2018年10月6日土曜日

ジョーダン・ピーターソンについて、或いは大人の条件について


◆一人でもやっていけるとは?
もうすぐ5歳の一女の父として「教育」は気になる。「娘がどのような人になってほしいか」について妻と話をした際、「一人でもやっていける人/生きる力がある人」という言葉が出てきた。これについてさほど異存はない。ただ少し曖昧なので少しお喋りを続けた。妻の話をまとめると「自立している人」ということであると私は理解した。すると「自立している」という状態はどういうことかというのが次の問いになる。
先日Facebookのある記事へのコメントに私はこのように書いた。

自立している状態というのは「一人では生きていけない」ことを理解していることであり、その上で「できるだけのことをしてみる」ことであり、「生物として次世代をつなぐ(子をなすだけではない)」ことであり、「世の中を恨まず前を向いて生きること」であり、「可能な限り機嫌よくし続けること」であり、状況によっては「己を顧みないこと」ができるという事だろう。MECEかは知らないが。

短文のFacebookの投稿なので非常に雑ではあるのだが、私が考える「自立している状態」即ち、「大人の条件」は上記の通りで嘘はない。ここはブログなので、もう少し丁寧に、わが娘にクリアしてほしい(私自身もそれを満たしたい)「大人の条件」を書いてみる。

◆大人の条件
  1. 自分は有限であり、死すべきものであり、全知全能ではない。子供や若者の内はなかなか自分が「死すべきもの」であることを自覚することは難しい。また「なんでもできる/できるようになる」と考えるのは子供の子供らしい特権である。限界を弁えつつ、他者と「協力」なり「共生」なり「共依存」なりしていかないと、一人では何もできない上に、生きていけないことを理解しているのが大人である。
  2. 「死すべきもの」と「有限性」を理解した時に「だったら何をやっても無駄」と「拗ねる」のは子供である。「有限」で「寿命」はあるが、その限界がどこで、いつ死ぬかなど分からないのだから、拗ねずに「できるだけのことをする」のが大人である。
  3. 所謂「高尚な」ことばかり追求したり、やたらと神の視座に立ちたがるのは子供である。中二病という言葉が的確にとらえているが、まず我々は「生物」である。生物はドーキンスの言う通り、ある意味で「遺伝子の乗り物」に過ぎない。従って、遺伝子をつなぐことが必要である。直接には子を成し、子を育てることである。しかし、様々な事情により子を成せない人もいる。といって絶望せず、何らかの貢献をすればよい。次の時代につながるような貢献ができれば偉大だし、そうでなくとも、「誰かの役に立つ」ことで、次世代の貢献になるだろう。ほんの僅かでも「よりよき世界」につながれば立派な貢献である。その自覚があるのが大人である。
  4. 「社会が悪い」というのはふた昔くらい前には「学生の特権」だったが、その学生が老いて、今でもそんなことを言っているらしい。当たり前だが、社会や世の中を恨んで生きても何一つよいことはない。人生には良い状態も悪い状態もあるのだし、勝負は勝ったり負けたりするものである。だから、前を向いて、背筋を伸ばして生きるほうがよい。「カラ元気も元気の内」を理解しているのが大人である。
  5. 機嫌の良し悪しがあるのは人間の本性なので当たりまえである。しかし、機嫌が悪くて良いことは何もない。「機嫌の悪さ」が伝わることで、他者からは情報も敬意も愛情も伝えてもらえなくなるだろう。そして機嫌の悪さは自家中毒を起こしやすい。何一つ状況は変わっていないのに、どんどん絶望的な気分になってくる。それを理解し、できるだけ「機嫌よくいる努力をする」ことが大人である。
  6. 状況によっては己の立場や身体を気にせず立ち向かうことができるのが大人である。あまりに理不尽な時、物理的に襲われた時、或いは自分自身よりも大切なものを守る時、言葉であれ暴力であれ、必要に応じて使い立ち向かうことができるのが大人である。

おおよそ、こんなところである。これらを満たすか、満たそうとしている人を私は大人と見做す。

◆ジョーダン・B・ピーターソン教授
最近、ふとしたことからトロント大学の教授を務めるジョーダン・ピーターソン氏を知った。ポリティカル・コレクトネスを批判し、英国は「チャンネル4」で、フェミニズムを振り回す左派のインタビュアを、放送中にやり込めてしまって有名になったらしい。そのピーターソン氏が今年の初めに上梓した「12 Rules for Life: An Antidote to Chaos」という北米や英国でベストセラーとなった本がある。訳すと「人生のための12のルール ~混沌への解毒剤~」だろうか。

平たく言えば処世術本なのだろうが、この12のルールが面白い。勿論私の勘違いも大いにあるだろうが、私が言いたいことを整理してくれている。或いは「我が意を得たり」という思いになったので、自分用のメモを兼ねて紹介したい。
ネット上の拾い物を翻訳したものである。

~12のルール~
  1. 肩を丸めず、背筋を伸ばして立て
  2. 自分のことを助けるべき他者と見做して扱え
  3. 最善を尽くしてくれる友人とだけ付き合え
  4. 他の誰かではなく、昨日の自分自身と比較して成長を確かめろ
  5. 子供が嫌いになるような振る舞いを子供にさせるな
  6. 世界やシステムにケチをつける前に己の行動を律せよ
  7. その場だけの利益ではなく、意義のある理想を追え
  8. 真実を話せ、少なくとも嘘をつくな
  9. 今話している相手は、自分が知らないことを知っているかもしれないという前提で接しろ
  10. 発言には正確を期せ
  11. スケボーしてる子供の邪魔をするな
  12. 道で猫にあったら可愛がれ

近ごろは、「自由・平等・人権を守るためにそれらへの異論は許さない」という全体主義がはびこり始めているようだ。だが、北米や英国など、ポリティカル・コレクトネスの本場のような場所で、見方によっては右翼とレッテル貼りされそうな教授が人気があるということが、一つの救いかもしれない。仕方ないから英語で原著を読もう。翻訳があれば愛読者になれそうな気がする。受ける印象は佐伯啓思か。

◆斬新な切り口?
原著はまだ購入してもいないので、ウェブサイトで記事を拾い読みすると「斬新な切り口」という評価が目立つ。しかし、インタビューなどを読むと「宗教抜きの倫理・道徳はない」「機嫌よくいるのは自分や他者への配慮と責任」など、ある意味で非常に常識的である。これらを「斬新」と見てしまう人々が多いことに驚く。人間の数と同じだけ人間の世界がある。しかし、ズレていつつもそれぞれの世界はかなりの程度重なっていると考えていたが、どうやら間違いらしい。ある種の人々は相当違う世界を生きているようだ。これは「分断」なのだろうか?どうもリベラルが騒ぐ「分断」とは違うと思えてならない。

◆いつか娘に伝わるかな?
ジョーダン・ピーターソンは北米で「若い男性」に人気があるようだ。少なくともフェミニストのような女性に甘い物言いではない。前述のチャンネル4では「男女の賃金格差」について徹底的に論難している。また「人生とは理不尽な混沌(カオス)である」「幸福を求めることは無意味である」というようなニーチェ読みらしい厳しい人生観を持っているようだ。また、こうも言っている「年老いた未熟者ほど醜いものはない」と。全面的に賛成である。
女の子であるとは言え、いつの日か娘にはこうした考えについて私と議論できるようになってほしいとは思う。相当難易度が高いし、学校教育で刷り込まれる現代の「倫理」(≒ポリティカル・コレクトネス)や、マスメディアとそこに安易に登場する評論家の甘ったれた「生きる力」とか「正しさ」とか「学級民主主義」とはかけ離れた内容であるのは百も承知である。
とは言え、子供は「親の行ってほしくない方向に行くもの」なので、親心としては、まあ元気でいてくれればそれでよいし、娘がこれらの条件を理解して真の大人になった頃、私が生きているかは相当に怪しいのだが。

