な人々の重要な「高貴なる責務」でしょう。


そのアルファにしてオメガの方法は「自分で調べて、自分で考える」ことを当たり前にすることでしょうが、これほど困難なこともあまりないように思います。

2017年2月26日日曜日

芸術と商売

「お前などは彫像を商うよりも、豆でも商っているほうがふさわしい」

花の都フィレンツェがルネサンスの中心であった14世紀から15世紀に活躍した彫刻家のドナテッロをご存知でしょうか。重要な芸術家なので美術史や世界史の授業では大抵触れられているはずですが、レオナルド・ダ・ヴィンチ程には知られていない芸術家です。しかしその胆力は豪胆で知られるレオナルドに勝るとも劣りません。

「ある時、ジェノヴァの一商人が、ドナテッロにブロンズの頭部像を注文した。仲介をしたのは、メディチ家の当主で、当時のフィレンツェの事実上の支配者でもあり、ドナテッロのパトロンでもあったコシモ(コシモ・デ・メディチ)である。ブロンズ像は、見事に完成した。商人も、満足のようだった。ただ、ジェノヴァ商人にしてみれば、ドナッテロの要求した額が、非常識に思えたのである。ブロンズ像制作に要した期間は、一ヶ月かそれに少し足した期間にすぎない。一日分の労賃を半フィオリーノとしても、高すぎる、というわけである。
(中略)
『おまえなどは、彫像を商うよりも、豆でも商っているほうがふさわしい』
 といって、つくりあげたばかりの像を窓から投げ捨てた。道路にたたきつけられた像は、ひしゃげたブロンズのかたまりと化してしまった。

後悔したジェノヴァ人は、言い値の二倍だすからもう一度つくってくれという。だが、ドナッテロはもう耳を貸さなかった。コシモ・デ・メディチが推めても、耳を籍さなかった。」(塩野七生『わが友マキアヴェッリ』より)

これを読んでどう思われたでしょうか。ジェノヴァの商人に同情しますか?それともドナテッロにシンパシーを感じますか?1フィオリーノはおよそ12万円と考えて良いようです(現在の貨幣に換算するのは難しいですが、ざっくりと)。
すると大体6万円/日×30日として180万円という計算になります。このときにドナテッロが要求した額はわかりませんが、たとえば1000万円とだとしましょう。すると、人月単価で180万円(これだってマネジャークラスのSEもしくは、独立系のコンサル並みの価格です)で製作したものの付加価値が1000万円-180万円、即ち820万円であるとドナテッロは主張したわけです。

見積の提示はきっとなかったのでしょう。当時既に知られた存在であったドナテッロに、最高権力者のコシモを経由してアプローチしたのですから、ジェノヴァの商人もある程度は「はずんでやろう」とは思っていたに違いありません。おそらく、相場の2-3倍ぐらいを考えていたと想像します。「一日分の労賃を半フィオリーノとしても・・・云々」と言ってますから、きっと相場の一日分は1/4フィオリーノ即ち3万円ぐらいだとして、3×30日で90万円、その倍額として180万ぐらいを想像していたのではないでしょうか。ところが、ドナテッロの要求額は桁が違いました。



ジェノヴァの商人は後悔して「言い値の二倍だす」と言っているのですから、芸術の観点で価値が分からない人間ではないのでしょう。しかし、商人としてのセンスがドナテッロの要求額が非常識と思わせ、結果、傑作(だったかも知れない)を無価値なブロンズの塊にしてしまったのです。



一見、非常識な芸術家の非合理な言動に常識的な商売人が翻弄された話に読めますが、現代の我々が後出し的に眺めるとドナテッロが正しかったことが分かります。ドナテッロの彫刻は不滅の価値を持ったのですから。実はここに我々日本の企業とビジネスマンの限界と突破口があるように思えます。

2016年のアドビシステムズの調査では世界一クリエイティビティの高い都市は東京であると評価されているのにもかかわらず、自らをクリエイティブとと考える人の割合は、案の定最下位であり、クリエイティビティへの投資が成長のカギと考える人の割合も最下位でした。日本人はドナテッロであることに気がつかないということのようです。或いは、未だに「ドナテッロなど日本に生まれる訳はない」とでも思っているのでしょうか。ここから見えてくることの一つに「評価」の力が不足しているということが考えられます。

