2017年1月11日水曜日

UP OR OUT

日本企業の最高益は毎年のように更新されているのに、給与はさっぱり上がらない。よく考えれば(粗利とかFCとかVCとかは傍に置いて単純に)「売上−費用=利益」なのだから、人件費を抑制する傾向が最高益更新に貢献しているのは間違いないでしょう。不思議なことにこれに対する処方箋として、雇用の流動化を推進するような評論や提言を結構目にします。

給与水準を維持向上させることと雇用流動化(クビにし易い・転職しやすい)は相関関係がありますが、大多数の給与水準を向上させることの処方箋にはなりません。しかし経営側と少数の上位層にとってはメリットのある話なので、喧伝されているのだろうと理解しています。

どういうことか。当たり前のことを整理のために書いてみます。
経営者にとっては正社員を雇う(直接雇用する)ことは、割とリスクがあることです。いつもその人が生産活動に従事して、雇用にかかる費用以上の価値を生み出せればいいのですが、必ずしもそうとは限りません。分かりやすく工場を例にとれば、繁忙期は皆が忙しく生産するのでそれが売れる限りは問題ないのですが、閑散期はどうしても人が余ってしまい、場合によっては雇用にかかる費用(とその他費用)が売上を下回るケースが出てきます。経営者は正社員(直接無期雇用の従業員)をタイムリーに解雇できればいいのですが、日本の場合はそう簡単ではありません。なので大抵の経営者は「思った通りに解雇したり雇用したりできればなあ」と思いつつ、慎重に少数精鋭で雇用することになる訳です。現状ではこの調整を派遣会社が担っているのは言わずもがなです。

また、経営者は優秀な社員に高い賃金を払うことには吝かではありません。その優秀な社員を繋ぎ止めておくためにも高い賃金を払いたいでしょう。しかし、それはそんなに簡単ではありません。優秀か否かは相対的なので、優秀な社員しかいないと言うことは原理的にあり得ません。賃金の原資は一定だとすれば、優秀ではない社員の賃金を下げるか、クビにするかしかないわけで、やはり経営者は「思った通りに解雇したり雇用したりできればなあ」と思いつつ、ボーナスなどでちょこっと差異をつけたりするわけです。当然、優秀な社員にとっては「あいつらに払う給料が下がれば、俺の給料がもっと上がるのに」と言うことになります。

流動化推進派(便宜的にそう呼びます)が雇用を流動化させると言っても、どの程度、どのように流動化させたらいいのかのモデルがあるはずです。我が国のモデルと言えばなんでもかんでも米国なので、米国をモデルケースとして考えていることで間違いないでしょう。

先日読んだ軍事学関連の書籍に「米軍では、一定期間内に一定以上昇進できない場合は解雇される」と言うことが書いてありました。これを「UP OR OUT」と言います。これを読んだ時「米国式の雇用というのは、本当に日本とは異なる文化や考え方に基づいているんだなあ」と思いました。というのは、このような環境で働いた経験があって、それはある種特殊な世界だと思い込んでいたのです。しかし米軍も同じだと知って、少なくとも米国では一般的なのだと改めて認識したわけです。

このUP OR OUTが米国の流動的な雇用の一つのタイプであるのは間違いなさそうです。すると先ほどのような日本の経営者が夢想する状況を実現するためにはこれを実践するのも一つの方策になるかもしれません。
実態としてUP OR OUTで働くことがどんな感じかを私の経験に基づいて書いてみましょう。外資系コンサルティング会社(以下、外資系ファーム)で働いたことのある方には言わずもがなの内容ですが、そこはご容赦ください。

さて、外資系ファームに転職するとまずは契約書にサインをします。ポイントは2つあります。まず、給与は年俸制です。プロ野球選手などと同様に毎年契約を更改して、その年の年俸(年収ではない)が決定するわけです。年俸は職位によってほぼ決まっており、中堅のコンサルタント(30歳前後)でだいたい600万~900万ぐらいです。次に昇進と解雇についてです。契約書面には大体次のような趣旨の内容が書かれています。

「3年以内に次のランクに昇進できない場合、一定期間以内に解雇となる」

これがいわゆるUP OR OUTです。そしてこれは現実に運用されています。(例外はいますが)
昇進の条件はプロジェクトでの実績(評価)が中心ですが、語学力などの付帯条件もTOEIC630点以上などかなり明確化されています。このあたりがあいまいな日系企業とは好対照です。また、解雇に関するルールもこの際に説明されます。例えば解雇の通告から半年間は会社に在籍したまま、会社の名刺を使っての転職活動ができるなどです。

契約書にサインしてオリエンテーションを受けた後、コンサルティングの現場に行くのですがこれは黙って勝手にアサインされるわけではありません。今現在プロジェクトにアサインされていない各コンサルタントはプールされます。この状況を「アベイラブル」と呼びます。(「いまアベっててさー」などと使います)