2018年7月26日木曜日

太平洋航空博物館


先日、オアフ島のパールハーバー歴史エリアを見学した。もちろん、12月8日/7日(日本時間/ハワイ州時間)の真珠湾攻撃がその歴史的展示の中心である。パールハーバーは現役の海軍基地でもあり、米国太平洋艦隊司令部などもあってかなり広大なため、見学はエリアはいくつかに分れている。日本の航空機によって撃沈された(これは画期的なことなのだが)戦艦アリゾナの上に建てられた「アリゾナ・メモリアル」、受付入口直ぐにある潜水艦を見学できる「USS Bowfin」。湾内にある離れ島フォード島に渡り、大日本帝国の降伏の舞台となった戦艦ミズーリの見学「Mighty MO」、そしてWW2時代の格納庫をそのまま利用した「太平洋航空博物館」である。全部回ると7~8時間の一日コースとなる。すでに「アリゾナ・メモリアル」は10年程前に見学した。旧敵国で敗戦国の国民である私が黙祷するのも妙な話だが、それはそれで礼儀であろうし、どの国であれ戦死した兵士には敬意を表したいので、周囲のアメリカ人学生(だろう。多分)と共に黙祷した記憶がある。今回はまだ訪れたことのない太平洋航空博物館を見学することにした。

◆37格納庫
ここは太平洋戦争/大東亜戦争で使用された軍用機が展示されている。エントランスを抜けるとすぐに我が国の零式艦上戦闘機(ゼロ戦)がある。

残骸からレストアされた21型だが、驚くべきことに飛行可能だそうである。エンジンは残念ながらオリジナルではない。もちろん、この博物館の趣旨に沿って真珠湾攻撃時の塗装になっている。その先にはアメリカにとって反撃の狼煙となった「ドーリットル東京空襲」時の塗装が再現されたB-25、「ミッドウェイ海戦」仕様のドーントレス、25機の日本機を屠ったというF4Fが並ぶ。どれもレストア済で状態は良好のようだ。
ハワイ州とはいえ、本土に攻め込まれた意味は米国にとって重いようで、日本の奇襲を強調する映像が流されていた。しかし、零式艦上戦闘機の説明など読むとその高性能を称えつつ、敬意をもって説明されていた。自国の戦士を称えるのは当然だが、敵国の戦士にも敬意を払うことができるか否かは、その国の品位というか品格というかを示す分かり易い指標だろう。最も我が国は「自国の戦士」を称えることすら拒否する人々が多数という珍妙な属国なので品格も何もありはしないのだが。





そんなことをつらつら考えつつ、外に出る。すると少し離れた79番格納庫まで、恐らく退役軍人のオヤジと思われるドライバーがゴルフカートで我々を乗せていってくれる。礼を言うと、ニコリともせずに”My Pleasure."とぶっきらぼうに言うだけだが感じはよい。そのあたりが退役軍人だと思わせる。

◆79格納庫
外に展示(放置)してあるつい最近まで現役だった戦闘機やヘリコプターは後回しにして、日本軍の弾痕が残る79倉庫を先に見学する。

ファントムやデルタダガー、F111というような歴史的な戦闘機、或いは旧ソ連のMiG17がまず目に入る。ここは展示場であると同時にレストア施設であり、少し奥に行くと、日本の九七式艦上攻撃機がレストア中であった。真珠湾攻撃の立役者であり、アリゾナを沈めた九七艦攻がその真珠湾でレストア中とは。その先にはF6Fヘルキャットがレストア待ちだった。この九七艦攻は非常に貴重である。



戦前の「全否定による自己正当化」という腰抜けを通り越して小児病的なマスメディアと大量人が支配する日本では、有志が米国でレストアした零戦の里帰りにすら「戦争を連想する」「軍国主義礼賛だ」と中学生以下の反応が起こる。企業はイメージダウンを恐れてスポンサーになろうとしない。なるほどマッカーサーの言う通り日本人の精神年齢は12歳かもしれぬ。敗戦国の倣いとは言え、本当に米国に骨抜きにされたのか。それとも日本人は元々その程度であったのか。前者だと思いたいが、近ごろは後者ではないかと疑っている。

「自国の軍と自国の歴史に敬意を払う」姿勢。羨ましさにため息をつきつつ外の展示エリアへ。

◆外エリア
79格納庫の外には広大な滑走路が拡がり、ハワイの陽光に目が眩みそうになる。すぐ隣には20-30機ほどの軍用機が展示してある。放置に近いが。まずシコルスキー・シーキングやアパッチなどのヘリコプター。

そのすぐ後ろにはF-14Aトムキャットがある。この機体を見るとどうしてもトム・クルーズとDanger Zoneをセットで連想してしまう。
F-14の前方にはF-15イーグルがある。実戦ではほとんど落とされたことがない戦後最強の戦闘機もF-22やF-35などの第五世代の戦闘機に取って代わられている。
最も我が国の航空自衛隊では未だ主力ではあるが。


MiG21なども置いてあり、丁寧に見ていけばキリがない。が、炎天下なのでそういつまでも見ていられない。また、例のゴルフカートに乗って37倉庫へ。たまたまだろうが日本人の見学者は我々以外にはおらず、しかも小さな子供連れなので、目立つらしい。オヤジも例によってニコリともせず、乗せてくれた。

博物館は何にせよ色々学ぶことができる。

2018年6月22日金曜日

帝王学の現代性~FY01の振返りに代えて~


今月は決算月である。会社設立の一年目を無事に迎えることができた。様々な幸運が重なった結果であり、皆様に心から感謝申し上げる。これは決して謙遜でも社交辞令でもない。そのように仕事はつながっていくということが理解できた結果である。さて、つらつらと1年間の仕事の経緯を振り返ってみてもあまり芸があるように思えないし、読者諸兄姉の参考になるとも思えないので、仕事を通じて気が付いたことを分析・整理してみることにする。


◆草創と守成といずれが難き
サラリーマン時代だが、急成長しベンチャーから抜け出た直後の会社に一年間お世話になっていたことがある。中に入ってみると、ロケーションやロゴ、企業スローガンなどは立派なのだが、業務は属人的で混沌としており、非常に非効率であった。そして非効率であるがゆえに、長時間労働は当たりまえであり、業界内ではいわゆる「ブラック企業」と呼ばれていた。リーマンショックを契機としてリストラという名の人員整理、経営者の交代を経て、今では立派にブラックとは呼ばれない大企業となっている。
この一年、支援してきたクライアント企業も同様に急成長し目下社員数数千名の大企業である。しかしブラック企業ではないものの、やはり非常に似た雰囲気である。やはり業務が属人的で非効率であり、ベテランメンバが「我流」を貫くやり方はどこか共通している。

ところで『貞観政要』という8世紀に書かれた唐の古典がある。この本は唐帝国の中興の祖である太宗と家臣の言行録として、その太宗の後継者へ「帝王とは如何にあるべきか」を教育するために書かれたもので、日本においては帝王学のテキストとして、北条政子や徳川家康が愛読していたそうだ。この中に「創業(草創)と維持(守成)のどちらが難しいか」という言葉が出てくる。結論から言えば「維持」の方が難しい(と考えるべき)と結論付けている。