何かの価値を測る場面、例えば「新しい製品の価格を決める」という状況を考えてみましょう。ある製品の価格案を作成するよう頼まれたとしましょう。どうやってその製品の値段を決めればいいのでしょうか。既存製品の多い分野ならば「相場」や「他社見合い」でおよその価格が決定できるでしょう。後は原価率などから最大限の粗利が取れるように設定すればよいのです。しかし、世の中にないもの、新規性の高い製品だったらどうでしょう。

それでもまずは競合になりうる既存製品の相場を調べるでしょう。その製品の要素を分解して、それぞれの競合製品の価格を調べ、コスト計算を行い、投資回収のシミュレーションを行い、そこから付加価値分を含めた妥当な価格を導き出すという作業をするのではないでしょうか。しかし、この付加価値分というのがなかなか曲者で、B2Bの分野ではどうしても製品購入の投資対効果(ROI)が求められるます。それは値引きの方向に引っ張られるので、取り合えず「えいやっ!」と高めに設定するしかありません。ここでは高めというのがミソです。値引きは後からいくらでもできますが、自分の意思での値上げはまず無理だからです。

更に難しいのが人月商売です。人月単価をいくらにするのか?というのはなかなか難しいものです。システム構築(SI)の世界なら、ゼネコン同様に多重請け構造になっているため、およそ相場が決まっており一次請けベンダで1人月(一人が一ヶ月≒20日働く単位)で、100万円~150万円、二次請け三次請けで50万円~100万円というところでしょう。それをベースに何人月でシステムが構築できるかを事前に見積りし、価格を決定するのです。ところが、この見積は多くの場合外れます。自社内で完結してればいいですが、下請けを使っていると粗利がどんどん削られていき、赤字プロジェクトになったり、メンバーが徹夜に継ぐ徹夜のようなデスマーチがよく発生します。

さて、ここで経営者が考えるべきはどうやって「ドナテッロ」になるかです。本当に貴社の技術者は売価で100万円くらいの価値しかないのでしょうか?貴社に蓄積されているノウハウや知的財産、バックアップ体制やネームバリュー、何より価格以外の差別性を突き詰めましょう。もし「安価であること」しか差別要因がないのなら、それ以外の要因を出来るだけ早くつくることが経営者のやるべきことです。貴社にしかできないことは何か?これを突き詰めることが正しい自己評価につながるはずです。それができればたとえ腹の中だろうと、元請け会社に「お前は豆でも商っているほうがふさわしい」ということができるでしょう。そうすることで、投資すべき会社や案件の目利きポイントが少しずつ分かってくるはずです。

自分(自社)にしかない価値を見つけ、或いは徹底的に作り上げ、最大公約数的な価値から代替不可能な価値の提供へ変換する。それはマス・プロダクトよりも芸術品に似ています。芸術品は全ての人が理解できる必要はありません。理解できる人が高い価値を感じればそれでいいのです。あまりにも当たり前のことですが、我々は合理的になることによってのリスク回避にあまりにも偏っているのではないでしょうか。合理性とは誰もが理解できることの言い換えなので、それを追及すると、どこにでもあるモノやサービスになりがちです。リスク回避は絶対に重要ですが、それにとらわれ過ぎるとどこかの銀行のように「担保と保証」ばかりに依存意するようになります。それでは芸術品は創ることはできません。ドナテッロに鼻で笑われてしまうでしょう。

我々日本人は「ドナテッロ」だと世界は見ているのです。堂々と見合う金額を提示し「得をするのはあなたです」と言い切ってやりましょう。本当の価値など誰にもわかりません。ストーキングツールでしかなかったFacebookがこれほどの収益を生み出す企業になるなど誰一人予想できなかったはずです。まずは自分が納得できるまで努力して「うちの商品・サービス・技術者は傑作だ」と言い切ってしまいましょう。どうせ評価するのは他人ですが、全力を傾けたモノを「どこにでもある」と卑下すると、あたら傑作を無価値なブロンズの塊にしてしまうかもしれません。 (と半分自分に言い聞かせていたりしますが。)