プロジェクトをまとめるマネージャはこのアベイラブル状態のコンサルタントから、自分のプロジェクトを遂行するために必要な戦力を一人ひとり面談して決めていくのです。コンサルタントはいつまでもアベイラブルが続くと解雇されてしまいますし、全く評価されない(結局解雇される)ので、必死にオファーに喰らいついていきます。一方マネージャはデータベース化されたコンサルタントの過去の評価(転職時点では前職)を参考に必要な知見や経験を持つコンサルタントを呼び出しては面談を繰り替えすのです。

いざプロジェクトが始まれば、クライアントにインタビューし、WBSを作ってタスクに落とし、業務分析をしたり、システムの調査をしたりしながらコンサルティングを進めていくわけですが、リリース(プロジェクト終了、もしくは継続中プロジェクトからの離脱)時にマネージャから評価を受けます。この評価があまりにも悪かったり、いくつかのプロジェクトで悪い評価が続くと、どこからもアサインされなくなり、結局解雇にいたるのです。(おかげさまで、私は解雇のプロセスには入ったことがありませんが、体を壊しかけたので退職しました。)

このような状況で何がおこるかというと、職場に大抵一人や二人はいる「困った人」や「お馬鹿さん」が一人もいない会社になります。結構驚異的なことで、ほとんど誰もが私よりも優秀という状況にびっくりします。かつてプロジェクトで一緒になった「こいつつかえないなあ」と思ったメンバーはいつの間にか解雇されています。また、優秀なメンバーは更に上を目指す(収入も地位も)ためにいつも勉強しています。普通に仕事をしているだけでも、例えば来週クライアント企業の工場長にインタビューとなれば、付け焼刃であろうが関連書籍を徹底的に読み込まざるを得ないわけです。その結果、優秀な人は更に優秀になり、普通の人がのんびりしていると「お前そんなこともしらないの」ということになり、評価があっという間に落ちるということになります。

この環境で2-3年生き延びることができれば、年俸+残業+手当などで、大体1000万ぐらいは稼げるようになります。人によりますが、使う暇がないくらい働きますので、借金は減り貯金が増えます。ちょっと外資系保険業界に似ているかもしれませんね。3年生き残れば、ザコキャラから、南斗百八派の使い手ぐらいには認知され、マネージャになれば六星拳の一人ぐらいに、シニアマネージャになれば五車星ぐらいに、役員クラスで北斗三兄弟ぐらいになるイメージです。

こう書くとものすごく厳しい世界に見えるかもしれませんが(いや実際厳しいのですが)、UP OR OUTが機能するために日系企業にはない仕組みや文化があります。

何といっても、年齢に対して高い収入を得ることができます。1000万円超はもちろん、2-3000万円クラスの収入の人も珍しくありません。猛烈な激務を課されても「これだけ貰っているから」というロジックで頑張れます。日系企業で30前の若手に1000万の年俸を出す企業は非常に稀でしょう。
また出入りが自由です。「退職=裏切り」とは考えないので、辞めたはずの人がいつの間にか外で修行を積んでマネージャで戻っているなんてことも普通にあります。意外と敗者が復活できるのです。もちろん、ほとんど全員が定年まで会社にいませんから、転職・退職は普通のことですし、転職も会社がサポートします(まあ、皆さん優秀なので独立を含めて勝手に決めてきますが)。それで「負け犬」とみなされることも(あまり)ありません。

更にこれが日系企業との一番の違いだと思いますが、前職の職務がかなり評価されます。前職で課長ならマネージャから、部長以上だと(クライアントを引っ張ってくることが前提でしょうが)いきなり本部長クラスもありえます。実際に同時入社の方がそうでした。二等兵の初歩からやり直させることが好きな日本企業にはなかなかできない芸当でしょう。それぞれの個人がどのようなスキルセットを持ちどのようなファンクションをどの程度こなせるかを明確化する努力をしているからできることな訳です。個人と組織が祖結合で「個人は個人である」という基本的な考え方を組織が密結合で擬似家族主義的な日本企業には受け入れることは難しいことでしょう。

日本において流動化推進派や経営者が夢想する「思った通りに解雇したり雇用したりできればなあ」という雇用の流動化は少なくとも上記のような仕組みや文化もセットでない限り、単に雇用者が従業員をさらに追い詰めるだけのものになるでしょう。和魂洋才じゃありませんが、日本で機能する「雇用の流動化」を模索しない限り、経営者の夢は実現しないか、従業員がただ疲弊する結果になってしまうことは容易に予測可能です。(なんだか「蟹工船」みたいですね)


例えば、副業禁止規定を緩和し、一人の従業員が複数社で働く(従業員は一社に収入を依存せず、雇用者はタイムリーに給与を支払う)というような仕事のあり方がひとつの方向性なのではないでしょうか。これもそう簡単だとは思いませんが、米国の猿真似よりはるかにましな道に見えます。派遣契約ではなくて、一人ひとりがプロフェッショナルスキルを身につけていくという意味においてですが。

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