◆創業向きと維持向きの人材は違う
『貞観政要』にもあるが、創業向きの人材と維持向きの人材は異なる。創業者はいわゆる立志伝中の人であったり、強烈なカリスマを持つトップが多い。そしてその周囲に普通ではない豪傑サラリーマンが集い、語り草になるような猛烈な働き方や伝説的な活躍をしたりする。そうした人材が創業向きである。私の乏しい社会人経験でも何人か知っているが、何時寝ているのか?と思うような24時間仕事に遊びに全力を尽くしているタイプが多かった。大抵、優秀で個性的でもあり、指示待ちではないというより、指示されることが嫌いである。外向的、情熱的で癖が強い。三国志で言えば、曹操の周りの豪傑たちと言うところか。
しかし、企業がある程度まで成長した後はそうした豪傑はあまり必要がなくなる。豪傑たちが作り上げた仕事を業務として仕組化し、それを維持・発展させる段階になると、むしろ「常識人」の出番となる。イメージとしては学校秀才でTPOを弁えたある意味で官僚的な人材が必要となってくる。これらの人々は指示されることにさほど違和感がない。混沌よりは秩序を、試行錯誤よりは効率化が重視される。この状態になると豪傑の持つ「強引さ・無秩序さ」は効率化の妨げになるため、あまり適合しなくなる。

◆創業期と維持期の間
さて、会社がある程度の規模になったり、ある程度存続できたとき、維持のフェーズは必ずやってくる。企業に限らず、黎明期から成長期を終えた組織体には必ず移行期が来る。例えば、私は子供の頃から地元商店街の町おこしの一環の「阿波踊り」の連(チーム)に参加していた。黎明期は商店街のオヤジ達がお囃子を、その子供たち(私もその一人だ)が踊り手をしていた。阿波踊りとしてのレベルはマチマチであったが、飛び入りも可だったし、基本的に盛り上げればよいというものだった。しかし、その二世たちが主催している現在は大所帯になり、連員の管理や練習の管理などが必須になり、良くも悪くも官僚的になる。阿波踊りとしてのレベルはかなり高いレベルで均質化している。初期のオヤジ達のようにふるまうと、効率化のベクトルと合致しないため、あまり歓迎されないだろう。これは組織の成長に伴う必然のように思える。

この移行期をスムーズに乗り切る企業もあるだろう。しかし、試練の時を迎える企業も非常に多い。『貞観政要』もまさにこの移行期の君主(リーダ)と臣下(メンバ)をテーマにしている。それが帝王学のテキストとなるからには、この移行期の問題はどの組織にも通じる普遍性のある問題なのだろう。

◆永久ベンチャーは成立しない
この移行期に特有の状態として、上層部(経営層)は創業期の立役者、ミドルは創業期の若手で構成されている。従って、創業期の陽性の無茶苦茶を成功体験として持っている。しかし、すでに大きく成長したその企業に入社してくる新人や若手は「ベンチャー」と見做して入るわけではない。その名声にふさわしいだけのある程度確立した企業だと考えて入社してくるわけである。これらの人々は会社に対して勝手に貢献するような人々ではない。良くも悪くも豪傑の上層部、その豪傑についていくだけの能力と野性味があった野武士的なミドル層に対して、学校秀才的な新参者は的確な指示がないと動けない。当り前である。その名声に引き付けられるのは、良くも悪くも安定志向の人々である。そのような安定志向の彼/彼女たちは「維持期」向けの人材である。
豪傑や野武士は「最近の若手は自主性に乏しい」「マニュアルばかり求める」「俺たちの時は勝手に仕事を探して貢献したもんだ」「人事は何を見ているんだ」等と嘆く。しかし、残念ながら当たりまえなのだ。十数年前の自分たちのように自主性に富む人々は大企業なんかに入ってこない。起業しているかベンチャーに行くだろう。さらに自分たちの成功体験が強烈なので、事情のあまりわかっていない若手が「勝手に」仕事をすれば烈火のごとく怒ったり、挙句にマイクロマネジメントに陥ったりもする。にも拘らず、自分たちのノウハウをマニュアルやルールとして文書化していないので、若手は何を基準に動いたらいいかわからないのだ。そして人事だが「自主性に富む≒忠誠心が低い」のは当然であるため、そのような人材を回避するものである。おかしな癖のある新人を採用して現場に文句を言われたくもあるまい。従って、創業者や豪傑たちの夢である「永久ベンチャー」は殆ど絶対に成立しないのである。
「永久ベンチャー」とはご想像の通り、「創業期の勢いと活性度のまま成長を続ける企業」のことだが、そのようなことにはまずならない。ほとんど法則のごとくならない。この移行期間はその会社が非常に不安定になる。これは上位層が自分たちの理想を諦め、中間層が仕事を標準化・マニュアル化することを受け入れるまで続く。

◆老いてもはや諫めを入れぬ王は貧しい羊飼いの子供にも劣る
しかし、これは創業メンバにとっては非常に難しいことのようだ。私自身も駆け出しの経営者だが、己一代で大企業に成長させたような経営者達はやはりものすごい。その実績/姿勢/カリスマ性は私のようなすれっからしでさえ尊敬に値すると考える。お世辞ではなく、人並み外れた力量があったがためにそこまで会社なり組織を成長させたわけである。だが、その強烈すぎる成功体験は人を全能感に陥れる。この全能感を制御するのは普通の人間には難しい。周囲には耳障りのよいことしか言わないYESMANばかりが集まり、会社に関することに限定されるとは言え、意のままにならないことはなく、マスメディアなどでも賞賛されという状態で正気を保つことはできない。だからこそ「帝王学」が必要になる。「帝王学」は「人をどう使うか、意のままに操るか」と一般に勘違いされているが、実際には真逆で「いかにして自分の全能感を制御して正気を保つか」という方法論に近い。旧約聖書の時代にも「老いてもはや諫めを入れぬ王は貧しい羊飼いの子供にも劣る」という言葉がある通り、これは人類普遍的なテーマらしい。この帝王学を身に着けえなかった帝王は必ず、身内に裏切られて滅ぶのである。織田信長しかり、隋の煬帝しかり、そしておそらくスターリンも。そしてそれは「是非もなし(良い悪いはない・仕方ない)」なのである。それを直接知っていた徳川家康は信長(や独裁者としての秀吉)を反面教師として強い危機感の下『貞観政要』を学んだのだろう。

◆現場の軍師として/経営者として
コンサルタントとしてまさに移行期にあるクライアントの企業の現場を支えることがこの一年のミッションであった。そのミッションを通して一番強く感じ、考えたことを今回は整理した。ここでまとめた問題の一つの解決策として『貞観政要』のような帝王学を次世代のリーダクラスに紹介・解説するようなコンテンツを作成し、研修の形で展開することがあるかもしれない。勿論、『貞観政要』のような名著を私が書けるわけではない。しかし、そのロジックを紹介し、換骨奪胎して現代日本人が理解しやすいようにまとめることはできるかもしれぬ。少なくとも二年目はこのコンテンツ作りとソリューション開発にも力を入れていきたいと考えている。



2018年6月8日金曜日

厄介で不幸な呪い


今月は決算月である。コンサルタントとして独立してからほぼ1年が過ぎた。2017年の7月10日に独立したので、12か月目に突入したという事になる。この1年間の振返りは、一周年を迎えてから書くとして、サラリーマン時代から大きく変わった部分を書いてみたい。


◆厚切りジェイソン
いわずと知れたテラスカイの役員にして、お笑い芸人の厚切りジェイソン氏。本名はジェイソン・デビッド・ダニエルソンらしい。さてこのジェイソン氏のお笑いではない言動はなかなか破壊力がある。「歯に衣着せぬ」というか非常に率直に本質を突いてくる。さすがに頭脳明晰である。
サラリーマン時代、ジェイソン氏の言動が苦手であった。いや、なかなか書くのに躊躇するが、その自由さに「嫉妬」を感じていたというべきであろう。
よく彼は「炎上」する。いわく、