2017年2月20日月曜日

日本的「リベラリズム」

ご多分にもれず、私は消極的自民党支持者であり、他の代替政党よりはマシという理由だけで自民党を支持している。経済政策を中心に到底支持できないことも安倍内閣は多いのだが、民進党をふくめた日本の「リベラル」と称する政党が到底選択肢になり得ないので仕方がない。また日本維新の会は到底支持できない。理由は本文を読んで頂くとわかると思うが、「維新」といいだす政治家はろくでもないという常識による。選挙というのは「クソの中からマシなクソを選ぶ」ことが民主主義ではあるべき姿なので、「ましなクソ」自民党しか選ぶところがないという状況については、それはそれでよい。ウィンストン・チャーチルの「最悪の政治家を選ぶのは難しい。これこそ最悪と思ったら、すぐにもっと悪いのがでてくるからだ。」というのが真理であろう。



日本の「リベラル」というのは何なのだろうか?知ろうともせずに批判だけするのは私の流儀ではないので、これまでそれなりに調べてみたり、国政のではないが政治家と議論したりもした。その結果の途中経過報告でしかないが、目下のところの私なりの結論は「日本の伝統的な悪しきインテリ」というものだ。左翼とかサヨクとか反日日本人とか色々いわれているが、これでは反日でないリベラルとか、いわゆる社会主義や共産主義にシンパシーを感じていないリベラルを定義できない。しかし、リベラルと自称するのは大抵「知的職業」と言われる職種に就いている(自称)インテリが殆どであり、ある意味で戦前どころか、奈良・平安の昔から存在するタイプだと思えてきたので、上述のような定義とした。

慕夏思想(ぼかしそう)という言葉がある。山本七平が『現人神の創作者たち』の中で触れたものだが、特殊な復古主義的理想主義である。「慕」は慕うという意味であり、「夏」は伝説の古代中国の王朝の名であるから、意味自体は簡単で、「夏のようになりたい」ということだ。つまり、ここではないどこかに理想的な国があり、そこと自国を比較した上で、その相違点を批判するというような態度のことである。大陸の辺境に位置する日本は、近代以前は西方からあらゆる文物を取り込んだ。平安末期まではあきらかに西方、即ち中国大陸が文化文明的に先進的であったため、日本人は「優れた文物は西方から入ってくる。」と考えていたらしい。それは裏返すと「自国の文物は西方からのモノに劣る。」と考えていたということでもある。従って、水戸光圀のような人も「明帝国」を理想とし、そこから日本を批判するというようなスタンスであった。

慕夏思想それ自体は良いも悪いもなく、中心的な文明の傍にあった辺境的文明の特質なのかもしれないが、本来は「慕夏主義」とでも称すべき集団や階層が「リベラル」という名前を名乗っていることに言葉の混乱があり、その混乱が日本の「リベラル」たちに妙な力を与えている。本来は単なる慕夏主義≒出羽守でしかないのに、あたかもご立派な思想があるかのように本人たちの自覚無く僭称させてしまっているのではあるまいか。

彼らはあくまでも「批判者」である。構造としては、「私たちは真理を知っているが、無知蒙昧な大多数はそれを知らない。(その結果、世の中が理想郷から遠ざかっている。)」というものだ。それゆえに、1.自分たちが知的階層(インテリ)であると自己規定していること、それゆえに、2.無知蒙昧な多数を指導することを使命、乃至は正義と考えていること、3.構造的に批判される立場となる与党にはなれない(なると失敗する。民進党を見よ。)こと、が彼らの本質である。従って、彼らが真理と思い込む「教義」は何でもよい。リベラリズムだろうが、軍国主義であろうが、ファシズムであろうが、共産主義であろうが同じことだ。もちろん朱子学でも大乗仏教でもかまわない。

さらに、本質的に「批判者」でしかないので、将来に向けた展望(ビジネス用語で言えばロードマップ)は持っていないし、「教義」の理解さえ不十分であることが多い。持っているのは妙なユートピア思想(理想とする「夏」)のイメージだけである。例えば共産主義の理想が達成されていると自ら看做している「ソ連」でも「北朝鮮」でも「地上の楽園」とは喧伝するものの、それではどのようなステップでそれを達成するのか?という展望は大抵皆無であって、せいぜい革命ごっこをして、象徴的に何か事を起こせばあとは何とかなる(後に続く者がでてくる)という根拠のない思い込みだけしか持っていない。