『「空気を読め」という表現がよくされますが、一体どういう意味でしょう?「空気を読め」ですよ。空気は明らかによめませんよ。でもこれにより、自分を表現することができなくなっているのです。』

『ええ、心から純粋に人生を楽しんでいそうな人は非常に少ないと感じているよ。電車乗ると全員疲れている、イライラしている。笑顔がない毎日。
いつも周りはどう思っているかを優先している人しょっちゅう見るけど。
幸せになってもいいんだよ。』

『日本の一般企業では残業しないと大した給料をもらえないというのは、仕事を効率悪くやる人にご褒美をあげている』

『残業大国である一方、日本の非工業業界の生産性が先進国の最下位。米国の半分。WHY? Why is hi-tech Japan using cassette tapes and faxes?』

◆イラつくのもわかる
イラつくのも今ならわかる。批判する日本人の苛立ちも、ジェイソン氏の苛立ちも。「本業」を聞かれるのが嫌いだというジェイソン氏。そして「日本から出ていけ」という批判する側。批判する人々の脳みその程度によって、批判の仕方は異なるが、そのロジックはよく理解できる。

まず批判する人々は絶望している。雁字搦めになっているが、それが自縄自縛とも薄々気が付いている。例えば、普通に勉強して、普通の大学に入って、或いは専門学校に入って、ただ不景気だという理由で、或いは「新しい生き方」などの甘言に幻惑されて、非正規雇用で社会人生活を送っており、将来にも展望を持てずにいる。じゃあ海外で働くかというと言語障壁が高すぎて、或いは、英語が少々できても、それだけではダメと思い込んでいて、己をダマしダマし生きているような絶望感だ。たとえ、非正規でなくともシュリンクする市場、内部留保をため込むしか能がない経営者の支配、それをひっくり返すほどの力量がない己に絶望していたりする。

そういう時の思考は簡単だ。「俺も/あたしも我慢して不幸を生きているのだ。ここはそういう国だ。それがイヤなら出ていけ。」或いは、「不幸は構造的な宿命なのだ。一生懸命に人生を諦めようとしているのにうるせえな。」である。勿論、同時代、同世代にもそうでない人がいることぐらいは理解しているし、不幸でない人々と恐らく紙一重の差しかないことも理解している。だが、もう絶望して気力が萎えているのである。ほとんど成功体験がないのだから仕方がない。クソみたいな仕事をクソみたいな上司の下、それもなんの見通しも、独身の異常に多い特にアラフォー世代にとっては、家族の慰めもないまま、イヤイヤながら生活のためだけに働いているのだ。少なくとも自覚としてはそうだ。違うとは言わせない。私もそうだったのだから。

私大文系を卒業し、斜陽産業の情報子会社に新卒で入社し、そこから最大手の外資系コンサルティングファームへ転職し、ベンチャー系人材会社から、日系の一部上場企業でのサラリーマン生活をしてきた。氷河期世代としては、まずまずのキャリアではあろう。だが、その私でさえも、上述のように絶望していた。違うのは、妻に恵まれ「独立への勇気が持てた」というだけである。

さて、ジェイソン氏の苛立ちはこうだ。
「能力が低いわけでもないのに、思い込みで委縮して、自分で不幸になっている。WHY?! Japanese people!」
そしておそらくジェイソン氏は日本が好きだ。それも今ならよくわかる。好きでなければ、わざわざタレントとして、或いは経営層として好感度が下がる可能性のある「炎上」を自ら招き寄せるようなマネはしない。それが分からないほど馬鹿であるはずがない。

私の父は中卒のケーキ職人だが、小さなケーキ屋を立ち上げ、細々とではあるが立派に家族を食わせてきた。貧乏か金持ちかで言えば貧乏にはいるし、すでに店も畳んでいる。しかし、店を辞めた後も職人なので特に定年などもなく、いくつかのケーキ屋で働いて、76になった去年ようやく引退した。よく考えると「良い大学、良い会社、定年まで失敗しない」という生き方は少し前まで全く一般的でもなければ、唯一の正解でもない。中卒だろうが、なんであろうが、とにかく生きて、やりたいと思ったことをやり、家族をつくり、食わせるのは、少し前までできていたのだから、我々ができない道理はないのだ。ただ、中卒で苦労した父の世代は、大卒大企業エリートが輝いて見えていたにすぎない。だから、今現役の我々に「いい学校・いい会社」と言っただけである。要するにケーキを食べたことがないから、ケーキがものすごく美味しそうに見えていたにすぎないのである。

◆自分自身への呪い
「僕たちはガンダムのジムである」という本があった。残念ながら未読であるが、タイトルはなかなか秀逸だ。つまり、主役級のスーパーなロボットであるガンダムではなく、我々凡人は量産型で数しか取り柄のないロボット程度であるという事だろう。ガンダム世代の私にはよくわかる。そして、ある程度大人になったガンダム世代はそういう「ジム」「ザク」が世の中を回しているという事に気が付いている。

だが、本当だろうか?その比喩は本当に適切だろうか。

確かに我々は凡人ではある。しかし、凡人には「やりたいことをやる資格がない」という思い込みは何ら根拠がない。また「やりたいことをやって失敗するリスク」がよく語られるが、やりたいことなのだから、天才的に能力を発揮するかもしれないし、失敗しないかもしれない。失敗したところで、失敗と再起不能は同義ではない。別にジェフ・ベゾスやマーク・ザッカーバーグ、ジャック・マーのような人々だけが起業家というわけでもない。彼らのようになることが、必ずしも成功ではない。今は老いてしまった商店街のオヤジどもだって、かつては立派な起業家だったではないか。

私はそのように考えることで独立した。独立してみれば、様々なご縁や事柄が重なって、どうにか一年食えている。随分覚悟して独立したのに、経済的にもワークライフバランス的にも日本の一流企業のサラリーマンよりずっと良い。勿論、運の要素も大きいだろう。だが、少なくとも軸となるスキルと経験があれば、とりあえず食うには困らない。理由は実に単純である。つまり私などよりずっと優秀な人々が、独立起業を恐れてサラリーマンのままなので、ライバルが少ないのだ。謙遜ではない。実際にそうなのである。この十数年、日本は廃業が起業を常に上回っている状況である。起業が難しいからではない。後継者探が探せなくて経営者が事業継承に失敗し、年齢と共に会社をたたんでいるだけである。ただそれだけのことなのだ。

だが、私は知っている。日本のサラリーマンのリスク回避は骨がらみである。そのリスクとは、食えなかったらどうしようということもあるが、周囲と異なる対応をした結果失敗した時につるし上げられることの恐怖である。山本七平の議論によれば、実際に日本においては「空気」が意思決定をする。従って多くの日本人は自分で意思決定することに慣れていない。そして、集団の心理が「空気」を創り出すので、「空気」が決定したことはだれも責任を持たない。名目上の責任者さえ、「あの空気ではああするしか仕方がなかった」「あの時の空気を知らない奴に何が分かる」と言い出す。

私は20年程社会人生活をしているが、重大な決定について「空気」以外の意思決定をほとんど見たことがない。実は「空気」による決定と「本質的かつ外的なリスク回避」はほぼ無関係である。ただ、失敗の責任を誰も取らされたくないだけなのだ。それはほとんど呪いである。いや真正の「呪い」そのものである。そしてその呪いに個人も罹っている。転職や独立などという人生における重大な意思決定、それは「空気」が決めてくれる訳もない。だからできないのだ。会社の仲間だけではない。家族や親類、友人含め、それで失敗した時に「ほら見たことか」「上手くいくわけないだろう」「家族の生活をどうしてくれるんだ」という吊し上げの場(裁きの場)に立たされることの恐怖に勝てないのである。

そしてジェイソン氏の言動が腹立たしく感じるのは、彼が日本人でないが故に、正確には日本で育たなかった故にその呪いにかかっていないからである。彼は素直に考えたことを口にしているに過ぎない。「空気を読め?空気なんて明らかに読めないでしょ」である。勿論、アメリカには別の呪いがあるのだが、それはアメリカで育ち、住まないと恐らく肌感覚で分からない。

◆呪いを解くには
神代の昔から、自分で呪いを解く方法は一つしかない。それは勇気である。勇気をもって呪いに反することをすることである。別にご先祖様に感謝とか「スピリチュアル」な話をしているわけではない。呪いの本質は「社会も含む他者からの思い込みの強制である」それが内面化(血肉化)されてしまうと心理学的には「抑圧」、民俗学的には「呪い」と呼ぶだけである。私の経験では、社会よりも肉親の呪いの方が強い。その呪いは一見「教訓」の形をとっている。そして呪い手たる肉親、多くは親だろうが、呪っている自覚はない。だが、それは呪いなのだ。「レールを外れたら地獄が待っている。集団に従え。」という。
しかし、これを読んでいるあなたは大人だろう。大人としての勇気をもって、その呪いに打ち勝ってみてほしい。そして実際には、吊し上げなどまずされない。元の会社のメンバーは、呪いの真っただ中にいるのでそれどころではない。家族も不安なだけなので、食えることさえわかれば、安心してくれる。そしてきっと言うであろう。「独立/転職/移住おめでとう!」と。呪いの反対語は祝福である。

勿論、保証はされない。だが、会社が何を保証してくれるというのか。一年やってみた実感として、リスクは特に変わらない。寧ろ、自由な分、リスクも少ないように思う。

勇気をもって踏み出すものに幸いあれ。

2018年6月1日金曜日

自省録的世代論


こだまする「ロスジェネが怖い」という悲鳴という記事を読んだ。あまりに厳しい就職活動や理不尽な社会人生活を潜り抜けてきたロスジェネ世代の先輩社員が売り手市場で入社してきた20代にとって恐怖という内容である。さもありなん。いずれそういわれると思っていた。私はロスジェネど真ん中の1999年(恐怖の大王っぽいな)に社会人生活をスタートした。

私大文系の哲学科という何とも微妙な学歴ではあるが、200社ほど資料請求(懐かしい)して、30社ほどドサ周りをしてどうにか一件内定を頂いたような世代である。周囲も今ではだいぶ出世しているものもいるが、似たような学歴の友人も就職浪人をして、どうにか翌年公務員に滑り込んだりしていた。ソコソコの大卒であっても、リテラシと根性と、友人・家族に恵まれないと、当時喧伝されていた「派遣社員という私らしい選択」のようなものに流されたり、就職浪人を何年もやってしまったり、大学院に残っても「ポスドク」として飼い殺しにされてたりした。いや、過去形ではない。そうなってしまった同年代は今も苦しんでいる。

私自身が若者から見て怖いかどうかはわからない。だけれどもあくまで私の周囲限定ではあるが、世代的な特徴はいくつかあるように思える。なお、女性はサンプルが少ないので論じない。タイトル通り「自省録」であり、男性である私と同年代の男性の話と思って(お時間があれば)読んでいただきたい。また、正確にはロスジェネの中でもサバイバーというか、どうにか「何者かになれた」人々の話である。

まず、我々(私)の人間関係のベースは性悪説であり、評価は結果ベースである。必要とあらば協調もするしチームプレイもできるが、基本的には他人を他の世代の人ほど信用していない。上の世代や下の世代と仕事をして驚いたのだが、どちらも他人を楽観的に信用するように見える。下の世代はまだ分かるが、50歳のオッサンの部下について55歳の部長が「まだ成長する!」と言い切ったのには驚いた。私の目から見ると、もはや擦り切れており、柔軟性も失われているその50歳が成長するとは思えない。にも拘らず、その楽観視と無邪気な信頼が信じがたかった。「成長などするわけないでしょう。いい年をして。」当時の私はそう部長へ言ったが、まあ聞き入れるはずもない。寧ろ可愛がっている部下を侮辱するなというようなことを言われた。いやいや、私もあんたの部下なのだが。うまくいくはずもないと観察していたが、案の定、その案件は失敗した。原因はそのオッサンの協調性のなさである。それを冷ややかに眺めているのは私と私の同世代であった。

では我々は無能かというと、私の同世代たちは結果ベース自己評価するのでそれほど無能ではない。大体において営業であれば常に上位の成績を残してきたし、技術職や企画職であれば、新しいものを作り拡げてきたようにとらえている。とはいえ、後述するように、ロイヤリティが低いので会社や上位者からの評価はあまり高くないケースが多い。寧ろ、顧客からは高い信頼と評価を得ている人が多いように思う。尤も友人の中には若いころからチームリーダとして周囲を引っ張り、評価され、出世しててきたのもいる。しかし、彼をして曰く「ご機嫌をとるのも仕事の内」であり、「頭の良くない上役がお世辞一つで思う通りになるのは愉しい」らしい。
基本的に仕事はまあできる。そうでなければそもそも仲間に入れてもらえなかったのだから。

我々は会社をコミュニティとして認識していない。従ってロイヤリティは低い。採用した側からすると拾ってやった訳だから感謝されてよいはずと思われるかもしれない。しかし、丁度、山一證券や千代田生命がつぶれた時期に就職活動や新社会人となったので、そもそも会社組織の永続性を信じていない。また、大企業も事業継承が進み、サラリーマン社長が増えてきた時期とも重なっていて、いわゆる経営者も「保身と私利私欲のタダの人」くらいにしか認識していないので、忠誠心の持ちようがない。勿論、そうでない経営者もいるが、それは例外であるがゆえに尊敬するというところである。

では、後輩への接し方はどうだろうか。私を含め、見ていると総じて親切ではある。中でも「こいつはいける」と判断したタイプには色々と教え込む。逆の見方をすると「こいつは使えない」と判断すると「親切だが優しくない」先輩でしかなくなる。人の見切りが早すぎる傾向はあるかもしれない。

まとめると、結果にこだわるので仕事はできる。同時にあまり組織も人も信用せず、悲観的であり、忠誠心が低い。若者から見るとすぐに見切られて、心のこもらない指導がなされてしまう。或いは倒れるまで熱血指導されてしまう。何しろ、自分たちが本当に倒れるまで働かされたのだから。(うつ病を発症した友人も多数いる。ほぼ全員が人間関係と働きすぎが原因だ。)
たしかに、これは怖い。あまり関わり合いになりたくない人々かもしれない。勿論、こんなのは大雑把で主観的な世代論なので、その正反対の人もいるだろう。ただ傾向として私が私自身を含めて観察したところを記したのみである。

さて、ここからは自省である。果たしてこの状態のままでよいかというと、あまりよくはない。突き放してみると「承認欲求」があまり満たされてないにも関わらず、「所属欲求」にも期待しないので、なかなか厳しい状態ではある。一つの解決策は自分で商売し、クライアントから対価と感謝を頂いて承認欲求を満たすということになるだろう。すでにこれは私自身が実行している話である。所属欲求は精々がところ「日本人である/社会人である」くらいで良しとしよう。