ところが、この「慕夏主義者」たちは、日本の歴史の中で一定の力を持ってしまう。そこが日本人の弱点であり、「反省」すべき大きなポイントであるにもかかわらず、問題意識さえもたれていないことが多い。この理由を解き明かしたいとは考えているが、おそらく純粋・理想を尊ぶ妙な赤心主義(赤穂事件など)や事大主義的傾向と関係があるだろうが、それはまだ研究中であるので他の機会に譲るとして、この慕夏主義者の具体例を示してみる。水戸光圀の話は記した。山崎闇斎だのというような明治以前の話は割愛する。明治以降に話を絞ろう。

226事件というクーデターを起こした青年将校たち、或いはその思想的な指導者であった北一輝、それを擁護した当時のメディアが典型的な慕夏主義者たちであろうと思う。彼らのユートピアは天皇親政の「宋学」の世界であった。その意味では「後醍醐帝」に近い心情だったかもしれない。

青年将校の首謀者の一人安藤大尉はまじめでやさしい人だっただろう。中隊長として部下の信頼も厚い将校であったそうだ。当時東北地方は恐慌の影響に加え、歴史的な飢饉に見舞われていた。貧困と飢饉のなか、300戸の部落から200人の娘が売られているというような、想像を絶する惨状だった。部下の東北出身者にはそっと自分の月給をわけるような安藤大尉だったが、北一輝や皇族、或いは他の青年将校達とのふれあいの中で、権力中枢と財界の腐敗がこの現状の主要因であり、世論はかれらにだまされている、即ち「盲いたる民、世に踊る」という状況だと考えるに至る。「昭和維新・尊王討奸」というスローガンは彼らの心持をよくあらわしているのだろう。そして安藤大尉や青年将校たちの主観では「巨悪である重臣たちを取り除くことによって、天皇親政の理想郷が実現する」というのが正義となった。しかしクーデターは失敗し、彼らの主観では巨悪の、しかし実際には有能かつ民のことを考えた大蔵大臣高橋是清を殺し、彼らの主観では自分たちが尽くしているはず(=自分たちを支持してくれるはず)の昭和天皇に拒絶され、反逆罪で処刑されるに至る。

結局、「天皇親政」という理想郷を設定して、現状をただ憂いて批判するだけで、自分たちの理想に向けたステップを粘り強く推進するというようなロードマップを考えず、単純に「クーデターを起こせば何とかなる。自分たちは理想の捨石となるのだ。」というようなヒロイズムにとらわれ、与党になる、即ち、「軍の中枢に上り詰めて改革・改善をする」という王道を行かなかった。

厳しいようだが、幼稚な理想主義であり(命を懸けてのクーデター未遂は一定の敬意を表すが)、北一輝のような慕夏主義的インテリに共鳴し、新聞紙上を賑わす「昭和維新」的な「悪しき」インテリに呼応することで「国家社会主義」という理論的根拠を得たような気になって自滅したというのが、226事件の顛末であった。

国家社会主義といえば、ナチス党である。山本七平によれば、青年将校たちはこぞってナチスドイツの将校たちの真似をしたそうだ。青年将校の理想郷は(彼らの妄想する)第三帝国であったのだろうか。

戦後は丸山真男を始め、いわゆる左翼インテリが慕夏主義者であった。ソヴィエトを理想郷とし、社会主義理論を振りかざし、「連帯(共産主義革命)」をスローガンとして、クーデターですらないデモを起こしはするものの、政権奪取の展望は無く、ただひたすら自民党と戦前日本の批判者として一定の影響力を持ち続けた。彼らは決して与党精神を持つことなく、226の将校たちのように命を懸けることもせず、ひたすら批判しただけである。こちらについては解説不要だろう。だいぶ力が弱まっているとは言え、現在でも彼らは健在だからだ。彼らの教義は「共産主義」→「社会主義」→「リベラリズム」と変遷しているが、それ自体に意味はない。ただ、世界情勢が変わって、正義を気取るためのトレンド、あるいは変遷する理想郷を追いかけているだけである。繰り返すがただの批判者であるため教義は何だって良いのである。

ただし、メディアが煽りすぎて政権を奪取してしまうと、そもそも与党精神、あるいは当事者意識が欠けているため、旧社会党や旧民主党のように政権担当能力は皆無であることを露呈してしまう。