しかし、年齢のせいもあるのか、我ながら非常に頑なで決めつけが多すぎるように思う。ある範囲内では割と柔軟に話ができるのだが、大嫌いな「新自由主義」「弱肉強食」を刷り込まれているせいか、厳しい言説をよしとし、安易さや甘さが少しでも見えると否定しはじめる。というより、叩き潰しにかかってしまう。これは不幸な脊椎反射であろう。理想それ自体を絵空事として、或いは自分には関係ないこととして軽んじ続けた結果、理想論=戯言の等式が脳内に埋め込まれてしまっている気がする。例えば「世界を変える」的言説にはたいてい虫唾が走る。反射的に「目的は何か」「何をどう変えたいのか」「どうやって変えるのか」「変化には必ずプラスとマイナスの影響がつきものだが、マイナスについて考えているのか」などと問い詰めたくなってしまう。

あたかも偽善者を嫌うあまりに自らが露悪趣味という名の偽善者になってしまっているかのようだ。否、そうなっている。
リアリストであることはよい。しかし、行き過ぎて厭世家になりがちである。それは逆立ちした理想主義者と同じことである。

信じることはできていなくとも、他者の掲げる理想や希望をもっと尊重できるようにならねばならぬ。それは己と周囲の幸福のためにプラスであろう。どこかで人格形成にしくじっているロスジェネとして、それを成長のベクトルとしていきたいが、具体的な施策や行動にまで落とせずに困っている。取り敢えず、心の中で「ケッ」と吐き捨てる回数を減らそう。心の中で「クソが」と中指を立てる回数を減らそう。今のところ思いつく施策はこれぐらいである。
長くなったので今回はこの辺で。


2018年5月24日木曜日

「ITの世界において日本は世界に貢献していない」について


最近ネット記事などを読んでいると「ITの世界において日本は世界に貢献していない」という趣旨の言葉を目にする。元々ITでは存在感の薄い日本であるので、まあそんなものだろうとは思うが、製造業やほかの業界から見ると「どんなことになっているのか??」という疑問もあろうかと考えるので、少し考えてみる。


IT技術はネットワーク技術の発達によって「時間と空間を超える」事をその本質の一つに加えた。要するにインターネットを媒介として、世界のどこにいようとも、瞬時に情報共有やコミュニケーションが成立する。IT業界に限らず、社会的にも政治的にもこのことの意味は大きく、協力であれ、対立であれ国境や国籍の意味が多少なりとも薄れてきた。

さて、協力と対立の内「協力」に着目してみる。インターネット上には様々な国籍を問わないコミュニティが大小問わず、自然かつ大量に発生しているのが現状である。FacebookやTwitterなどのSNSはその基盤の一つであるし、国際的なコミュニティが達成した成果としてはコンピュータOS「LINUX」などがある。勿論、現在進行形で様々なインターネット上のコミュニティがあり、IT業界においては相互に情報やノウハウを共有したり、切磋琢磨したりしている。IT技術はあまりにもその進歩が速いため、情報を囲い込むよりも共有し、相互フィードバックすることで技術者自身はその技術をブラッシュアップし、自分の技術の陳腐化を防ぐことができる。また、相互フィードバックなので、その技術者の知見もコミュニティに還元することで、そのコミュニティへの貢献となるわけである。

しかし、ネットワーク技術でも超えられない壁がある。お分かりの通り「語学」、この世界のデファクトスタンダードである英語がそれである。一般に「日本人は英語の読み書きはできるが、会話が苦手」と言われていたりする。しかし、私の見るところ多くのIT技術者を含む日本人は「読み書きすらままならない」のが実態であり、ましてや「会話」などほとんどできない。勿論例外はかなり多いが、大多数はその状況なので、英語のコミュニティから見れば「いないも同然」であり、活発な英語話者のメンバにとって「日本からの貢献」は無きに等しい。従って、「ITの世界において日本は世界に貢献していない」という命題は真であるし、これからも劇的に変化することはないだろう。

個人としては・・・
技術者個人としての対処方法は大きく3つある。一つ目は英語コミュニティに飛び込みながら英語を身に着けて、そのコミュニティに貢献するという方法である。実際にはさほど難易度が高いわけではないだろうが、幼少期から、英語(と外国人、特に欧米人)に対するコンプレックスを植え付けられて育った土着の日本人には心理的障壁が高すぎて、この道を取る人が多数派になることはない。従ってライバルとなる日本人は少ないため、国内での希少価値は高く維持できる。個人に対して私が推奨する方法はこれである。英語で仕事と仕事の話ができる技術者は日本においては永久に少数派なので、英米文化と英語の天下が続く以上は強力なアドバンテージとなる。

二つ目は「そういうもの」と割り切って、日本で、日本語の仕事に徹し、世界貢献など相手にしないことである。実はライバルが多く、よほど独自性や高い技術力を持たないと代替可能な人材にしかなり得ないので、収入面でもよいことはない。しかし、得意なことに特化して自分のリソースを投下できるし、日本国内の市場は小さくないので生きていくことはできるだろう。また日本語を障壁に使うことができるので、国内で開発された技術を国内の中でフィードバックし合いながら高め合うと同時に、非日本語話者を排除することもできるだろう。ただこれについてはあまり可能性がない。それはIT業界においては日本の技術はむしろ後進であるからである。茨の道だが、大多数の日本の技術者がこの道を選択するだろう。

三つ目は「諦める」である。世界への貢献どころか、国内への貢献、社会への貢献も諦めて、人間関係で食いつないでいくことである。得意な人は得意だろうし、特に否定はしない。しかし、技術を追求しなくなった時点で、技術者としては死を迎え、管理者やコンサルタントなどに生まれ変わる等をしない限り、その人はゾンビである。本人がゾンビであることを許容するのはOKだが、流動性が高まる雇用環境において、被雇用者としては非常に厳しい状況に置かれることは認識したほうがよい。

経営の立場としては・・・
日本人の英語力向上やらグローバル人材育成やらというような話は、基本的にうまくいかない。前述のように、モノリンガルな技術者が絶対多数で今後もあり続けるだろう。「世界へ貢献」などする気がなくとも、日本で生き残っていけるだろう。経営目標の究極は「ゴーイングコンサーン」なので、それはそれでも何も困らない。経営者がどうしたいかが殆ど全てである。しかし、Web系のベンチャーは是が非でも国際的なコミュニティに参加し、最新の技術をキャッチアップし続けたほうがいい。舶来上等は骨がらみで、相変わらず米英発の技術はありがたがられるし、実際に日本よりも進んだ技術やトレンドを活用できるだろう。

一次請けのSIerならば、現状以上にビジネスモデルを改善するのは難しい。ITゼネコンであることを徹底し、技術よりも人的ネットワークと管理技術を徹底的に鍛えるほうが生存確率があがるだろう。下手に改革すると、市場における優位性を失いそうである。ただし、海外展開をする場合はこの限りではないが、日本国内のパイは大きいので、そこまで切実に「グローバル化」する必要はないはずだ。

二次請け以降の小規模SIerで、その状況を打破したいならば、技術力を向上する方向性は有力な選択肢である。自社プロダクトを追求すると同時に「コードが書けない/技術力がない」管理職を撲滅するところからスタートしてはどうだろうか。おそらく技術者たちは「IT業界最底辺」の自己認識に苦しんでいるはずなので、そこを打破するきっかけとして、技術力至上主義と世界コミュニティへの貢献を旗印にするのも悪い選択肢ではないと考える。その場合はDevOpsなどの導入方法論も磨いていくと鬼に金棒となるだろう。事業会社主体でのシステム導入を進め、米国式に業務システムは内製化の流れを作るという戦略などもありうる。

国家・政府としては・・・
経営まではコンサルタントとして、対応施策を記したつもりであるが、国家や政府に対しては評論家的に意見を述べるほかはない。

さて、日本政府がIT産業においては、殆ど全ての観点で「米国はもちろん、インドや中国に対しても日本の優位性はない」という認識を持っているだろうか。恐らくあるまい。また、それを語学の問題に収斂させがちだが、それは問題の矮小化である。また、私利を追求することで社会へ貢献する個人や経営者と異なり、平均的、或いは平均以下の個人も考慮に入れて政策を行わなくてはならない。自由放任かつ弱肉強食というのはすでに政治ではない。それは政治の放棄である。

まず、ITという成長産業において、技術の最前線に立つプログラマ(コーダー)が、最下層のヒエラルキーに組み込まれているという現状を認識していただきたい。名だたる国内のSIerには営業力と調整力と管理能力があるだけで、産業構造としてその下に組み込まれた、二次請けや技術派遣、或いは偽装請負のシステムエンジニアやプログラマが支えている。彼・彼女たちは非常に低い単価、即ち賃金で業界を支えている。IT土方という言葉があるように、ほぼ「誰でもできる仕事」と位置付けられている。語学がどうこうというより、成長産業にいながら、死んだ魚のような眼をした労働者をなんとかするのが先だろう。

その上でこの産業は(宗主国の)米国がトップランナーなのだから、英語でのコミュニケーションスキルは大きなアドバンテージになり得る。つまりIT技術者は英語を学ぶ動機が本来ある層である。しかし、国家ぐるみで英語への劣等感を拡大再生産する上、語学が苦手な層とかなりの率で被るので、この層は語学に対するモチベーションそれ自体が破壊されている人が多い。あくまで私見というか偏見ではあるが。

学校教育で英語でのコミュニケーションができるようになるなどと言う実現不可能な目標は諦めて、取り敢えず、中学英語で最低限の単語と文法を覚えたら、あとは語学学校に任せて、必修科目から外すなど、劣等感の払拭をメインテーマに据えていただきたい。劣等感という心理的障壁がなければ、必要に応じてJavaやC#やSQLと同様にこの層は英語を身に着けることができるだろう。

何しろ、まずは劣等感をなんとかしないことには、最初から負けているし、いじけたままでは貢献する気など起きないのが人情というものであろう。

2018年4月23日月曜日

政治思想の見取り図


消極的支持或いは消去法
安倍政権がピンチだそうだ。とはいうものの自民党内部や財務官僚の「安倍降ろし」以外には特に脅威があるわけでもない。ある程度の現実主義にたって政権運営が可能なのは現時点で自由民主党以外にないし、グローバリゼーションに対応することでエスタブリッシュメントの支持を、憲法改正や中韓等への対応から保守層の支持を集める安倍内閣はサヨク&サヨクマスメディアが騒ぐほどにピンチだとは思わない。安倍政権については「消極的支持」である。

政治は本質的に利害調整である。政党政治に基づく議会制民主主義においては最大公約数的な政策が主張される。利害調整であるから、政権政党やそれに近い大政党は国民のマジョリティの最大公約数的な意見や願望が反映された政策となる。最大公約数なのだから、自分の考えと非常に近い政党というものはよほどの幸運か、何も考えていない場合以外には存在しない。従って消去法での消極的支持が常態であるし、特に成熟した日本という社会においては、熱狂無き冷静な状態が望ましい。(マスメディアによる愚民化については別の機会に。)

保守vs革新?
安倍政権は「保守」と呼ばれている。尤も一部の若者の間では「革新」と呼ばれることもあるようだ。それも無理もない。否、安倍政権、或いは自民党政権は「革新」であったかもしれない。保守であるはずの安倍政権は小泉政権ほどではないにせよ、改革を叫ぶし、グローバリゼーションに肯定的であるし、積極的な親米である。「改革を叫ぶ保守」等は語義矛盾ではないのか。翻って、民進党や共産党は憲法絶対護持である。共産党とそのシンパに至っては「人々の生活を守れ!」と絶叫している。これは「保守」ではないのか?

戦後日本の常識的な区分は「親米=右翼=保守」「親ソ=左翼=革新」であった。米国による軍事占領の結果「親米+自由主義+経済優先」の体制が構築されたため、それを維持するのが「保守」、共産主義・社会主義へのシンパが「革新」ということになった。ところが大日本帝国の牙を抜くために米国が制定した「日本国憲法」は革新の理想が記されていた。天皇の宗教的側面の否定と九条の話である。佐伯啓思の言葉を借りれば「軍部に騙されて侵略戦争した」という米国製の「フェイクニュース」と上手くマッチしてGHQによる巧妙な検閲の下、「現実主義=悪=保守」vs「理想主義=全=革新」という戦後日本の思想的な構図が定着していった。この「日本国憲法」は「戦争放棄」というある種の理想が記載されている。日本における「革新」は「理想主義=善」であるため、これを墨守するという立場をとらざるを得ない。さらにソ連の崩壊により、共産主義幻想も崩壊してしまった。その結果「理想主義者」の拠り所はどれほど古臭くなったとしても護憲以外になくなってしまったのである。

一方、ソ連の崩壊とともに「自由主義」の勝利が確信され、共産主義シンパはその意味を失った。しかし、ここを起点に「自由主義」が「新自由主義」として暴走を始める。冷戦末期、米国のロナルド・レーガン大統領や英国のマーガレット・サッチャー首相による新自由主義は保守の顔をしていた。それぞれ、共和党・保守党という「保守」側から出てきたものであった。日本では中曾根康弘が首相であり、米英、とりわけ米国との蜜月時代であった。本来の意味での「革新」の本質は「普遍的にどの社会であれ、計画的に社会を進歩させる(ことができると考える)」ことである。そうだとすると、ソ連が崩壊した結果、一番左にくるのは実は米国であった。米国こそは「進歩主義」であり、「計画主義/設計主義」であり「革新」そのものであった。そして米国は共和党・民主党にかかわらず「グローバリズム」を推し進め、新自由主義のドグマである市場の自動調整機能を信じて、弱肉強食化を推し進めた。そしてその薫陶を受けた、或いは庇護下にある我が国の自民党は「保守でありながら絶え間なく改革を訴える」という不思議な政党となった。小泉純一郎が首相であったころの「改革なくして成長なし」というフレーズは米国的「革新」そのものである。
これが「改革を訴える保守」と「生活保守と護憲を叫ぶ革新」という構図の大まかな見取り図である。




西欧文明の根本的なロジック
日本における一般的な「保守」の定義は前述のようなものである。乱暴に言えばネットスラングの「ネトウヨ」が意味しているものと大差ない。混乱を回避するために、さしあたりそれぞれ「ウヨ」「サヨ」と呼んでおこう。子供っぽいネーミングだが、どちらも少し足らないのでふさわしいだろう。さて、保守主義の父と呼ばれるエドマンド・バーグ的な意味での保守と「ウヨ」とはあまり関係がない。保守は「人間理性万能」に対する警戒から生まれた思想である。「人間理性万能」 主義は1789年に発生したフランス革命を嚆矢とする「人間が社会を設計し、理想社会や文明を構築する」というような考え方だ。それは西欧的な意味でのヒューマニズムであり、近代主義そのものと言ってもいい。その一つの帰結が計画経済である共産主義であり、もう一つの帰結が科学万能を前提とした市場原理主義である。前者は分かり易い。人間の理性が絶対ならば、英知を結集して限りなく無謬に近い計画を作ることができるであろう。それを優秀な管理者が実行管理していけば、間違いなく素晴らしい社会が到来するであろう。その社会を共産主義社会と呼ぶ。と、こういうわけである。この観点で言えば、ソ連はフランス革命政府の直系の子孫である。後者は少し込み入っている。人間の理性が絶対ならば、経済はそれぞれの人間に備わっている理性に任せることで、「神の見えざる手」が動き、結果、最終的に最高に効率化された社会が到来するであろう。それは平等ではないが公正な社会であり、これを資本主義(市場原理主義)社会と呼ぶ。ということだ。どちらにせよ、人間の理性、平たく言えば脳みそを楽観的に信用している。理性が作り出した、共産主義であれ、民主主義であれ、計画経済であれ、自由主義経済であれ、人間に普遍的に通じる思想、即ち理想が実在することを信じて、人工的に文化・経済またそれを統合した文明を創り出す、改善、改革できるという考え方である。この考え方が西欧の根本にある。プラトンのイデア論に一神教であるキリスト教が混淆した思想が根底にはありそうだ。