「慕夏思想」は日本人の弱点である。思想の左右を問わず、なぜか「慕夏思想の悪しきインテリ」一定の力を持ってしまう。その理由の一つとして慕夏思想に戦前・戦後一環して忠実な「朝日新聞」に代表されるマスメディアの存在があるだろう。226に対しては減刑運動を展開し、軍人もびっくりの軍国主義を煽り、戦後は言わずもがなである。

結局、日本のリベラルは「リベラリズム=自由主義」とは無関係である。それは単なる慕夏思想による体制批判の「心情」を持ち、正義に「自己陶酔」する特殊な理想主義者の一団でしかない。それを一定数がなぜ支持するのかは、また稿を改めて考えたい。

2017年2月15日水曜日

破壊的イノベーションの生まれる時

趣味の一つで飛行機のプラモデル制作をしています。所謂、実物をスケールダウンした、スケールモデル専門です。いい年をして何が面白いのかという疑問がおありでしょうが、これが面白いのです。一つには立体を組み上げるという楽しさですが、これなら何を作っても同じ楽しみはあります。世代的には「ガンプラ」も楽しいものです。(ちなみにグフが好きです)しかしスケールモデルは実物があるので、実物を見たり、いろいろな資料を当たりながらプラモデルに落とし込んでいくということができます。なかでも飛行機は実物をそう簡単に所有できるわけでなく、古い飛行機ならば資料しかありません。書籍やネット、博物館などに行ってそれらを漁るのも飛行機モデル作りの醍醐味だと勝手に考えています。

私もそうですが、飛行機モデル好きの7割ぐらいは「戦闘機」が一番好きなのではないでしょうか。身近な旅客機やエアレーサーのような民間機も格好いいのですが、軍用機、とりわけ戦闘機はやたらと格好よく見えます。軍用機は戦闘機以外にも、輸送機・爆撃機・攻撃機・偵察機など様々ありますが、「飛行機を叩き落とす」という目的のために作られた戦闘機は、いわば「猛禽類の精悍さ」のようなものがあるように思えます。何しろ、敵だって同じようにこちらの飛行機を叩き落とそうとするわけですから、少しでも「速く・高く・すばしこく」なければなりません。そうやってしのぎを削って性能向上してきた結果、贅肉のない機能美のようなものを戦闘機は纏ったのでしょう。

1903年にライト兄弟が人類初の動力飛行をしてから様々な発明とイノベーションを繰り返し、主に軍用機の分野で今日の情報技術のような異常発達をしてきた飛行機ですが、1930年から40年代までにプロペラ機(ピストンエンジンで飛ぶレシプロ機)はほぼ完成の域に達します。「速く・高く・すばしこく」の内、「速く」というのがこの時点での軍用機の最重要な要件になっていました。とりわけ戦闘機では「速さ」は他の全ての要素を圧倒するほどの重要な要件でした。少々「すばしこさ(旋回性能・格闘性)」が悪くても、速度さえあれば敵機を圧倒できます。各国(英・米・独・日の列強。この時点ではソ連は入りません)が開発競争を繰り返した結果、およそ実用機で600km/h〜700km/h、どれほど頑張っても、800km/hぐらいがプロペラ機の限界というのがわかってきました。いわゆる「音速の壁」です。プロペラというのは回転速度が速くなればなるほど効率が落ちます。音速に近づくと空気が圧縮されてしまうのがその理由です。音速はおよそ1225km/h(≒マッハ1)ですから800km/hでもだいぶ余裕がありそうですが、機体が音速になる前にプロペラの速度が部分的に音速近くになってしまい、その結果スピードが頭打ちとなるわけです。ちなみに600km/hを越えるとまずまず高速機と言っていいというのがおよそ第二次大戦末期までの状況です。

そんな中、1944年のドイツで「破壊的イノベーション」が起きます。史上初の実用ジェット戦闘機が運用を開始しました。メッサーシュミットMe262です。先述のように実用戦闘機の速度が600km/h〜700km/hという時期に、このプロペラを持たない異様な姿の戦闘機は一気に870km/hという桁違いの速さで敵機を圧倒し始めます。同時代の敵味方の最新鋭機の速度差が200km/h近くも開いたことはありません。生みの親のドイツはそれでも戦局をひっくり返すことはできず、第三帝国は崩壊しましたが、ジェット戦闘機はまさしく破壊的イノベーションであり、それ以降プロペラ戦闘機はもはや過去の遺物となっていったのです。ある意味、現代の全てのジェット機の直接の始祖鳥がこのMe262です。