文化・文明に設計図はない
少し考えてみればわかることだが、文化・文明というのは人間が設計して生み出したものではない。社会的動物である人間が、その時その時に必要な行動、例えば、話し合い、喧嘩、戦争、研究、発明、創発などを積み上げていった結果、「できてしまった」ものである。聖徳太子がこのような国であれかしと決めたから、日本の社会がこうなったわけではない。日本列島に住んでいた様々な人間の行動の結果が蓄積され、「なりゆき」で日本文明が形成されたはずである。その時々に天才が出現し、大きな影響力を振るったが、その天才たちが社会や文明それ自体を「設計」したわけではない。織田信長がブラック企業を許容する文化を生み出したわけではない。要するに人間たちの思慮や行動の蓄積が文化・文明を構成しているのである。しかし、ただ蓄積していくだけで文化・文明が構築されていくわけではない。そこには「時間」という篩(ふるい)が必要である。その時に最善のものであっても時間がたつと陳腐化する。非合理になる。不便になる。そうしたものは淘汰されていく。その時間の重みに耐えたもので、完全には理解不能な正当性がある認識されたものが「伝統」と呼ばれる。文明は文化(同じ時代に広がるもの)を横糸に、伝統を縦糸に構成されるものである。そして、それを是とする態度、考え方が「保守」であり、「保守主義」ということである。

これは理性万能の普遍主義とは真逆の考え方である。保守主義は人間の理性を万能とは考えない。保守主義は普遍的価値や人類共通の理想を「虹のようなもの」として扱うのである。追うことはできるが、たどり着くことはないということである。

「ウヨ・サヨの奉じているもの」
普遍主義は理想主義と相性がよい。人類共通の価値であるのだから、この価値が全世界で受け入れられるべきだと考える。理想主義も、このような素晴らしい理想なのだから、何よりも最優先されるべきだという考え方であり、現実と向き合いを粘り強く改善するというようなことが苦手だ。なぜなら素晴らしい理想(普遍的な価値)があるのだからそこに一足飛びに改革すべきだと考えるからである。これが日本の「サヨ」の発想である。門田隆将がそうした人々を「ドリーマー」と呼んだが、なかなか適切なたとえだった。これが衰退したのは喜ばしいことだ。理想主義と普遍主義が結びついて、政権を握るとろくなことにならない。ある価値が絶対に正しいならば、それ以外の価値は無価値であり、悪である。従って弾圧すべきとなって、容易に全体主義に行き着くのである。ジャコバン独裁もナチズムもスターリニズムも理想主義的普遍主義が生んだ地獄であった。一足飛びの改革のことを普通は「革命」と呼ぶ。

では「ウヨ」ならよいのか。米国は明らかに普遍主義の国である。民主主義(アメリカンデモクラシー)と資本主義経済は人類普遍の価値であり、あらゆる社会は様々な曲折を経ながらも最終的に民主主義+資本主義になるはず、なるべきという立場である。これは結局一つの理想世界を目指しているのであり、ある種の全体主義と言ってもよい。共産主義という極左が消滅した今、普遍主義、進歩主義の観点から見れば、米国は現時点で極左である。ダイバーシティなどと言っているが、PC(ポリティカル・コレクトネス)の本質は全体主義の言論統制と何一つ変わらない。そして中曾根内閣以降の自民党は対米従属の傾斜を強めている。ロンーヤスにせよブッシュー小泉にせよ、安倍首相の「価値観外交」にせよ、米国の唱える「普遍的」価値を奉じることを言っているのである。こう考えると「普遍主義・進歩主義」という点で「ドリーマーサヨと親米ウヨ」は同根である。

縦糸を改めて見つめなおす
「革命」が起きるとそれ以前の歴史との断絶が起きる。例えばルイ16世が断頭台に上って以降、寡頭政体のレジームであったフランスは崩壊し、共和主義のフランスとなった。そこでは過去は否定さるべきものとして扱われ、粛清の嵐が吹き荒れた。日本における「断絶」は言うまでもなく1945年から1952年。敗戦~占領の7年間である。これ以前と以後で歴史が断絶した。いや断絶したことにした。日本が受諾したポツダム宣言にある通り「一部の軍国主義者が日本国民を欺いて世界征服を企んだが、米国をはじめとする正義の民主主義国家に打ち破られ」(宣言には本当にそう書いてある)て、回心(コンバージョン)したというストーリーで主権を回復した。半主権国家かどうかは置いて、国際社会に復帰するにはそれしかなかった。「世界征服を企んだ(ショッカーか)」とされる戦前世界を「悪」と規定したために、そこで縦糸を断ち切ったわけである。

だが、ドイツ第三帝国とは異なり、自覚的に「世界征服」だの「民族浄化」だのを大日本帝国は企んだわけではない。ナイーブで稚拙で大失敗であったが、西欧文明による世界秩序に挑戦しただけであった。それも自覚的ではなく、なし崩しに大戦争に突入してしまったのだ。そうでなければ誰が、チャイナと英国の片手間に勝算のない対米戦争などするものか。「我々は降りかかる火の粉を払いのけようとしただけだ」と。私も祖父や祖父の友人に直接そのように言われた記憶がある。だが、これは公的にはタブーとなった。なぜなら大日本帝国はショッカーだったと日本政府が言ったわけである。ここで建前と本音が激しく分裂した。顕教と密教と言い換えてもいい。この密教は非公式の場でのみ伝えられてきた。

結局、縦糸は断ち切られてはいなかったのである。伏流水のように非公式の場に潜っただけであった。この密教化した縦糸を通じてしか、我々は祖父母・曾祖父母の考えていたこと、感じていたことを感じることができない。保守主義の立場で重要なのは、この構図を理解して、あくまで漸進的に密教から顕教の一部へと、言い換えればタブーを新しい共通認識へとつないでいくことが重要なはずである。なぜなら、伝統とは普遍主義とは逆に、その国、その土地、その民族固有の歴史、立場、文化、文明を尊重し、あくまで漸進的に継続改善する立場であるからだ。欺瞞的とは言え、戦後民主主義の存在さえも全否定はせず、少しずつ、以前より少しマシな共通認識を作る。少なくとも大日本帝国がショッカーだったというようなフェイクニュースから戦後日本が出発したことぐらいは常識として共通認識としておきたい。

このような抽象的な思考をしなくとも、普通に考えて我々の祖父・曾祖父の世代が世界征服を企んであの大戦争をしたということが、おかしいと思うくらいはできるはずである。そんなわけはなかろう。私や読者の祖父・曾祖父たちがそれほど愚かであったはずもない。それにしてもお粗末な顕教を信じ込んだものだ。それを建前としなければ例え半分であっても「主権国家」として復帰できなかったという事情はあったにせよである。