さて、Me262は発明ではありません。あくまでイノベーション(新結合・革新)の産物です。ジェットエンジンの原理の発明はなんと1791年。さらに実際にジェットエンジンが動いたのはライト兄弟の初飛行の年1903年です。それをさらに洗練させてターボジェットに仕立てたのが、イギリスのホイットルとドイツのオハインで、1930年代に戦闘機開発に適用されはじめ、既存の機体設計技術と結びついてMe262が実用化されたわけです。この破壊的イノベーションはナチスドイツを救えませんでしたが、ガラケーが駆逐されたごとく、短期間にプロペラ戦闘機を駆逐してしまいました。これ以降プロペラ戦闘機が新規に開発されることはもはやありませんでした。

この破壊的イノベーションは難産でした。まず0→1と1→100を成し遂げた企業と人物が違います。0→1を実現したのはターボジェットの生みの親オハインを擁するハインケル社です。政治的にナチと反りが合わないエルンスト・ハインケル社長は総統のヒトラーや空軍元帥のゲーリングに嫌われ、作り上げた試作ジェット戦闘機を量産させてもらえませんでした。ただこの試作機も650km/hを超えていため、いくらハインケルが嫌いでも首脳部は無視できず、社長がナチ党党員のメッサーシュミット社にジェット戦闘機を開発させます。ヴィリー・メッサーシュミット社長兼設計技師はただのゴマスリ野郎ではなかったため、ハインケル(というかオハインの)発想を下敷きにしつつも、後退翼のような新機軸の技術を盛り込んだMe262を完成させ、1→50ぐらいまでやりきります。これにはナチ上層部に気に入られているという立場を利用した政治力が不可欠でした。というのもエンジンを担当したBMWは最後までハインケル以上のエンジンを完成させ得ず、計画が何度も挫折しかかっているからです。結局エンジンを完成させたのはユンカース社でした。もしも主任技師がメッサーシュミットではなく、ハインケルであれば実用化どころか葬り去られていた可能性が高いでしょう。

そして残りの50→100を成し遂げたのは現場の実力者アドルフ・ガランド少将を中心とした現場です。最後までジェット機の本質を理解できなかったトップのヒトラーと違い、歴戦のパイロット(というかスーパーエースの一人)であるガランドは試作のMe262に試乗して「天使が推してくれているようだ」と語り、現場の戦闘機生産を徹底的に絞ってMe262を集中生産すべきと主張します。煙たがられながらもガランドは執念深く首脳部を宥めすかして説得し、半ば勝手に生き残りの優秀なパイロットをかき集めてジェット戦闘機隊を作ります。そして、圧倒的な性能とパイロットの技量で米軍を中心とした連合国に一泡吹かせ、ジェット戦闘機が次の時代のスタンダードであることを示したというのがイノベーションの実現までの大雑把なストーリーです。

こうしてみると、イノベーションを生み出すことと事業として成立させることは全く別のことであり、オリジネイターよりもコピーキャットの方がより良いプロダクトを作り、成功させることもあるということがわかります。例えば今時のビジネスマンなら誰でもお世話になっているマイクロソフトのパワーポイントも、元々は別の会社が開発したプロダクトでしたがマイクロソフトが会社ごと買収したことで、プレゼンテーションソフトのスタンダードになったわけです。もちろん、スティーブ・ジョブズ式に0→100を自分&自社でやるということもあり得ますが、これは例外中の例外と考えた方が無難でしょう。大企業の経営トップが死ぬまでイノベーターであり続けるというのは例外です。
ジェット戦闘機の始祖でさえオリジネイターではないのですから、政治力や営業力が強みであるという大企業は積極的に中小企業やスタートアップに大いに投資すべきなのかもしれません。少なくとも成功しかけている中小やスタートアップに投資するか買収してアイデアを戴いてしまう方が、0から自分で考えるよりも遥かに成功率が高いでしょう。
ただしトップのヒトラーは最後までジェット戦闘機の本質がわからず、Me262を爆撃機として運用しようとしていました。様々な理由からこの時点ではジェット爆撃機はあまり意味がありませんでした。その意味で投資に値するかを見抜く眼、あるいは伯楽の役割をもつガランドのようなキーマンが重要になってきます。善悪好悪から離れて一考の余地があると思いますがいかがでしょうか。